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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
3章 雨の目覚め
29/62

『雨の憂鬱1』

 ガラス細工のように透明に煌めく小鳥が朝陽を背負い、赤レンガの街並みを滑空する。

 街の最奥にはまるで御伽噺にでも出てくるような神秘的な城が建っていた。

 小鳥が飛来したのは、城の前に立ち塞がる迷路のような赤薔薇の庭園……ではなく、城の裏手にあるスノードロップの植えられた庭だった。

 まだ日が昇りきっていないというのに、剣で空を切る音が響いている。


「おや?」


 日光を照り返していた剣の光が曇り、青年は空を見上げた。

 小鳥に気付き、剣が鞘へと納められる。


「レインめ、生物は創造するなと散々注意したというのに……」


 声の主の指へ小鳥が留まる。その瞬間、小鳥は氷片となって粉々に砕けてしまった。

 衝撃で氷の粒と同じ長くきらびやかな白銀の髪が揺れた。

 小鳥のくわえていた手紙がヒラリと青年の手に収まる。雪の結晶柄の愛らしい封筒だが、封蝋印から騎士団の者からだとすぐにわかる。

 懐から細身のペーパーナイフを取り出し、慣れた手つきで封を開いた。


「ふむ……」


 手紙を一瞥した青年はそわそわと落ち着かない様子で動き回る。まるで回遊魚のように、止まると死んでしまいそうだ。

 不審者と呼ばれてもおかしくない挙動ではあるが、彼こそがこのドロップリア王国における騎士団の団長だった。


「あれ? フリーズ団長じゃないっスか」


 城中を駆け回っていた少年が、手紙でパンパンになった肩かけカバンと、ずり落ちそうになる帽子を押さえながら声をかけた。


「どうしたんスか?」

「クリス! 俺はどう生きればいいと言うのだ!!」

「はぁ?」


 団長としての威厳を全く感じられない言動に、クリスと呼ばれた少年は白い目を向ける。


「好きに生きればいいんじゃないスか? それじゃ仕事があるんで」

「一つ愚痴を聞いてくれないだろうか?」

「……ちょっとならいいっスけど」


 郵便の仕事は終わっていないものの、話を聞かず強引に進められ、渋々クリスは了承した。

 途端にフリーズはボロボロと涙を溢す。


「実は、レインがしばらくシリウスに残ると言うんだぁっ!!」

「えぇ……」


 大の男が子供のように泣きじゃくり、しかもその内容が単なるシスコンの我が儘だとわかり、クリスは若干引いていた。


「そんなくだらない理由で呼び止――」

「くだらないとは何事だ! 私の可愛いレインの顔が見られないのだぞ!」


 拳を強く握り締めて熱く語ったところで見苦しいだけだった。だがフリーズは露知らず、実の妹の姿を思い浮かべながら悲嘆の声を洩らす。


「仕事なんだからしょうがないんじゃないスか? つか、妹に任務与えたの自分でしょ」

「だってレインが自分の隊が欲しいって言うし、ちょうど依頼も届いてたしぃ」

「めちゃくちゃ子供みてーっスよ」


 本来ならば立場上砕けた話し方を許されないのだが、フリーズがクリスを咎めることはない。

 むしろ自分の話を聞いてもらえることに感謝していた。


「で、それだけだったんスか?」

「いや」


 フリーズは緊張感の伴うキリッと締まった表情となった。

 クリスは瞬時にシスコンな兄ではなく、騎士団の団長として受けた報告なのだろうと悟った。背筋をピンと伸ばす。


「どうやら昔私が封印した邪神を、魔道書の力で解き放とうとする輩がいるらしい」

「邪神……ああ、ロキって名前の禁術管理者っスね?」


 邪神とはロキの異名としてよく知られている。時には号外の一面を飾るほどの有名人だ。

 禁術管理者の中でも過激派として知られており、数年前にフリーズが魔法で封印していた。


「幸いにも強欲の魔道書は我が愛しのレインが保持しているらしいが、いつ襲われてしまうかと思うと……」

「あの、真面目な話の中にちょいちょい妹愛混ぜんのやめてくんないスか?」


