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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
1章 風の旅立ち
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『風の盗賊3』

 フレアは悶々とハヤテに言った事を思い出していた。

 独り言をブツブツと呟くのを耳に、やれやれと肩を竦める。


「お前さんだって過去に執着してた時期が少なからずはあっただろうに、随分と酷なこと言ったねぇ」

「うぐ……」

「しかも身寄りが無いのは一緒、フレアの場合は仕事を遂行することで寂しさを紛らわせていただけだろうに」

「うぅ……」


「挙げ句の果てには他人に毒を吐き、一匹狼を貫きやがるし」

「それは……」

「あの頃のお前さんよりは、ハヤテの方が人間らしいと思うがねぇ?」


 フレアはグサグサと心に刺さる言葉に息を詰まらせてしまったようだ。すぐにゲホゲホと咳き込む。

 大きく深呼吸し、息を整える。


「……ソナーレは意外とよく見てんだよなぁ」


 フレアはジュースを飲みつつ、紅くて甘酸っぱい木の実をかじった。


「酒場は様々な情報が集まる場所ってこと、覚えておきな」


 俺はかっこつけていたつもりだが、フレアが笑いながら手鏡を渡してくる。

 口髭にエールの泡が付いていたらしい。どうにも締まらない。

 羞恥を隠しながら袖で拭う。


「そういや、報酬の前払いなんてしても良かったのか? しかもお前の金じゃねぇか」

「あの金はハヤテのためにリーフェルが貯めてたものだから問題ないさ」

「へぇ…………血が繋がらなくとも、本当の家族だったわけだ……」


 俺らは沈黙したまま各々のグラスを空にすることだけに努めた。

 いつの間にやら酒場の外は雑踏に溢れ、酒場も仕事終わりの人々で賑わう時刻となっていた。

 また一人、酒場に迷い混む。


「フレア、やっと見つけました」


 不安そうに怯えながら、レインはフレアの側へ駆け寄る。


「よく居場所がわかったじゃねぇか」


 小さな田舎町とはいえ、酒場は一軒だけではない。宿屋も探したのかもしれない。


「その真っ赤な服装がどれだけ目立つか、知らないんですか?」


 一理あると頷いたフレアは、ローブの後ろに手を伸ばす。


「じゃあ、今度からフード被っときゃいいんじゃねぇかっ!?」


 世紀の大発見と言わんばかりに自信満々なフレアに対し、レインと口を揃える。


「アホだなぁ」

「アホですよね」


 ローブの一部であるフードが赤くないはずはなく、しかも町中で被っていればどれだけ怪しいか……ようやく気付いたのか、フレアは羞恥に顔を染めた。


「……それより! アイツとの話し合いはどうなったんだ!? もうこの町だと他に当てはいねぇんだろ!?」


 口悪く現状を訴えるフレアに対し、レインは少し居心地悪そうにモジモジとしていた。


「んだよ、本当のこったろ?」


 荒れた態度のフレアを前に、一応候補がいないか記憶を辿るが、思い付かない。

 というか、フレアのヤツ酔ってないか?

