『星の銀貨3』
ユサユサと、身体が揺すられる不快な感覚に目を覚ます。
「お前さん、いつまで寝てるつもりだぁ? もうパロマが夕飯用意してるぞ」
不躾な態度で起こしてきたフェリスを、ジロリと睨み付けながら起き上がる。
彼がここに住んでから数年経っているのに、粗暴な口調はなかなか直らない。
教会に暮らしている以上、清廉なイメージを崩さないように、信者の前では礼節な態度をしてほしい。
とはいえ、フェリスの耳にタコができるくらい、パロマが口を酸っぱくして正してるけど。
「あの小僧も待ちくたびれてんだから、早く来いよー」
「それを早く言ってよ」
カーテンをめくって窓の外を覗くと、すでに日が傾いていた。
フェリスが小僧と呼ぶのは、ボクが引き取った孤児のこと。
ロキの言葉が現実となり、星座の物語通りに父親の入水自殺に巻き込まれたところを、ギリギリでフェリスが救ってくれた。
でも本人は殺されかけたことを理解できてなかったみたいで、死者の国での出来事だけが記憶に焼き付いていた。
従者であるフェリスやリーフェルはともかく、まだ幼いリラを待たせるのはかわいそうだ。足早に廊下を進み、リビングへと向かう。
見た目だけならボクも子供なんだけどね。ずっと教会にいるせいで10歳くらいで成長は止まってるけど。
リビングに着くとすでにテーブルへ料理が並び、リーフェルとリラが座っていた。
パロマは元が鳥だからかあまり食べない。今は調理器具を洗ってるみたいだ。
「あっ! アステさま――じゃなくって、おまえさんがこないからまってたんだぞ!!」
リラがマネをしたのは、フェリスがボクに使う二人称だった。
口調が荒っぽいのもフェリスの影響だろう。
昔は「はい」と「いいえ」しか話せず、琴を弾くことしかできなかったけれど、今は色んなことを吸収してのびのびと育っていた。
「ごめんね。昨日は夜更けにお客さんが来てたから眠くって」
「おきゃくさん?」
「そう。十二番目の魔女」
「じゅうにばんめ? まじょ?」
リラの疑問に答えたいところだけど、料理が冷める前に食べちゃわないとね。
目の前で十字を切り、感謝の祈りを捧げる。すっかり慣れたリーフェルに比べて、リラは覚えられないのか言葉がたどたどしい。フェリスに至っては覚える気がないらしく祈りを省略していた。
「魔女っていうのは常人よりも秀でた魔力を持つ人のことで、時と場を除く各属性の魔法使いの中で一番の人を、一番目から十二番目に割り当てて呼んでるんだ」
「それとは別に、災厄の十三番目の魔女も存在するらしいけどね」
難しかったのかリラが頭に「?」をたくさん浮かべていた。
どうしたらリラにもわかるくらい簡単にできるんだろう。
「ようするに十二人のすごい魔力がある人と、一人の嫌われものを足した十三人のことを魔女って呼ぶわけさ」
「すっごいひとなんだ」
フェリスは言葉を砕いて簡単に説明するのが得意だった。悔しいけどリラが一番なついてるのも頷ける。
やけ食いという意味も込め、ガツガツと目の前の皿を空にすることに集中する。
他の人のごはんにまで手を出すつもりはないけれど、慣れた様子でパロマが空のお皿と料理の乗った皿を交換していく。
「なんでそんなすっごいひとが、アステさ……おまえさんにあいにきたんだい?」
「無理してまでフェリスのマネしなくていいと思うよ」
「……なんでそんなすっごいひとが、アステさんにあいにきたの?」
わざわざ言い直すあたり、純粋で子供らしいなぁ。かわいげというか、愛嬌がある。
ボクの子供時代とは比べ物にならない。
「ボクも魔女って呼ばれてるからだよ。母さんから受け継いだ、四番目の魔女」
「ふーん?」
「普通なら新しい魔女とはヴァルプルギスの夜会で顔合わせするんだけど、ボクはこの国から出ることを許されてないから、相手に来てもらったんだよね」
ヴァルプルギスの夜会とは、一番目から十三番目の魔女が集い、魔法のありかたについて語るものって聞いてる。自分が何番目の魔女に任命されたかは招待されるまで謎なんだけど、ボクは特例で手紙を受け取ってるんだよね。
そういえば十三番目の魔女だけは一回も来てくれたことがない気がする。
「いいなぁ、なんかそのパーティーのなまえかっこいい」
「パーティーじゃないんだけど……まいっか」
でも会いに来る魔女も、帽子やヴェールなんなで顔を隠していることが多い。今回はおおっぴらだったけど、十二番目は世襲制だからだろうな。
「あれ、パロマおかわりは?」
「アステ、残念ですがもうご飯がありません」
「え」
慌ててキッチンを確認すると、流し台のシンクいっぱいにボクの食べ終えたお皿が積まれており、シンク自体は腰くらいの高さのはずなのに、お皿は胸の高さまで到達していた。
ちょっと食べすぎた。やけ食いを起こしていたから自覚はあるんだけど。
「暴食は家計の面で厄介ですね……」
ただでさえ人数が増えたのにボクの暴食が家計を圧迫してるらしい。そもそも生活費がどこから出ているのかは謎だけど。
「信者からのお布施だけだと来月には底をついてしまいそうです」
「そこまで切羽詰まってるの!?」
生活費のやりくりは全てパロマに任せていたため愕然とする。
