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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
3章 雨の目覚め
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『雨の追憶3』

 数年ぶりに訪れたヒュプノスは、殺伐とした空気が漂っていました。

 町は相変わらず雪に覆われているものの、真白だった世界は薄汚れて濁ってしまい、灰のように煤けた景色が広がっています。


「昔はあんなにキレイだったのに……」

「それはガキのレインが廃れてねぇ純粋な子供だったっつーことだ。まっ、箱入りお嬢様なのは変わんねぇけどよぉ」

「あ」

「どうした?」


 兄様から連絡が来てから、ずっと険しい顔をしていたフレアですが、ようやく堅い表情を崩してくれました。

 嬉しさの余り、昔の私は顔が綻んでしまいます。

 自分の恥じらう顔というのは、見ていてなんだか変な感じがします。

 心がポカポカと温まるような、どこかこそばゆいような不思議な感覚です。


「変なヤツだな」


 フレアの纏っていた険呑な空気が消え、いつもの親しみやすい陽気さを取り戻していました。


「……あの」


 歩みを止め、心の中に秘めていたことを、思いきってフレアにぶつけます。


「フレアは、どうして闘技場にこだわるんですか?」


 フレアは酷く哀しげな表情で俯いてしまいました。てっきりあっけからんと返されると思っていたので、私としてはかける言葉に困ってしまいます。

 けれど、フレアは私の心を見越し、少し悩んでから口を開きました。


「家族があの闘技場に囚われちまってんだ」

「え……」

「闘技場のどこにいるかはわからねぇが、ようやく尻尾を掴めた。俺はこの時をずっと待っていたんだ」


 私は言葉を失っていました。血が滴るほどに拳を握っていたということもありますが……何より、静かに憤怒する姿を初めて見たのです。


「禁術なんて知らねぇ……どんだけ危険な魔法を持ってるからって、あいつらは俺の大切な家族なんだ! 未来を奪われてたまっかよ……!」


 禁術という単語に、私は胸がドキッとしました。他人事ではないのです。

 湿地のようにジメジメとした暗い雰囲気のまま、重い足取りで進んでいきます。

 私の様子に違和感があると感じたのでしょう。訝しげな表情で顔を覗き込んできました。


「んだ? 妙な顔しやがって」


 フレアは私に秘密を教えてくれました。双子の兄妹がいること、その双子は禁術を宿しているということを……なら私も、私の秘密を伝えなければいけないのではないでしょうか……


