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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
4章 星の在り処
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『星の銀貨 1』

 貧血で身体を起こすのも辛いはずなのに、殺気の籠った眼差しには力強い生命力を感じた。


「ねぇ、君の名前教えてよ」


 この国で生きることに意味を見いだせないボクにとって、彼は興味深い存在だった。

 ボロボロな身なりに傷だらけの身体。今にも死に絶えてしまいそうだというのに、それでも生きることを諦めない。

 人の意志で、運命に抗おうとしてる。


「そっか。名前を聞くなら、まずボクが名乗らないといけないね」


 ボクは彼に近付くと手をかざした。


「ボクはアステ。星の御使い、アステ・クルス・アルメシアだよ」


 淡い光が傷口を包み込み、怪我を治癒していく。自身の身体に何が起きたのかわからず、混乱した様子で手を叩かれた。


「っ……!」


 少しでも安心させるため、ボクは笑顔を崩さない。


「大丈夫だよ。ボクの魔法は怪我した前の時間に戻す『回復』だからね」

「どうして素性もわからないヤツなんか助ける……」


 治療への感謝と、未知の魔法への恐怖。その二つの感情がない交ぜになっているみたいだった。

 一瞬だけ目が合った。ボクに対して興味を抱いたんだと思うけど、警戒心は解けない。


「たぶんね、運命なんだよ」


 誰かいると気づいてるはずなのに、リーフェル来ない。ってことは、この出会いそのものがノアからの贈り物である可能性が高い。

 だけど、その後の関係を決めるのはボク自身だ。


「もし君が居場所を求めているのなら、ボクは力になるよ」


 恩を仇で返すように、彼は細身の小さなナイフの刃先を向けてきた。


「同情ならゴメンだ。俺は貧しい人を助けるために、好きで命を費やしている」


 自分を蔑ろにする姿を前に、ボクは心に大きなわだかまりを抱いた。

 ボクは自分じゃなくて人の祈りに力を貸し、奇跡を与えるのが役割。やりたいことや行き方を強制されて、望むことを許されない。

 ……だから、自ら進んで人のために命を懸けるなんて理解できない。だってボクは、好き嫌いなんて感情を口に出すことすらできないんだから。


「じゃあな」

「待って!!」


 得体の知れない不安を振り払うように、今にも窓から飛び出そうとする背中へと声をかける。


「星の許に、彼の者へ新たな名を捧ぐ――フェリス!」


 届いたかわからないけれど、名前と共に授けた星の加護は、きっと彼との縁を結べたと思う。


「フェリスに、星の加護があらんことを……」


 風もなく、カーテンが行き場を探すようにユラユラと揺れる。

 窓から見え隠れする陽射しは、名を与えてまで縁を結んだボクのことを嘲笑っているみたいだった。


「ふふっ……自由を求めるノラネコに名前(すず)を付けるなんて、アステも酔狂なことするんだね」


 実際にリーフェルが笑ってたらしい。のぞき見なんて趣味悪いなぁ。


「その様子だと、やっぱり彼との出会いがプレゼントだったってことだよね?」

「そうだけど……まさか簡易とはいえ命名の儀をするなんて、ノアも思ってなかったんじゃない?」


 あっさりと容疑を認められると拍子抜けしちゃうな。


「ねぇ、ノアはどうして未来がわかるんだろう」

「ノアの持つ魔法じゃないの?」

「違うと思うんだよね……」


 それが何かわからないし、根拠もないけれど、魔法ではないということだけはハッキリと断言できる。

 まるで世界の全てが遷移していく様を観測し、結果や過程へと続く火種を蒔いてるみたいだ。長命ゆえの経験論にしても、十年以上先まで読むことは不可能に近いんじゃないかな。


 リーフェルはしばしの間黙考したものの、考えを全て振るい落とすかのように左右へ首を振った。


「あれ? それ何?」


 リーフェルが抱えていた、ページを綴じる紐が緩まり、すっかり焼けてしまった本を指す。


「本棚の裏に隠されてたの。色々な星座の物語が書かれてるみたい」


 星座の物語という単語に惹かれ、リーフェルから受け取ってすぐにページを捲った。

 探すのはリラとクルス、そしてフェリスの三つだ。


「あった」


 最初に見つけたのはボクの名前、クルスだった。五十音順みたいだから当然だけど。

 元々は仮名として名付けられたけれど、命名の儀にボクの正式な名前として決められた。


 クルス――南十字星の物語はこう綴られている。


『南十字星とは、行く手を見失い、暗闇の海を彷徨う航海士達の道標のこと。ある遭難者が、空に浮かぶ十字架を頼りに帰還したことから、神の加護として人々に奉られた星である』


 海が有名であり、首都が港町であるホロウリィには、当然ながら航海士がたくさんいる。

 教会を訪れる人の中にもちらほらといた。ボクに対して、航海を無事に終えて再び帰り着くことを祈っていく。

 この国で暮らすボクの生き様そのものの名前だと思った。


「星の名前を運命にする……」

「ホロウリィで名付ける時はそうみたいだね。ナチュレ国では花の名前を入れるけど」


 そういえば、自然が多いナチュレ国は花の持つ言葉から、祈りを込めて命名するんだっけ。


「あれ? そういえばライラックの花言葉って?」


 リーフェルの名前に含まれる花。どんな花なのかさえ、実は詳しく知らない。


「友情とか想い出だったかな」


 ……今までリーフェルの友達なんて見たことないけど、花言葉が由来した名前じゃないのかな?

