『雨の憂鬱2』
ホロウリィは星神と星の御使い、星の巫女の三柱を崇め、祀っていると言われている。
星神は夜空に浮かぶ星そのもの、星の御使いは星の力を宿す者、星の巫女は星から未来を賜る者らしい。
そして、ホロウリィの実質的な権力者である星の御使いが、今目の前にいるフォルであるとリラは言うのだ。
「この後教会へ連れていってネタバラシしようと思ってたのに、意地悪だよねリラは」
「それは貴方の方では?」
まだ子供であるはずのフォルの雰囲気が、無邪気な明るさから落ち着きあるものへとガラリと変わる。
合わせて、リラの口調も丁寧なものになった。
「ボクはわざと正体を隠してたんだけど」
「また偽名を使って他国への偵察ですかい?」
「国を良くするためにも、調査は必要不可欠だと思うけどね」
二人は共に笑顔だが、水面下で火花を散らしていることは明らかだ。
リラはこの国の出身だし、実は仲が悪いのだろうか。
「まいっか。迎えも来たみたいだし、先に教会で待ってるね」
タイミング良く、コンコンと家のドアがノックされた。いや、人の気配に気づいていたのかもしれない。
席を立上がり、フォルは玄関のドアの前で振り返った。
「ここは元々診療所で、今はボクの隠れ家なんだ。だから好きに使って」
まるで俺らがしばらくこの国に滞在することを見越すかのような言葉を残し、フォルは家を出ていった。
「……ところで、どうしてみんなご飯を食べてくれないのかしら?」
皆が目を逸らしていた現実に引き戻され、再び俺らは混沌とした食卓と向き合うことになった。
フォルのやつ、うまく逃げたな……。
☆☆☆
太陽が町の真上に昇った頃、俺らはリラに教会へと案内してもらっていた。
白い石造りの建物が並び、眩しい日光を反射している。あまりにも周囲が明るくて目が痛い。
「この国は暑いのね」
ただでさえ黒は光熱を吸収してしまうというのに、カースはマントを羽織り、帽子を被っていた。
「脱げばいいんじゃないか?」
「国の指導者との謁見で正装をするのは当然でしょう?」
曰く、淑女の嗜みらしい。
教会は高台にあるらしく、額に滴る汗を拭いながら坂を登っていく。
「ハヤテ、海って見たことあるか?」
「ないけど」
「あれが海だぜ?」
フレアが指差した先には、広大な青が広がっていた。水面は宝石のように煌めき、揺らめく様はまるで一つの生物のようだ。
いや、自然は生きた神だとリーフェルが教えてくれたっけ。
空と海の青が溶け合って、地平線が呑み込まれてしまっている。
「すごい……あれが、全部水なのか」
まるで今まで降った雨の受け皿であるかのように、余りある水が存在している。
「終わったら砂浜にも行ってみようぜ!」
もしかしたらフレアもあまり海へ来たことがないのかもしれない。子供のように目を輝かせてはしゃいでいる。
「皆さん、どうして元気なんですか……」
最後尾ではレインが口を抑え、目を白黒させていた。
正直カースの料理はもう二度と口にしたくはないが、なんとか食べれるレベルで助かった。
「さて――」
ずっと黙りこくっていたリラが口を開く。
「ここ、シリウスはホロウリィの首都で、教会には御使い様と巫女様がいるってのは知ってるよな?」
トールとギンシが顔を見合わせ、首を振る。大和ノ国出身の二人がこっちの世俗に疎いのは仕方のないことだろう。
どう説明するか頭を悩ませるリラの後ろから、カースがフォローを入れる。
「教会っていうのは、大和ノ国における神社に近いものよ。神様がいる場所なの」
「なるほど……御使いというのは神主のようなものか……」
どうやら大和ノ国の文化には近いものがあるようだ。
「星の御使い、つまり星の力を宿す者ってのは、フォルが生まれるまで何十年もいなかったんだとよ」
