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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
4章 星の在り処
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『星の消失2』

 一度シリウスの診療所に戻った俺達は、着替えと荷作りを済ませ、アステとパロマ、ロビンの三人が待つ教会に到着した。

 教会とはいえ前回訪れた祈り場ではなく、裏手にある居住区へと回る。


「皆様、ようこそいらっしゃいました」


 玄関前で待機していたのか、ロビンの姿があらわになる。室内でも相変わらず緑の外套を着ていた。

 聞いた話だと『擬態』の魔法は周囲の景色に溶け込むもので、外套の表面には媒介となる砂がまぶしてあるらしい。

 普段は隠れておいて、急に姿を現すから心臓に悪い。もしかしたら今まで、何処かから監視されてたんじゃないだろうか。

 頭を振って今更な疑念を払い、ロビンが開いたドアの向こうへと踏み込む。


「おじゃまします」


 白石造りの建物であることは他と変わらないが、床に木製の板が敷き詰められていたり、木の柱で建物が補強されていたりと、どことなく懐かしい匂いが広がっていた。

 三人で住むには広そうだが、俺ら六人が加わり手狭となったリビング。中央のテーブルには様々な魚介類の料理が並んでいた。


「なんだかわからねぇが、うまそうだな!」


 魚や貝を丸ごと煮込んだスープや、魚のすり身をパンに乗せたもの、生魚と貝に油をかけたもの、魚介と米を一緒に炊いたものなんかがある。


「アクアパッツァとブルスケッタ、カルパッチョ、パエリアという名前の料理です。おかわりもございますので」


 テーブルを囲むように食卓にはついたものの、すぐに食べ始めることはなかった。ロビンが飲み物を用意してくれているからだ。


「……そういえば、ここには三人だけで住んでるのか?」


 キョロキョロと部屋を見回しているが、生活用品はあまり多くなさそうだ。


「うん。あの診療所でノラネコを飼ってるのが見つけられてからしばらくは、四人だったけどね」

「ノラネコって、なんですか?」

「野良猫とは、誰にも飼われておらぬ野生の猫のことだ」


 ネコは魔女の使い魔として有名な動物で、小柄な身体には人間にはない柔軟さと跳躍力が秘めている……って、図鑑に載っていた気がする。


「鳴き声でバレてしまったのかしら?」

「恥ずかしながら、俺が

診療所に入ってきた星の巫女様へ襲いかかっちまって」


 ノラネコの話をしていたはずが、何故か一人称で話に加わるロビンに違和感しかない。

 いつの間にか敬語が抜けてすっかり素になっている。


「え、ノラネコってまさか……」

「義賊時代の俺のことさ。アステ様に拾われ、無人の診療所をねぐらにさせていただいたもんで」


 気概の無いロビンに反し、アステは実に楽しそうだ。


「じゃあ昔いた人ってその星の巫女のことか? どんな人だったんだ?」

「あー、えっとね、前の星の巫女であるノアがホロウリィを出た後に、従者になって一緒に暮らしてくれた子がいたんだよ」

「従者?」

「そっ、前にボクの従者だった人は、ノアが連れてきてくれたんだ。ロビンは一応ボクが見つけたけどね」


 ロビンは不本意そうに人数分の飲み物を運んでくると、それぞれの前へと静かに並べていく。


「ロビンがここに来てから、もう20年くらい経つのかな?」

「まだそこまでは経ってないと思う――ますが」


 手を動かしたまま、目を向けずに答える。

 ロビンは従者というには忠誠心っていうのが足りない気がする。ギンシからトールへの尊敬の眼差しと比べるとだけど。


「おっ、と……」


 俺の隣に座るギンシが、よろけそうになった身体を立て直す。一瞬、何かに引っ張られたようにも見えた。

 そういえばもう一人の従者は、トールに対して反抗的な態度をとってたんだっけか。


「ここは時間経過が異なるんだよ。加護がかかってるからね」

「加護って、星神様からのもんかぁ?」

「厳密には違うけど……準備できたし食べようよ」


 ロビンが席についたのを確認し、アステが食事を促す。各々が自国の作法に則って食事を始めた。

 俺とフレア、レインの三人はすぐに食べ始めたのだが、俺は基本的にフォークとスプーンを使い口に放り込む。レインはナイフとフォークを操り、一口大に切ってから優雅に食べる。フレアも同じように切って食べるが、こちらはガチャガチャと食器の打ち合う音がうるさい。

 ドロップリア王国は誇り高い貴族が多く、マナーには厳しいはずだが、フレアの正体はメイジーの妹のノイバラだからな。

 ドロップリア王国よりも、ナチュレ国で過ごした時間の方が長く――もないか?

 いや、ノイバラと別れたのは俺がアステくらいの年の頃だから同じくらいか。


「願わくば、星の祝福が全ての民にあらんことを……」


 アステとパロマは星神に祈りを捧げて、十字を切ってから。ロビンは十字を切るところだけ真似してるみたいだ。


 トールとギンシは自身の箸を置き、その前で手を合わせる。


「いただきます」


 命を食べることをありがたみ、料理した人への感謝を一言に籠める。大和ノ国は義理人情の強い人々だ。

 子供が生まれれば土地神に挨拶をしに行き、それは年を跨ぐ度に続ける。時には病や試練に打ち勝てるように祝福を求めたりも……って、なんで俺こんなこと知ってんだろう?


