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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
3章 雨の目覚め
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『雨の目覚め1』

「レインちゃん、おかえりなさい」

「無事帰還でき、なによりでござる」


 現実に戻った私を、カースとギンシの二人が迎えてくれました。


「……ただいま戻りました」


 笑顔を向けたつもりですが、ぎこちなくなったようです。カースが心配そうに顔を歪めていました。


「大丈夫です。私の罪も、どうして戦いを恐れるのかもわかりました」


 私は人殺しという罪を犯していたこと、何故忘れてしまっていたのかという理由も思い出したのです。


 戦えなくてもドロップリア王国からグリーングラスまで何事もなくたどり着いたのは、私の傍らで支えてくれていたフレア――メイジーの優しさがあったからです。

 けれどその優しさに甘えて寄りかかっていては、事態は一向に好転しません。


 アッシュはロキとフレアの封印を解き、世界の終焉――ラグナロクを起こそうとしています。禁術管理者の様子から、封印を解くには魔道書が必要です。私達の元にある強欲と傲慢の魔道書は死守しなければいけません。

 さらには二人より先にフレアの魔法を封じ、目覚めさせる方法も探す必要があります。

 メイジーを傷付けた罪を償う為にも、私は戦いを恐れていてはいけないのです。


『覚悟なき者が剣を振るうべからず。矜恃と慢心を混合することなかれ』

 それは騎士団としての信念です。

 けれど、私だけの信念が決まりました。

 仲間とは苦楽を共にするもの。痛みを分かち合うことは当然ですが、共に肩を並べて障害に立ち向かいたい。そんな気持ちを信念としたのです。


「もう、戦えます」

「えっ」


 まずはトールの師匠であるフィヨンと、ハールバルズを迎撃するという目標の為に、剣技と魔法を磨くことが先決でしょう。特に剣技に関してはブランクがあります。


「ギンシ、手合わせをお願いしてもよろしいですか?」

「うむ? 構わぬが……」

「レインちゃん、顔が真っ青よ? 大丈夫なの?」


 私が無理をして焦っていると思ったのか、二人は困ったように目を合わせています。

 確かに記憶が鮮明に呼び起こされた今、身体の震えや恐怖に蝕まれる状況は気が狂ってしまいそうです。

 けれど、懇望の為にも、負けられません。


「私はフレアやみんなに守られるお姫様じゃダメなんです」


 水蒸気を凍らせ、氷のレイピアを出現させます。身体の前で構えると、腕章が揺れました。


「私はドロップリア王国騎士団副団長であり、ブルースター隊の隊長です」


 ホロウリィに広がる海原のように、涼やかで清々しい心持ちで宣言します。


「『他人の傷を背負い、罪を雪ぐ為に剣を握る』。それが、私の掲げた信念ですからっ!」



          ☆☆☆



 フレアが落ちた瞬間を、トールとロビンも見逃さなかった。


「なっ……!? い、今、唇が……っ!!」


 破廉恥だと慌てふためくトールへ、ロビンが呆れながらジト目を向ける。

 混乱のあまり『拒絶』の魔法が制御できておらず、バチンバチンと大きな音を立てて雷が弾ける。


「それよりも気にすることがあるだろう」


 ロビンが一度咳払いすることで、トールは平静を取り戻すよう頭を切り換えた。魔法の効果は静電気のように微弱なものとなる。


「一瞬、陽炎のように姿が揺らいだことか」

「そうそう。まるで幻属性の魔法が掛かってるみたいだったよな?」

「事故とはいえ弟が接吻したことの方が、私にとっては一大事だ」

「いや、仲間のことだろう。魔法については敏感になろうぜ」


 トールのハヤテに対する過保護を通り越した愛情を前に、ロビンは若干引いているようだ。


「男色に関しては許容できるが、弟や妹が婿や嫁として嫁ぐのは認めん」

「心が狭すぎるというか、器が小さいというか……」


 頑固親父のような言い分だった。

 もしも実家に居たならば、相手を門前払いして「二度とうちの敷居を跨ぐな!」と在り来たりな台詞を吐いていたことだろう。


「ところで男色とは?」

「男同士の恋愛だ。私の国では跡取り問題がある地域に限り少数派だな」

「あー……」


 あからさまに目を逸らされ、トールは首を傾げた。


「ホロウリィでは同性愛を認めてない。街中では軽はずみに口にしないほうがいい」

「そうか、文化が異なるのだったな」


 トールはロビンの言葉を素直に受け止め、異文化に順応する姿勢のようだ。


「文化……キスと魔法……」


 一方ロビンは、文化という単語から連想することがあったようだ。


「何か関係があるのか?」

「あ、ああ。さっきも言った通り、ドロップリア王国は童話を元にした名前や魔法が多い」

「らしいな」

「同時に、童話と同じ運命を辿りやすい」


 ふむとトールも思考を巡らせる。


「例えば俺はロビンフード、いわゆるロビン・フッドって童話の義賊と同じ名前だ」

「義賊、つまりはネズミ小僧か」


 物語については無知なトールだが、義賊は世間を騒がせていたため偶然知っていた。


「魔法は潜入に役立つ『擬態』と、物を作る『生成』。どっちも土属性だから、土が必要になるわけだ」

「義賊に『擬態』が必要なのはわかるが、『生成』は関係あるのか?」

「いや、『生成』出来る物が限られていて、複雑だったり大きな物は作れない。せいぜいこれくらいさ」


