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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
3章 雨の目覚め
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『雨の追憶1』

 カースの持つ月のタロットカードを、ギンシがマジマジと見つめていました。


「札とは拙者の国においても面妖なる道具なり」

「あら? そうなの?」

「アベノセイメイなる陰陽師が、呪符を用いるのでござる」

「私と同じように呪術を扱うのかしら」


 瞳をキラキラと光らせながら、カースはギンシの手を強く握り締めます。


「是非! 一度お会いしたいわ!」

「なれども、セイメイ殿は本国を出られぬ身分故……」

「大和ノ国へ向かうんでしょう? 目的が増えるくらい別にいいじゃない!」

「しかし……」


 困惑したギンシが助けを求めるように私へ顔を向けました。つられたカースと目が合います。


「レイン、いいでしょう?」

「え、ええと……」


 突然話を振られてしまい、動揺してしまいました。けれど、カースの瞳は不安で揺らぎながらも、強い決意が宿っています。


「まずは兄様に認めてもらえるよう、目の前の依頼をこなしませんか?」


 目先が利くのはいいことですが、今を疎かにしては元も子もありません。


「ああ。師匠もあの魔術師も、ただ者ではない。気を抜けば死ぬ」


 弟子だからこそ、越えられない壁というものを嫌というほど肌で感じてきたんでしょう。いえ、もしかしたら死線を越えてきたからこそなのかもしれませんね。


「くれぐれも頼むぞ、魔女。隊長には目覚めてもらわねば困る」

「私を誰だと思っているの?」


 肩にかかった艶やかな髪を払いながら、カースは目を細めます。どうやら魔法に関してはプライドが高いみたいです。

 闇の魔法に対応した大罪は傲慢……つまりはそういうことなのでしょう。


「私は用事があるので失礼する」


 トールは一度会釈すると、スタスタと一人で去ってしまいました。


「さっ、私達も行きましょ」

「へ?」


 背中をぐいぐいと押され、何処かへと向かって歩き始めました。


「こっちは診療所の方向じゃないですよ?」

「小さな森に行くのよ」

「森ですか?」


 人里を離れれば、魔物や魔獣が現れる危険が伴います。それなのにわざわざ町を出るなんて……


「マナを利用する方が効率的なのよ」

「マナ? 魔力じゃないんですか?」

「違うわ」

「似て非なるものなり」


 どうやらギンシはマナという概念を理解しているようです。


「生きとし生けるもの全てが魔力を持っていて、自然が持つ天然の魔力をマナと呼ぶの」

「自然の……なんだかナチュレ国の思想に近いんですね」

「近いというよりもそのものね」

「マナを持つ、故に自然は生物なり。なれども天変地異は悟れぬ為、神として崇め奉ると?」

「そういうことよ」


 大和ノ国には同じような思想があるのでしょうか? ドロップリア王国出身の私にはピンときません。


「こっちよ」


 教会はこの町で一番の高台にあったため、行き先の目星はついているようです。高低差のある町なので、階段や坂道が複雑に混在しています。

 来たときの道から脇にある小道へ入ります。興味があるのか、ギンシは一緒に来るようです。


「トールに同行しなくていいんですか?」

「トール様ならば問題なかろう。拙者は手弱女(たおやめ)二人の護衛を担いたいのだが、迷惑なれば拠点に帰還致す」


 大和ノ国特有の堅い話し方と独特の言い回しにはなかなか慣れません。

 ……たおやめとは、どんな意味なのでしょうか?


「心配いらないわと言いたいところだけれど、私の魔法は負担が大きいから、警護してもらえるなら助かるわ」


 博識なカースは意味を知っているようです。

 兄様から知識を蓄えるためにもっと本を読みなさいと言われていたのを思い出しました。


「先に言っておくけれど、魔法は万能ではないわ」

「でも記憶の想起ってすごいことだと思いますけど……」

「拙者も同感なり」


 薬に副作用があるように、何か代価が必要なのでしょうか?