 考えてみれば、ナチュレ国では使わない箸も、不思議と手に馴染んでいた。

 リーフェルとの生活では使ったことがない。なら、どうして――


「カースっ!! 何やってるんですかぁっ!?」


 思考を妨げた怒声の方へと目を向けると、なんとカースが料理に薬液を投入していた。


「何って、毒見だけれど?」

「毒見なんて銀食器を使えば済む問題じゃないですか!」

「銀食器なんていくらでも誤魔化せるわよ」


 そう言ってカースは黙々と食事を始める。

 あれでちゃんと味わかんのか……?


「大体ね、スペルフィルでは研究が盛んなの。それこそ他者を蹴落とすため、手段なんて選ばないわ」

「せっかくパロマが作ってくれたから、本当は普通に食べてほしいけど……スペルフィルの文化ならしょうがないね……」


 しゅんと(しお)れるアステに反し、パロマはニコニコと微笑むだけで、気に病んではいないようだった。


「それ以前に、試すためとはいえ嘘を吐くのは良くないんじゃないかしら?」


 パロマの笑顔が、まるで仮面が貼り付いているかのように固まった。


「なんのことでしょうか?」

「しらばっくれても無駄よ。審判は下されたの」


 カースは一枚のカードを机に乗せた。

 羽根を生やした……これは天使か? 

 天使が、人間に向けてラッパを吹いている絵と、XXという記号が描かれている。

 何に用いるんだ? いや、確か異国ではまじない事に使う、わりとポピュラーな道具だったような気がするな。

 パロマの仮面はすっかり砕け、巫女としてははしたないほどにあんぐりと口を開けていた。


「具象魔法……それも、このタロットは……」

「その様子だと、このタロットを知ってるのね」

「ええ。少なくとも、アステのロザリオと同等の力を宿していることくらいは、容易に想像がつきます」


 具象魔法は具体的な形があることで、強力な効力を持つ魔法となる。


「私は初めて貴方達と会う前に、このタロットで魔法を使ったの。効果は悪い報せを受け取ることよ」

「悪い報せですか……」


 レインが顔を曇らせる。


「大丈夫よレインちゃん。内容は彼女が私達を騙すということだけだから」

「そう、ですか」


 心底安心した気持ちは、痛いほどによくわかる。

 オーディンとヨルズが相当の手練れであることはわかっていた。俺らが勝てたのは、相手が俺らを本気で殺すつもりはなかったからだ。

 いや、トールとヨルズの対峙は本気だったと思うが、トールの極限の集中力が勝っただけに他ならない。

 本来なら死んでいたとしてもおかしくなかった。


「私の『占術』の魔法は、星の前でのみ使用を許されるのです。なので初対面の時に見せた魔法は偽りの魔法です」

「そういえば黙祷の途中でロビンがみんなの視線を奪ってたもんな」

「ええ。私に眠るもう一つの、花の香を用いた魔法でしたから」


 ん? 花の香り?


「ならば、師匠達が現れたのは偶然とでも……?」

「いえ、それは占いの通りですが、一目では本当に貴方がたが信用に足るか判別できなかったので、迂闊に口に出来ないことが多々あったのです。魔法はその一つでしかありません」

「パロマを怒らないでよ。彼女がみんなを試したいって言い出したのはボクのせいなんだから」

「だからって俺らを騙した事実は――」

「ありがとう。トールとフレアを助けてくれて」

「おいハヤテ、何言ってんだ!?」


 トールですら「感謝する謂れはない」と呟く始末だ。依頼を交わす身としては不誠実だということなんだろう。

 でも、隠れて助けてくれた事実がある。


「……花の香りがした」

「花?」

「あの洞窟が崩壊した時、まるで俺らを導くみたいに、ライラックの香りがしたんだ」

「その摩訶不思議なる花の香りを辿り、拙者達が待つ枯れ井戸へ参ったと申すのか?」


 ライラックは俺にとって想い出の花だ。フロックスと同じくらいに。


「リーフェルかリラがいるような気がした。ただそれだけだよ」


 実際、リラは俺らのためにドロップリア王国への道中を引き返し、助けに来てくれた。


「そっか。リラがやっと家族と出会えたみたいで嬉しいよ」


 アステは見た目にそぐわぬ大人びた笑みを浮かべる。その人生を達観したような笑顔には覚えがあった。


「……なんか、アステってアイツに似てる。それにパロマも、雰囲気が俺の姉さんみたいだ」

「それ言ったらロビンも、ソナーレにそっくりじゃねぇか?」


 悪乗りしてくるフレア。でも、あながち嘘でもない。

 トールは姉という単語に眉をひそめるも、グッと心を押し殺したようだ。


「そのアイツって人とハヤテお兄ちゃんのお姉さんのことはわかんないけど、ロビンとリラが似てる理由はわかるよ」

「え?」

「だってリラを躾したのは、正真正銘このロビンだもの」

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