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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
3章 雨の目覚め
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『雨の悪夢1』

 トールは浜辺を見渡せる展望台にいた。

 視線の先ではハヤテがフレアにみっちりとしごかれているところで、体力作りと称して走り込みをさせられていた。


「戦闘経験ならば模擬戦が手っ取り早いだろうに、何故回りくどいことを……」


 そのぼやきをフレア本人に告げることはない。あくまで鍛えてもらっているため、口を挟むことを憚れているのだ。


「いやー、あの坊やは持久力がなさすぎるんじゃないか?」


 突如隣から聞こえた軽口に、トールはその場を飛び退いた。手は背中の戦鎚を握っている。

 だが、そこには何もない。

 ただ石造りの町並みが広がっているだけだ。


「驚かすつもりはなかったんだが、スマン」


 空間が、揺れた。

 そこに何かが隠れているのだとわかる。


「姿を現せ、さもなくば……」


 トールが戦鎚の持ち手を捻ると、カチンと何かが外れる音が鳴る。

 同時に身体の表面でバチッと雷が弾けた。


「あー、待った待った!」


 光学迷彩が解け、緑の外套で全身をスッポリと覆った青年の姿が現れる。

 しかし、トールは警戒心を解かない。誰なのか正体がわかっていなかった。


「隠れ潜むのは盗賊の性分なんだ、許してくれよ」


 フードを外すと稲穂色の髪が現れ、トールは彼がロビンだと思い出した。

 敵ではないと分かり、戦鎚から手を離す。


「……何故、此処に」

「お嬢さんと同じ理由さ。なんでかあの二人が妙に気になってな」


 ふと、トールは教会での出来事を思い出していた。


「スカー殿とは……?」

「俺の甥っ子」


 ロビンはゴソゴソと胸元を漁り、一枚の写真を取り出した。


「カワイイだろう?」


 写真を覗き込んだトールは目を疑った。

 はちみつ色の髪に緋色の瞳の、赤いずきんを被った幼い少年。

 夢で出会った彼の名前が、思わず口から零れた。


「メイジー……?」

「ん?」

「いや……なんでもない……」


 とっさに誤魔化していたものの、ロビンはしっかりと聞き取っていた。


「スカーレット・メイジーライディング。それがこいつの名前」

「?」


 トールは口をポカンと開けていた。


「スカーレットってのは要するに緋色だから、魔法にもこいつの瞳の色にもぴったりだと思うんだが、本人は派手な名前が嫌いだとかで隠してたそうだ」


 陽気に、まるで子供のイタズラを見つける親のような口振りだ。


「メイジーとライディングの間を区切ると名前みたいになるだろう? だからメイジー・ライディングと名乗っていたんだ」

「……メイジーライディングとはどんな花だ? ナチュレ国は花の名を入れるのだろう?」


 ロビンは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。


「住んでいるのが故郷とは限らない。お嬢さんは少々頭が固いようだね」

「否、大和ノ国は他国へ移住などせず、異国民を招き入れることなど滅多に無い」

「どおりで珍しい格好をしているわけだ」


 大和ノ国の出身だとわかったものの、だからこそロビンは柔軟性の無さに納得していた。

 年功序列、男尊女卑、礼儀作法、武士道など、規律が他国よりも多いと言われているからだ。

 反対に規律が最も少ない国として、自由思想のナチュレ国が知られている。


「メイジーライディングとは、これさ」


 外套の下から取り出された絵本のタイトルに目を凝らすトールだが……


「あ、こっちの文字は読めないのか」

「大和ノ国はこのようなミミズ文字を使わぬ」


 トールが顔を背けてしまうと、ロビンは心の中で苦笑した。


「そっちの国もミミズみたいな字だろとは言えない空気だな」


 無意識に口にしていたらしく、トールに睨めつけられてしまう。


「あまり知られていないが、この赤ずきんという童話の主人公の名前がメイジーなのさ」

「赤ずきん……ドロップリア王国の住人。しかも名は体を表すという言葉の体現か」

「ああ。見た目通りだろう?」

「しかし、ライディングとはなんだ?」


 名前にしては珍妙な語彙にトールが首を傾げる。


「赤ずきんの別名がリトルレッドライディングフードと言うのさ。そして、その中からライディングという単語を抜き出したらしい」

「なるほど……」


 納得したものの、トールの中では新たな謎が頭をグルグルと渦巻いていた。

 メイジーが本当に生きているかどうかだ。


『僕は死んだ。けれど、生きている』


 それはまるで記憶に焼き付けられたかのよう。

 肉親に真相を追及することは憚られ、トールは口をつぐんだ。


「スカーと同じはちみつ色の髪、隣にいるのは緋色の瞳と赤いローブ……あの二人は何者なんだ……?」


 ロビンの瞳は困惑で揺れていた。


「……ハヤテは、ナチュレ国のグリーングラスに住んでいた」

「姉さん達が暮らしていた場所じゃないか」

「ハヤテはメイジーと親友だった」


 ロビンは思わぬ接点に驚きを隠せない。


「親友なら、さぞかし辛い思いをしているだろうな」

「死体を見たと、言っていた……」


 トールの発言にロビンは眉を寄せ、奇妙な顔をする。


「スカーは死んでなんかいないぞ?」

「っ!?」

「数年前から行方不明になっているけれど、死んではいない」


 ロビンが根拠として提示したのは、トールも一度目にしたことのある光景だった。



          ☆☆☆



 私が過去を見始めてから、外ではどれくらいの時間が経っているのでしょう?

