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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
3章 雨の目覚め
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『雨の憂鬱3』

 苛烈に命を下したパロマ。おっとりとした雰囲気とは似つかわぬ態度に驚かされた。


「迎撃ということは、またあの人達と戦うってことですよね」


 声も身体も震わせ、レインの顔は血の気が引いていた。戦意は微塵も感じられない。

 ただでさえあの二人の規格外な強さには、俺らの力量じゃ遠く及ばないというのに、レインを戦力として頭数に入れられないのは痛手だ。

 それに、カースの実力は未知数だが、接近戦に持ち込まれたら不利なのは間違いないはずだ。


「師匠は私が相手する。文句はなかろう」

「成す術も無かったじゃねぇか」

「それはフレアも同じはず。どう対抗するつもりなのだ?」

「封印の魔法ぶっ壊しちまえば、俺は本来の魔力を使えんだ。今度は負けねぇよ」


 フレアの魔法は破壊の炎。魔力が高ければ高いほどにその破壊力は増し、魔法すらも壊せてしまう。

 レインの兄貴がかけた封印の魔法は罪が重い程に効力を増す。いくら俺がフレアの罪を赦したからって、完全に解けたわけじゃない。

 無茶をすれば、またあの苦しみに襲われるかもしれないのに……


「私も参加するわ」


 強張った表情でレインがカースを見る。


「属性はわからないけれど、あのハールバルズって魔術師は間違いなく魔道書を持っているもの。それに――」


 カースは杖を片手に打ち付けた。


「同じ魔術師であろうと、私が魔法で負けるわけがないわ」


 傲慢な態度は虚勢を張っているだけで、本当は自信が無いんだろう。手が微かに震えている。


「拙者も、微力ながら尽力致す」


 最初はトールへの忠義から来る言葉だと思った。けれど――


「ブルースター隊の功績を騎士団で知られれば、リーフェル殿を大和ノ国へ助けに行けるのでござろう?」

「……ああ。ハヤテの姉がもう一人いるというのは非常に癪な話だが、必ずリーフェルを助けに帰ると約束した」


 リーフェルを助けるためには大和ノ国の入国審査を受けなければいけない。もし不審な船が近寄ろうものなら、砲撃で沈められてしまうらしい。

 そして大和ノ国に安全に入るならば、ドロップリア王国騎士団の外交員として行くのが最適らしい。

 もう一度大和ノ国に帰る方法を手に入れること、それはトールが入団を決意したもう一つの理由だった。


「フレア、俺も戦うからな」

「決闘みてぇな模擬戦ならともかく、戦場じゃ足手まといっつーのをまだ自覚してねぇのか?」


 胸倉を掴まれ、ガンつけられたところで答えは変わらない。


「なら強くなれるように鍛えてくれ! たとえ負ける可能性が高くとも、俺は非力であることを言い訳にして逃げたくない!」


 負けず嫌いってわけじゃない。でも、負けっぱなしのことを、自分が弱者であることを当たり前のように感じたらいけない。

 何より、リーフェル、メイジー、リラ、レイン、トール、フレア……今まで守られていた分、今度はみんなを守れるようになりたい。

 トールがフレアの腕を掴み、俺から引き離した。


「弟の責は私が負う」


 トールは例え自国や師匠を敵に回すことも厭わない。

 その覚悟は生半可なものではなかったはずだ。


「つっても、誰がこいつを鍛えんだぁ?」


 熟練度を高めるには少しでも使いなれた武器を扱うのが適している。

 だが、俺が使える武器といえば短剣とスリングショット。この中でその二つの武器の扱いを教えられる人はいないはずだ。


「……前に、師匠から様々な武器の扱いを教わったと言っていただろう?」


 トールに白羽の矢を立てられ、フレアはあからさまに嫌そうな顔をした。わざとらしく目を逸らし、ポリポリと頬を掻く。