確かにボクとパロマの二人暮らしから、ノアがリーフェルを連れてきて、ボクがフェリスを拾って、さらにリラを引き取って……
ボクとリラが子供じゃなかったら、この家は手狭だと思う。個室は客間を入れて四部屋だけだし。今はパロマとリーフェル、フェリスとリラ、ボクは一人という部屋割りになっている。
「なら、あの診療所に住んで、ここには通いじゃあ駄目か?」
「いいけど、どうしてわざわざあそこに?」
教会からは距離があるのに、生活費だけの問題であそこに住みたいなんてどうしたんだろう。その疑問はすぐに解けた。
「教会は加護によって時間が止まってるだろう? でもリラには成長してほしいわけだ」
……その気持ちはわかる。リラはようやく父親の道具じゃなくなって、教会にも縛られる必要がない。真っ直ぐに育ってほしい、けど。
「お前さん、もしかして寂しいのか?」
「うっ」
図星を突かれて動揺してしまう。外の世界には出られないけれど、みんながいるこの空間は楽しくて幸せだったから。
いつ来るかもわからないノアの予言が霞んでしまうほど、ボクには尊い時間だった。
「大丈夫。リラが自立したら、俺はお前さんがいるこの教会に帰ってくるさ」
「ぼくもあすてさまにあいにくるー!」
こうして二人は、シリウスの外れにある診療所に住むことになった。
☆☆☆
リラがボクやリーフェルの外見と同じ、10歳になった頃のこと。お客さんを連れて、久しぶりにノアが帰ってきた。
「ただいま、アステ。リーフェルはいるかい?」
開口一番がリーフェルの所在というところに少しモヤッとする。
一応ボクのお父さんなんだから、ボクが元気にしてるか尋ねてくれてもいいんじゃないかな。
「おや? ご機嫌ななめのようだね」
「ノアが帰ってきたからだよ」
「ふふふ……そっか」
反抗期のボクを愛しそうに暖かな目で見てくる。なんだかむず痒いからやめてほしい。
ノアの背後にいた人物がボクに向かってペコリとお辞儀してきた。家庭事情を垣間見られて頬が熱くなる。
「えと、ヨルズさんいらっしゃい」
「ん……」
前に会った時から何年経っているかわからないけれど、ノアもヨルズも見た目は全く変わらない。もしかしたらスカンディナヴィアの人は年をとらなくなるのかもしれない。
「あれ? 何を抱えてるの?」
ヨルズは柔らかい布で何かを包み、両腕で大切そうに抱えていた。大きさはちょうど赤子くらい、かな。
「赤子、だ」
「やっぱり――って、ホントに赤子なの?」
「そう」
布をほどくと小さな頭部があらわになった。予想はしてたけど、本当に赤子だったなんて……
誰の子かはわからなくとも、どこの子かはすぐにわかった。赤子は大和ノ国特有の漆黒の髪を持っているから。
「前にノアが言ってた、トールが求婚した子って、まさか……」
「違うよ。彼女はとっくに成人しているし、この子は男の子だよ」
「つまりトールとその人との子供?」
「そういうことだね」
トールの執念が怖いを通り越してかっこよく感じる。まさかここまで一途なんて思わなかったよ。
本当に『強欲』じゃないことが不思議だなぁ……
「でもさ、相手と結婚するために国を統一して、成人するまで寄り添ってた人が、その人との子供を手放したりするの?」
噂が虚偽じゃなければの話だけど。
「二番目の子供までは彼と共にいるけれど、三番目のこの子だけは逃がさなければいけなかったんだ」
「そう。トール、と『約束』。この子、守るため……」
「僕にとっても、彼女にとっても、彼は大切だからね」
彼女とはリーフェルのことなのかな。
噂をすれば、リーフェルが買い物を終えて帰ってきた。
「あら。ノアさんお久しぶりですね」
「ちょうどよかった。リーフェルにこの子を預かってほしいんだ」
「この子?」
リーフェルは荷物をテーブルに置くと、ヨルズの横から顔を覗き込んだ。ぱちりと赤子の目が開く。
「この子は……」
ボクが好きなアップルミントの瑞々しい若葉と同じ色の瞳。でも本物よりも透明度が高くて、キラキラになるまで磨かれた宝石みたいにも見える。
「名前はコハク。ワタヌキコハク君だよ」
「母親、の風。『加護』……魔法、『幸運』、と『禊祓』……」
「えっと?」
ヨルズの話し方は独特だから、ちょっと分かりにくい。リーフェルも困惑してるみたい。
付き合いの長いノアがすかさずフォローに入る。
「母親が風の『加護』をコハク君にかけているんだ。簡単になら風を操れる。でも彼本来の魔法は『幸運』と『禊祓』……『禊祓』とは浄化の一種で、罪や穢れを祓うという大和ノ国独自の魔法だね」
「あれ? 『幸運』の魔法?」
「時の因果を本人の都合がいいように歪めてしまう禁術だよ」
「それにその『禊祓』っていう魔法も、罪を祓うなら……」
呟いて、コハクを逃がすために連れてきたという真意に気付いた。
二つも禁術を持つなら、禁術管理者が黙っていないと思う。命を狙われていてもおかしくない。
「事情はわかりました」
「引き受けてくれて助かるよ」
「当然です」
コハクはヨルズからリーフェルに受け渡されると、嬉しそうに笑った。
「この子は私の弟です。大切に育てます」
ボクはまだ、彼が『幸運』をもたらしてくれる運命の相手だったことに気づかなかった。




