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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
4章 星の在り処
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『星の願望2』

 腹が立つことに、ノアはいつも何の前触れもなく帰ってくる。

 何故か、いつも誰かと一緒に。


「ただいまアステ」

「あ、えと……初めまして、星の御使い様……?」


 連れてくるのは、国情を知らない他国の人間ばかりだった。

 大和ノ国にヨルズとトールを送った帰り道だから、大和ノ国の人間かなと思ったけど、どうやら違うみたいだ。


 ノアの背後に控えていたのは、栗色の髪を肩に流した少女だった。ライラックの刺繍が施され、スリットが入った丈の長いワンピースを身に纏っている。

 多分、ボクの外見と同じ10歳くらい。

 この教会で暮らすようになってから、身体の成長はピタリと止まってしまった。だから今のボクよりも彼女は幼いと思う。


「おかえりなさいませ、ノア様。すぐにお茶を淹れますね」


 ボクの向かえにノアが、その隣にノアの連れてきた少女が座った。

 パロマの忙しない足音だけが聞こえる。


「あの、リーフェル・ライラックです。ナチュレ国の田舎町出身なので、ホロウリィのことは詳しく知りませんが、これからよろしくお願いいたします。星の御使い様」

「星の御使いって肩書き、好きじゃないんだ」


 ボクは鳥。ホロウリィという鳥籠から出ることは許されない。

 星の御使いという肩書きで呼ばれる度に、自由を剥奪されたと思い知らされる。


「ではアステ様とお呼びいたします」

「様もいらない。あとそれ」

「なんでしょうか?」

「ボクと同い年くらいでしょ? 敬語はやめてほしいな」


 ノアは勝手に結んだ約束を果たし、ノラネコとやらを拾ってきたみたいだけど、ボクは従者なんてこれっぽっちも望んでないんだ。

 身の回りの世話はパロマが焼いてくれるし、生活に必要な物は全て信者が届けてくれる。

 家族とか友人って存在が、今のボクの求めるもの。

 ノアは彼女を教会に置くつもりだけど、彼女の意思には反していないんだろうか。


「それじゃあ、アステ。私は何をしたらいい?」


 何をすればいいのか説明されてないみたい。自由国家であるナチュレ国から急に連れてこられたなら、無理もないと思う。


「お客がいない間……ボクとパロマとノア以外に人がいない時は、ボクの友人になってくれない……?」

「えっ? でも……」

「大丈夫。礼拝日の夜にしか、人は来ないんだ」

「太陽が沈むまでは空が明るすぎて星が見えないだろう? だからみんな夜に祈りを捧げに来るんだ」


 星神を信仰しているボクには夜の祈祷が当たり前だと思ってたけど、どうやら他国だと違うみたい。

 ホロウリィとルクスリアは星の魔力。ドロップリア王国とナチュレ国は太陽の魔力。魔法都市スペルフィルと大和ノ国は月の魔力を持つ人が多いってノアが言ってた気がする。

 確かにナチュレ国出身なら、儀式的なものはお昼にやるのかもね。


「彼女はね、この世界の様々な状況を学ばないといけないんだ。ホロウリィの場合、思想や歴史なんかは、この教会が一番現状を把握できるはずだからね」


 それがリーフェルの義務であるかのように、ノアは当たり前に呟いた。


「ふぅん……」


 ボクの興味の矛先はリーフェルには向かず、友人として一緒に暮らしてくれるという事実を噛み締めていた。


「そういえばトールとヨルズは一緒じゃなかったの?」

「うん。トールは大和ノ国で女の子に一目惚れしたんだよ」

「へー、どんな人なの?」

「どんな人、かぁ…………」


 ノアがサッと明後日の方向を向いた。


「えっと……既婚者だったとか?」