 ロビンは腰にぶら下げていた小袋に手を入れ、中に入っていた物を握った。目の高さまで持ち上げ、中身が見えるように開く。


「土塊か?」

「ご名答」


 革の手袋の上に乗るのは、水分があまり含まれず、触ればボロボロと崩れる乾燥した土だった。


「我らが大地の息吹よ、その形を変えよ」


 呪文と共に土塊が細長く固まる。徐々に片側は先端が尖り、もう片側は二又に分かれた。

 二又の部分が少し太くなり、やがて矢羽だと分かる。

 もう片手では同じように土塊を長い弓柄の弓へと変えていた。


「この魔法で得意なのは彼が使用していた武器である弓矢だな。『擬態』の魔法は緑に変色させた土を付着させ、外套の柄を変えている」

「応用が難しいならば、使い勝手が悪くはないか?」

「確かに制限はあるが、それでも十分なのさ」


 ロビンは視線をさ迷わせる。教会からさほど離れていない見晴らしの良い展望台。周囲にはハーブの庭園と真円の泉があるだけだ。

 風が吹き抜け、フワリと木の葉が飛んで来た。

 弓柄を握り、弦に矢を番える。一息入れると、矢が射られる。

 放たれた矢は真っ直ぐと飛び、舞い散る木の葉を貫く。


「百発百中とまではいかないが、弓の名手としての腕前を確かに得ている」

「名前で縛る……言霊のようなものだろうか?」


 この世界の人間は、名前や魔法で運命が縛られている。トールはそんな考えが過っていた。


「それで、キスと魔法の話に戻るんだが」


 トールが本題を思い出し、再び不機嫌になる。火花の音に紛れて小さく舌打ちしていた。


「童話の中で、キスとは(まじな)いとしての意味合いが強い」

(のろ)いではなく、(まじな)いか……」


 言葉で縛るということには疑問を抱かなかったトールだが、キスと呪いとの関連は飲み込めないらしい。

 大和ノ国における接吻とは、あくまで愛の象徴ということだろう。


「ああ。魔女の魔法を解く方法として、キスが用いられることが多いんだ」

「つまり、あの一瞬、フレアにかかった魔法が解けたかもしれないと?」

「あくまでも想像だがな」


 根拠が無いため、ロビンは自信が無さそうだ。


「しばらく様子を見ればわかる。それに、私の弟が共に居る」


 桃色に染まる頬で柔らかな笑みを向けられ、ロビンは燃え尽きた夕暮れのような京紫の瞳を、吸い込まれるように見つめていた。



          ☆☆☆



 浜辺で倒れたフレアを背負い、俺は診療所へと戻っていた。

 まだ誰も帰ってきていないらしく、ベッドは全て空いていた。一つにフレアを寝かせる。

 布団を掛け、ベッド横の椅子に腰を落とす。

 冷えきった身体は無事に熱を取り戻し、胸を撫で下ろした。


 退屈しのぎにそこらに放ってあった本を開いてみる。医学関連の本らしく内容に興味は無いが、眺めるくらいならこれでちょうどいい。

 長ったるい病名や専門的な治療法、呪文のような名前の薬剤なんかも載っている。

 医療がやけに進んでいると思えば、出版元はルクスリアのようだ。あの国は花街で有名な半面、医学や科学が発達しているのだ。

 錬金術を学んでいるカースなら、ある程度わかるんだろうか。そんなことを考えていた時だった。 


「 ………………うぅ」


 フレアのうなり声が静寂を破った。

 規則正しく寝息を立てていたはずだが、気づけば苦悶の表情を浮かべていた。

 額に大量の脂汗を浮かべ、布団を強く握り締めている。


「フレア!?」


 声をかけたところで目は覚めない。

 何かから逃れるように身を捩り、頭を左右に振っている。


「……ぃ、さ……っ!」


 肩を揺すろうと伸ばした手が、止まった。


「今、兄さんって……?」


 悪夢にうなされているとわかりつつも、フレアの寝言を聞き取ろうと耳を澄ませる。


「…………すけ……な、いと」


 いつの間にかポロリと涙の雫が目尻に溜まっていた。


「アッシュとロキより、はやく……」

「なんでフレアが…………」


 アッシュはメイジーの妹の名前。ロキはトールが宿敵とし、レインの兄貴が封印したという邪神の名前だ。

 ドクドクと鼓動が速まり、胸が熱を持つ。


「ごめんね、ハヤテ……わすれてて…………」


 兄さん、アッシュ、そして俺の名前……これだけヒントがあれば、フレアの正体を暴くのに想像は難くなかった。


「の、いっ」


 緊張で喉がカラカラに乾き、掠れた声が洩れた。

 何故忘れてたのか、隠していたのか、生きていたのか、尽きることの無い疑問を塗り潰したのは、生きていたことに対する純粋な喜びだけだった。


「俺こそ、大切なこと忘れてて、ごめん」


 込み上げてきた想いに耐えられなかった。

 起こさないように両手で声を押し殺し、止めどなく涙を流す。

 仲間として、家族として、共にブルースター隊として旅をしている。再会の喜びを分かつことはいつだってできる。

 だから俺は、フレアが秘密を教えてくれるまで、今日の出来事を見て見ぬふりすると決めた。

 俺の頭の中を、忘れてしまっていた罪悪感が埋め尽くしていたことも大きい。


 彼女はノイバラ・アウロラターリア。

 メイジーと血を分かつ、俺にとっても妹のような存在だ。


 家族を失って天涯孤独の身だと思ってたけど、リーフェルは生きていた。

 リラやレインはこんな俺と家族になろうとしてくれたし、トールは俺を捜しに来てくれた。


「俺は、幸運だな……」


 涙と声を殺しながら、自分の幸運を噛み締めた。

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