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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
4章 星の在り処
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『星の銀貨2』

 ボクが付けた名前のせいで、一人の少年の人生の歯車が狂ってしまった。

 罪の重さを知り、何の対策も立てられないまま、すでに数ヶ月が経過していた。


「アステ、退いてください」


 ホウキを片手に、パロマが目を吊り上げた。ボクが床に転がっていたから、掃除の邪魔だったんだろう。


「ごめんごめん」


 反省していない口だけの謝罪に既視感を抱く。いつだか思い出せないけれど、誰かが同じようなことをしていた気がする。


「人を軽くあしらうその態度、だんだん私の主に似てきましたね」

「え」


 反論しようと口から出かかった心外という言葉を飲み込む。


「……そんなに似てるかな?」

「ええ。同じ遺伝子を持つのですから、当然――」


 失言に気付き、パロマが慌てて口を閉じる。


「やっぱりそうなんだね……」


 疑問で組み上げていた仮説が、たった一言で確信に変わった。

 それは延々と自分に繰り返していた問答。口に出すことは躊躇われた、この国の真実。


「ボクはノアやお母さんの代わりに、この国を導くために産まれたんだ……」


 ノアの言う『いつか』とは架空の話で、国という鳥籠に閉じ込めたボクへ、僅かな希望を見せるための巧言だったのかな。

 ……なら、希望に縋って生きるのはやめよう。


 今日のような嵐の夜は、星が見えず、信徒も訪れない。だから、嵐の日だけは教会を抜け出すことができた。

 診療所までのお出掛けは、代り映えしない時間の中で、ボクにとって唯一の気晴らしだった。


 埃を被った薬品棚の横を通り、ドアノブが壊れた奥の部屋へと進む。

 窓から吹き込む風でカーテンが揺れ、月光が部屋を照らす。


「あ…………」


 また、だ。

 また傷だらけになり、この診療所で丸まって寝ていた。


「フェリス」


 名前を呼ぶと、モゾモゾと毛布の中から顔を出す。起こされたからか恨めしそうに睨んでくる。

 けれど何度か会っているうちにボクに慣れたらしく、警戒心はすっかりなくなっていた。


「君、この国の人間じゃないのに、どうしてここで寝泊まりしてるの?」


 ドロップリア王国に家があると聞いたのはつい先週の話だった。

 ようやく自分から話してくれたかと思えば、「ドロップリア王国から来た」とたった一言呟いただけなんだけどね。

 フェリスはばつの悪そうな顔をしていた。


「…………それを答えたら、きっとここも追い出される」


 足を踏み入れるなと、見えない壁で拒絶される。でもボクにとっては外の世界で起きたことなんてどうでもいい。

 ボクの世界は、この国のほんの一部だけなんだから。


「追い出さないよ。だから、外の世界で何があったのか話してみてほしいな」


 フェリスは信徒と同じように、瞳を潤ませ、救いを求めるように顔を歪める。


「……俺は、ドロップリア王国の外れにあるスラム街で産まれた」


 スラム街についてはリーフェルから聞いたことがある。

 スカンディナヴィアに近いから年中冬のように寒く、植物も動物も育てられないから食べるものがない。清潔な水や水道がないから、雨水や泥水を利用して生活してるらしい。喉を潤す水分や水浴びも同様だと思う。

 そんな不衛生な暮らしだといつ誰が死んでもおかしくないから、仕事だと騙されて奴隷商に連れていかれる人もいるらしい。


「毎日ご飯を食べるのもやっとな生活を送っている俺らに比べ、壁の向こうでは食事が余って捨てられるほど裕福な生活をしていた」


 首都に近いほどお金に恵まれる。それはどの国も同じらしい。

 ドロップリア王国の場合、貴族と呼ばれる人達は王様の保障を受けることもできるんだっけ。

 外商や騎士の名声で成り上がった人ならともかく、産まれながらに貴族だと堕落した生活を送ることも多いとか。


「俺はそれが許せなくて、富裕層の家に忍び込み、盗んだ金や宝石をスラムで配っていたんだ」


 その後の展開は容易に想像がついた。

 それぞれの国に、持って生まれやすい魔法の属性がある。ホロウリィなら光と雷、お隣のナチュレ国なら土と木、そしてドロップリア王国は氷と水……抱える大罪は『強欲』だ。


「スラム街では暴動が起こり、俺は盗難と煽動の容疑でドロップリア王国の騎士団に追われる身となった……」


 ドロップリア王国にはもう居場所がないから、隣国のホロウリィまで来たってことなんだ。国のため、人のために良かれと思った行動が裏目に出るなんて、あまりにも不憫だと思う。


