『月の呪縛1』
「すっごい! まっしろで寒くて冷たい!」
「こらアステ、勝手に歩き回るなよ!」
注意しながらもアステと一緒に駆け回っていたのは、ホロウリィでの経験を経て、雰囲気が変わったハヤテだった。
まだアステには道中のことを伝えるつもりはないようで、今は外の世界への感動を共有する日々を過ごしているわ。
私達がいるのは、ホロウリィの北部から上陸した先の、魔法都市スペルフィル、ホロウリィ、スカンディナヴィアの三国の境界として位置するピカトリクスという村にいた。
村名のピカトリクスは魔術と占星術を纏めた魔道書が謂れなのよね。
どうしてそんな場所へ上陸したのか。その疑問の答えは、私達の新しい仲間であるアステにある。
ホロウリィのトップである星の御使いだったアステは、ヨルズの誘拐後に殺害されたことになっているらしく、安易にホロウリィで姿を見せられない立場になってしまった。
けれど本人が外界を満喫している姿を見ると、ホロウリィには帰国できなくてもいい気がしてくるのよね。
ひとまずはレインちゃんの故郷であるドロップリア王国の首都、ガイアが目的地。
ここの隣村はヒュプノスというドロップリア王国の外れで、騎士団の拠点の一つがあるらしい。村と村の距離は離れているらしいけれど、今日中にたどり着けるのかしら。
「スカンディナヴィアは年中吹雪いているので、近隣のピカトリクスやヒュプノスにも雪が降るんです」
レインちゃんの言う通り、この小さな村は一年中雪が降りしきるため、家を丸々呑み込んでしまうほどの純白の世界が広がっていた。
南国であるナチュレ国はもちろん、ホロウリィも雪はほとんど降らないらしく、アステとハヤテは楽しそうに振る舞っている。
小動物みたいで微笑ましいわね。
「テメェら、せっかくレインが説明してんだから聞けよ」
フレアに荒い口調で注意され、アステとハヤテはしょんぼりしながら帰ってくる。
その手の平には雪を固めて作られた動物の姿があり――
「……か、可愛いくできたんじゃねぇか?」
フレアは頬が緩むのを隠すように、二人から目を逸らしていた。筋肉質な見た目に反して照れ屋さんなのね。
ハヤテはその様子を見て満足そうにふんぞり返り、最後尾を歩く仲間へと駆け寄る。
「なあ、このユキウサギ上手くできたと思わないか?」
褒めてほしいと言わんばかりの笑顔は、胸に秘めた悲哀を隠すための仮面。本当はアステもハヤテもみんなの笑顔を引き出すために、無理して笑っているのよね。
二人とも自罰的なところがあるというか……罪悪感が人一倍あるんでしょうね……
けれども、誰よりも一番辛いのは――
バチバチと放出され続ける紫電が弾け、一瞬でユキウサギの表面を溶かした。
「すまないハヤテ……少し、一人にしてくれ……」
トールは受け入れ難い現実への『拒絶』が、目に見える形で現れてしまう。本人は放電したくないんでしょうけど、常用魔法は常に発動するもの。
仲間を傷付けたくないから、私達と物理的に距離を置いてるのよね。
それ以上に、ギンシとは縁もゆかりもないに等しい私達と、思いが共有できないという精神的な距離もある。
「嫌だ」
真っ先に拒否したのは、この中で唯一トールの肉親であるハヤテだった。
彼の腰元にある竹でできた刀が揺れた。
ギンシの持っていた竹光と呼ばれる武器は、形見としてハヤテが持つことになった。トールがハヤテに譲るのは意外だったわ。
「そんな辛気臭い顔した家族を、放っておけるわけないだろ」
「そうですよ! トールの痛みは私達の痛みです。苦しみや悲しみを背負おうとしているなら、肩の荷を下ろして、私達に分けてください」
レインちゃんの凛とした声がトールに発破をかけるけれど、言葉は響いていないみたいね。
確か大和ノ国では「のれんに腕押し」と言うんだったかしら。
「テメェ……!」
いつまでも沈んだままの姿に苛立ちを見せていたフレアは、思い切りトールの胸ぐらを掴んだ。何も映さない虚無の瞳が、トールの傷の深さを物語っている。
「くっ……」
涙のように放出され続ける雷撃に耐えられず、フレアが手を放した。
トールはドスンと腰から落ちる。
「フレア! 構えろ!」
ハヤテが叫んだ直後、見通しの悪い雪中で、小さな影が迫ってくるのが見えた。
灰色の固い毛皮で覆われ、鋭い爪を光らせ、頭には丸まった耳が二つあることから、ベアー族の魔獣だということがわかる。
正式名称はスノウグリズリーだったかしら。
人の腰くらいの高さだから、まだ子供ね。
四足方向で迫るスノウグリズリーに相対するため、フレアが剣を抜いた。
その隣に並んだハヤテが竹光に手を添える。
