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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
5章 月の罪滅し
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『月の呪縛2』

 ヒュプノスへ向けて歩き出して数時間。すっかり日が沈んだ頃に、ようやく町の端へと辿り着いた。

 灰のように煤けた雪が降っていて、薄暗い寒空の下は侘しさを感じるわ。


 手を繋いだアステとハヤテが「せーの」で合図し、一斉に境界である柵と柵の間を跳ぶ。

 境界を越えた瞬間、空気が重く冷たくなった気がした。

 ともかく、これでホロウリィを完全に出たことになるわね。


「……ホントにホロウリィ出ちゃった」

「いや、ナチュレ国のレイニィデーまでは来てただろ」


 国外逃亡したことを実感するアステに対し、ハヤテが冷静にツッコミを入れる。

 ……ハヤテは魔力や気配への感覚が鈍いのよね。


「えー、レイニィデーは日帰りだったし、なんやかんやボクが逃げ出さないように信者の見張りがいたんだよ?」

「見張りがいたのか!?」

「いましたね」

「気付かなかったか?」

「あんだけ殺気撒かれてりゃ、嫌でも気づくんじゃねぇの?」


 見張りについては誰もフォローしてあげないのね……ハヤテが少し不憫に感じるわ。

 私もわざわざ助けようとは思っていないけれど。

 人気のない寂れた町を歩みながら、物思いに耽る時間はない。だってみんなといるのは、私の過去を忘れてしまうほど楽しいんだもの。


「それにほら、フェリス――ロビンもいたし」

「いたんですかっ!?」

「不覚…………」

「アイツ相変わらず気配ねぇんだな……」


 確かに私も『看破』の魔法を使わないと、ロビンを探し当てることはできないわね。

 けれどロビンの場合は『擬態』だから魔力による隠匿を見破る『看破』が通用するけれど、そもそも魔力ごと存在を隠す魔法だと、見破ることは難しいのよね。


「…………ん? 相変わらずということは、フレアはロビンと知り合いだったのか?」


 トールの鋭い指摘にフレアは動じることなく誤魔化す。


「初めて会った時のこと思い出してよぉ」

「ああ……ギンシも探知できていなかったな……」


 トールがその名前を出すと余計に空気が重々しくなるのよね。心なしかアステの目が潤んでるように見えるわ。

 あらあら、レインちゃんも責任を感じて唇をきつく結んでるわね。


「あ」


 沈黙を破ったのはハヤテだった。先頭を歩いていたのに突然立ち止まってしまう。

 前方へ目を向けると、その答えはすぐにわかった。


 道を塞ぐように、一人の騎士が仁王立ちしていた。容姿から所属を割り出すことは容易ね。

 スノードロップの花が刻まれた鎧を纏い、騎士団の一員であることを表す雪の結晶の腕章を着けているんだもの。

 スノードロップ隊――レインちゃんのお兄さんである騎士団団長直属の隊員だわ。


「この先はドロップリア王国騎士団の屯所である。何用か」

「ドロップリア王国騎士団副団長であり、ブルースター隊隊長のレイン・スノウホワイトです」


 レインちゃんは地面と平行になるように胸の前に腕を出す。ドロップリア王国流の敬礼ね。

 この敬礼について、私は苦い思い出しかないけれど……いえ、それ以前に私が騎士団と関わることになるなんて思わなかったわ。


 物語の騎士はお姫様を守る者。魔女はお姫様に厄災を与える者。

 ……本来は相容れない存在だもの。

 レインちゃんが私を受け入れてくれたことにも驚いたけれど、彼女の心根が優しいことはわかるわ。一緒にいるとまるで妹を愛でる姉のような安心感があるのよね。


 騎士が怪しみながらマジマジと見てくるけれど、私を庇うようにレインちゃんが手を広げた。


「こちらにいるのは私の部下です」

「……副団長殿、用件はなんでしょうか」


 こんな外見をしていては、警戒心を解いてもらえるわけないわね。さりげなく剣に手を伸ばしているわ。

 副団長であるレインちゃんがいる手前、剣は抜かないでいるみたいだけれど。


「団長のフリーズ・ミラーライトに取り次いでいただけますか」

「団長は現在任務中につき呼び出すことはできません」

「戻るまで待たせていただきます」

「いえ、現在ドロップリア王国騎士団では魔女裁判が開かれているため、魔女の嫌疑がある者を立ち入らせることはできません」


 騎士の目に映っていたのは、どうやら私だけじゃないみたいね。

 ドロップリア王国の服装をしているフレアはともかく、ハヤテはベストと半ズボンというナチュレ国らしい軽装姿で、首にはマフラーを巻いているのよね。

 トールは大和ノ国独自の織物を使用した羽織りと、ハカマという丈の長いスカートのようなパンツを着ているわ。

 アステは大きな襟とリボンが特徴的なホロウリィの服を着て、首から数珠に繋がれた十字架をぶら下げているわ。

 ようするにドロップリア王国の人間からすれば、私達は得体が知れない異国の使者なんでしょうね。


「魔女裁判? 団長からは何も聞いていませんが、何故そうなったんですか?」

「禁術管理者の動きが活発化しているため、スカンディナヴィアとの繋がりを持つ魔女が間諜として入り込んでいないか探っているのです」

「その様子だと、何人かは絞り込めているんでしょうか」

「ええ」


 騎士は手帳を開いた。たとえ徒労だとしても、私はリストに私の名前が載っていないことを祈るしかできないわ。

 騎士がリストに記された名前を告げていく。


「終焉の魔女、ロキ・テュール・エッダ」

「ロキか……」

「団長が封印してんだから、現れるわけねぇだろ」


 言わずと知れたスカンディナヴィアの禁術管理者であり、魔女の始祖とも呼ばれる人物。過去にラグナログという世界の終わりを引き起こしたと言われる、別名『終わらせる者』。