「実は、私……」

「レイン! フレア! 貴様らが最後だぞ!」


 怒鳴り声にハッと顔を上げると、兄様が鬼の形相で待ち構えていました。肩にかかった銀雪の髪を払い、切れ長の瞳で睨めつけられます。

 鋼の鎧の上から羽織る蒼いマントには、輪になったスノードロップの中に雪の結晶が入った紋章が描かれています。この紋章はドロップリア王国の国章です。

 スノードロップ隊の隊長でもある兄様は、腕章にも同じ紋章が刺繍されていました。

 騎士という名に相応しい凛とした佇まいには、身内とはいえ見惚れてしまいそうです。

 慌てて駆け寄り、頭を深々と下げます。


「申し訳ありません、兄様!」

「隊長、すんません! 数年ぶりだったもんで、ちょっと迷っちまって」


 兄様は血の滲んだ拳を一瞥すると、たったそれだけで状況を悟ったようです。背中を向けられてしまいます。


「私情で動くことは許さん」


 冷たく突き放された理由は単純明快です。独り善がりな行動は規律を破る行為だと、フレア自身も理解しています。

 私達は黙って隊列の最後尾に並びました。今回の任務は少数精鋭らしく、兄様の率いるスノードロップ隊の中でも、両手で数えられるだけの隊員が参加するようです。


「全員揃ったところで、今回の任務について説明する!」


 凛と声を張り上げ、一瞬にして重い緊張感の空気を伝播します。全員が一斉に姿勢を正しました。


闘技場(コルッセオ)における賭博や殺し合いについては皆知っていると思うが、長きに渡る調査の結果、ようやくその地下について判明した」


 今ならばフレアが時折暇を取り、私の傍を離れていた理由がわかります。

 フレアが居なくなって一人きりの時は寂しさに押し潰されそうになっていました。けれど、それは私だけの秘密です。


「闘技場の奥では、倫理に反する非道な人体実験が行われていた。その首謀者も特定できている」


 隊員達がどよめく中で、フレアの待ち望んでいた相手の名が、ようやく告げられました。


「スカンディナヴィアの禁術管理者――邪神ロキだ」


 禁術管理者という単語に、整列が乱れ、ざわめきが広がります。

 禁術管理者とは、人の身に余り、神の領域に踏み込むような奇跡を起こす魔法を管理する人達のことです。

 放任されることもあれば、危険因子として殺されてしまうこともあるそうです。さじ加減はその禁術管理者次第だと言われています。

 その中でも一際残忍で狡猾であると言われているのがロキなのです。『終わらせる者』とも呼ばれています。


「現在、少なくとも二人の禁術使いが、闘技場地下に幽閉されていることを確認している」


 フレアの瞳には憎悪と憤慨の炎が混ざりあっていました。

 感情が爆発して走り出してしまわないよう、抑えるのに必死な様子です。


「今回、我々はその禁術使いの解放及び、ロキの封印を任務とする!」

「「はっ!」」


 上官からの命令に対して、一斉に敬礼を捧げます。ドロップリア王国式の敬礼は、腕章が見えやすいように腕を地面と平行な状態で胸の前に出し、背筋を伸ばします。

 それに対して兄様は剣を胸の前で掲げ、答礼を返しました。


「では行くぞ!!」


 闘技場を目指し、足並み揃えて歩き出しました。

 ザクザクと雪を硬く踏み締め、その度にガシャガシャと規則正しく鎧が音を立てます。

 鎧姿の騎士が集団で歩を進めていれば、ただ事ではないと一目でわかります。住人達は我関せずというように窓を閉め、施錠する音までも聞こえてきました。


「住民の間では公然の秘密だったわけじゃねぇのか?」

「これから行く闘技場は、殺し合いをする場所なんですよね……」

「ああ。命の奪い合いを高みの見物、しかも賭け事までして楽しんでるヤツらだ。救われねぇよ」


 フレアは吐き捨てるように呟くと、建ち並ぶ家々へ憎悪に満ちた眼差しを向けました。

 けれどすぐにハハッと笑い飛ばします。


「まっ、団長に釘を刺されたのはこーゆーこったな」


 前を歩いていた団員にジロリと睨まれ、二人揃って口をつぐみました。

 騎士団は人々を守るために存在するので、民衆を故意に見捨てることは許されないのです。

 それからしばらく、私もフレアも口を閉ざしました。


 歩いているうちに、昔と変わらぬボロ小屋が視界の中でゆっくりと大きくなっていきます。

 到着するとすぐに斧を持った隊員が扉を破壊し、騎士団の面々が流れ込んで行きました。私達も続きます。

 幅の狭い石の階段を降っていると、冷気が肌を逆撫でし、ゾワッと肌が粟立ちました。


「レイン……?」

「ここを進んだら、何か取り返しのつかないことが起こる気がするんです……」