 今私の目の前では、闘技場に囚われていたメイジーを、フレアと過去の私が外へと連れ出そうとしているところでした。

 メイジーは華奢な身体であり、さらには衰弱していたので、フレアが背中におぶっています。


「にぃさ、そこ右……っ!」

「おう!」


 掠れかけた声でメイジーが道案内する先には、フレアの妹がいるのです。

 私と同じ、禁術使いの少女……二人はアッシュと呼んでいました。

 ドロップリア王国出身なのでモチーフの童話があるはずなのですが、どうやら家族で異なるようです。


 魔法と童話が一致し、なおかつ家族と同じ物語を元にできたほうが、家族としての結束は高まると考えられています。

 ですが、全てが当てはまることは珍しく、異なる童話から名付けをする例は多々あるそうです。

 フレアの本名は叔父さんと同じ童話としか教えてくれませんでした。


「待ってろよ、アッシュ……!」


 闘技場の地下は分かれ道が多く、幾つもの階段を登り降りしなければいけません。

 明かりも見当たらず、まるで出口無き迷宮に迷い込んでしまったかのようです。


「そこの突き当たりだよ、兄さん」


 辿り着いた先は厳重警戒対象として判断されているのか、牢屋が他とは異なっていました。

 そこは鉄格子どころか鉄壁に覆われ、穴はご飯を入れる為の窓が僅かにある限りです。

 施錠する錠は二桁近くにまで及び、明らかに常軌を逸しています。

 隣接する部屋の扉を隙間から覗くと、人が寝られるほどの台と、様々な器具や薬らしき瓶が散らかっていました。


「これは一体……」


 ふと、壁際の棚に並べられた瓶が視界に入りました。


「うっ……!」


 途端に気分が悪くなり、吐き気を催しそうになります。

 胃から上がってきたものをなんとか飲み込み、私はさっと視線を外しました。


「人体実験っつうわけかよ!」


 フレアが憤りを感じるのも無理はありません。

 瓶の中身は、バラバラに分けられた人体だったのです。

 脳や眼球、肝臓、手足、毛髪……あらゆる部位を弄っていた形跡があります。


「……兄さん」


 メイジーのか細い声を耳にし、慌ててフレアは実験室から離れました。


「さて、派手にぶっ壊すぜ!」


 フレアが破壊の炎を扉へとぶつけますが、弾かれたように私達の横をすり抜け、床を焦がしました。

 壁が光ったように見えた場所をそっと撫でると、どうやら氷でコーティングしてあるようでした。


「これ、反射の魔法?」


 身近に同じ魔法を使う人がいるため、すぐに魔力の質から判断できました。


「ちっ、火力が足んねぇか」


 威力を増そうと魔力を練り始めています。

 フレアの破壊の魔法ならば、反射を越えられると考えたのでしょう。

 大気から酸素をかき集めているので、先程よりも少し息苦しく感じます。


「兄さん……」

「大丈夫だ。お前らは俺が守るからな……」

「違うんだよ」


 メイジーはフレアの背中から降りると、牢屋から距離を取ります。


「僕は、アッシュとは一緒にいられない」


 今にも泣き出しそうな表情で、メイジーは唇を噛んでいました。

 フレアの集中が切れ、魔力が拡散します。


「どうしてそんなこと言うんだよっ!?」


 家族が共にいるのは自然なことです。

 拒絶されるとは夢にも思わなかったのでしょう。フレアは耳を疑っていました。


「それは――」


 まるで禁句であるかのように、メイジーは言葉を失ってしまいます。


「随分と大きくなったようだな」


 子供の高い声が響きました。子供にしては威圧的な口調に、違和感を抱きます。

 顔を左右に振っても姿は見えず、声が反響しているため、どこからかはわかりません。


「僕はまだ、何も言ってない……」


 メイジーは絶望の色を浮かべ、ガクンと膝から崩れ落ちました。


「いいだろう。どうせ、もう時間なのだからな」


 影に溶け込んでいたかのように、闇から人影が姿を現しました。

 アステよりも少し年上の、一見少女と見間違えるほど美しい少年。

 髪も肌も瞳も、雪のようにまっさらな、世界から浮いている存在。

 ひやりと寒気がし、幽霊と対峙したかのような、禍々しく不気味な気配を感じます。


「おや、これはこれはドロップリア王国の氷雪姫……まさかこの場に禁術使いが三人も集まるとはな」


 喉を鳴らして笑う姿には身の毛がよだちます。

 わざとらしい会釈をすると、私達のことを一瞥しました。


「ロキ・テュール・エッダ。スカンディナヴィアの禁術管理者だ」


 目の前に立つのは自分よりも体型が小さく、か弱そうな少年です。

 けれど、得体の知れない存在感には、不思議と気圧されてしまいます。


「どうしてここに……!」

「単なる偶然だ。我は魔法が解けるお姫様を迎えに来ただけだからな」


 虫けらを見るような軽蔑の視線が浴びせられます。すっかりメイジーは血の気が引いていました。


「ふざけんじゃねぇぞ! 俺はアッシュを連れて帰るんだ!」


 フレアの怒りが爆発すると同時に、破壊の炎が鉄壁を一瞬で灰にしてしまいます。

 正午を告げる鐘の音が鳴り響き、コツコツと床を踏み締める音が聞こえました。

 牢屋の向こう側には柱時計が置かれ、牢屋とは言いがたいメルヘンな部屋が広がっていました。


「おはようございます、お兄様」


 その中心から一人、外へと出てきます。


「アッシュはずっと待っていたんですよ」


 頬に手を添えて恍惚の笑みを浮かべながら、ガラスの靴を履いた少女が立っていました。

 漆黒のドレスを身に纏い、胸には紅いチグリジアの花を咲かせ、そして――その手に、剣を携えながら。

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