「それならまだ良かったんだけれどね」


 ノアは頭が痛そうに額へ手を当てていた。

 既婚者よりも恋愛対象として選んじゃダメな相手って一体――


「僕らの滞在中に産まれた女の子」

「っ!?」


 飲んでいたお茶を思わず吹き出しそうになった。

 ホロウリィでは恋愛の年齢について規定はないけれど、婚約をするとしても言葉が話せるようになり、物心がついてからだ。

 信者の人から聞いた大和ノ国は、堅苦しいイメージがあるけど、恋愛事情はどうなってるんだろう。


「大人になったらワシの嫁に迎えるんじゃあ! って宣言してね。その女の子をお嫁さんにするためだけにわざわざ改名して、大和ノ国を統一したのさ」

「え、大和ノ国を統一って……」


 たった一人の女の子を手に入れるために、小さいとはいえ国を支配してしまうなんて、あまりにも強欲で傲慢だと思った。


「あれ? そういえばトールの魔法ってなんなの?」

「雷の魔法だよ。系統がなんだったかはもう忘れてしまったけれどね」

「え、雷なの??」


 ボクの質問に対してノアは不思議そうに首を傾げる。


「主様、アステ様は大罪について気にしているのでしょう」

「ああ、なるほど」


 強欲と傲慢は七つの大罪の一部で、強欲は氷と水、傲慢は闇と影の魔法を持つ人が強い傾向にあったはず。

 七つの大罪とは本人がコントロールすることのできない七つの性質のことで、魔法という未知の能力を持つがゆえに神から与えられた罰だって言われてる。


「スカンディナヴィアの人は規格外なんだ。命名の縛りは有れど、運命という筋書きはなく、自由を剥奪されることもないのさ」


 世界の不条理を吐き捨て、ノアの笑顔が不器用に歪む。

 ボクが気持ちを抑圧しているとよく知っているし、ましてやボクの運命を読み解いた張本人でもあるから複雑なんだろう。

 ホロウリィの人達は魔法のことを『(かみ)の恩恵』だなんて呼ぶけれど、正直ボクにとっては人を縛るための『呪い』なんだ。

 星なんて、消えちゃえばいいのに。


「太陽は恵の、月は祈りの魔力であるように、星の魔力は希望なんだよ」

「……何の話?」

「君は今、自身に宿る星の魔力を疎んでいるけれど、いつか誇りに変わる時が来る。今までの悪夢を塗り替えるほどの幸運と出会うことができるはずだから……」


 言葉は濁されたけれど、きっとその後には「だから、もう少しだけ我慢していてくれるかい?」と続いたんだと思う。

 その『幸運』を持つ人物がこの世界に産み落とされるのが、どれほど長い月日を重ねるのかはわからない。だから軽々しく言えなかった、のかな。


「ノアは知ってるの?」

「僕よりも、彼女の方が知ることになる。だから僕は、彼女をここへ連れてきたんだ」


 パロマに教会内を案内されていたリーフェルは、突然名前を呼ばれてキョトンとしている。

 ボクもノアの言っていることはよくわからない。でも人と異なるのは、先見の明が備わっているかららしい。


「リーフェルが先にその人と会うの?」

「……そうだね」


 重々しい呟きが物語るのは、ボクらには知りえないほど多くの人生にのめり込み、避けられない絶望の数々が待ち受けているということ。

 楽しい出来事だとしても、事前に知っていたら途端につまらないものに変わっちゃう気がする。


「その幸運って……ボクにとっての運命の人って、どんな人なのかな?」


 希望に満ちたボクの言葉に、ノアの表情が少し明るむ。


「透き通る蜂蜜色の中で、瑞々しく揺らぐ若葉。林檎のような甘さと、ミントの爽やかさが入り交じった香りがするからね。会えばすぐにわかると思うよ」


 どこか抽象的な言い回しで、どんな人なのか想像は全くつかない。けれど、その言葉はすんなり胸に落ちる。


「花言葉と同じように、ボクに――を分けてくれるのかな」


 暖かい優しさで包み込んでくれる、アップルミントの花言葉。


