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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
4章 星の在り処
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『星の願望1』

 子供の頃、一面の闇を祓うように雲間を裂く月光に、ボクは一目で心を奪われた。

 目に焼き付くほど燃え盛る夕焼けや、数多に空に浮かぶ星々、果てなく続く空と海の青よりも、健気にも、一人きりで町を見守る月が好きだった。


 けれどホロウリィは星の国。名前も魔力も星に縛られ、声の届かない光のことを、神だと崇める歪んだ国。

 魔力の種類は太陽と月と星の3つしかないのに、どうしてボクはここで生まれてしまったんだろうと思っていた。

 だからボクは、大きくなったら旅に出たいと夢見ていたんだ。

 まだ見たことのない、月の表情を記憶するために。


「おぉっ!! この子は我々を救うため、星神様が仕わしたる神の子です!」

「えっ……?」


 言葉の意味が、わからなかった。

 仮名ではなく正式な名付けを行う儀式は、本来星の御使いと星の巫女だけが同席できる。

 けれどボクだけは他の子供とは別だった。


「なんと!」

「原罪を免れし神の愛娘、マリア様が産んだ子供ですもの、当然だわ!」


 頭が、事態に追い付かない。

 ボクを囲む多くの大人達は、手を合わせて拝んできた。

 異常な光景にざわめく心を落ち着けるため、ボクは生まれた時から所持していた十字架を握った。


「皆様! 星神は我々を痛みという呪縛から救うため、救世主を授けてくれたのですっ!!」


 叫んだのは安住の地を求めて大陸中を旅しているという、不気味な占い師だった。

 顔を隠す前髪の隙間から、妖しく光る血色の瞳が見える度に背筋がゾッとする。


「分け与えられた力は『回復』。時を遡る神の御業! 彼こそが新たな星の御使いなのです!」


 ……違う。分け与えられたわけじゃなく、ただ押し付けられただけだよ。


「星神様からのお恵みじゃ!」

「ありがたや、ありがたや……」


 ありがたくなんてない。欲しいならいくらでもあげる。


「クルス様の正式なお名前はどんな素敵なものになるのかしら!」

「それじゃあ始めようか」


 名乗りを上げたのは、母と親交の深い少年だった。

 浮世離れした、雪のように真っ白い肌と髪を持ち、袖口や裾がフワリと広がった、ポンチョのような服を着ている。後髪はオリーブの髪飾りで結わかれていた。

 穢れの無い純白の羽根みたいに、神秘的で清らかな空気を纏っていた。

 この人が現在のホロウリィの最高権力者、星の巫女だった。


 男が巫女ということには違和感があるけれど、この人は女性に引けをとらない美人で、見た目からは想像がつかないほどに年老いているらしい。


 教会の(はり)から飛び降りる様は、さながら白き鳥のようだった。ただし、羽根ではなく埃を撒き散らしたため、信者の数名は吸い込んでしまったらしく咳き込んでいた。


「ごめんごめん」


 たいして悪く思っていなさそうな軽い謝罪だけど、気を悪くする人なんて誰一人としていない。

 だってこの国は星が全て。星の奇跡を宿しているだけで、誰もがその人間に平伏する。

 特にこの人、ラグナロクの生き証人とか、聖人、預言者なんて言われてるほどの別格の存在らしい。


 ボクの前に立つと、片膝を曲げてしゃがみ、胸元で十字を切った。祈られると同時に、光が霧のベールとして身体を包み込む。


「…………君はいつか、六連星の光の中、自分の仲間を明るく照らす星になる」

「仲間……この国から出られない、籠の鳥だとしても?」


 信者に聞こえないよう、声量を抑えて問い掛ける。幸いにも人々との距離は遠い。


「ここから連れ出してくれる人達が現れるんだ。君がその手を取れば、自由に大空を舞う鳥になれるよ」

「自由の鳥……」


 それはまさに、ボクが一番なりたいものであり、手を伸ばせば伸ばすほどに遠退いていくものだった。


「さぁ、命名の儀を始めようか」


 ボクの胸元にぶら下がった十字架を手にすると、そっと唇で触れた。


「星の下、彼の者の新たな名を捧ぐ」


 ごくりと、息を飲む音がした。


「……アステリズム。君には目映く集う星達の名前が相応しいね」

「アステリズム?」

「そう。アステリズム・クルス・アルメシア……アステリズムだと長いから、アステでいいかな」


 星の巫女による命名に、誰もが感嘆の声を洩らした。


「アステ・クルス・アルメシア。君の身体と君自身に、星の加護を……」



          ☆☆☆



 ボクがクルスからアステ・クルス・アルメシアになって、数年の時が過ぎたある日のことだった。

 ステンドグラスというフィルター越しの日光が、カラフルな光となってボクを照らす。

 読み飽きた聖書を捲っていると、コツコツと靴音が近付いてきた。


「パロマのこと、お願いしてもいいかな?」


 ホロウリィの最高権力者である星の巫女が、白鳩――パロマを肩に乗せて呟く。


「お願いって、どこかに行くつもりなの?」

「うん。留守は君と彼女に任せるよ」

「彼女?」


 パロマが地面に留まると、ぽふんという音と共に煙が舞う。もくもくと広がる中、人影が動いた。

 煙が晴れると、そこには空色のシスターが立っていた。


「おんなの、こ……?」


 呆気に取られていると、シスターは裾を持ち上げて膝を曲げる。丁寧で優美なお辞儀だと思った。


「私はパロマ・プレアデス・メディウムと申します」


 プレアデスはスバル――星群の1つで、メディウムとは巫女のこと。

 名前からして、この女の子に星の巫女として代理を頼むんだろうか?

