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11.二年生はヤンチャです

 スマホのトーク画面を見つめ、何度目かのため息。学校に向かう途中の電車の中で、何度もそーちゃんとのやり取りを眺めては、またため息。高校に受かったよと報告して以来、あれほどマメだった連絡が途絶えた。



 家にも訪れてみたけど、例の気合いの入った運転手さんが申し訳なさそうに頭を下げ、「会うことはないとおっしゃってますので……」と言われてしまった。何かしてしまっただろうかと尋ねても、何も言えないと言われて門すら開けてくれない。



 真理夏に連絡するも、同様に連絡が途絶えていて心配しているようで、お互い首をひねっている。最後に会ったのは、クリスマスイブの日……誕生日を祝ったあの日。高校に受かったと報告するまでは、普通に連絡が取れていたのに……っと、学校の最寄り駅だ。



 だいぶ満員電車にも慣れて、人混みの隙間をぬってホームにおりる。さて、気持ちを切り替えなくては。人数はそれほど多くない。二、三年生の教室を覗けば、田中樹先輩が見つかるだろう。しかし、いかんせん年上に苦手意識のあるわたしは、中々訪れることが出来ずにいた。



 ちなみに、入学式当日にひねった足首はすっかり治った。お母さんから渡されたお礼のお菓子を持って、学校の前に立つ。年上、先輩、ぐるぐると思考が巡るけど、ぐっと握りこぶしを作って気合いを入れる。



 二年生か三年生しかいない。勇気を出して学校の建物に入る。通りかかった先生に声をかけて、事情を説明をすると、二年生の教室に案内してくれた。



 ドキドキしながら教室の扉を開けようとして、何かが飛んで(・・・)きたので、咄嗟に目をつむって頭を抱えるようにガードしながら、しゃがむ。恐る恐る目を開けると、それは――人間だった。気絶しているのか、ピクリとも動かない。教室の中は、どこぞのヤンキー高かってぐらい荒れてる。



 まだ授業が始まる時間じゃないにしろ、この有り様は酷い。お菓子を食べながらお喋りに夢中になっている女子たちに、教室のど真ん中では喧嘩の真っ最中。どうも、吹っ飛んできた人は、この喧嘩に巻き込まれた被害者みたい。後ろで案内してくれた先生が「あれあれ……」と諦めたような、ため息をつくのが聞こえた。



 喧嘩の真っ最中なのは……あれぇ!? 田中先輩! と、もう一人は雰囲気が違うから最初はわからなかったけど、髪をオールバックにしたそーちゃんだと気が付く。えっ……と。これは、どうするべきなんだ。



 お互い、わたしから見れば背が高い……百七十は越えているであろう二人が、睨み合っている。方や崩しすぎて最早原型留めてない制服姿の黒髪オールバック、方や茶髪にピアス。こちらも制服を崩して着ているけど、まだ原型はわかる。



 しゃがんだままポカンと固まっていると、お喋りに夢中だった女子の一人が声をあげた。駆け寄ってきて、心配そうに眉を下げる。髪は金に近い茶色で、胸元が滅茶苦茶開いてて派手だけど、声色は優しい。



「大丈夫? この間の子だよね、一年っしょ。もー、イツキと目黒クンがド派手に喧嘩してるから怖がってんじゃん」



 目黒……やっぱり、そーちゃんだ。まさか、同じ高校だったとは……思いもしなかった。でも、何で。どうして突然連絡してくれなくなったの。女子の咎めるような声に、喧嘩していた二人は睨み合いを止めてわたしに視線を向ける。



 そーちゃんは、わたしと目が合う前にサッと逸らした。ズキリと胸が痛む。何で――。考えている間に、田中先輩が人なつっこい笑みで駆け寄ってくる。わたしは、あわあわしながらもお菓子を取りだし、頭を下げる。



「田中先輩。この間は本当に、ありがとうございました」

「わ、俺の好きな店のどら焼きー! やった、めっちゃ嬉しい。足は大丈夫? あと、イツキって呼んで。田中だとありふれすぎてて好きじゃないんだ」

「はい、すっかり治りました。わかりました、じゃあイツキ先輩で」

「うん、よかった」



 ――あ、怪我してる。イツキ先輩の頬に擦り傷が出来ているのが、そーちゃんの小さい頃とかぶって見え、ポーチから絆創膏を取り出して渡していた。イツキ先輩も、周りの人も、ポカンとしている。わたしは、恥ずかしくなりながらもうつむいて言い訳のように言葉を並べる。



「ええと、その……け、怪我をしているので。小さな傷でも放置はよくないと聞きますし、絆創膏の一つでも貼っておくだけ違うかなと……」

「ぷっ、面白いね。キミ、名前何だっけ? 絆創膏ありがと」

「杠六花です」



 イツキ先輩と会話している間も、チラチラとそーちゃんのほうを見たけど、なぜかふてくされたようにそっぽを向いたまま。流石に、高校二年生にもなる男の人をちゃんづけで大きな声で呼ぶわけにもいかず、ただ見ているしか出来なかった。



 どうして――? わたし、そーちゃんに嫌われることをしてしまったのかな。クリスマス会をしたときは、本当に嬉しそうにプレゼントを受け取ってくれたし、楽しそうだったのに。……わたしの、思い込みだった? わからない、そーちゃんの気持ちがわからないよ。



 わたしの視線に気が付いたのか、ニヤリといたずらをする子供のように笑ったかと思うと、イツキ先輩に手を握られる。ビックリして顔を見ると、「行くぞ」と手を引かれる。足を気遣ってくれているのか、ゆっくりと、だけど先生たちに見付からないように隠れながら学校を出た。



 春の暖かい風が頬を撫で付ける。サラサラと、おろしている髪の毛が揺れた。イツキ先輩に手を引かれるまま、無言でお互い歩き続ける。ふと、思い出したように口を開いたのはイツキ先輩。



「そうだ、絆創膏貼ってよ」

「え? 自分で貼れば――」

「ほっぺたは自分じゃみれないだろ。それに、小さな傷でも放置するなって言ったのは六花ちゃんだよね」



 そらを言われてしまうと、うっと押し黙るしかない。仕方なく、イツキ先輩がポケットから取り出した、わたしの渡した絆創膏をわたしが貼ることに。貼り終えてから、思わずペシリと軽く叩いてしまった。イツキ先輩は笑いながら軽口を叩く。



「酷いな~、怪我人だよ?」

「知りません」



 ふい、と顔を背ける。年上が苦手なわたしでも、普通に話せる不思議な先輩だ。でも今は、軽口に付き合っている気分ではない。それに、さっきまでそーちゃんとド派手な喧嘩をしていた男だ。……そんな男に、どうして大人しくわたしはついてきているのか。



 一方的に関係を切ろうとしている、そーちゃんへの反抗心みたいなものか。やっぱり、まだまだ子供だな、わたしは。顔を背けたまま歩いていると、イツキ先輩が駅に向かっていることに気が付く。



「……どこ、行くんですか」

「ん、街にでも出ようかと思って。制服から着替えないと補導されるかもだし」



 イツキ先輩はなんてことないように茶目っ気たっぷり、そう言ってみせた。まぁ確かに。制服のまま街をうろついていたら、確実に補導されると思う。お巡りさん、怖いし。もうあんな怖い目には合いたくないものである。

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