 名前の由来は神話に出てくる神様。生まれ持った変身能力と狡猾さで人を騙し、自分の興味と快楽のために事態を引っ掻き回す、典型的なトリックスターね。


「放浪の魔女、ノア・コルンバ・ソルシエール」

「えっ、なん――むぐぐ」

「ちょっと静かにしてろって」


 ラグナログの生き証人と呼ばれ、ホロウリィの建国に携わった元星の巫女。今はホロウリィを追放されたみたいね。

 ヨルズに拐われたアステを匿っていたのだから、繋がりは疑いようもないわ。

 ……アステとの繋がりはわからないけれどね。


「業火の魔女、アッシュ・サンドリヨン」

「アッシュが!?」

「ハヤテも落ち着け。人のことを注意したばかりだろうに」


 ハヤテは素直に驚いているけれど、レインちゃんは一部始終を見ているのだから、過去の出来事を想起したことでしょうね。

 フレアは……アッシュの記憶を持っているのかしら?

 疑問を紐解く暇もなく、リストに記載された名前はまだ続く。


「常闇の魔女、カース・ルナ・トリートリック」

「……っ!」


 緊張で胸を刺されたような鋭い痛みが走る。罪悪感から背筋が凍り、速まる鼓動で胸が熱くなる。

 騎士である彼は、私の特徴を知っているんでしょうね。舐めるような視線はなんだか値踏みされている気分だわ。


「以上四人については魔女狩りの命が下されています」


 レインちゃんが私を見るけれど、スカンディナヴィアの知り合いに心当たりなんていないわ。首を振ってみせると、レインちゃんはフワッと柔らかく微笑んだ。


「わかりました。ですが魔女を見分けることは困難ではないですか?」

「魔女の膨大な魔力はすぐにわかります」

「そうですか」


 気づけば道の向こう側で騎士が集合していた。つまりこの騎士は私がにげないように時間を稼ぐための囮。

 この町に入った時に感じた空気の重さは、風属性の『感知』の魔法……町に入った人間の魔力を測量していたということね。迂闊だったわ。


「先ほども言いましたが、彼女は私の仲間です」

「いくら副団長殿でも、魔女を騎士団に招くことは赦されざる罪……厳罰を覚悟していただきます」


 一触即発の雰囲気の中、フレアがスラリと剣を抜いた。空いている手で私の肩を押し、ハヤテが受け止めてくれる。


「しゃあねぇなぁ……ハヤテはそいつ連れて、レインと一緒に団長探してこいよ。団長なら止めてくれるだろ」

「お前らを置いていけって言うのか?」

「大丈夫、俺だけじゃなくお前の姉ちゃんも残るみてぇだしな」


 トールはすでに戦鎚を背中から下ろしていた。『拒絶』の紫電が身体を伝って戦鎚に纏わりつく。

 凛とした立ち姿勢、長柄武器でもぶれない筋力といい、大和ノ国で戦乱に巻き込まれていたんじゃないかしら。荒々しく燃え上がるフレアとは対照的に、トールは機をうかがうように静かに残り続ける篝火のようだわ。


「足止めなど取るに足らん」

「そんじゃ、いっくぜぇぇぇ!」


 フレアとトールが騎士達に得物を振るおうとした瞬間、見えない何かに弾かれてしまった。

 騎士達が隙を突いて斬りかかろうとしてくるが、こちらも見えない壁にぶつかったかのように尻もちをつく。


「何事だ」


 私はその氷のように冷たい声を、その声の主を知っていた。

 氷細工のように繊細で煌びやかな銀髪、気品ある柔らかな物腰は、あの日出会った頃のままだわ。


「兄様!」


 銀の騎士にレインちゃんが駆け寄っていく。

 ああ……フリーズ・ミラーライトの名前を聞いて、どうして彼だと思い至らなかったのかしら。


「レインお手柄だ。まさか宵闇の魔女を連行して来るとはな」

「いえ、違うんです! 彼女は――」

「お前達!」


 レインちゃんの訴えを遮るように、フリーズは騎士達へと声をかける。


「この件は私が預かる! 御苦労だった!」

「「はっ!!」」


 私達を取り囲んでいた騎士達が蜘蛛の子を散らすように解散していく。

 彼が現れただけで、不穏な空気は一瞬にして消え去ってしまった。


「レイン、よく戻ってきたな!」

「に、兄様っ!!」


 ガバッと覆うように抱き着かれ、レインちゃんが羞恥で顔を真っ赤にする。

 見慣れた風景なのか、フレアは退屈そうにアクビを一つ。フレアもトールもすでに武器を納めていた。


「あれがドロップリア王国騎士団の団長なのか?」

「威厳が感じられないよね。なんか普通の兄妹……よりはスキンシップが激しそうだけど……」

「いや、疑うべくもなく強者である」


 三人の話を聞きながらフレアが嘆息する。


「団長、いい加減レインのこと離してやらねぇと潰れちまいますよ」

「おっと」


 フリーズから離れたレインちゃんは盾にするようにフレアの影に隠れてしまう。小動物みたいで可愛らしいわね。

 レインちゃんに逃げられたことで、フリーズはショックのあまり固まっていたけれど……レインちゃんが呼び掛けるだけで簡単に復活したわ。


「ひとまず私の部屋へ来い。詳しい話はそれから聞かせてもらおう」

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