「俺の家族だったせいで巻き込まれちまった妹は、今ナチュレ国で暮らしてる」


 自分の正義を否定され、居場所を失い、家族と離れ、一人流れ着いた先が、他国にある人のいない埃まみれの診療所だったってことらしい。


「俺の持ち物はこの身体だけ……略奪者や厄介者だと罵られても仕方ない立場だ。それでもここで匿ってくれるのか?」


 フェリスの瞳は、死んだ魚の目のように濁っていた。絶望の淵に立たされ、自分を卑下した人間に多い。

 思い詰めた人間は想定外の行動に出る傾向にある。一番多いのが自殺だ。


 でもボクはどうしてもフェリスに死んでほしくなかった。初めて友達になれそうな相手だったから、失いたくない。

 かける言葉に悩んでいると、フワリと風が部屋を抜けた。


「星の銀貨という物語を知っているかい?」


 聞き覚えのある声にハッと振り返ると、変わらぬ姿のノアが立っていた。

 背後ではフェリスが弓矢を手にする音がした。


「ノア……!」

「今宵は星が隠れているから大目に見てあげるけれど、君はもうここに来ちゃいけないよ、アステ」


 信徒が出歩かない、星が見えない日の夜を狙っておきながら白々しい。

 呆れたように肩を竦められ、思わず睨み付けるが、さも困っていないかのようにヘラリと笑い返された。


「話を戻して……星の銀貨とはドロップリア王国に伝わる物語なんだけど、君は知ってるかい?」


 ノアが問い掛けた相手は、ボクではなくフェリスだった。


「知らんよ」


 フェリスは毛布を後ろへ投げ捨て、ノアに向けて矢を番える。


「絵空事に興味はないわけ」


 物語の世界は時に残酷だけれど、ほとんどが幸福な結末を迎える。だから、絵本は理想の塊だと思ってしまう。

 フェリスも同じように感じてるのかな。


「知らないなら、あらましを教えてあげようか」


 フワリと広がる袖口から、片手に収まる大きさの本を取り出す。

 角度的に表紙は見にくいけど、かろうじて『写本』と書かれているのはわかる。


「あるところに貧しい少女がいました。少女が持つものはひと欠片のパンと、身に付けた衣服のみです。

 けれど少女は心優しい性格だったため、お腹を空かせた人にはパンを渡し、寒がっている人達には脱いだ服を一枚ずつ渡しました。

 やがて少女は全てを失ってしまいます。


 善良で純真な行いを見ていた神様は心を打たれ、少女の手元に星を降らせました。

 星は銀貨に変化し、少女は裕福な暮らしを送りましたとさ……めでたしめでたし」


 読み終えた本がパタリと閉じられた。

 ノアは重ねてるんだ。義賊として人々を救おうとしながら、財産や家族を奪われて孤独になったフェリスと、星の銀貨に出てくる全てを失った少女のこと。


 だからこそ暗に伝えようとしてるんだと思う。

今まで苦労した分、もう君は報われていい。赦されるはずだって……


「君はもう、新たな道を歩むための駄賃である、星の銀貨を手にしている。それをどう使うかは君次第だ」

「俺が既に持っている、星の銀貨……?」


 ノアの言葉を訝しむフェリスだったけど、ボクの顔を見て息を飲んだ。


「まさかこいつが付けた名前のことか?」

「そう。星の魔力が満ちたこの国にいる者へ新たに名前を与える。それが星の御使い本来の力だからね」

「…………は?」


 他国には親以外の人間が名付けるなんて文化がないのかもしれない。ボクがフェリスと呼ぶ意味に気づいていなかったみたいだった。


「新たな運命の名はフェリス。ドロップリア王国から旅立ったノラネコが居場所を求めて隠れ潜む……それにふさわしい、新たな魔法が君に宿った」

「新たな、魔法?」

「おっと。これ以上は教えないよ。禁忌に触れてしまうからね」


『禁忌』という単語に心臓の鼓動が早まった。口が滑ったみたいにおどけているけど、これはわざとボクに伝えたんだろう。

 つまり、魔法に合わせて名付けているつもりだったけど、名前に合わせて魔法が宿る?

 いくら最古の国であるスカンディナヴィア出身の人の言葉だとしても、根拠にはなり得ないよね。


 フェリスは魔力を全身に巡らせた。

 いつもは土を媒介として物体を生成するけれど、自分の新しい魔法を確認するためには魔力を確認する必要がある。

 全身に魔力が巡ることで、生まれた時から知っていたかのように自然と身体が動く。


「ど、どうなってるの?!」


 フェリスの纏っていたボロボロな外套の一部が消えていた。

 いや、触れるから向こうが透けて見えるっていうのが正しいのかな。

 ザラザラとした感触のところは完全に見えないけれど、サラリとした布地部分は見えている。

 このザラザラの原因は――


「ふむ。砂ぼこりが付着していると見えないということは、土属性の『擬態』の魔法といったところかな」


 身を隠した猫座のように、隠れるための魔法。やっぱりそういうことなんだ。


「義賊から足を洗って隠居か。まあ悪くはないな」


 魔法を解いたフェリスは、涼やかな海風のように爽やかに笑った。

 新たな名前と共に新たな人生を歩む覚悟が決まったらしい。


「んじゃ、これからよろしく頼みますよ。アステ様」


 ボクに与えられた運命を受け入れる姿は、星光よりも目映く感じた。

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