「頼む。私はせいぜい体力や筋力をつけさせることしか出来ない」


 基礎能力を上げただけでは応用して戦うことは難しい。

 戦闘力とは経験の積み重ねだと、昔誰かが話していたのを思い出した。


「急ごしらえじゃ使い物になるかはわかんねぇだろ」

「構わない。弟の我が儘を――本人の意志を尊重してほしい」


 フレアは髪をうざったそうに掻き乱すと、頭を抱えて「うがーっ!」と唸った。

 ビシッと指をトールに突き付ける。


「何かあればテメェが死ぬ気で守れよ」

「当然だ」

「フレア、トール、ありがとう」


 照れ臭さを隠すためか、フレアはローブのフードをすっぽりと被ってしまった。

 トールの姉としての威厳が垣間見え、俺はトールと姉弟でいられることを誇らしく思えた。


「後はレインちゃんが決めるだけね」


 意見はほぼ満場一致だが、最終的に依頼の受諾を決定するのは、ブルースターの隊長であるレインだ。

 レインは腕章を掴みながらきゅっと口を結んでいたが、伏せていた目を上げる。


「やり、ます。もしあの人達に魔道書が渡り、ロキを復活させられてしまったら……また、世界の終焉が起こるかもしれませんから……」


 それはレインの意志というよりも、国民を守るべき立場にいる副団長としての責務を重視した結果だろう。


「ご協力、心より感謝しますわ」


 パロマは胸に手を当てながら、再度俺らにお辞儀した。


「でもパロマ、いつ攻めてくるかはわかってるの?」

「いえ、まだ嵐のように彼らがこの国へ来ることしかわかっていません、けれども――」


 バン! と勢いよく開かれた扉の向こうから、男性が入ってきた。


「パロマ様、アイリスの花をお持ちしました」


 アイリスの花を受取り、パロマはニコリと頬笑む。


「これから占いますわ」


 パロマは花を掲げ、黙祷を始めた。花に魔力が高まっているのを肌で感じながら、魔法を発動させようとしているのだとわかる。

 男性は床から何かを拾うと、それを羽織った。隠れた部分は向こう側が透けていたものの、緑の外套が徐々に現れる。

 使いっ走りにされたのかやれやれと肩を鳴らし、男性は俺らを一瞥した。


「……スカー?」


 男性がぎょっとした表情のまま視線が釘付けになったのは、赤いローブを纏ったフレアだった。


「あれ? 知り合いなの?」

「え? いや、そのぉ……」


 男性は藪蛇になったような居たたまれない表情で狼狽えていた。

 気不味い空気の中、フレアがローブのフードを外した。


「誰と勘違いしてるか知らねぇけど、俺の名前はフレアだ。スカーじゃねぇよ」


 ふてぶてしい態度で睨まれた男性は、愛想笑いを浮かべた。


「あ、ああ。知り合いの服装にそっくりだったもんで、スマン!」


 そして何処か遠くを見ながら、誰に言うでもなく呟く。


「アイツの髪は、そんな燃えたぎる炎の色なんてしてなかったし、何よりこんなところに居るわけがないからな……」

「フェリス、お客様への口の聞き方がなってないんじゃない?」


 たしなめるようにアステが注意すると、即座に男性は頭を下げる。


「おっと、申し訳ありません」


 自分より年上の大人に頭を下げられてしまい、レインはオロオロと視線をさ迷わせていた。

 カースは助けるどころか面白がってクスクスと笑っている。


「申し遅れました。私はお二人の従者をさせていただいている、クレイ・フェリス・ロビンフードでございます。どうぞ気軽にロビンとお呼びください」


 ロビンフードって聞いたことがあるような……そういえばメイジーが妹達に絵本を読み聞かせてたっけ。童話の登場人物の名前ってことはドロップリア王国の人か?

 ……でも、フェリスは猫座って意味の星座だった気がする。やっぱりホロウリィの人なのか?


 昔は厳格に定められていた国ごとの命名規則が、近年では国民の多様化により曖昧な文化になりつつあると聞いたことがある。そもそも大和ノ国のように他国との付き合いは貿易のみだったのが、他国民での結婚や国外への移住が増えてきたんだとか。

