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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
4章 星の在り処
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『星の消失1』

 ヨルズとオーディンを退けた俺らを迎えに来てくれたのは、二人の少年だった。

 一人は大きな襟とスカーフを用いた、葡萄色の水兵服を着たアステ。

 もう一人は白いポインセチアのワッペンが入った、赤のキャスケット帽とベストが特徴的な少年だった。


「あ、あの??」


 困惑の色を見せるのは、突然アステに口付けされ、状況に全く頭が追い付いていないレインだ。氷の鎧が溶けてしまいそうなほど、全身から熱を放出していた。


「あらあら」

 おばさん臭い口調で笑みを浮かべるカース。完全に面白がっていることは置いといて、なんでこっちをチラチラ見てくるんだ?


「せっ、せせせ接吻など不埒なりっ!!」

「婚約を交わしておらぬ男女が、みだりに接してはならんだろう」


 慌てふためくギンシと、ごほんと咳払いをして諫言するトール。大和ノ国は恋愛に免疫がないのだろうか。と疑問に思っていたのだが――


「なぁっ!?」


 赤面したままフレアが固まっていた。予想外なことに、こちらも恋愛沙汰には疎いらしい。女子は恋愛が好きそうなイメージは意図も簡単に崩れた。

 見た目は別人だが、中身は俺の親友であるメイジーの妹のノイだと知っている。

 偶然寝言を聞いて発覚したわけだが、本人が口にするまでは知らないふりを突き通すことに決めた。


 俺はといえば、先日フレアとキスした記憶が甦り、罪悪感に駆り立てられた。事故とはいえ、ファーストキスは女の子にとって、人生を揺るがすような大事件かもしれないからだ。