 考えてみれば、私もカースも禁術に属する魔法であるため、リスクが無い方が不思議なくらいです。

 カースはくるりと振り返り、私をじっと見つめます。


「記憶を呼び起こすと言えば聞こえはいいけれど、魔法で関与できるのは、あくまでトラウマ限定なのよ」


 脳裏を過るのは、未来へ向かって歩き出したハヤテのことです。

 フレアの信念が『身体の痛みは生きている証。心の傷は未来への軌跡』であるように、私には私の信念があるのです。

 それは『剣は信念無き者が持つべきではない』という、ドロップリア王国騎士団の教えです。この信念に則ると、今の私は剣を握る資格が無いことになります。

 フレアはそんな私の剣になろうとしてくれていますが、いずれは組織を担う者……避けられなどしないのです……


 ハヤテはリーフェルさんとメイジーさんを言い訳にして、停滞していたことに気づき、トールは自身の正体を明かし、罪を懺悔しました。

 私もブルースターを率いる者として、成長していかねばならないのです。


「……構いません」

「最悪の場合、心が壊れてしまうかもしれないのよ?」

「逃げないと、決めたんです」


 カースは私から目を逸らし、帽子の鍔で顔を隠してしまいました。


「光に生きる人は、やっぱり眩しいわね」


 マントを翻したカースの背中を追い掛けながら、ギンシはこっそりと私に問い掛けてきました。


「常闇の魔女の噂は大和ノ国にも届いておったが、よもや成人に満たぬ娘が恐れられているとは考え難いと思えぬか?」


 確かにカースは私より少し年上ですが、大人ではありません。どうして彼女の悪評は海の向こうまで広がっているのでしょう。


「災いを振り撒くという話も抽象的ですから、根も葉もない噂ということなんでしょうか」

「やも知れぬが、人の噂も七十五日……消えぬ噂にはそれなりの根拠があるのも事実であろう……」

「全てが作り話というわけではないということは私も同感です」


 それでも、やはりカースを見ていると噂の真偽を疑いたくなってしまうのです。

 私達にとって不幸と呼べるような出来事など、まだ一つも起こっていないのですから。


 ピスケスでの落盤はスカンディナヴィアの二人に遭遇したことが原因であり、ピスケスの魔力暴走を引き起こしたのはカースです。けれども、私はそのおかげで私を信じてくれる仲間に巡り会えたのだと思うのです。

 ですから、むしろ私はカースに感謝しているのです。


「仲間……いえ、家族でしたね……」

「何か申したか?」

「なんでもありません」


 私の望む隊は、人を守り、救うこと。それは当然、隊員も含まれます。

 フレアは家族を亡くし、トールとギンシは国を追放され、カースは世界を放浪し、ハヤテはリーフェルさんと離れ離れに……彼らの居場所を作ることも、私にとっては大切です……

 リーフェルさんを救った後、ハヤテはやはりグリーングラスに戻るのでしょうか。

 心にポッカリと穴が開くような、空虚な感覚に襲われます。寂しい気持ちや悲しい気持ちとも少し違う、この感情はなんでしょう?

