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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
4章 星の在り処
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『星の消失3』

「これがボクらの、最後の晩餐なんだね……」


 別れを惜しむような言葉が投げ込まれ、哀情が波紋のように広がった。賑わっていた食卓がしんと静まり返る。

 たった一言に、自由を剥奪されている重みがのし掛かっていた。


「鳥籠の鳥なれば、籠を壊せばよかろうに

「否、鳥を戒める物が見えるものとは限らん。何せ外の世界を知らないのだからな」


 籠には精神的なものと肉体的なものがある。それは身をもって知ってる。

 俺が囚われていたのは、過去という名の鳥籠だ。レインが鍵を差し込み、メイジーが解錠し、ノイバラが錆び付いた扉を抉じ開けてくれたから、俺は外の世界に飛び立てた。

 世界と共に視野が広がり、ソナーレの優しさに気付くことができたんだ。


 いつまでも同じ場所にとどまっているのも選択の1つだ。でも、人生は自分の意志で好きに選べる。

 選択肢が絞られているのなら、俺はそれを増やしてやりたい。

 レインが俺の選択肢を増やしてくれたように。


「……自分だけじゃ飛び立てないなら、俺らと一緒に来るか?」

 アステの顔がぱあっと明るむが、すぐにしぼんでしまった。

「いいの、かな……?」


 アステの不安を払拭するため、俺はマフラーを外し、アステの首に巻いてやった。


「たとえ他の誰もが反対したって、俺だけはアステが自由になることを許すよ」


 震える身体を抱き寄せて、優しく背中を撫でてやる。

 直感だけど、アステは俺とよく似ている。

 似てるって言っても、どこが似ているのかはうまく説明できない。

 俺はただ、アステを自由にしてやりたい。それだけだ。


「ありがとう、ハヤテお兄ちゃん」


 潤んだ金の瞳は、まるで湖に写りこむ黄昏時の空のよう。

 切り取られた一時のように、物悲しさと儚さが込み上げてくる。


「気持ちはすごく嬉しいよ。でも――」


 国を背負った小さな背中が、悲痛な言葉を紡ぐ。


「偽善や欺瞞じゃないって証はないよね」


 こいつは今までどれだけ騙されてきたんだろうか。

 時と場の魔法は規格外の性能だ。それは俺の幸運もしかり。

 けれど『幸運』なんてあやふやな魔法よりも、『回復』は遥かに効果がわかりやすい。

 喉から手が出るほど欲しがる人間は山ほどいることだろう。

 そんな人間との出会いから、信じたいのに裏切りが怖くて信用できない。そんなところなんだろう。


「ごめんね、ハヤテお兄ちゃん」


 去り際に告げられた謝罪。

 十字架を握りながら、アステは弱々しく微笑む。

 けれどその瞳には、何かを決意する色が点っていた。


「間違ってるわよ。伸ばされた手を、自らはね除けるなんて」


 水面に投げられた小石のように、揺らぎという波紋が広がる。

 災厄を振り撒くと忌み嫌われる、宵闇の魔女。カースはきっと、居場所を奪われる側だったはずだ。

 レインの与えてくれたこの居場所にすがり付くしか、選択肢がなかったのかもしれない。


「つーかハヤテ」


 すでにデザートを食べ始めていたフレアが、スプーンをくわえながら声をかけてくる。

 重い空気が漂う中で、その仕草は緊張感の欠片もなかった。


「マフラー持ってかれてるけど、いいのかぁ?」

「あ」


 反射的に首を撫でるが、当然ながらマフラーはない。アステに貸したままだった。


「アステの部屋はそこのドアを出た右手にございます」


 優雅に食後の紅茶をすすり、パロマがふわりと笑いかけてくる。

 席を立ち、食堂を出ようとドアノブに手をかける。


「ハヤテ」


 胸を射抜かれたかのように足が止まった。


「貴方は幸運ですね。家族にも仲間にも恵まれ、大切なものを守るための力も授かることになるのですから」


 語り方と声音から、この言葉は未来のことだと、予言だと悟る。

 清流のように清らかで、強い勢いある声。

 凛と心に響かせるようだ。

 それにしても、家族と仲間に恵まれているというのはわかる。

 でも……大切なものを守るための力って、なんのことだ……?


