『月の誓言3』
不意に現れたのは俺の記憶が産み出した亡霊……ではなく、メイジー本人のようだった。
赤い頭巾からははちみつ色の髪が覗いており、出会った頃と同じくらいの年頃に見える。
身体はうっすらと透き通り、淡く光る火の粉を纏っていた。
実体を持たない霊魂のような存在なんだろうか。
『ハヤテのお姉さん、僕のことはフルネームではなくメイジーと呼んでくれないかい?』
「すまない。ええと、めいじー」
メイジーは自分の名前を呼んだトールへ訂正を求める。不思議なことにメイジーとは顔見知りだったらしい。
それに、俺でさえフルネームは知らなかったのに……
「本当に生きていたんだな」
『氷漬けだけどね。それよりも、意識が戻ったなら自分の姿を確認した方がいいんじゃないかな?』
苦笑混じりなメイジーの言葉を理解し、怪我が治ったカースとトールからさっと顔を背ける。仄かに赤みがあるとすれば、胸元や裾の辺りが燃え落ちてしまったからだ。
大和ノ国では嫁入り前の女性が肌を見せてはいけないって話を聞いたことがある。規則とかで縛られてるわけじゃないみたいだけど。
メイジーもその話を聞いたことがあるのか、トールの服に火の粉のような光の粒が集まり、焼け落ちていた箇所が元通りに再生した。
「この服は気に入っているの魔法で直してもらえるかしら?」
『……いいよ。君が僕に誓いを立ててくれるなら』
「なあ、お前ら会ったことがあるのか?」
「いいえ」
『初めて会ったよ』
初対面にしてはお互いへの認識が高すぎる気がした。魔法のことまで知っているみたいだし。
俺ですらメイジーの魔法がどんなものか知らないのに、なんでトールとカースが……
醜い嫉妬心を抱きながら、表面上では平静を取り繕う。顔はこわばってる気がするけれど、二人が俺の『家族』だと自分自身に言い聞かせるので精一杯だ。
俺は『家族』に関して嫉妬する。それが七つの大罪だ。
つまり二人を『家族』だと心から思えるなら、嫉妬の対象からは外れるだろう。
……なんて、今にも穏やかな感情が消え去って、衝動を抑えられなくなりそうなんだけど。
『初対面だけれど、君の仲間のことは見ていたからね』
「メイジーの魔法か?」
『いいや、確かに魔法による効果ではあるけれど……君らもよく知る人が、眠っている僕の目になってくれているんだ』
「君ら? ますます意味がわからん」
『それでは手っ取り早く答え合わせをしようか』
メイジーに誘われ、俺らは実験室を出た。
薄暗さの中、ひんやりとした冷気が足下を中心に吹き抜けていく。
アッシュに隠されていた人影がだんだんと近くなるにつれ、不安が胸を支配していく。
俺と親しく、メイジーと関わりがある人物。そんなの俺の周りには一人しかいない。
透明な氷の檻に閉じ込められた姿は、俺が予想した通りの姿だった。
「……どういうことだ」
疑念の声は低く、事態の深刻さを強調するかのように重く響いた。
燃え滾る炎のような髪、金の刺繍が入った丈の長い深紅のローブ、そして腰にはスノードロップの刻印が刻まれた剣が下げられている。
俺はノイのことを知っていたから驚きは少ない。けれど、俺以外の三人は大きな疑問を持つことになる。
「どうしてここに、フレアがいる」
「多分違うよ。こっちが本物なんだよね?」
『そうだよ』
アステの質問をメイジーは肯定した。この時点で俺らと共に旅をしていたフレアは偽者ということが明るみになってしまった。
俺は多分、仲間の中で不和が生じるんじゃないかって漠然とした不安を抱えていたんだ。
『……あまり驚いていないということは、ハヤテは一緒に旅していた偽者の正体を知っているってことかな?』
「知ってるよ。見てたならわかるはずだろ」
『いいや、僕はいつも見ているわけじゃないよ』
メイジーが口にしているのは当たり障りのない内容ばかりで、まるで俺らに気付いてほしいことがあるように思える。
何らかの理由で口外できないから、ヒントだけを散りばめているような……
「ホロウリィで鍛えてもらってた時に、フレアが突然気を失って、波止場から落ちてきたのを受け止めた。それで、うわごとの中に答えがあった」
『……どんな言葉だった?』
慈しむような声音に心が震える。
記憶を洗い出しながら丁寧に言葉を紡ぐ。
「アッシュとロキより早く、助けないとって言ってた……」
『うん』
「それに、俺のこと忘れててごめんって……」
『ハヤテも思い出したんだね』
俺も自覚はないけれど忘れていたのかもしれない。グリーングラスにいた頃はメイジーやリーフェルのことをずっと考えていた。
けれどアッシュとノイについては何故か思い出すことはなかった。
魔法にでもかけられていたんだろうか。
だとしたらいつ誰にかけられ、何をキッカケに――いや、キッカケは落ちてきたノイとの衝突か。
「ブルースターの仲間であるフレアの正体は……メイジーの妹でアッシュの片割れだろ……?」