 鳥が自由に舞う青空色のシスター服。清廉潔白な雰囲気も、聖職者としては相応しい。


「……え? 鳥だったよね?」


 思考が停止していたせいで反応がワンテンポ遅れてた。


「ええ。いつも主様のお側にいた白鳩でございます」

「とある魔法使いに頼んで、人間の姿にしてもらったんだよ」


 その笑顔は、頼んだというにはあまりにも後ろ暗い気配があった。触れない方がよさそう、かな? 本能的にそう思った。


「どこに行くつもりなの?」

「どこだろう?」


 質問に疑問を返されるとは思わなかった。


「うーん、旅の中で君への大きなお土産が手に入るのはわかってるんだけどね」

「お土産って、どんな?」

「君を大切に守ってくれる、イタズラ好きの野良猫かな」

「ノラネコ?」


 一緒に暮らしてわかったことだけど、星の巫女はよくわからない単語を頻繁に使う。まるで別の世界から来たみたい、なんて思ったりすることがある。


 ――トントン。


 教会のドアを叩く軽い音が響いた。たぶん、信者が星神に助けを求めに来たんだろうな。


「ああ、そういえば」


 星の巫女は思い出したように呟き、パロマが教会のドアを引いた。


「星の巡りが偶然にも噛み合ったみたいだ」


 ドアの外に立っていたのは、二十歳ほどの女性と青年だった。

 女性は色とりどりの花で飾られたロングドレスに身を包み、背中には蔦のようにうねった髪が流れていた。

 青年はボサボサに乱れた赤毛と、がっしりとした筋肉質な身体が特徴的だった。鎧は肩当てだけと言ってもいいくらいで、背中には柄の短い大きな戦鎚を背負っていた。


「誰なの?」


 高まる警戒心を隠すことなく向けていると、女性が少し考えてから答える。


「私は、ヨルズ・ラタトスク。こっちは、トール・ニーズヘッグ」

「馬鹿正直に名乗らんでもええじゃろ」

「でも、聞かれた、から」


 ヨルズが素直になんでも喋ろうとするのはいつものことみたいで、トールは頭を抱えてしまう。


「ボクはアステ・クルスアルメシアだよ」

「パロマ・プレアデス・メディウムと申します」


 名前には、魔法やその人の国、性質なんかが表れる。この二人は神話の神の名前だから、スカンディナヴィアの人間みたいだね。

 ボクに興味なさそうだけど、禁術管理者ではないのかな?


「ここには何の用で来たの?」

「迎えに、来た」

「おまんらには悪いが、大和ノ国へ行くにゃ、こいつの船しかないんじゃ」


 なるほど。端的な理由で素直に納得した。

 東方の島国である大和ノ国まで向かうには船旅しかない。それなりの長旅になるのなら、船には竜巻や津波に耐えられるほどの丈夫さが必要になる。

 ノアの船なら荒波に揉まれても絶対に壊れないもんね。


「連れてってもいいけど、どうして大和ノ国まで行くの?」


 この国の主権者を連れて行くんだもの、交換条件が情報なら安いはずだよね。


「魔道書、確認」

「魔道書がまだ封印されちょるかの確認じゃ」


 魔道書の確認というところで、あることが引っ掛かった。


「禁術管理者なら、どうしてボクを捕まえたり、魔法を封じたりしないの?」


 トールとヨルズがキョトンとしながら目を合わせる。

 どうするというよりも、どうしてそんなことを聞くんだろう? そう言い合っているみたいだった。


「ワシらは確かに禁術管理者じゃが、おまんが人の為に魔法を使っとるなら、別にええじゃろ」

「私も、興味はない」


 禁術管理者に温厚的な人がいるなんて思わなかった。悪い噂ばっかり聞いてたから。

 魔獣を召喚するとか、人の時間を止めるとか、世界を壊そうとしてる、とか。


「行ってくるね」


 母から譲り受けた袖の余った白いコートを羽織り、星の巫女はこの国を後にした。

 そしてその晩、数多の流星が地に降り注いだ。

 まるでホロウリィ中の人々が流した涙を集めたかのように、空が、星が泣いた。

 ボクの母親、マリア・エトワール・フィラントが亡くなったからだった。


 人々は突然の死について口々にこう言った。


「全てはあの方が出ていってしまったからよ!」

「ああ、間違いない! だから星の加護が消えてしまったんだっ!」


 責任はたらい回しにされ、たった一人に擦り付けられる。


「星の巫女、ノア・コルンバ・ソルシエールが、このホロウリィを捨てたせいだっ!!」


 蒼白なまま横たわる母の睫毛には、凍った涙がついていた。

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