表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
3章 雨の目覚め
40/62

『雨の目覚め3』

 ホロウリィとナチュレ国の国境付近の森の中――


「ちっくしょおおおお!」


 俺は全速力で木々の間を縫って走っていた。

 パロマの予測はピタリと当たり、確かに森へ二人は現れた、のだが……


「だからって、待ち伏せしてるところに現れんなよっ!」


 あまりにもピタリと当たりすぎたことを、全力で嘆くハメになったのだ。


「待って……!」

「待てるか!!」


 フィヨンだけが後を追い掛けてきたので、俺らの作戦の要である二人の分断には成功したのだが、なんせ一人でも厄介なのだ。

 フィヨンは戦鎚を柄の短い酒樽ほどの鎚頭に変化させ、右肩に乗せて追跡してくる。

 色とりどりの花を咲かせた丈の長いロングドレス姿のうえ、蔦のようにうねる長髪で、なんであんなにも速く移動できるのだろうか。


 不思議に思って振り返ると、途中の邪魔な木々が容赦なくなぎ倒されていた。というか、木端微塵に砕け散っている。

 森の中ならば俺が一番機動力があるだろうと囮を買って出たのだが、後悔先に立たずだ。

 とにかく合流ポイントまでひたすら走り続けなければいけない。

 今頃残されたハールバルスとカース達の戦闘が始まっていることだろう。


「着いた!」


 辿り着いたのは森の中で唯一、地面が固い土に覆われた広場だ。

 フィヨンを待ち受けていた相手は、当然ながらフィヨンと因縁を持つ人物だ。


「師匠、お引き取り願おうか」

「トール……」

「あ、俺は立会人なんでお構い無く」


 こちらはトールが師弟対決を望んでいたため、俺は誘導を終えればとくに支援しない。

 ハールバルスの方はカースとレイン、フレアの三人が引き受けてくれている。

 ちなみに、トールに危険が及ぶくらいなら自分が戦うと騒ぎ立てたギンシは、アステ達の警護という名目で厄介払いされていた。


「和解したの……?」


 トロンとした寝ぼけ眼で尋ねるフィヨン。ピスケスでのことを気にしているらしい。

 トールは返事をする代わりに背中の留め金から戦鎚を外した。


「そう、よかった」


 心の底から嬉しそうに呟くと、フィヨンは肩から戦鎚を下ろした。


「此度は二人きりの戦場。ましてや師弟対決という下克上だ」

「そう、ね」

「なればこそ、私は本気で師匠と相対する必要がある」

「ええ」


 負けられない戦いだからこそ、正式に決闘を申し込み、全力で相手を打ち負かすと言っていた。

 俺には、見届け人になってほしいとも。

 俺に戦闘をさせないための嘘だと思っていたけれど、出発前にギンシがトールは守る相手がいると強くなれると教えてくれた。


「私の本気は、鈍器で発揮することなど不可能だ」


 トールは戦鎚の持ち手に力を籠め、少し捻った。カチンと音がする。

 スルスルと持ち手を引っ張ると、戦鎚の中から刃が姿を現した。仕込み刀というやつだ。

 鎚の部分を端に投げ捨て、深く呼吸を整える。

 刀を正眼に構え、張り上げた声で静寂を切る。


「遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ!」


 気合いの入った口上に、空気がビリビリと震え出す。


「我こそは、大和ノ国は武蔵に生まれし悪鬼羅刹、四月一日(わたぬき)――なり!」


 風が強く吹き抜け、トールの真名は聞き逃してしまった。

 トールが後ろへと下げた右足が、強く地面を踏みつける。腰を落とし、刀をフィヨンの目の高さで水平に構えた。

 キッと睨めつけられ、フィヨンの表情が真剣な物へと変わる。


「そう。なら私も名乗る」


 フィヨンは戦鎚を軽々と回し、片手で肩に担いだ。


「我が名はヨルズ・ラタトスク。スカンディナヴィアの禁術管理者にして、戦神オーディンの娘……」


 ヨルズ。大地の化身と呼ばれる神で、雷神トールとは親族だ。トールの師匠だという時点で関連があると何故気づけなかったんだ。

 それにオーディンって、最高神の名前じゃなかったか?