『その答えを肯定することも否定することも僕にはできない。だけどその人物と因縁を持つ相手がこの闘技場の奥へと向かい、アッシュもそれを追いかけた』
何年も離れていた俺には、ノイと因縁がある人物に心当たりがない。
子供の頃は毎日一緒に遊んでたのに、今では名前も顔も立場も違う。何も話してもらえない自分の頼りなさが歯痒くてしかたない。
でも無理やり問い詰めるんじゃなく、自分から話してくれるのを待ちたいと思うのは驕りなんだろうか。
「めいじー。貴様の存在はハヤテだけではなく、ロビンからも聞いていた」
「へ?」
予想だにしない名前が出てきたため、関係の深いアステがポカンと口を開けた。
「その魔法は夢を現実にする幻属性の魔法。つまり私達と接触することを夢に見たことで、凍り付いた身体は眠りついたまま、魂だけの姿となって顕現しているのだろう」
「夢を現実に……あのマッチって、もしかして……」
『よくわかったね。でも、半分正解』
アステがプラネタリウムを見るために使った魔法のマッチはロビンから貰ったものみたいだったけど、元はロビンもメイジーから貰ったものだったのか。
『僕はノイの夢に棲んでいる。それが答えだよ』
俺にはピンとこなかったけれど、カースはわかったらしく口角を上げた。
「なるほど。その『夢現』は継承魔法なのね。今は貴方から妹のノイ――フレアに継承されているというところかしら」
「継承魔法……具象魔法と同じく稀少な魔法か」
「ええ。一般的な詠唱魔法と常用魔法は確か全体の八割くらいかしら。いくら継承魔法もあるとはいえ、あれだけ物語の因果が重なっている子は初めて見たけれど」
思わず口を滑らせたというように、カースは慌てて口を押さえた。
宵闇の魔女は呪いを振り撒くという悪評の他に、魔法の研究者として名を馳せているという噂も聞いたことがある。
実際、魔法や魔術について語っている時は心なしか生き生きとしているように見える。
『そこまでわかっているのなら、僕が君に望んでいることもわかるんじゃないかな?』
「フレアとの因縁を持つ相手は、どの物語に関連しているのかしら」
『いばら姫だよ。ノイは愛称で彼女の名前はノイバラなんだ』
いばら姫なんて物語は聞いたことがない。大和ノ国が出身のトールもホロウリィから出たことがないアステも知らないみたいだ。
けれどカースだけは、その物語の名に衝撃を受けていた。
顔は蒼白となり、身体を小刻みに震わせている。
「……そう。それは私にも関わることね」
それだけ呟くと唇をきゅっと結んだ。
恐怖を押し殺すために歯を食い縛っているようにも見える。
『団長が来ているんだろう? それもその人物を追ってのことだよ』
団長の話では『封印』の魔法が解けかかっていたからこの地を訪れたようだったけど、実際の目的は違ったのか。
それともメイジーの言葉が虚言なのか。
疑問は尽きることなく沸いてくる。
「メイジー、どうして俺らの前に現れたんだ」
『君らがせっかくここに、僕のいる場所に来てくれたからね。直に会ってみたかったんだ』
「そもそもどうしてここに『封印』されてるんだ」
核心に触れる問いを受け、メイジーから笑顔が消えた。
緊張が走り、静電気のようにピリついた空気が流れる。
『上手く話を逸らしていたんだけどな』
メイジーは一呼吸置くと腕を上げた。不思議と指先に視線が集まる。
パチンと音を立てて指が弾かれると、メイジーの身体を炎が包み込み、焼かれている箇所から外見が氷漬けになっているフレアの姿に変わった。
『僕は……いや、俺は妹から『未来』を奪ったことに憤怒し、この世界を『破壊』しようとしちまった。だから団長は止めるために俺を『封印』せざるを得なかった。それだけだ』
メイジーの言葉は『それだけ』という言葉で片付けられないほど壮大だ。
でもこれでノイが『破壊』の魔法を使うことにも納得した。つまりノイは自分がメイジーだと思い込んでいるんだ。
おそらくは何者かの魔法によって……
『妹達には呪いがかかってる。それを解かねぇとどっちかが死ぬ』
「アッシュかノイが!?」
『ああ。少なくとも俺はその呪いが解けるまで、ここで眠ったままだ。じゃねぇと七つの大罪のせいで感情が暴走しちまうからな』
憤怒の感情が暴走する直前の状態でフリーズはメイジーを凍らせた。原因を取っ払わなければ、メイジーの『封印』を解くことはできない……
大和ノ国に向かうことの他にもう一つ目標ができたな。
ノイにかけられた呪いを解き、メイジーを目覚めさせる。アッシュを追いかければ手がかりが掴めるはずだ。
「そういえばカースに誓わせたいことってなんなんだ?」
『要求する誓言はただ一つ。俺の家族には絶対に『呪術』の魔法をかけるんじゃねぇ』
意表を突かれたのかカースが目をぱちくりとさせる。
しばしの逡巡の後、言葉を噛み締めるかのようにゆっくりと首肯した。
「ええ、誓うわ。今後、私はあなたの家族に『呪術』を一切使わない」
メイジーにとっての家族に、俺は含まれているんだろうか。そんな疑問が頭を過った。