 ただでさえ白い肌だというのに、私の顔は真っ青に染まっていました。


「取り返しがつかねぇこと? ……んなもん、俺は生まれた時から背負ってるっつーの……」


 当時は聞き取ることができませんでしたが、今の私はその言葉に胸が痛みました。

 フレアは色々なモノを一人で背負って、助けを求めてくれたりしないんですよね。

 私が頼りにならないからかもしれないですけれど……


 自嘲気味な考えを払うように頭を振ると、過去の自分達の後を追います。

 ジメジメとした湿気と埃っぽい臭いに混ざり、鉄が錆びたような、何かが腐ったような臭いが鼻につきました。

 胃から込み上げてきたものを飲み込み、階段を抜け出しました。


 足下の見えぬ闇から一転、うっすらと周囲が見渡せるほどの明かりで照らされていました。どうやら壁に転々と松明が飾られているようです。

 椅子が円形に並べられ、内側になるにつれ一段ずつ高さが下がっています。松明はまだ炎が点っているというのに、観客席には誰も座っていません。

 中心はポッカリと穴が空いており、一段と深く掘られていました。二つの鉄格子が対角線上に配置されており、そこから選手が入場するのだとわかります。


 壁面を見渡すと、二つの扉を見つけました。

 一つは大きくて両開きの木製扉。頑丈な素材を用いらないということは、こちらは避難用の扉なのでしょう。

 もう一つは鍵穴のある鋼の扉です。恐らくは運営者のみが通ることが許されるのでしょう。

 兄様がノブを捻るものの、施錠された扉は当然ながらびくともしません。

 鋼のため、壊すのも一苦労ですし、派手な魔法は生き埋めになる可能性があるため使えません。


「レイン」


 兄様が私の名前を呼び、すぐに私はその意味を見抜きました。

 鋼の扉に駆け寄り、鍵穴へ視線を合わせます。


「……水よ、鍵穴に合わせて凍り付け」


 水蒸気が凍り付き、鍵穴に入り込みます。完全に水が浸透した瞬間、パキンと音を立てて氷へ変化しました。

 私が氷の鍵を捻ると、カチャリと開いた音が響きます。


「流石だな」

「ありがとうございます!」


 嬉しさのあまり溢れる笑みを隠しながら、パタパタと最後尾で待つフレアの元へと戻ります。


「すげぇな、氷の『生成』魔法ってとこか?」

「……いえ、私の魔法は」

「レイン! フレア! 遅れんなよ!」

「あっ、はい!」


 先輩に呼ばれ、私とフレアは扉の奥へと進みました。

 階段で闘技会場よりさらに下へと降ると、道が三又に分かたれていました。

 左手の道は上へと続く階段が、中央の道は壁面が見えるのでまた分かれ道がありそうです。そして右手の道は階段がまた下へと伸びています。


「レインとフレアは右手へ向かえ。恐らく牢獄がある」


 逃亡を少しでも困難にするため、禁術使いが地下深くに監禁されていると考えたのでしょう。

 兄様の予想は大当たりだったようで、階段を降った先には鉄格子と硬い岩によって区分けされた、いくつもの牢屋が並んでいました。

 囚人を見て歩くと、老若男女様々な人々が捕らわれており、一部の人は中で死体となっています。


 突き当たりに、鉄格子の中で身動きが取れぬように手足を縛られた人物がいました。

 そこで私は、ようやく思い出します。

 ハヤテの家で見た写真の人物、メイジー。私はここでーーヒュプノスの闘技場で会っていたのです。


「にぃ、さん……?」


 赤い頭巾から覗くはちみつ色の髪と、烈火のような緋色の瞳。中性的な顔立ちで、確かにフレアの面影があります。

 細い体躯は痩せているというよりも、やつれているという表現が正しそうです。

 赤い頭巾の下には、かろうじてワンピースのように見える緑のボロ布を纏っています。

 手足を縛られているため芋虫のように地を這い、鉄格子の方へと近寄ってきました。


「本当に、兄さんなんだね」


 潤んだ瞳の雫を、フレアが指ですくい取ります。


「ああ。生きててくれて良かった……」


 そう呟いたフレアの表情は慈愛に満ち、幸福に溢れ、今まで見たことがありませんでした。


 ここでふと、私は一つの疑問が浮かびました。

 カースの魔法はトラウマを呼び起こす魔法だと言っていました。

 確かにこの記憶は私が忘却の彼方へ追いやっていたもののようですが、今のところはただフレアやメイジーさんとの出会いの記憶。

 ならば私は、何が原因で剣を握れず、戦うことが怖いのでしょうか?

 そして――何故フレアは、メイジーさんを忘れてしまったのでしょう……

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