 あれ生のレモーネを搾っただけのフレッシュジュースだからノンアルコールだぞ。


「……大方、決闘に勝利すればハヤテが仲間になってくれるというところだろう?」

「はい。そうです」


 レインはチラリとフレアの様子を窺う。判断を委ねていた。

 フレアはレインと向き合うと、レインが安堵する姿に嫌気が差したようだった。


「レインはそれでいいと思ってんのかよ」

「え?」


 不思議そうに顔を上げるレインに対し、フレアはその髪をぐしゃぐしゃと乱す。


「俺がアイツに勝って、アイツを連れ出せたとして……それでいいと思ってんじゃねぇだろうな?」


 俺はフレアの言葉の意味を見抜き、黙って傍観している。

 部外者が口を挟むべきではない。それだとレインのためにならないと悟っていた。


「俺は決闘を承諾するが、それはアイツが未来へ進めてねぇから、過去と現在に一線引いてやるためだ」


 フレアはローブの下に隠した、腰元の剣へと触れる。


「生きながら死んでるアイツは……見てられねぇ……」


 フレアは悲嘆の表情を浮かべ、グッと涙を堪える。

 レインは未だに、ハヤテを連れ出す意味について頭を悩ませているようだった。



          ☆☆☆



 照明を点けず、闇に包み込まれる部屋の中、俺はリーフェルから貰ったマフラーをぎゅっと抱き締めていた。


「もし――」


 天窓から差し込む月明かりにすがるように、声を名一杯張り上げる。


「もし俺が、前向きになれたとしたら……ほんの少し抱いた希望を、未来を掴み取れるとしたら……! 俺は昔みたいに、昔とは違う形でもいいから、家族や仲間が欲しい!」


 けれど月は暗雲に呑まれ、光は途絶えた。

 まるで俺の運命は呪われてしまっているかのように未来は閉ざされている。


「今の俺には、過去から逃げ出すことなんて出来ない……誰も、俺を認めてくれない。許してなんてくれない…………」


 町の人は、表ではいつも笑顔で接してくれているけれど、俺はリーフェルに引き取られただけの余所者だ。裏では疎んでいるに違いない。

 床に膝を付き、助けを乞うように空を見上げる。


「もし、あの二人が連れ出してくれなかったら、俺はどうなるんだ……?」


 それは自問自答の言葉。自分が自分に出来ることを問うための、心の内である答えを導くための言葉。


 ――けれど答えは無だ。


 立ち止まり、後ろを振り返ったままの俺が、先のことを考えられるわけがない。

 ……俺自身は答えを持っていない。

 だけど俺が相談できる人はもういない。

 リーフェルがくれたマフラーだけが、俺にとっては頼りだった。

 もしかしたら化けて出てきてくれるんじゃないかと、いかにも非現実的な発想が脳裏を過る。


「どうして俺の魔法は……」


 魔法は産まれた時から決まっている。その人の本質と呼んでもいいくらいだ。

 だけど俺は風のように自由には生きられない。どうして、だろう……


『君の本質は風だけじゃない』


 何度も何度も耳にしていた、懐かしい声が響いた。


『君には、他の魔法が眠ってる』


 声を頼りに周囲を見回し、その姿を必死に探す。

 物陰や隣室を探るも見つけられない。

 一か八かカーテンを捲り、視線が留まった。


『久しぶり、ハヤテ』


 テラスの手すりに腰掛けていたのは、頭巾を被った幼い子供。


「あ…………」


 燃える家から運び出されたあの日と同じ年のまま、その亡霊は現れた。


「ほん、と……に?」

『本当だよ』


 メイジー・ライディング。俺の唯一無二の親友にして、リーフェルと同じく、俺の家族だった人物。

 陽炎のように揺らめくおぼろ気な姿は、まさしく俺の願望通りの幻影。


「どうしてここに……」


 いや、これの答えは持っている。


「俺の願望が作り出した幻覚か」


 メイジーは否定も肯定もしなかった。


『未来は自分で掴むものだよ』

「自分で掴む……」


 月明かりと、庭に咲くフロックスの花を背に佇む姿が幻想的で、一気に心奪われる。

 風が、フロックスの花びらを巻き上げた。


『君はフロックスみたいだね』

「フロックス?」


 それが花言葉のことなのか、それとも花自体を指すのかは、メイジーは言及しなかった。


『これから君がどうするのか、見守ってる』


 柔らかな表情で微笑むと、不意に視界が眩んだ。

 視界が暗転していく中、覚えのある甘い香りが鼻をくすぐった。

 パチン。

 暖炉の薪が弾ける音で目が覚めた。

 俺はリビングのソファーにてぐっすりと眠っていたようだった。


「あれは……」


 少し開かれたカーテンの隙間から、暖かな陽射しが部屋を照らしていた。


「お、おはようございます」


 視界の端で、白銀の髪が揺れた。

 体を起こして脇を見ると、レインが毛布を手に立っていた。


「あの……外から床に倒れているのが見えたので……」


 おずおずとする姿に焦れったさや苛立ちを感じる。


「てめぇいつまで待たせるつもりだ? さっさと表出ろや」

 玄関のドアにもたれ掛かりながら、フレアは親指で外を差した。

「は?」


 挑発的な態度にさらに苛ついてしまう。


「お前が俺と決闘するって言い出したんだろうが!」


 そう、確かに俺は昨日、レインに決闘したい旨を伝えた。

 まさか翌日来るとは思わなかったけど。


「準備するから待ってろ」


 レインは俺の様子を見てキョトンとしていた。


「なんだ?」


 少し寂しそうに微笑んでくる。


「……貴方は、変われたんですね」


 何故かその時、俺は胸をぎゅっと締め付けられるような痛みを感じた。

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