 ううん。ナチュレ国の名前は『祈り』が籠められてるのかもしれない。将来こうなってほしい、こんな経験をして育ってほしいっていう希望を詰め込んだ贈り物。


 きっとリーフェルは、友達との想い出をたくさん作れますようにって『祈り』を贈られたんだね。

 口に出すのは照れ臭いから、心の中でリーフェルへと告げる。


「あ。さっき命名したフェリスも載ってるよ」


 通り過ぎたページへと戻ると、そこには確かにフェリスの名前があった。

 フェリス――猫座の物語はこう綴られていた。


『猫座は誰にも知られることなく、空から旅立った星座である。一説によれば、猫は飼い主を捜すため、空へ連れ戻されないように身を隠したと言われる』


 連れ戻されないように身を隠したという点は彼にそっくりだ。

 頭に浮かんだだけとは思えない。この命名は必然だったのかな。


「でも、なんだかノアの思い通りみたいで気に食わない……」


 顔をしかめていると、リーフェルが肩を竦めた。


「そういえば、前に命名の儀をした子ってどんな星座だっけ」

「琴座のリラだよ」

「ふーん……」


 時が巡るように、パラパラと音を立ててページが進んでいく。


「あった」


 ボクに見えないように琴座の物語を黙読した後、リーフェルの視線はボクの顔と本をいったり来たりしていた。


「リーフェル、どうしたの?」


 挙動不審な行動に戸惑っていると、恐る恐るリーフェルがボクに本を見せつけてきた。


「これって、どういうことなの……?」


 琴座の物語はこう綴られていた。


『琴は妻が毒蛇に咬まれて亡くなった音楽家が、死者の国へ向かう際に持っていった楽器である。

 音楽家は死者の国の主人であるヘルに妻の救いを求め、琴を鳴らした。ヘルは美しき音色に免じて音楽家の妻を返すことにしたが、一つだけ約束を交わした。

 ――この国を出るまで、絶対に振り返らないこと。

 簡単な約束だと余裕を持って歩く音楽家だったが、余りにも暗い道筋に不安を抱き、一度だけ振り返ってしまった。

 約束を違えたことに憤怒したヘルは妻を連れ戻し、音楽家は後悔の末に自ら川へ身を投げた。

 共に入水した琴は川を下り、やがて星座として迎えられた』


 他の二つと比べて、長い分重みのある物語だった。

 この物語を踏まえた上で、ロキの言葉の真意を探る。


『この先の未来で、彼は我に会いに来る。我の愛しき娘に、悪しき欲望の成就を願う為にな』


 ロキの娘がヘルだとしたら、悪しき欲望は死者の蘇生だと思う。

 リラの父であるリライズは、数年前にこの音楽家のみたいに妻を亡くしてる。死因も同じ、蛇に咬まれたことだったはず。

 つまりリライズは、息子の名前にリラが入ることをあらかじめ知っていたのかな……?

 ううん、むしろボクがそう名付けると知っていたのかも。

 ……リライズに先見の明があるとは思えない。これもノアが仕組んでるのかな?

 疑問は尽きないけれど、今はそれより大切なことがある。


「もしリライズが死者の国へリラを連れて行こうとしてるなら止めないと……」


 それと同時に、リラに秘める禁術についても調べないといけない。


「どうやって止めるつもり?」


 ボクはこの国から出られない。二人がこの国を離れる前に、何か策を立てないと……


「これから考えるよ。リライズの手から、リラをどうやって引き離すか」


 名付親であるボクが責任をとらなくちゃいけない。

 星の導きのまま、彼の運命を決めてしまった責任を……



          ☆☆☆



 いつものように、迷える信徒が教会を訪れてきた。

 海を越え、まだ見ぬ世界へ飛び出そうとする航海士の一団だ。

 長椅子に並んで座り、目を閉じて手を組む。溜め込まれた厄を祓うように、ステンドグラス越しの星の光を全身に浴びていた。

 ボクはその姿を祭壇の上から見下ろしていた。


「星の御子よ……どうか我らが海路を違えることがないよう、導き手となり……」


 ボクにはそんな力はないよ。星の魔力に満ちたこの教会で祈ってあげることしかできない。

 道筋を選ぶのは君ら自身だから。


「時に成長の糧となる、荒々しい試練を与えたとしても」


 試練なんて知らないよ。波が荒々しくなるのは天災のせいで大海原が暴れ狂うからだもの。

 このホロウリィよりも、ナチュレ国の思想が正しい。


「我らの航海に幸多からんことを願いて、星の加護をお授けください……」


 ボクの魔法は(かみ)の恩恵なんて呼ばれてるけれど、実際は禁術でも奇跡でもない。

 助けられるのはボクの手が届く範囲にいる限られた人だけ。

 崇拝されたところで返せるものなんてない。


 お母さんの息子であるというだけで、ボクは産まれた時から特別視されていた。でも、多分それだけじゃない。

 確かにお母さんは聖母と呼ばれていたけれど、きっと父親もこの国にとって特別な人だ。

 神話の大厄災である、ラグナロクの生き証人。ホロウリィの建設にも携わった重要人物。

 ロキの言葉を鵜呑みにするわけじゃないけど、ボクは薄々悟っていた。

 父親は、星の巫女であるノアなんだってこと……

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