『月の呪縛3』
案内されたのは兵舎にある客間の一つのようだった。
煤まみれの暖炉、錆び付いた蝋台、埃が積もったテーブルから、しばらく使われていなかったことがわかる。
フリーズがテーブルを囲んで座るように視線で促してくるけれど、そのまま座るには抵抗があるわね。
しかも可愛い妹にだけは新品の椅子を用意して、間違われないようにネームプレートが置いてあるわ。
「なんで掃除してないの?」
パロマやロビンにお世話をしてもらっていたアステは、この汚部屋に耐えられなかったみたいね。「ちょっと待ってろ」と言いながらハヤテが窓を開ける。
「風よ、室内を清めたまえ」
部屋の塵や埃が風で洗われるように窓の外へと飛んでいく。
ハヤテの『禊祓』は人の罪を祓うもの。つまりこれは『加護』の魔法による効果ね。
音を消したり速さを得たり、応用力の多さはさすがエレメントの一人だわ。
「これで大丈夫だろ?」
「ありがとう、ハヤテお兄ちゃん!」
アステの方が何十倍も年上のはずだけれど、ハヤテは弟のように甘やかしてるわね。
あれこれと世話を焼いているけれど、どちらも狭い世界しか知らない箱入りで、似た者同士だからかしら。
全員が揃って席に座ると、早速フリーズが話を切り出した。
「単刀直入に言おう。我々ドロップリア王国騎士団では、宵闇の魔女である彼女を快く迎えることはできない」
「ですが兄様、彼女は私を助けてくれたんです!」
「愛しい妹の頼みは聞いてやりたいが、彼女はスカンディナヴィアとの繋がりだけではなく、十三番目の魔女の疑惑があるのだ」
十三番目の魔女は、呪術を扱う私すら呪うことができる忌まわしい魔女。
本来の番号は彼女に剥奪され、私はやむ無く十三番目の椅子に座ることとなった。
けれど魔女でもない彼らにとってはそんな事情を知るよしもない。私自身、証明することすら……
「仮に十三番目の魔女だったとしても、お姉ちゃんとスカンディナヴィアとの関わりはないと思うよ」
「どういうことだ?」
フリーズの眉が上がり、アステはネコのように目を細めて笑った。
焦らすかのように、黙りこくっている。
「……嫌疑が払えなければレインと同行することを許可できない。もちろん、素性が知れない貴様らも同義だ」
理屈は通ってるし、明らかに正論ね。
騎士団に異分子が入り込むことより、私情を優先するのはどうかと思うけれど……レインちゃんに向けられる熱を帯びた視線を見れば、どれほど愛しているかわかるもの。
「名乗ればいいってこと?」
「多分な」
「ふぅん……」
トールが刀を床に置き、その前で両膝をついた。椅子ではなく床へ直に座るのは大和ノ国固有の文化だったわね。背筋が伸びていて、座るまでの所作も美しかったわ。
「私は大和ノ国は四月一日家の長女。名は明かせぬため、トールと名乗っている」
「トール……神話に登場する雷神トールだな」
「左様。スカンディナヴィアの禁術管理者にして、私に武を教えた師匠、ヨルズから頂いたものだ」
「まさか、魔女以外にもスカンディナヴィアの異分子が混ざっているとはな……」
レインちゃんがフリーズとトールの間に割り込む。
「俺はナチュレ国のハヤテ・フロックス」
名前を聞いた途端にフリーズは「貴様が……」と呟いて眉をしかめた。
些細な変化だからレインちゃんでさえも気づいていなかったみたいね。
「トールの弟だから擁護するってわけじゃないけど……ホロウリィでは何度か師匠を敵として相対してたし、俺は仲間として信頼してる」
フリーズは何も言わず、ただ真っ直ぐとレインちゃんを見つめる。
しびれを切らしたようにアステが声を張った。
「ボクはホロウリィの元星の御使い。先代星の巫女である放浪の魔女と、先代星の御使いである生命の魔女の息子で、星導の魔女のアステ・クルス・アルメシアだよ」
「待った! 情報多すぎてわけわかんねぇ!」
ストップをかけたのは、情報処理が追い付かずに頭をオーバーヒートさせるフレアだった。
一心不乱に髪を掻きむしっている。
「ねえ、ボクは魔女の座をお母さんから継いだからピンと来ないんだけど……」
いつもの穏やかさや無邪気さとは異なる薄暗い表情。声は怒気を孕んでいた。
「魔女は魔力が強いだけなのに、どうして敬遠されなきゃいけないの?」
「あ……」
「それとスカンディナヴィアの人間はみんなロキの味方をしてるとか、悪人だなんて決めつけないで」
肩書きに縛られずに個人として見てほしい。アステの言葉に秘められた想いは、私の胸にも響いた。
「貴様の話は善処しよう。しかし、宵闇の魔女を認めるわけにはいかない。他の団員に示しがつかないからな」
「同じ魔女なのに、なんでアステは良くてアステの親やカースはダメなんだ?」