「この世界では様々な選択が常に天秤にかけられます。その事をお忘れなきように……」

「俺はさ、決めたんだ」


 パロマはアステがこの国にとってどれだけ重要な存在なのかを忠告してくれているんだろう。

 連れ出すことがこの国にとって罪だとしても、俺はアステの涙を、願いや想いを汲み取ってやりたい。


「人の想いを胸に刻んで、それでも自分の信じた道を進んでいくって」


 記憶を重ねるように、自分で自分に言い聞かせる。

 リーフェル、ソナーレ、メイジー、トール、レイン、ノイ……

 色んな想いを受け取って、俺は俺になったんだ。だから、信念は曲げちゃいけない。


「誰にも許されないとしても、俺はこの選択を選んだこと、後悔なんてしない」


 食堂を飛び出し、足早に目指すのは、当然ながらアステの部屋だ。

 灯りがなく静寂が包み込む廊下へ出て右手へ進む。

 涼やかな風が、開かれたドアの隙間から吹き抜けた。


「いらっしゃい、ハヤテお兄ちゃん ……」


 星明かりが暗闇の部屋を照らし、風がカーテンをバサバサと揺らす。

 アステは待ちわびていたとでもいうように、こちらを向いて窓枠に腰掛けていた。


「アステ……?」


 星明かりにぼんやりと浮かび、存在が曖昧で、まるで雲を掴むような感覚。

 この感覚は、よく知ってる。

 夢と現の狭間をたゆたう時に、メイジーは現れる。

 ……そうか。二人は本当に似てるんだ。

 見た目と中身が噛み合ってない、不確かなところがそっくりだ。


「ボクね、ほんとはハヤテお兄ちゃんと話さないといけないことが、いっぱいいっぱいあるんだよ」

「俺と?」

「うん」


 灰色の濁った髪が、キラキラと星の煌めきを映す。


「さっきハヤテお兄ちゃんは、ロビンとソナーレが似てるって言ってたよね」

「ああ。二人はここで暮らしてたんだろ?」

「うん。そして同じように、パロマと似ていると言われた――これの持ち主もいたんだよ」


 慈しむように、アステが首のマフラーに触れる。

 俺の瞳と同じ色の毛糸で編まれた、リーフェルお手製のマフラーは、この世に二つしかない。

 つまりマフラーの持ち主ということは――


「リーフェル・ライラック。昔ここにいた、ボクの友人のことだよ」


 ふと、ある言葉が脳裏を過った。


『むかしむかし、あるところに、お星様に見守られた、幸福な国がありました』

 それはある物語の冒頭。


「星の国の物語。子供の頃に、聞いたことがあった……」


 寝付きの悪い俺へ、おとぎ話みたいに話してくれた。

 確か最後は『街ではみんなの涙が雨になるので、お星様はみんなが幸せになれるよう、涙が星になる魔法をかけました……』だったかな。

 続きは覚えてないけれど、あれはリーフェルの軌跡だったんだ。


「アステ、俺の知らないリーフェルのこと、教えてくれないか?」

「うん、いいよ」


 バサバサと、夜風でカーテンが揺らいだ。

 アステの口元が動いたように見えたが、気のせいだろうか。


「なんか言ったか?」

「ううん、なんでもないよ」


 ストンと窓枠から下りると、アステはマフラーをゆっくりと外した。


「リーフェルはね、先代星の巫女であるノアが連れてきたんだ」

「ノア?」

「ノアの方舟って物語は聞いたことがあるかな?」

「ああ。神話の一つだろ?」


 ノアの方舟という物語は、神話の一つ。

 神話に出てくる名前ということは、ノアはスカンディナヴィア出身の人間なんだろう。


「なんでそんな人がリーフェルを?」

「旧知の仲だったらしいよ。リーフェルがボクの従者になる前だから、ハヤテお兄ちゃんを引き取るよりずっとずっと前の話だね」

「なんで――」


 スカンディナヴィアの人間と関わる理由なら、心当たりがある。

 実際、俺達は禁術使いと魔道書のせいで、禁術管理者であるオーディンとヨルズに追われている立場だ。

 リーフェルの魔法は『幻惑』って聞いてるけど、内に秘める魔法が一つとは限らないし、魔道書を所持していた可能性だってある。


「ノアは星の巫女であり、禁術管理者でもあったんだ」


 つまりリーフェルは、俺に何か隠していたということになる。胸が、僅かに痛んだ。


「禁術は教えてもらえなかったけどね、リーフェルが来てくれたのは、ボクにとって家族みたいで嬉しかったんだ」

「家族、か……」

「うん。この国を出て行く時にね、リーフェルは言ってたんだ。『この子は私の弟です。大切に育てます』って」

「ちょっと待て」

「なあに?」


 今の話が本当なら、リーフェルがこの国を出ていく時、俺はここにいたということか?

 じゃあ俺は――


「ハヤテお兄ちゃんはね、大和ノ国からこの教会に連れてこられたんだよ。そしてリーフェルがナチュレ国へ連れ出したんだ。鎖国中の大和ノ国へ行くためには、当時はノアの船しか移動手段がなかったからね」

「じゃあ、ノアが俺をこの国に?」

「違うよ。ノアは送迎だけだからね」


 つまり俺を連れてきたのは、違う人間ということらしい。

 でも、一体誰が?


「残念だけど、それが誰だったかボクは教えられないんだ。でもその人は、『約束』って言ってたよ」


 アステは知っているけれど俺に話すことはできないのか。

 でもその理由が『約束』だったことに、胸がポカポカと暖まった。


「数年後、鎖国中の大和ノ国へ行くため、リーフェルとソナーレはここを訪れたんだ。ボクが知っていて、話せるのはこれだけだよ」


 話したくとも話せない複雑な事情を抱えているのは、アステの表情を見れば一目瞭然だった。


「これで終わり」


 そう言ってアステは窓へと駆け戻る。

 窓枠に手を伸ばす姿に胸騒ぎがした。

 今の『終わり』というのは、俺に対して言ったわけじゃない。外に、誰かいる。


「わかっ、た……」


 寝惚けているようなゆったりとした声が、窓の外から聞こえてきた。

 視界の端に写ったのは、蔓のようにうねる長い髪だった。

 細腕がアステの身体を背中から包み込む。


「行く、よ。アステ……」

「うん。わかってる」


 耳元で囁かれた言葉に素直に従うアステ。

 声の主はトールの師匠にして、スカンディナヴィアの禁術管理者……ヨルズだった。


「おい! アステをどうするつもりだっ!?」


 感情のない虚ろな瞳に見られ、恐怖で背中が跳ねる。


「連れてく。それだけ」

「ふざけるな!」


 淡々としたマニュアルめいた回答に、怒りが沸き上がってきた。


「たとえ禁術を持っていたとしても、それがアステの自由を奪っていい理由にはならないだろ!」


 腰の短剣を抜き、刃先をヨルズに向ける。口元が緩んだように見えた。


「なら、迎えに、来ればいい……」


 それだけ言い残し、ヨルズはアステを連れて姿を消してしまった。

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