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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
1章 風の旅立ち
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『風の加護2』

 「何故、そうだと……?」


 迸った電撃が氷の矢を砕き、服の端々を焼き焦がす。

 雷野郎は自由になった身体を起こすが、襲ってくる様子はない。

 むしろ戦意喪失という雰囲気だ。


「あなたの魔法ならば、ハヤテや私を無力化することは容易かったのではないですか?」

「……肯定、だ」

「そうしなかったのは、目的がこれを受け取ることだからですよね」


 レインは懐から封が開けられていない手紙を取り出した。

 よく見れば、雪の結晶を囲むようにスノードロップが描かれた封蝋印が押されている。

 その紋章がどこの物なのか、グリーングラスを出たことがない俺でも知っている。リーフェルの本に載っていたのを見たことがある。


「まさかお前……」


 レインは一度手紙を懐へ戻すと、ポケットから腕章を取り出して腕につけた。


「私はドロップリア王国騎士団の副団長です」

「はあああぁぁっ!?」


 目は飛び出そうなほど見開き、驚きのあまり顎が外れるかと思った。信じられないため自分の頬を思いきりつねった。

 どうしてそんな大物がこんなところにいるのか、何故わざわざ俺を連れ出そうとしたのか、疑問は募るばかりだ。

 そんな疑問の1つを、レインは紐解いてみせた。


「力を示すこと……それが騎士団の入団条件なんです」

「力を示すこと?」

「はい。騎士団には団長と副団長である私の他に、四人の幹部がいます。その内の誰かに認められ、証である親書を騎士団本部に提出すると入団できます」

「……その副団長様が、なんでこんな田舎町に来たんだ?」


 嫌みっぽく質問してみるがレインが気を悪くする様子はない。


「実は今……私達は団長から、あるダンジョンで急激に増加した魔物の討伐、および原因の調査を命じられているのですが……」

「副団長つっても、今のレインは自分の小隊持ってねぇんだ。だから旅の途中で仲間を集めようとしてたとこで」

「ナチュレ国で会ったこいつらにハヤテを推薦してやったってわけさ」


 レインの情報に補足したのは謎の二人組を両脇で軽々と抱えたフレアと、何故かしょげた様子のソナーレだった。

 ちなみにナチュレ国とはこのグリーングラスを含む一帯の村を領土とする、自然豊かな自由国家のことだ。

 自給自足をモットーに、農業や林業が盛んに行われており、色とりどりの瑞々しいフルーツが名物になっている。

 フレアはひょいっと二人のことを地面に下ろした。どちらもこの雷野郎と同じく大和ノ国の服装をしている。


「こいつら合格な」

「あっ、はい!」


 レインはいそいそと新書を二通フレアに手渡す。


「えっと、お名前は……?」

「確か忍者の方がヤナギバツクヨミ、武士の方がホヅミヤギンシっつったよなぁ?」

「ああ」


 ソナーレに確認したフレアはレインが名前を手帳にメモするのを待っていた。

 隣で手帳を覗いていた雷野郎が目をしばしばとする。確か大和ノ国とこっちの大陸の文字は違うもんな。


「こいつら隠密系統の魔法に索敵の魔法を使うんだぜ? あの隊に向いてると思わねぇか?」

「でしたら新書とは別に推薦状を書いておきましょうか」

「ああ。頼む」


 フレアの視線が俺らを襲ってきた雷野郎に移る。


「…………ところで、お前はこの二人の仲間じゃねぇのか?」

「仲間とは、少し違う。従者だ」


 眉を寄せ、口をへの字に曲げながら続ける。

 不機嫌であることを象徴するように、静電気のように小規模な火花が散った。


「一人で良かった……が、父が無理矢理……」


 確かに一人旅でも申し分ない強さを誇っている。だが、従者を二人もつけるということは、余程過保護な父親か、それだけ高い身分だということだろう。

 レインは少し考えた後にイタズラを思い付いた子供のように微笑んでみせた。


「あなたが何故騎士団に入りたいのかは知りませんが、人を傷付けたくないという優しい心を持っていることはわかります」

「そんな、ことは……」

「全身を濡らした相手に雷を流すという行為は、加減が大変難しいと思います。けれどあなたは、ハヤテを殺さないように雷を制御してみせました」

「そういえば俺、湖に落ちてビショビショになってたな」


 フレアとソナーレが呆れ顔を向けている気がする。

 もう乾いてきてたし、襲われてそれどころじゃなかったんだよ。

 レインは虚を突かれたように固まる相手へ手を差し出す。


「私はあなたのような人を迎えたいです」

「迎え?」

「はい。あの二人と離れることになりますけど……」


 無表情が、ほんの少しだけ崩れたような気がした。レインの手を力強く握り返す。


「トールだ。よろしく、頼む」

「よろしくお願いします。トール」


 フレアは仲間が増えたのが嬉しかったのか満足げだ。


「んじゃ、今のとこレイン率いるブルースター隊は俺とトールってわけか。まだまだ任務遂行するためには人手が足りねぇな」

「ハヤテもですっ!!」


 一瞬、フレアの口元が笑ったような気がした。

 けれどそれはほんの一瞬で、すぐ不機嫌そうに眉を上げる。


「こいつは俺に負けたんだから、連れていくわけねぇだろ?」


 あからさますぎるレインへの挑発だった。

 でも、今の俺の実力では足手まといにしかならないのは確かだろう。


「それは本心ではないですよね?」


 レインの冷静な指摘にフレアの表情が固まった。