「その星の力って、具体的になんなんだ?」
星を冠するということは、この国にとっては神聖な魔法。それこそ神からの授かり物のような魔法ということだろう。
「あいつの場合は治癒能力。どんな怪我や病気も治しちまうって話だ」
「診療所がもう使われていないと言っていたのはそういうことか」
つまり怪我を負ったり病気にかかった人は教会へ行くから、少なくともシリウスでは診療所を置く必要がないってことなんだろう。
「ああ。三人の怪我が酷かったもんでな、星の御使い様に無理言って来てもらったっつーわけだ」
「そのわりには早き到着だと思うたが?」
「星の巫女様が予知していたんだとさ。そうでもなきゃ、過保護な従者が外出を許してはくれんさ」
同じ従者だったギンシだからこそ、思うところがあったのかもしれない。わざとトールと目を合わせないようにしている。
「ほれ、ここが教会だ」
教会は今までシリウスで見てきた建物の中で一番大きく、外壁には鳥や星座が彫ってあり、屋根には十字架が立てられていた。同じ白でも、ここだけは神聖な場所なのだと一目でわかる。
横には塔がくっついており、時計と鐘のようなものが飾られている。
「んじゃ、無礼が無いように気を付けるんだぞ」
案内という役目を終えたリラは、あっさりと去ってしまった。ドロップリア王国での仕事を延期したらしいから、急ぐんだろう。
カースの作った薬が効いてきたのか、レインが姿勢を正し、しゃんとした状態で告げる。
「では、行きましょうか」
大きな扉を引くと、物語に出てくるような美しい景色が待っていた。
縦長に広がる空間の中央には真っ赤なカーペットが敷かれ、左右には幾つもの長椅子が並ぶ。所々に立つ石柱には、またも鳥の彫刻があった。
カーペットの先には祭壇があり、ロウソク台と花瓶が乗っている。祭壇の上には色鮮やかなガラスの絵が嵌め込まれている。
「あのステンドグラス、黄道十二星座を模しているのね」
黄道十二星座とは、確かホロウリィのダンジョンであるゾディアックの元になった星座のことだったはずだ。
様々な動物を型どっているが、十二ではなく十三種類の動物がいるような?
「いらっしゃい」
突如として祭壇の前にフォルと女性が現れた。星の御使いと星の巫女の二人揃ってお出迎えというところだろう。
「どうぞお入りください」
お言葉に甘えて教会へ足を踏み入れる。前の方まで進むと、椅子に掛けるように促された。
フォルは立て襟の白いワンピースのようなものの上から、手足や首のための穴を開けただけの、黄色い一枚の布を着ていた。肩からは金色の刺繍が施された帯を真っ直ぐ垂れ下げている。これがこの国における正装ということなんだろう。
隣の女性は胸元に十字架が入った、裾の長い空色のワンピースを着ており、頭には同色のベールのようなものを被っていた。髪と瞳の深い海の青は、清楚さと慈悲深さを感じる。
「じゃあ、改めて自己紹介するね」
フォルは首にかけた十字架を握り締めながら、いたずらっぽく笑う。
「ボクの名前はアステ・クルス・アルメシア。星の御使いだよ」
「クルスとは南十字星。それで偽名が偽十字星なのね」
「そうだよ」
アステの隣にいた女性がワンピースの片裾を持ち上げながらお辞儀する。
「私の名前はパロマ・プレアデス・メディウムと申します。以後お見知りおきくださいませ」
その微笑みはまるで母親の象徴であるかのような暖かさで、心に温もりを感じた。
「ホロウリィが、今回ドロップリア王国の騎士団に依頼したのは、ピスケスにおける魔物の大量発生の原因解明及び討伐です」
「は、はい! 早速報告させていただきます!」
どうやらレインは珍しく緊張しているらしい。敬礼の状態で立ったまま固まっている。