 まあ、昔リラが教えてくれた受け売りの話だけど。


 ロビンは緑の外套の中に動きやすい緑の布鎧を身に付けていた。布鎧は防御力が低いものの、身軽に動けるため俊敏性が高い。

 けれど装備よりも俺がずっと気になっているのは――


「おや? お客様、どうしました?」


 ロビンは不思議そうに首を傾げ、微かに髪が揺れた。


「いや、稲穂みたいな綺麗な黄金色だなと思って」

「貴方も明るいはちみつ色の髪をしているではないですか」


 そう。俺の髪と色がそっくりだった。明度は俺のほうが高いけど。

 俺のこの髪色はメイジーとお揃いにするため、そして俺がグリーングラスで暮らす時に浮かないためにリーフェルが染めてくれた。

 それなのに俺と同じってことは、もしかして……


「あの、ロビンさんはメ」

「あの方達がこの国に来るのは明後日ですわ」


 俺の言葉を遮るように告げられた占術の結果。あまり日数が無い。

 俺の頭に手を乗せながら、フレアはフムと何やら考え込む。


「ロビンフードさん、もしかして遠距離武器使うんじゃねぇの?」

「ええ。弓を使うのが得意でして……でも、なぜそれを?」

「童話のロビン・フッドは弓が得意な義賊だからもしかしてって思ったんだけどよぉ、よかったらこいつにコツとか教えてやってくんねぇか?」


 もしかして、同じ遠距離武器であるスリングショットの扱いを学べってことか?

 でもさっき聞き逃したこともあるし、好都合だな。


「お願いします」


 俺からもお願いすると、渋っていたロビンは諦めた様子で頷いてくれた。


「それでは、私達はこれで失礼します」


 教会という場所は不思議だ。

 空気が澄み切っており、心なしか外よりも明るいと感じた。同時に、神聖で神秘的な雰囲気は息が詰まりそうだった。

 というわけで、俺らは教会を出てすぐに大きく深呼吸する。


「そんじゃ、早速訓練行くぞハヤテ!」

「うん!」


 意気揚々と歩く先は、太陽が目映く照らしていた。



          ☆☆☆



 教会を後にするハヤテの背中を追いながら、私はやるせなさを感じていました。


「ハヤテは出会った時よりも強くなろうとしています。そして、実際に成長を続けている……」


 戦うことを恐れるあまり、私は停滞どころか退行してしまっていました。

 置き去りにされ、責任という重圧から逃れる日々……情けないの一言に尽きます。


「戦いたくない理由は知らんが、隊長は気負いすぎだ。もっと肩の力を抜き、仲間を頼れ」

「はい…………」


 一度沈んだ心は止めどなく落ちていくだけ……ドロップリア王国にいた頃はいつも、兄様とフレアに迷惑をかけてばかりだったから、変わりたいと願ってた。

 旅をすれば、人と出会えば、戦場に出れば変われると思っていました。

 自分の浅はかな面は、何かあればフレアが助けてくれるという甘えでしかないのです。


「きっと、自信がないから憂鬱になるのよ」

「え?」


 ウフフと愉しそうに、カースは杖を手にしていました。

 マリーゴールドの飾りが付いた、細長い杖。兄様に連れていってもらった、楽団の中心で演奏家の統率と音の調律をしていた指揮者の人が持つ棒に似ています。


「過去と向き合い、トラウマを払拭することができれば、貴女はこの中の誰よりも強くなれると思うわよ?」

「私が、ですか?」


 剣術ならば私よりもフレアやギンシが、打撃ならばトールが、魔法ならばカースが、回避ならばハヤテが得意なはずです。

 戦闘力とは経験と総合的な技術のことですが、各分野がずば抜けているみなさんに私が勝るとは到底思えません。

 けれど――


「過去を乗り越えて、強くなりたいです」

「そう。貴女が過去と向き合うためのお手伝い、私ならできるわ」


 そう言ってカースがマントを捲ると、カードの束を裏ポケットから取り出しました。


「そのカード、タロットですか?」

「ええ。生まれた時から持っていた、私の魔法には必要不可欠なものよ」

「生まれた時からですか?」

「稀に魔法の道具を持って生まれることがあるの。レインちゃんの知り合いには具象魔法を使う人がいなかったのね」


 普段のカースは杖を使っていたのに、本当は杖ではなく専用のタロットが必要だなんて、不思議です。


「タロットに触れるか、もしくは杖でタロットの番号を記せば魔法を発動できるわ」


 タロットの束からカースが引き抜いたカードは、カースを表したものでした。


「X VⅢ番、(ルナ)のタロットカードで、貴女には過去と向き合ってもらうわ」

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