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12.化粧は怖くないもの

「いやいやいや、待ちましょうよイツキ先輩」

「姉さん、この子に似合う上下と靴、選んで。ヒール高いのは履けないから、ぺたんこ靴でヨロシク」

「何よ、イツキ。あんたサボり? この子ってどの子……」



 連れてこられたのは、人が行き交うまさしく都会のオシャレなショップ。十代後半から二十代をメインにターゲットにしてしてそうな、お姉さんが着る感じの服が並んでいる。イツキ先輩は、慣れた様子で店の奥へ進み、店長らしきオシャレなお姉さんに声をかけた。



 チラリとブラウスの値札を見て、くらりとめまいがしそうになる。トップスだけでこんなに高いと、上下、靴で一万は軽く越えるのでは。軽い調子で言ったけど、わたしそんなお金持っていない。



 くいくいとっと袖を引っ張って抗議の目を向けるけど、「大丈夫」と口パクで返ってきた。何も大丈夫じゃないぃぃ! 無理無理、と首を横に振るけど、店長さんの前に押し出される。



 顔がひきつるけど、店長さんは意外そうな顔をしてから、ニッコリと笑う。爪の先まで綺麗にケアされた手で握られ、試着室へと連れていかれる。ひらひらと手を振ってわたしを見送るイツキ先輩を精一杯睨むけど、全然効いていない。



 仕方なく試着室で待っていると、店長さんがどっさりと服を持ってくる。トップスを数枚制服の上からあて、鏡を見る。何枚目かのトップスで、手が止まる。うんうん、とうなずいたかと思うとそのトップスを渡された。着替えろと言うことらしい。



 試着室のカーテンを閉めようとすると、止められ、今度はボトムスを持ってこられ今度は店長さんがさっき選んだトップスに合うものを探しているみたい。渡されたのは、ショートパンツ。



 もうどうにでもなってしまえ、と自棄になって渡されたピンクのオフショルダーと、ショートパンツに着替える。靴は大きめのリボンが可愛らしい、イツキ先輩の要望通りのぺたんこ靴。



「あなた、化粧したことは?」

「ない、です……」

「そう。してみたい?」



 コーディネイトが終わって、満足そうな顔の店長さんに聞かれて、迷ったけど……こくりとうなずく。実を言うと、ファッション雑誌とかも買って読んだりしていた。高校生になるということは、それだけわたしにとって特別なことだったから。



 雑誌では、同じ年の読者モデルが化粧をして、可愛い服を着てポーズを決めている。化粧は、密かな憧れでもあった。でも、見た目が小学生なわたしに化粧が似合うのかと、不安で一歩踏み出すことが出来なかった。



 店長さんは、わたしの不安げな表情を見て、安心させるように笑う。化粧道具をいくつか並べ、わたしの肩にそっと手を置いて、鏡越しにわたしを見る。



「男の人は鎧を着て戦に出るでしょう。それじゃあ、女の人の鎧は、何だと思う?」



 唐突にそんな質問をされ、わたしは目を丸くする。確かに男な人は鎧を着るけど、女の人にも鎧があったのか。イメージしたのは、ごつい、漫画とかに出てきそうな鎧。うーん、女の人が着るのは中々イメージ出来ない。



 考え込むわたしを見て、くすりと店長さんが笑う。それから、わたしの口角の横を両方とも指で押さえて、口角をあげるように軽く引っ張る。



「女の人の鎧は、ドレスと化粧ね。貴族の女の人はドレスを身にまとい、化粧をして笑顔で腹の探り合いという戦に挑んだんじゃないかしら。……例えがちょっと生々しかったけど、要は女の子は可愛い服を着て化粧して笑顔でいる。これが一番ってこと」



 付け足すように、「だから、化粧は怖くないものよ」と言ってくれた。化粧は怖くない、笑顔でいる。……うん、何だか不安が薄れてきた。流石はプロ。慣れているんだろうな。



 化粧は、考えたいたほど行程は多くなかった。ホントに軽くしてもらって、髪の毛をゆるく巻いてまとめて、最後に鏡の前で笑って、完成。姿見の前で全身を見ると、大人っぽすぎると思っていたほどオフショルダーも、それほど違和感なく着れている。



「それにしても、イツキってば油断してるな~。一緒にビックリさせてやろうね」



 うふふふ、と何やら怪しげな笑い声を出しながら、るんるんと鼻唄を歌いながらご機嫌な様子でイツキ先輩を別室へ呼びに行った。何だろう、油断って……。首をひねるが、わかるはずもなく大人しく待つ。



 椅子に腰掛けて待っているとやってきたので立ち上がる。わたしを見た瞬間、イツキ先輩がなぜか顔を手で覆った。横では、店長さんがニヤニヤといたずらが成功したみたいに笑っている。



「舐めてた……」

「ふっふっふ、私の手にかかれば幼い顔立ちの可愛い後輩も、あっという間に大人っぽくてイツキをドキッとさせちゃう女の子に変身するのよ」

「……? イツキ先輩、ドキッとしたんですか?」

「したよ。油断してた……」



 素で疑問に思って尋ねると、即答され予想していないカウンターを食らったわたしは、カッと頬が熱くなる。男の人にドキッとしたなんて直球で言われるのなんて、初めて。



 どう反応していいのかわからず、視線をさ迷わせる。先に復活したのはイツキ先輩のほうだった。見ると、イツキ先輩も制服から私服に着替えている。ラフな格好だけど、それだけで充分イケメン。ずるい。



 そーちゃんといい、イツキ先輩といい、何でこう天は二物を与えまくっているんだ。不公平、よくない。そーちゃんは頭よし、喧嘩強い、イケメン、だし。イツキ先輩もイケメンだし、頭もよさそう。



 不意にそーちゃんのことを思い出して、表情が暗くなりかけたけど、イツキ先輩がふざけた様子でもなく、真面目な顔で手を差し出す。何を言い出すのかと思っていたら――



「それでは参りましょうか、姫」

「――――くっ。ズルいですよ、イツキ先輩」



 イツキ先輩が言うと、本気で似合ってしまうから。噴き出して、差し出された手を握る。そして、お礼を言って見瀬の外へ出る。服は、店長さんから私物だからあげると言われたけど、こんな高い服をそう簡単にもらえないと断ったら、じゃあ貸しで――ということで落ち着いた。

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