 そんなことを考えているうちに、森が見えてきました。


「さぁ、ついたわよ!」


 ナチュレ国にあった森は、日の光を遮れてしまうほど生い茂っていましたが、ホロウリィの森では木々が離れているため、日だまりの暖かさを感じられます。


「どの辺りがいいかしらねー」


 あまり広くないのでしょう。出口があるのはギリギリ目視できる距離です。散策しながら、マナの吸収しやすい場所を探しているようです。


彼処(あそこ)は丁度良いのではなかろうか」


 ギンシが指を差した先には、座るのに手頃な高さの切り株が並んでいました。


「あら、なかなか良さそうね」

「では拙者は少々掃除をして参る」


 ギンシは何らかの気配を感じたみたいです。遠くから、微かに鳥の羽音が聞こえてきます。


「この辺りに生息しているなら、シーガルかしらね」

「シーガル?」

「海辺に住み着く魔獣の一種、魚や人の死骸を(ついば)む鳥よ」


 シーとは海のことで、ガルというのは元になった鳥の種類なのでしょう。


「さて、それじゃあ始めましょうか」


 そう言ってカースはマントの裏からインクの入ったガラスペンと、筒状に丸められた羊皮紙を取り出しました。羊皮紙を広げ、切り株に広げます。


「何をしているんですか?」

「魔法発動中に自動的にマナを魔力に変換させる魔法陣を描くのよ。簡易的なものだけれどね」


 得意気な様子で二重の円と五芒星を描き、円と円の間には見知らぬ文字を埋めていきます。


「その文字はどこのものなんでしょうか?」


 強欲の魔道書にも、カースが使うのと同じような文字を使われていました。


「ルーン文字。スカンディナヴィアは幾何学とこのルーン文字という特異な文字を利用して魔法を発動する術、すなわち魔術を発明したのよ」


 さらに魔法陣の下には呪文らしきものをルーン文字で記していきます。


「これは命令式よ。術者が干渉せずとも魔術を発動させるためのものなの」

「カースは本当に魔術が得意なんですね」

「ええ。これくらい序の口よ」


 魔術を使えることはカースにとって誇りらしく、胸を張って答えます。

 ピタリとカースの手が止まりました。どうやら準備が整ったようです。


「こっちの切り株に座ってちょうだい」


 カースの指示に従い、空いている方の切り株に座ります。

 カースはタロットカードを魔法陣の上にセットします。月という名前の通り、夜空に浮かぶ満月があり、泣いている女性のように描かれています。


「目を閉じて、静かに呼吸してね」


 言われるがままにすると、私の世界は暗闇に陥りました。張り詰めた空気が、ビリビリと肌を刺激します。


「……我はカードに宿りし常闇の力を操る者。彼の者の悪夢を呼び覚まし、決して忘れぬ呪縛を与える!」


 パン!と、手を合わせるような音が響きました。


「応えよ! ⅩⅧのアルカナ、(ルナ)!」


 閉ざされていた視界が爆ぜ、気づけば私は白の中に立っていました。


「ここは……」


 ――空も、地面も、真白の世界。


 ここは私が幼い時に兄様のお仕事で訪れた、ドロップリア王国の最北端、ヒュプノスという町でした。

 一年中降り続ける雪がスカンディナヴィアから風に乗ってやって来ているため、白に染まっているのです。


「あ」


 そんな白の世界を駆け回る、小さな女の子を見つけました。

 白銀の髪を揺らしながら、モコモコとした綿毛の付いたワンピース姿で、元気いっぱい走り回っています。


「あれは、子供の頃の私……」


 子供の私は、あてもなく周囲を散策していると、ボロボロな小屋を見つけました。近寄って、そっと中を覗き込みます。

 慌てて身を引いたかと思えば、小屋から出てきた姿に、私は思わず目を見開きました。


「ここはてめぇみてぇなヤツが来るとこじゃねぇよ」


 同じくらいの年の男の子に睨められた幼い私は、何もわからずにキョトンと首を傾げています。

 けれどもその格好を見た途端に表情は強張り、ペタンと尻餅をついてしまいました。


「あなた、ケガしてるの?」


 みすぼらしいボロ布を纏い、身体の複数ヵ所から血を流し、ポタリポタリと、赤く雪を染めていきます。


「わたしの家に来て! 手当てしてあげる」

「はぁ?」

「いいから!」


 汚れてしまうことも構わずに手を引く幼い私。迷惑そうに顔を歪める男の子は、もう一方の手で赤髪をガシガシと掻きます。


 ――これは、私とフレアが初めて出会った時の記憶でした。

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