 スカンディナヴィアの人間は年を取らないから、外見の年齢は当てにならない。だが、ヨルズと関係を持ち、槍を使う神と考えれば、おのずと答えは見えてくるはずだ。

 神話に出てくる槍……グングニルだったか……?

 確か持ち主は……


「ハールバルスの真名は、オーディン?」


 いくら魔術に優れたカースでも、勝てないかもしれないと思った。オーディンといえば魔術に長け、知識に貪欲だと聞く。

 単純な魔術の勝負なら、オーディンの方が年の功の分優位なはずだ。

 冷や汗が頬を伝う。


「心配する余裕は与えない」


 フィヨン――ヨルズは、地面に戦鎚をドンと叩き付ける。


「神を脅かす者に、ミョルニルの鉄槌を下す」


 クレーターには目もくれず、トールの視線はヨルズだけを真っ直ぐと捉えていた。


「我が刀の錆にしてしんぜよう」


 銀線を閃かせ、躍りかかってきたヨルズを迎え撃った。



          ☆☆☆



 ハールバルスとフィヨンの出現場所は、寸分違わずパロマの予測通りの地点でした。おかげでその場にいたハヤテが、フィヨンに追い掛けられて行きました。

 私が小さくなる背中を眺めている隙に、カースが素早く胸元から杖を取り出しました。

 ハールバルスへ向けて、空中にV字を描きます。Ⅴ番のタロット、教皇(ポープ)の効果は束縛。相手の動きを止める魔法です。

 目を凝らすと、黒い靄のようなものがハールバルスの身体に絡み付き、染み込んでいました。


「おやおや、これは……」

「まだ終わらないわよ」


 さらに重ねて掛けたのは、ⅩⅣ番の節制(テンパランス)による魔力封じですが――


「ふむ。複数の『呪術』使用では、不発の可能性が高まるようですな」


 顎髭を撫でながら余裕を見せるハールバルス。どうやら節制の方は発動しなかったようです。


「余裕ぶっこいてられんのも今のうちだぜ、爺さんよぉ!」


 木陰で待機していたフレアが飛び出すと同時に、腰の鞘から引き抜いた長剣をハールバルスへと向けました。


「はあっ!」


 情け容赦無く剣を構え、ハールバルスの胸元目指して突進します。

 剣先に宿した『破壊』の魔法で倒すつもりなのでしょう。

 フレアの魔法はカースと同じく、相手の罪の重さと頻度によって攻撃力が変わります。

 禁術管理者ならば罪が積み重なり、一撃でも当たればひとたまりもないでしょう。


「…………ふむ。所詮は子供の浅知恵ということですな」


 ハールバルスは魔法で空間に穴を開け、その穴から槍が出現しました。


「風の章、『禊祓』の節よ」

「ハヤテの魔法っつーことは、自分の罪を祓うつもりかぁ!?」


 持ち手に彫られた単語の幾つかが宙を踊り、穂先の魔法陣に嵌められていきます。


「少年は人々を赦し、赦され、絆を紡ぐ幸運に愛された。穢れを寄せ付けぬ白き心で、悪運を祓い浄めたまえ……」


 ハールバルズが手を離し、トンと槍が地面を小突きました。警戒したフレアが瞬時に後退します。


「バイフー」


 魔法名と共に、槍を中心として魔法陣が地面に広がりました。ハールバルズを包み込むと、黒い光が蒸発したかのように消えていきます。

 地面で跳ねた槍はハールバルズの手中へと戻ります。


「さて、それでは再開と参りましょうか」


 槍をバトンの様にクルクルと回したかと思えば、フレアへと突き出します。フレアは剣で上へ弾くと、そのまま胸元へと降り下ろし――


「風よ」

「なぁっ!?」


 身体が弾かれたかのように後ろへ飛びました。

 驚くべきことに、ハールバルズの周囲を守るように竜巻が起こり、風の防壁が出来ていたのです。


「フレア、大丈夫ですかっ!?」

「ああ、問題ねぇよ」