「フレアは私が必ずハヤテを欲しがるとわかっていたから、わざと突き放しているんですよね」

「なんのためにわざわざそんなことしなくちゃなんねぇんだ?」


 レインの銀髪が風で緩やかに靡いた。


「大罪を刺激して――私を戦わせるために」

「わお。カッコいい」


 ソナーレの耳障りな口笛が聞こえた。

 俺の魔法を知った途端にレインの目の色が変わったことを考えると、フレアはレインが何を求めているか知っており、それが俺に関わっているということになる。

 レインは水を媒介として魔法を使い、氷の矢を生成した。魔法は水と氷。

 つまりレインは『何か』に対して強欲であるに違いない。


 これは属性がその人の本質であると言われる由縁が関係している。

 人々が魔法を使うために背負う七つの大罪があり、その大罪は属性により七つに分類され、さらに個々によりその内容は変わる。

 もちろん複数の属性を扱えるならば複数の大罪を背負うことになる。


 風と音の属性ならば嫉妬。俺は『家族』、ソナーレは『友情』を大事にするあまり、他者が親しくしていると相手が誰であろうと嫉妬してしまう。


 水と氷の属性ならば強欲。何かに対して異様に執着し、他者を蹴落としてでも手に入れようとする。

 レインはこれだな。俺やトールの何が気に入ったのかはわかんないけど。


 炎と幻の属性ならば憤怒。触らぬ神に祟り無しとはよく言ったもので、ようするに感情を抑えられなくなるような禁忌が存在するということだ。

 俺の予想だとフレアは『未来』に関連することが該当するはずだ。


 雷と光の属性ならば色欲。色欲に溺れるというより、魅了という面が強いと何かの文献で読んだ記憶がある。つまり常に何らかの対象を誘惑しているらしい。

 トールがこれに当てはまるはずだが、レインが惹かれているのは色欲のせいではないような気がする。


 土と木の属性ならば怠惰。特定の何かに対してしかやる気をうまく出せないらしい。

 リーフェルは木の魔法であり、確か『家族』のこと以外には怠慢になりがちと言っていた気がする。


 闇と影の属性ならば傲慢。特定の何かにおいて偉ぶるらしい。代表的な例といえば闇の属性で呪術系統の魔法を操るという常闇の魔女だろうか。

 彼女は元々災いを呼び込むと噂されていたが、『魔法』に関して傲慢であることが拍車をかけ、忌み嫌われるようになったと聞いたことがある。


 最後に時間と空間の属性ならば暴食。 いくらでも食べることが出来ると言われており、時間と空間に関する魔法は膨大な魔力を消費するため、魔力枯渇を防ぐための保険だと考えられている。

 この時間と空間の属性はかなりレアで、世界でも数えられる程しかいないらしい。例として挙げるならば、未来を予知したり瞬間移動をすることが出来るらしい。

 実際に見られる機会なんて一生無いとは思うけどな。


「戦うのは、他人を傷つけるのは怖いです。でも、ハヤテを連れていくことだけは譲れないんです!」

「なら、どうするってんだ?」

「騎士の十戒の一つに、騎士は心身共に強くあれとあります。勝者は敗者に有無を言わせず、一つだけ命令できる権利が与えられますよね」

「レインは俺に勝てるって言いてぇのかぁ?」

「はい」


 ハッキリと自分の意志を示したレインに対し、フレアはローブの裾を翻した。

 キッパリ断言され、フレアは愉快に笑った。ローブの内側から剣を抜き、構える。


「いいぜ、受けて立ってやろうじゃねぇか!」


 対してレインの手の中には水滴が集まり、それは剣の形を型どっていく。凍り付いたそれは氷で精製された細剣――レイピアだった。


「あー……お前さんら、水指すようで悪いが……とりあえず二人を宿に運ばないか?」

「別に死なねぇだろ」

「緊急を要するとは思えません」


 完全にのびているツクヨミとギンシを指差すソナーレは一応最年長者なのだが、火花を散らして睨み合う二人の剣幕の前では形無しだった。


「……わかったわかった。お前さんらの気が済むまで戦えばいいさ」


 投げやりに告げたソナーレは二人を見守るため、手頃な石の上に腰を下ろした。

 トールと共にソナーレの横に座る。


「騎士団の、実力拝見」


 トールは従者のことなどそっちのけで、レインとフレアの決闘が始まるのを今か今かと待ち望んでいた。

 ソナーレにしか心配されない二人が、なんだか気の毒になってきた。

 眠ったままのツクヨミとギンシ。つついたところでやはり反応は見られない。


「何をやってもすぐには目覚めないぞ、ハヤテ」


 言いながらソナーレはフルートをクルクルと回していた。

 ソナーレによる音の鼓舞する魔法は、竪琴の小さい音で付近の仲間のみ戦闘能力や回復力を促進させる。

 睡眠促進などの場合は広範囲に音を伝える必要があるから、竪琴よりも音が響き渡りやすいフルートを使うって言ってたな。


「おいソナーレ、てめぇが立会人をやれ」

「はいはいっと」

「お願いします」


 レインはソナーレに向け、深々と頭を下げた。多少とはいえ、巻き込んだことを気にしているのかもしれない。


「んじゃ、二人共もう少し離れろよ?」


 フレアとレインが互いの武器の間合いから離れ、足を止めて向き合う。

 ソナーレは木の小皿を二つ重ね合わせたような楽器をポケットから取り出した。

 青色のそれを、俺は何度も見たことがある。リーフェルが踊る時に使っていた楽器だ。


「では、始め!」


 ――カンッ!!

 甲高い音と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。

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