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14.どうして

 翌日、教室に入るとわっと女子が詰め寄ってくる。ビックリして固まっていると、姫カット? の女子が好奇心たっぷりの目で、鼻息荒く昨日の出来事を聞いてくる。どうやら、一年生の女子の間ですでにイツキ先輩はイケメン先輩として有名らしい。



 あー……、イツキ先輩と学校サボったことかぁ。家に帰ってからこってりお母さんに絞られた身としては、学校をサボるのはあまり考えたくない。しかし、女子たちは目を輝かせて「青春だよねー!」と憧れを語っている。



 うんうん、わたしも昨日まではあなたたちと同じように考えていたよ……。実際、確かに楽しかったけどね。イツキ先輩、わたしが落ち込んでいたのを気遣って連れ出してくれたのかな、なんて考えてしまう辺り、だいぶ舞い上がっている。



 一日限定のシンデレラ気分だった。まぁ、いい気分転換にはなったから感謝しているけど。しばらくはいいかなって感じ。あの時サボり相手にわたしが選ばれたのだって、多分そーちゃんのことを見ていたからじゃないかな。



「先輩とは、電車が一緒で……ちょっと顔見知りなだけ」

「ちょっとって酷くない? 昨日手まで繋いだ仲なのにさ」

「イツキ先輩!?」



 教室の入り口で女子に詰め寄られ、中に入れず困ったので、電車で助けられたことなどは省いて笑いながらはぐらかすと後ろから声が。思わず名前を呼んでしまって、女子から「名前呼び!」とキャーキャー騒がれるはめに。



 こうなるだろうなーって思ったから、あえて先輩呼びにしたのに! この人、完全にわたしをからかって遊んでる……。じろり、とイツキ先輩を睨めつけながら淡々と訂正する。



「誤解を招く発言は止めてください」

「つれないなぁ。今日は夜の街にでもどーう?」

「結構です」



 ニコニコしながらからかってくるのに体し、ピシャリと断るのにめげない。大体、よく考えたらイツキ先輩にはあのやけに足が速い女子グループがいるんだから、遊び相手には困らないだろうに。



 わざわざ後輩をからかいにくるなんて、よほど暇人なのか。しかし、夜の街という単語になぜか女子たちは「先輩って、大人……!」とかよくわからないことを呟いている。姫カットの女子なんか顔が真っ赤になっている。



 夜の街に、何の意味が含められているのかサッパリわからないわたしは、ただ怪訝な顔で首をひねる。イツキ先輩は、わたしに自分が発した言葉の意味が伝わっていないことに気が付くと、すぐに顔を背けた。



 ……もしかして、赤くなっている? 覗き込むと、予想通り頬がほんのり赤い。何で、言った本人が赤くなっているのか、理解できない。イツキ先輩は「天然って、厄介」とかなんとか呻く。



 よくわからないけど、わたし一人だけわからないのが腹立つので、呻いているイツキ先輩は無視してさっさと席に座る。授業の準備をしていると、後ろでイツキ先輩が声をあげた。



「冗談だから! からかってごめん」



 チラッと視線だけ向けると、しゅんとしている。一応、反省はしているっぽい。もしあれが演技だったら、鞄で殴ってもいいよね。物騒なことを考えながら、わざとすねた口調で近付き、「何か奢ってくれたら許してあげます」とこちらも冗談で返したのに、本気だと受け取ったようで奢られることになってしまった。



 え、ちょ、待って。わたしそんなつもりで言ってないんですけど、イツキ先輩! 声をかける間もなく、笑顔で颯爽と立ち去っていった。……時間にして十分ちょいのやり取りだったのに、なんだかものすごく疲れた。



 人を自分のペースに入れるのが上手いんだな、と考える。その日は真面目に一日授業を受けた。昨日一日サボったところでわからないところを、先生に聞いてメモを取る。そのメモをノートに挟み、片付けていると教室の扉の近くでひらひらと手を振っているイツキ先輩を発見。



 見なかったことにしたかったのに、大きな声で名前を呼ばれるものだから、逃げられなくなる。小さくため息をついて、鞄を持って近付くと、頬が赤く腫れ上がり口の端が切れて血がにじんでいることに気が付いてサッと血の気が引く。



「ちょ、けけけ、怪我! 保健室、保健室行きましょう!」



 大したことないよー、とからから笑うイツキ先輩の手を握って、保健室まで引っ張っていく。手を握った瞬間、一瞬ピクリと手が動いたけど、もしかしたら手も怪我しているのかもしれないと思い、握る力を少し弱める。



「俺、保健室好きじゃないんだよねー。ほら、消毒液臭いじゃん」

「イツキ先輩がそんな怪我してくるのが悪いんです。何なら、その嫌いな消毒液まみれにしてやりましょうか」

「それは勘弁」



 知り合ってそこまで日数は経っていないし、おまけに苦手意識のある年上だというのにここまで軽口を叩ける関係になれるとは、自分でも驚き。驚きながらも、歩は止めない。容赦なく保健室まで連れてくる。



 扉をノックすると、保健室の先生が心配そうな顔でまずわたしを出迎えてくれ、次に呆れた顔でイツキ先輩を招き入れた。保健室の先生は、眉を寄せてイツキ先輩を注意する。



「喧嘩も大概にしなさいよ。可愛い後輩に迷惑かけて……」

「迷惑ではないですけど、心配はしました」

「六花ちゃん、は――優しいね」



 いつものようにおどけた調子で返ってくるかと思っていたら、ビックリするぐらい穏やかな顔でそう言って笑うものだから、固まる。イツキ先輩、熱でもあるのかな。いよいよ本気で心配し始めたところで、保健室の扉が開く音が後ろで聞こえた。



 保健室の先生が立ち上がり、新たな訪問者のところへ行った。手当ては終わったみたいだし、今度は体温計が必要かしらと考えながら、保健室を訪れた相手を見て――思わず声をあげた。



「そー、ちゃん……」

「――チッ。田中のヤローがいんのかよ」



 まるでわたしなど見えていないかのように、横を通りすぎようとするそーちゃんの服を、すばやく掴む。オールバックにして前髪をあげている姿は、以前見た時と違って威圧感がすごい。



 逃がさないように、服をしっかりと掴んだまま、涙の膜が張った目で睨み付ける。数ヵ月ぶりに見たそーちゃんは心なしか痩せて……いや、やつれていた。それに、怪我もしている。



「どうして……無視するの」

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