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13.サボり

 生まれて初めて学校をサボったという罪悪感は、街を歩き回っている間に薄れていく。見上げればビルが立ち並び、大きな画面からCMが流れている。平日だというのに、街には人があふれんばかりに行き交っている。



 春の暖かな日差しが降り注ぎ、少し冷たい風が吹く。歩くと丁度いい天気。はぐれないようにと手を引かれるまま商店街へ。人がごった返した商店街は、客を呼び込むための店員さんが忙しそうに働いていた。



 鞄に仕舞ったままの携帯の存在は、あえて頭の中から消そうと必死だった。そーちゃんから連絡がきているかも……そんな淡い期待を捨てる。それでも、歩いているとき無意識のうちに視線が鞄へ向かう。



 不意に、目の前にソフトクリームを差し出される。ワッフルコーンのソフトクリームは、見るからに濃厚そうでとっても美味しそう。顔をあげると、すでにソフトクリームを舐めているイツキ先輩と目線が合う。



「ここのソフトクリーム、すんごい濃厚で美味しいから」

「いくらでしたか?」



 ソフトクリームを受けとる前に、財布を取り出そうとしたら、「奢りだから」と渡してくる。何から何まで、何だか申し訳なくなってくるけど、そもそもわたしを学校から連れ出したのはイツキ先輩のほう。だから、いっか。



「じゃあ、いただきます」


 

 ペロッと舐めると、濃厚なミルクの甘みにビックリする。わたしが大人しく食べ始めると、満足そうに笑った。ぷらぷらと食べ歩きしながら、商店街を歩く。時々、店の人から声をかけられている姿を見て、地元なのだろうかと考える。



 腕時計を見ると、お昼を過ぎていた。楽しい時間は、あっという間に過ぎるものだ。食べ歩きをしていたから、別にお昼を食べなくてもお腹は特に空いていない。わざわざ店に入って食べるのも面倒だし……。



 イツキ先輩が、ふと立ち止まって見上げる。何だろうと同じように見上げると、そこには鳥居があった。商店街から少しはずれたところに、神社があるなんて。しかも、緑豊かで人もちらほらとしかいない。



 寄りたいのかな、と何となく思ってイツキ先輩の顔を見ると、いつになく真剣な顔をしていた。ショップで見た顔とも違う――。どうしたの、かな。商店街を回っている時は、寄りたい店には迷わず寄っていたのに。



「少し、涼みませんか。この神社、緑多くて涼しそうですし」



 気が付くと、そう口に出していた。イツキ先輩は虚をつかれたように、目を丸くしてから――なぜか、泣きそうな顔で無言のままうなずく。二人で、神社へと足を踏み入れた。



 思っていたより、広い神社だった。見て回るのも疲れるから、ひんやりとした冷たい石の階段に並んで座る。しばし、沈黙が落ちる。けれど、風が木々を揺らしポカポカと暖かい日差しに心地よさを感じる。



 街へ出てから、マシンガンのように喋り倒していたイツキ先輩は、珍しく、黙っていた。わたしはとにかく喋るイツキ先輩に相づちを打つだけで精一杯だったけど。珍しく口を閉じたあと、ポツリともらした。


 

「よく、母さんに連れてきてもらった神社なんだ」



 そこからは、わたしなんていないかのように――独り言を呟くみたいに、ポツリポツリと言葉をこぼす。その言葉を、わたしは相づちを打つでもなく、ただ黙って耳を傾けていた。



 元々は、この辺りに住んでいたこと。母親は、病弱な人だったこと。いつもは家で寝ていることが多いのに、たまに自分を連れ出してこの神社へ連れてきてくれたこと。神社にいるときの母親は、普段の大人しい姿とは真逆で、とても元気だったこと。自分が小学校を卒業する前に、母親は亡くなってしまったこと。今は、ヤクザのお父さんの家に暮らしていること。



 ……って、おいおい。さらっと言われたけど、ヤクザなの? わたしの疑問を外に、イツキ先輩は何事もなかったように立ち上がって歩き出す。流れでそのまま一緒に歩き出したけど、そうか……でもまぁ、人の家にも色んな事情があるんだろう。ショップで二人とも制服に着替え、申し訳ないけど服はそのまま返した。



 本当は洗ってから返すのが礼儀なんだろうけど、こんな洒落た服を家に持って帰ったら、サボったことがバレてしまう。それに、生地を痛めないような洗濯の仕方も、わからない。



 ついでに、メイクも落とさせてもらった。家に帰ったとき、家族に不審に思われるといけないし。店長さんはどこまでも気のいい人で、別れ際にこっそりと「イツキをよろしくね」と何か勘違いした耳打ちをされた。



「今日は楽しかったです、ありがとうございました」

「こちらこそ、俺のサボりに付き合ってくれてありがと。何かあったら連絡ちょうだい。いつでも遊びにつれていってあげるよ」



 なぜか連絡先を交換する流れになり、わたしの連絡先にイツキ先輩の名前が増えた。そーちゃんからの連絡は、やはりというか……きていなかった。



 帰りの電車で揺られる。橙色に染まった窓の外を眺めながら、明日からは、勉学に励もうと心に誓う。今日のおサボりは、遅れた高校デビューってことで。



 高校デビュー=ヤンチャになる、という考えはわたしの中では変わらない。そのうち、わたしも夜遊びとかするんだろうか……とそこまで考えたところで、駅についたので席を立つ。駅から、家路を急ぐ。



 ――あ。そういえば、今日学校サボったこと、親に連絡いってるんじゃあ。玄関の扉を開けてからそう気がついたときにはすでに、目の前にお母さんが鬼の表情で立っていたのである。



 イツキ先輩にまた今度、何か奢ってもらおう。というか、何なら今すぐこの場に呼び出してやりたいぐらいだけど、サボった挙げ句遊びに行った相手が男だと知られたらもっと厄介なことになりそうだから、やっぱり後日何か奢ってもらおう。うん。そうしよう。



 そんな風に、現実逃避をしながらお母さんに怒られるのであった。高校デビューって、難しい。

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