 ……相手が相手だから、俺としては責任を取ってもいいけど。


 アステはレインから離れると、ペロリと唇を舐めた。


「これで怪我だけじゃなく、痛みからも完全に『回復』したはずだよ?」

「あっ…………」


 さっきまでは痛みのあまり身体が丸まっていたが、今は背筋がピンと伸びていた。


「なぁるほどー、祈りもキスも儀式っスから、呪文の代わりなわけっスね」

「儀式?」


 あんな簡単な動作が儀式なんて仰々しいものとは結びつかず、いまいちピンと来ない。


「神の恩恵を受けるために捧げる行動のことよ。御使いさんくらいになると、ただの恩恵ではなく神の寵愛ね」

「星神様はボクらを祝福してくれるからね」

「……神に好かれることが幸福とは限らん」


 水を差すように吐き捨てたのはトールだ。

 なんとなく、過去に神と会ったことがあるような口振りに思えた。


「そうね。愛と呪いは紙一重だわ」


 神から愛されるアステ。神に呪われたカース。

 星神に護られた国にふさわしい星群の名前と、呪いそのものを表した名前。

 二人が対照的であることは明らかだった。


「さて、これでボクらからの依頼は終わったわけだけど、シリウスにはどれくらい滞在する予定なの?」


 くるりと俺らから顔を背けながら、アステが尋ねてきた。


「兄様に皆さんを紹介しなくてはいけないので、明日の朝にでも立とうと思っています」

「そっか……じゃあ今夜はご馳走でおもてなしさせてもらうよ」

「お任せください!」


 周囲の景色に溶け込んでいたロビンが、腕まくりしながら姿を現した。


 アステは一人で和から外れ、切なげに空を見上げていた。

 空は焼けたような夕陽の色が混じり、妖しくも神秘的な、カースの髪と同じ夕闇色に染まっていた。髪を濡らす雫のように、星の粒が散らばっている。

 月にうっすらと雲のカーテンが引かれ、鏡のように空を映していた。


「そういえば団長からフレア宛に言伝を預かってるんスけど」


 唐突に用事を思い出したらしく、少年が口を開いた。


「フレアの知り合いってことは、騎士団の人なのか?」


 最初にクリス宅急便だとか名乗っていたが、名前はまだ聞いていない。反応を見る限り素性を知らないのは俺とトール達くらいのようだ。


「ああ、そういや初対面っスね」


 少年は外した帽子を胸元に当てながらお辞儀する。どこかで見たことのある白銀の髪は、見たことがないほどにざんばらだ。

 フォーマルな印象の服装には似つかわないが、手紙が限界まで詰まったカバンと荷物を積み重ねて詰まれたソリを見るに、郵便配達の仕事で大忙しのようだ。


「どーも初めまして! 郵便配達……いわゆる運び屋をしている、クリス・セント・イブっス!」

「ついでに言や、レインの従弟」

「ラブレターから憎い相手への嫌がらせはもちろん、人間や夢と希望なんかの配達依頼も受けますんで、ど~ぞごひいきに!」


 クリスは帽子の鍔から名前と連絡先の印字されたカードを渡してきた。緑の台紙に赤の文字と白いポインセチアの判が押されている。


「……この組み合わせ、何処かで見たことがあるような」


 クリスの名前とこの色から、昔リーフェルに聞いたある行事を連想していた。それは俺だけではないようで……


「ふむ、椿の如し優美な色合わせだな」

「トール様の江戸情緒溢れる感性、拙者も見習いとうございます」

「否、彼の花は縁起が悪かろう」


 大和ノ国コンビの会話についていけたのは、花について詳しい俺くらいだと思う。リーフェルがたくさんの植物図鑑を残していてくれたから。

 椿という名前はあくまで大和ノ国のもので、こっちの大陸ではカメリアと呼ぶ。この花の大きな特徴は、花が散る時に花弁ではなく花がもがれたかのように丸ごと落ちるのだ。

 斬首を彷彿とさせることから、縁起が悪いと言われている。


「赤と緑と白……」


 椿の花以外にこの色合わせの何かがあった気がするんだけど、なんだったかな。

 思い出せそうにないので考えることを放棄した。こういう時は忘れた頃に思い出すのだ。


「そんで、団長は俺になんつってたんだ?」

「あ、えっと……団長は『お前はもう、自分らしく生きればいい。レインの剣としてではなく、己の信ずる(みらい)を選べ』って言ってたっス」

「……あっははっ!」


 どうやらフレアは笑いを堪えられなかったようだ。


「俺が何を信じるか?」


 フレアは背中からレインと俺の肩に手を回してくる。


「んなもん、家族に決まってるじゃねぇか」


 寄せるようにぎゅっと抱き締められ、嬉しさと同時に切なさが込み上げてくる。

 フレアはどうして姿を偽っているのか、メイジーは本当に生きているのか、アッシュとロキはどんな関係なのか……詮索しないと決めていたのに、頭にちらついてしまうのだ。

 秘密を共有されないイコール信じてもらえてないわけじゃないのはわかってる。それでも頼ってもらえないのは寂しい。


「家族を助けるために武器を握るってのは、昔も今も変わらねぇよ」


 だけど、家族というたった一つの言葉だけで救われた気分になる。こんな時は自分が単純でよかったと心から思える。