「外の世界は光のように目映い事ばかりではないけれど、君達なら乗り越えられるはずだよ」


 ボクとリーフェルにそう言い残し、ノアは再びフラりと姿を消してしまった。

 それから数年後、ボクの元へと久しぶりに客人がやって来た。


「是非ともわが息子の名付け親になっていただきたい!」


 まだ産まれたばかりの赤子を抱えていたのは、不潔な印象の男だった。

 継ぎ接ぎと煤だらけのボロボロな服、無精髭や髪はフケが雪のように積もり、周囲に悪臭を放っている。


「……リライズ、悪いけどボクには先見の明は備わっていないよ」

「構うものか! 貴様は命名の儀と星の洗礼を黙って行えばいいだけだ!」


 なんて傲慢で礼儀知らずなんだろうか。

 けれど星の御使いとして、信者には別け隔てなく接するのがボクの役目。

 星は誰のことでも平等に見守り、時に恩寵や罪科を与える存在でもあるって言われてるからね。

 昔、善悪を判断されるのはおかしくないの? なんてノアに聞いてみたら、「それが神様の在り方なんだよ」なんて理不尽に返されたのを思い出した。


「この子の仮名は?」

「仮名? そんなものよりさっさと儀式をしてくれ!」


 リライズはあまりにも哀れで救いようのない醜態をさらし、腕の中の赤子が不憫でならなかった。

 星の洗礼とは、この国に住まう信者として星神に認めてもらう儀式。生後まもなくに行う決まり事。

 命名の儀は魔法を使う許可として、星の導きの元に名前をもらう。洗礼とはちがって時期は人によってバラバラだから、しばらくは仮名だけで過ごすことになる。


 ボクの場合、仮名として『クルス』という名前で過ごし、五歳の時にノアから正式な名前をもらったんだ。

 こんなに焦って儀式を行う必要は、本来ならありえないと思うんだけど……リライズは聞く耳を持たないだろうなぁ。


「……リーフェル、あの子を祭壇へ」

「はい」


 リライズの手から赤子を受け取り、リーフェルが祭壇に寝かせる。


「パロマ、滴礼の準備を」

「すでにご用意できております」


 パロマが差し出してきたのは、星の光を溜めた泉の水を、小瓶の中に入れたものだった。

 祭壇の前に立つと、礼拝堂は蝋燭の灯で照らされていたが、フッと消えてしまった。

 星の光が空間を支配する。

 着崩れた純白の礼服を整え、十字架を外す。


「儀式を始めるよ」


 ――刹那、音が消える。


 まるで奪われた音が集約したかのように、遠く遠く、雫が落ちる水音だけが耳に届いた。

 ステンドグラスで虹色に光る星が、煌々と、名も無き赤子を照らしだす。


「誓言せしは、星が宿りし彼の赤子」


 ぱたた……と、赤子の頭に聖水を垂らす。


「前世に犯しし罪を贖い、赦しを、資格を此処に示せ」


 聖水をボクの十字架にもかける。すると聖水を通し、儚く消え入ってしまいそうな旋律が胸に響いた。


「音の、魔法……」


 魔法の系統はわからないけれど、間違いなく属性は『音』。

 そういえば、リライズは琴座流星群のことだったはず。

 頭にパッと浮かんだのは、皮肉にも付随する名前だった。

 でもこの名前は、ある花の別名だから、絆を結ぶ縁にもなる。


「星座は、リラ……琴座……」


 旋律が消えた後、胸を哀しみが埋め尽くしたことに気付いた。


「感情の籠った、演奏……」


 魔法と言葉を結びつけるように、素直な想いを紡いでいく。


「音楽用語……」


 いつか命名の儀で必要になるってノアに言われたから、音楽用語も少しなら知ってる。

 きっとこの子のためだけに学ぶ必要があったんだね。


「ソナーレ・リラ・センティート。感情を込めて演奏する琴座……」


 名前が、運命が火種となり、ソナーレが大きな傷を負うことを、ボクはまだ知らない。

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