「依頼を受けましたのは、ドロップリア王国騎士団副団長である私、レイン・スノウホワイト率いるブルースター隊です」
「はい。アステから聞いていますわ」
道中を共にしていたから知っているのは当然だが、こういうのは形式が大切らしい。
「魔物の大量発生の原因は、ピスケスに隠された魔道書の魔力が暴走したようです」
「魔道書の魔力が暴走したのは知っています、その原因は探れたのですか?」
押し黙るレインの横で、申し訳なさそうにカースが手を挙げた。
「それ、私のせいなのよ」
「魔法か?」
「ええ。強欲の魔道書を探すためにゾディアック全てで魔力を増幅し、暴走させる呪術をかけたの」
アステの目が細くなる。
「カースお姉さんはどうして強欲の魔道書を探してたの?」
カースはすんなりと仲間になっていたものの、今まで腹の内を見せる機会はなかった。考えてみればあの場にいたのは不思議だというのにだ。
……というか、俺やトールの問題があったから、話題にならなかったのは仕方ないんだろうけどさ。
「私は誰でも好きな魔法を会得できる世界を望んでいるの」
「誰でも、好きな魔法?」
「人を呪わば穴二つ……けれど私には呪うことしかできないわ。だから魔道書を集め、魔術を解明することで他の魔法を使えるようになりたいのよ」
生まれながらに使える魔法を当たり前に捉えず、世界の構造を作り変えようとする行為。
神に物申すような発想は罰当たりだと言う人もいるだろうが、カースの願いはもっと純粋で慎ましいものに感じられた。
「魔道書の情報はどこで手に入れたの? ゾディアックじゃない可能性もあったよね?」
「昔、スペルフィルでスカンディナヴィアの人間が魔道書について残した手記を見つけたのよ」
エプロンの裏側にはポケットがあるらしく、カースは胸元をガサゴソとまさぐり、小さなノートを取り出した。ノートはすっかり焼けて色が変わり、半分に破れていた。
「ここには魔道書の大まかな隠し場所と、魔術の発動方法が書かれているわ」
「へー!」
興味深そうにアステが身を乗り出す。
「その魔道書はどこにあるの?」
「ここにあります!」
レインがナップザックから蒼い魔道書を出して掲げた。どこにあったのかを知るフレアに説明を交代する。
「ピスケスに昔誰か住んでたみてぇで、アトリエみたいな部屋があった。魔道書はその部屋の本棚に放置されちまってた」
「アトリエですか……」
額縁に入れて大事そうに保管されていた絵を思い出す。
「確か、狼と蛇と女の人、その後ろに大きな樹も描かれてた気がする」
「大樹はスカンディナヴィアのユグドラシルだと思うけれど、狼と蛇と女性って何かしらね?」
「…………だ」
ポツリと、小さくトールが呟いた。
「トール?」
「ロキだ……!」
怒りのあまり荒々しく放電するかと身構えていたのだが、どうやら理性が勝ったようだ。静電気程度しか放出されなかった。
「そういえば、あの方達もスカンディナヴィアの人間でしたね」
「ああ、俺らより先にピスケスに行ってマーマンをぶっ殺しやがったアイツらか」
「ハールバルスとフィヨルギュンですね……」
あの二人組はハールバルズとフィヨルギュンと名乗り、レインの兄貴がかけたロキの封印を解くため、強欲の魔道書を探していると言っていた。
「真名さえわかれば、多少は対処のしようがあったのだけれど」
頼りの綱であるトールが首を振った。師弟とはいえ、全てを曝け出すことはないのだろう。
「マーマンを殲滅してくれたのはいいんだけど、スカンディナヴィアの使者に強欲の魔道書を渡すわけにはいかないんだよね」
「ええ。ですが彼らは魔道書を求め、もうすぐこの町にやって来ます。ですから皆様には追加で依頼したいのです」
花瓶から一輪の花を取り出し、パロマは俺らへと向ける。
「ハールバルスとフィヨルギュンの迎撃を」