「フレアったら、会わない間に大人になっちゃったんスね……」


 あからさまにガッカリするクリスに対し、フレアは不平不満を嫌気が刺した表情で示す。


「嫌なんスか?」

「嫌っつぅか、俺は大人になれねぇから……」


『未来』を諦めたフレアらしからぬ言動に耳を疑う。


「フレア君?」

「なぁんてなっ」


 カースの訝しむ声から逃れるように、フレアは前言を笑い飛ばす。

 成長ができないという意味なのか、それともそんな資格が無いと思っているのかはわからなかった。


「まあ、文句は本人へどーぞっス」


 めんどくさいと感じたのか、クリスは干渉せずに放り投げた。


「そんじゃ、自分はこれで失礼するっス」

「次はどこまで行くの?」

「大和ノ国っスよ、鎖国解除されたんでとりあえず営業して来いってじっちゃんが」


 乗り気では無い様子でクリスはソリに乗り込む。


「……あのー、なんか用スか?」


 無言でソリの縁を掴まれ、飛べずにいた。掴んでいたのは我が姉トールだ。

 折れそうなほどに細い腕からは、その剛力差を想像できない。


「大和ノ国へ行くと言ったな?」

「はあ、そうっスけど?」


 明らかな営業妨害に、クリスは迷惑そうだ。


「ワタヌキという家の末妹へ手紙を渡してくれぬか?」

「ついでならまあ、構わないっスよ」

「すぐにしたためる。しばし待たれよ」


 そう言ってトールはギンシに手紙を書く準備を手伝わせる。チラリと視線が交わされた。


「リーフェルに、ハヤテのことを伝えねばいかぬからな」

「リーフェルに?」

「ああ。末妹の従者として匿っている」



          ☆☆☆



 ひんやりと冷気の漂う洞窟の中、少年が封じ込められた氷塊の前に、数人の人影があった。


「ふむ……これだけの禁術管理者が一堂に会するなど、ロキが封印されて以来でしょうか」


 長く伸びた顎髭を撫でながら、ローブに青いマントを羽織る老人が呟く。


「そう? でも……全員じゃ、ない……」


 退屈そうに欠伸するのは、アスターの花で彩られたロングドレス姿の女性だった。手首にはきつく包帯が巻かれている。


「ハーッハッハッハ! 貴様は相変わらず変わらんな! ……いや、それは某もではないかーい!」


 一人でボケとツッコミを繰り出すのは、ひょろりと背の高い青年だった。背景に花が舞う錯覚が起こるほどの眉目秀麗だが、容姿にそぐわない錆び付いた鎧を着ている。


「せっかくお顔が良いのに台無しですわ。兄様、わたくしが口を縫い付けて差し上げましょうか?」


 毒舌を吐いたのは、青年と瓜二つな顔立ちの、これまた人より身長が高い美少女だった。男性の誰もが目を奪われるであろう胸部を揺らし、花弁のように華麗なドレスに身を包まれている。


「その喧しい輩をどうにかしてはくれんか? ワシの耳が壊れる」


 ヘッドホンで耳を覆いながら顔を歪めるのは、角笛を腰に括った小柄な少年だった。モコモコとしたファーの付いた、サイズが大きいモッズコートを着ている。


「よくわからんガラクタを着ける貴様には言われたくないぞっ!!」

「ガラクタではない。ルクスリアが科学を発展させた賜物だ」


 二人の仲裁をするように割って入る影があった。二人の合間で、メラメラと炎が踊る。


「喧嘩するために集まったわけじゃないのはわかってるでしょ?」


 凍り付くような声で告げたのは、黒いドレスの少女だった。胸元には赤いチグリジアが咲いている。


「ええ、わかっているわ。もしもそうでなければ、今頃兄様を侮辱したゴミの処理をしているもの」


 妹は頬に手を添え、笑顔で少年を蔑む。


「それでは、それぞれの主張を話し合うとしましょう」


 老人が指揮を執ることで、空気がさっきまでと違うは意味で、ピリピリとしたものへ変わる。


「当然私は、親友であるロキを救うため、彼らから魔道書を奪うことが最優先です」


 傍らで女性が頷いていた。


「弟子と、再戦、したいもの」

「ならば某は貴様らとは相成れんな」


 青年は二人に失望したように大きく溜め息を吐く。その背後では、磁石のように妹がベッタリとくっついていた。


「私と兄様は禁術使いの力を、文字通り正しい方向へ使うように管理するつもりですわ」

「某の妹は優秀だからな! すでに目星はつけているのだ!」

「兄様ったらそんなありきたりな誉め言葉を使うなんて、語彙力が足らない証拠ですわ」


 仲が良いのか悪いのかわからない会話を繰り広げる二人に、少年は肩をすくませた。


「ワシは今まで通り、禁術使いを狩る。それがこの世界のあるべき姿だ」

「では、私達は収集派、お二人は穏健派、貴方は強攻派ということですね」

「残るは、貴女、だけ」


 最後の一人へと視線が集まる。

 少女は夕陽に照らされたかのように頬を染めた。

 ユラリユラリと火の粉が舞う。


「アッシュは、お兄様の願いを叶えるため、魔道書を持つ方々を――殺しましょう」

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