 受け身をとったおかげで無傷だったようです。

 フレアは切っ先に炎を点して防壁を斬ってみますが、すぐに修復してしまいます。


「ちっ、『破壊』したところで意味ねぇわけかよ」


 突入できるのか試すため、フレアは竜巻に手を伸ばします。触れた瞬間、切れてしまったようです。


「これ、どうにか出来ねぇか?」

「私の魔法じゃ魔力を暴走させるくらいしかできないわね」

 お手上げと言わんばかりに大きな溜め息を洩らします。

「ちぇ」


 この防壁を崩さなければ、私達はほぼ無力です。攻略法を必死に頭の中で組み立てようとしているのですが、一向に考えが纏まりません。

 ……いえ、きっと考えるための材料が足りていないのでしょう。


「カース、この魔法を解く方法はありますか?」

「無詠唱魔法とはいえ、持続させるには魔力と集中力がいるわ。本人に痛手を与えられればいいのだけど……」

「レインの魔法で竜巻の中に氷の矢を作ったいんじゃねぇの?」

「いえ、もっと確実な方法を――」


 私のことを一瞥すると、カースは何か閃いたのか、ニコリと微笑みました。


「レインちゃんに特攻してもらいましょうか」

「ふえっ?!」


 突然の提案に混乱していると、カースが私の腰元を叩きました。


「あ、もしかして……」


 腰のベルトに即席のバンドを付け、強欲の魔道書を固定していました。


「魔法を解かなくても、あの竜巻を掻い潜る事が出来ればいいのよ」


 片目をパチンと閉じ、カースは茶目っ気たっぷりな笑みを浮かべます。

 既に私の中で、どんな魔術を使うかという答えは決まっていました。


「やり方は前に教えたから、出来るわよね?」


 以前ピスケスに取り残されたハヤテとフレア、トールを救い出すため、魔道書の表紙にに刻まれた魔法陣を用いて『感知』の魔術を使いました。

 本来なら水辺が最も適しているのですが、空気中の水蒸気を媒介とすることで、広範囲の捜索を可能にしたのです。

 地面に手早く魔法陣を書き込むと、魔道書のとあるページを開きます。


「氷の章、『反射』の節」


 声に呼応し、魔道書の文字が輝き出します。


「少年は写し身。永久に終わらぬ冬に生き、氷の時を与える鏡の住人。産みの親は問いかける」


 パズルのようにルーンが嵌められ、魔法陣は一層輝きを増します。


「ミラー・ミラー・オンザウォール」


 魔法陣が蒼き光へと変わり、私の身体に染み込んでいきます。

 魔道書は閉じて元のバンドに留め直し、氷のレイピアを造り出しました。

 僅かに身体は震えていますが、背筋を伸ばします。恐怖や緊張を払うように、自分の頬をひっぱたきます。


「……大丈夫、たとえ痛みと傷を伴っても、未来へ進むためです」

「レイン、お前」

「私の信念は他人の傷を背負い、罪を雪ぐために剣を握ること。恐れ怯えるのは時間の無駄ですから!」

「……ったく、本当にテメェは世話が焼けるなぁ」


 勇気を持って竜巻へ飛び込もうとした瞬間――


「気付くのがおせぇんだよ!」


 背中を物理的に押され、踏み込んでいました。私の周りの刃が弾かれ、バチバチと激しい音を撒き散らします。


「ひゃああああっ!?」


 至近距離で繰り広げられ、正直怖くないわけがありません。

 それでも必死な想いで分厚い壁を越えると、


「え?」


 実に穏やかな表情で、優雅に昼寝をするハールバルスの姿がありました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング cont_access.php?citi_cont_id=882163102&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