「生命の魔女の愛息子だからだ」
生命の魔女……確か、命を創造する魔法を持っていたにも関わらず、禁術管理者は管理どころか黙認していたという特別な存在……
氷雪のように透明な銀髪は澄んだ冬空を思わせ、黒檀の瞳はことごとく魔法を見破ったと聞くわ。
魔法都市スペルフィルでは今でも誇り高き魔女として語り継がれ、魔法学校の教材にも載せられているくらいの有名人なのよね。
「兄様。トールやカースを信用できないと仰るなら、彼女達を信頼している私のことを信じてください」
フリーズの抱く疑念を洗い流すように、暖かい言葉の雨が降る。
レインちゃんと初めて会った時に込み上げてきた懐かしさ。その正体は、相手と想い合っているという絶対的な安心感だった。
初対面なのに家族との再会みたいな気持ちだったのよね。
居心地の良い関係から追放されたくない。レインちゃんと離れたくない。
だって私は――
「団長。面倒な問答で決めるんじゃなく、俺らと賭けでもどうっすか?」
「賭け?」
「完遂すれば悪評を払拭できるような依頼ってないっすかね」
「ふむ……」
賭け事には思い入れがあるのか、フリーズは染々とした様子で思慮を重ねる。
「いいだろう。入団試験を出してやる」
「よっしゃあ!」
「ただし、レインとフレアは待機し、四人で行ってもらう」
「えぇっ!?」
ぬか喜びになってしまったフレアは、挙げかけた腕の行き場を失っていた。中途半端な位置で動かした後、そっと身体の横へ下ろした。
「構わない。戦力としては申し分ない」
トールの言う通り、バランスはとれていると思うのよね。
トールが前衛として敵を惹き付け、ハヤテが中距離からサポート。私が後方から魔法や魔術を使い、アステは回復要員として私の隣で待機ね。
不安要素はいくつかあるけれど、なんとかなるような気がするわ。
「貴様らへの依頼は、この町の地下にある闘技場へ行き、ある人物の『封印』の状態を確認することだ」
「レインの兄ちゃんが『封印』した人物ってことは……ロキか?」
「いいや、違う。だが名前を教えることはできない」
闘技場はレインちゃんの過去に出てきた場所で間違いないでしょうね。何年も前の魔法が今でも保持できているなんて驚きだわ。
そして私の予想が正しければ、ここに眠っているのは本物のフレアじゃないかしら。
僅かに動揺を見せたから、フレアは呪いと共に魔法が解けて、記憶を取り戻したのかもしれないわね。
「……なるほど。『封印』から魔力が溢れたのを感知し、わざわざ団長自ら出向いてきたのね。けれど厳戒態勢の中、闘技場に『封印』を解こうとする人物が現れたことで、魔法をかけた本人は行けなくなった……というところかしら」
依頼の答えに至った私は、無意識に考察を口にしていたみたいね。フリーズに冷ややかな眼差しを向けられる。
「兄様! 私もハヤテ達と行きたいです!」
「団長、俺も行かせてくれねぇすか」
「貴様らは駄目だ」
「「お願いします!」」
自身の意思を貫こうとするレイン、あくまで上司の命令に従うフレア。二人は王国騎士団という組織に縛られているから、勝手な行動は許可されない。
私も十三番目の魔女という肩書きに悩まされていたけれど、自由を諦めようとは思わないわ。だからこれは精一杯の抗議なんでしょうね。
「大丈夫よレインちゃん」
レインちゃんやフレアの気持ちは嬉しいけれど、彼らの助けを借りてはいけない。
これはあくまで、私達が二人と共にいるのに相応しいかというテストなんだもの。
待ち受けている相手が何者か、フリーズには予想がついているんでしょうね。
「ただ一つ、団長さんに約束してほしいことがあるのだけれど」
「私と約束?」
「ええ。もしこの任務を問題なく終えることができたら、月蝕の日に私とお茶をしてくれないかしら」
「構わないが……」
怪訝そうな顔を向けられても仕方ないわ。会ったばかりの人に誘われたらそうなるわよね。
でも本当は今日初めて出会ったわけじゃないの。
時間と共に風化して、忘れられてしまったようだけれど……私の想いは消えないわ。
「そうと決まれば、準備を進めましょう!」
さっそくカバンの奥に詰めたとっておきの薬瓶を、マントの裏ポケットへと差し込んでいく。
腰元のベルトには傲慢の魔道書、胸ポケットには具象魔法に使用するタロット。そして胸元には――マリーゴールドが装飾されたタクト形の杖。
魔女としての正装であり、私にとっての晴れ姿。
早く帰れるように頑張らないといけないもの。気合いが入るのは当然だわ。
呪縛が解けたその時に、再び私の名前を呼んでくれると約束したから……
私は信じてその時を待っているわ。