「待って!」
私の声と共にフレアとハヤテが制止する。
スノウグリズリーが、放電を続けるトールの前で止まり、頭を垂れる。
どさりと、咥えていた耳の長い動物の死骸を置く。まるで捧げ物のようだわ。
「これは……」
「どうなってんだぁ?」
「あっ、そっか」
スノウグリズリーの行動の意味を悟ったのは、光の属性魔法を宿すアステだけ。雷属性とは同じ区分だからでしょうね。
トールの前に死骸を置いたスノウグリズリーは、すぐに雪の中へと消えていってしまった。
「魔法を宿す代償である、七つの大罪。光と雷属性は魅了。そして、トールは魔獣を含む『動物』を魅了するのね」
今まで魔獣が姿を現さなかったということは、常用魔法は発動されている強弱によって、大罪の強さが増すのね。興味深いわ。
ピスケスで何も起こらなかったということは、屋内のような遮られた空間では、その内部のみ有効範囲なのかしら。
……っと。すぐに魔法や大罪についての分析をしてしまうのは悪い癖だわ。
トールは地面に膝をつき、両手を合わせて目を瞑った。
大和ノ国の文化で、食事の前に食材と料理人へ感謝と敬意を示す合掌と同じね。
けれど意味は異なり、これはあの時と同じ、弔いの儀だわ。
「命を繋ぐために、命は戴くもの。ギンシは死んだが、意志はハヤテが受け継いでいる……」
「立ち止まってたら、大和ノ国にいつまでも行けないだろ」
「ああ。私には、落ち込む暇なんてなかったな」
姉弟としての目標を再確認したことで、少しはトールの心が軽くなったみたいね。顔色が良くなってるわ。
雷も目には見えない静電気のレベルまで落ち着いたみたい。
ふと、トールの視線が空へ向かう。
「……もうすぐ月蝕だな」
「ええ。それがどうかしたんですか?」
「私は、月蝕の日に魔法が使えない」
「ええっ!?」
驚いているということは、レインちゃんは魔力の種類についての知識がないのね。従者であるフレアもかしら。
「そっか。トールお姉ちゃんとカースお姉ちゃんは月の魔力だから、月蝕の日は魔法が使えなくなるんだね」
「レインちゃんとフレアは太陽の魔力だから、似たような経験があるんじゃないかしら」
「確かに日蝕の日は魔法が使えないです」
月と太陽は一つだけしかないから、魔力の源である光が届かなければ魔法を使えない。けれども星は幾重にも存在するため、魔法が使えなくなることはないのよね。星の魔力が羨ましいわ。
「あっ、私と同じ太陽の魔力だから、フレアは日蝕に合わせてお休みを取っていたんですね」
「まあな」
「へー、魔法が使えなくなるなんて大変だな」
他人事のハヤテを恨めしそうな目で見つめると、気まずそうに目を逸らされた。
「ところで、その兎どうするんだ?」
「夕餉に使う」
「わかった」
ハヤテが調理用の短剣で手早く血抜きと毛皮の剥ぎ取りを済ませると、レインちゃんが魔法で肉塊を凍らせた。冷凍の状態で袋に包み、荷物の中に仕舞う。
寒いとはいえ、食材が傷まないように加工するのは癖になってるのよね。
それに血の臭いを嗅ぎ付けて、魔獣が襲い掛かってくるかもしれないわ。
「あら?」
ガラスのように透明な鳥が、空から滑空してくる。
レインちゃんが腕を出すと、鳥は腕に留まり、一瞬で砕け散ってしまった。
「兄様から?」
レインちゃんは鳥の足に結ばれていた筒から手紙を取り出し、内容に目を通した。
「ヒュプノスに兄様が来ているみたいです!」
「うげ、団長来てんのかよ……」
レインちゃんのお兄さん……ドロップリア王国騎士団団長であり、スノードロップ隊の隊長ね。
嬉しそうなレインちゃんと、げっそりとした様子のフレア。反応は正反対ね。
「大方、ガイアに着くまで待てねぇから来たんだろうな……」
「どういうことだ?」
「あの人、シスコンなんだよ」
「シスコン?」
「妹のことが大好きすぎるっつーこと」
そういえばフレアにもお兄さんがいるのよね。
双子の片割れに偽り記憶を焼き付けられ、その兄として生きているみたいだけれど。
本当の彼女は双子の呪いを受けた、フレアの妹さんなのよね。
今の私はただの常闇の魔女ではなく、十三番目の魔女に名前を呪われ、忌み嫌われる役目を背負わされている。
だから本物の十三番目の魔女の呪いには敏感なのよね。
ホロウリィでレインちゃんの記憶を少し盗み見たから知っているところもあるけれど……
レインちゃんが記憶を取り戻したあの日、フレアにかけられていた呪いの一つは解けていた。
お姫様の呪いは、王子様のキスで解けると言われてるけれど……
魔女にかけられた呪いは、誰が解いてくれるのかしら……?