 抗議したところで無駄とはわかりつつも、クリスは言わずにいられなかった。


「あぁっ! 私が鳥ならば、すぐにでも飛んで行くというのに!!」


 聞く耳を持たぬどころか期待の眼差しを送られてしまい、クリスは苦笑する。

 フリーズに声をかけられた本意を汲み取ったからだ。


「いいっスよ。どうせそっち方面に届け物あるんで、ついでなら」

「ならばフレアへの伝言も頼む」

「伝言っスか?」

「ああ。お前は――」


 団長が告げた内容に目を丸くしながらも、少年は大きく頷いた。


「必ず伝えておくっス」



          ☆☆☆



 ボヤける視界に最初に写ったのは、光舞う星の海だった。


「きれいだ……」


 思わず感嘆の声が漏れる。


「気に入ってくれてうれしいな」


 まだ重い瞼を必死に持ち上げながら、周囲を見回す。

 どうやら寝惚けて屋外へ行ったわけではなく、天井に星が映し出されていたらしい。


「空と同じように星を映したもののことを、プラネタリウムって言うんだよ」


 ベッドから視線を少し下げると、ようやく声の主を見つけることができた。

 フォールス・クロス。俺らがレイニィデーで出会った情報屋の少年だ。皺くちゃなワイシャツの上に、新品同然のジャケットを身に付けている。

 現実味のない風景とフォルの纏うどこか浮世離れした雰囲気に、俺はまだ夢心地だった。


「お兄さんどうしたの? そんな変な顔して」


 灰色に濁った髪を揺らしながら小首を傾げていた。

 床に座り込んでいるため、布団に頭をもたれかけた状態になる。


「床冷たくないか?」

「大丈夫だよ」


 この部屋に誰がいるかはカーテンで隔離されていてわからない。けれど、このプラネタリウムは見えているんだろうか。

 キラリと、一筋の星が流れたのを最後に、突如として星々が消えた。元の真っ白な天井が露になり、どこか空虚に感じる。


「マッチの火が消えたみたい」

「マッチ?」

「そう。昔貰った魔法のマッチなんだけどね。夢を現実で映し出すんだって」

「夢を現実に……」


 脳裏に浮かんだのはリーフェルと共に過ごした家を旅立った日の光景だった。

 リラの作曲した音楽をフレアが演奏した瞬間、俺は在りし日のあの家を見た。

 リラとメイジーの演奏に合わせて、リーフェルが躍っていた。もう決して見ることができない、記憶だけの光景。


「夢の時間は終わったみてぇだな」


 目前のカーテンが開かれる。

 そこに立っていたのはフレアだった。燃えるような赤い髪と瞳を持ち、黒いノースリーブを着ている。袖が無いため、ガッシリと鍛えられた腕が丸見えだった。

 フレアがいつもの緋色のローブを脱いでいることにも驚いたが、剣士であることを改めて実感した。

 魔法を使用したことによる負荷は一晩ですっかり回復したみたいだ。


「テメェもさっさと目覚めねぇか!」


 カーテンで遮られていた日差しが容赦なく部屋に入り込むと、フレアの後ろで丸まっていたものが音を立てて起き上がった。

 恐らくフレアが起きた後にベッドへ放り込んでおいたんだろう。


「あぅぅ……もう朝ですか……?」


 そう呟いた人物は布団を無理矢理フレアに引っ剥がされ、眠気に耐えながら体を起こした。

 布製の鎧が肌に貼り付いており、身体のラインがハッキリとわかる。スカートの裾から覗く白く細い足は折れてしまうのではないかと心配になる。雪のような銀髪は陽光を反射することで、一層煌めいて見えた。

 青い目を擦りながら柔らかく微笑む姿は、まるで童話に登場するお姫様のようだ。


「フレア、ハヤテ、おはようございます」

「おっせぇよ」

「お、おはよ」


 見惚れていて返事に遅れてしまった。心なしか頬が熱い。


「ボクもいるんだけどなぁ」

「ごめんなさい、おはようございますフォル」


 素で気付いていなかったらしく、慌てて謝罪と挨拶をするレイン。その律儀さがレインの長所だ。


「うん、おはよっ! レインお姉ちゃん」


 フォルは満足げな笑顔を見せる。


「あらあら、ようやく起きたのね」


 フリルの付いた黒いエプロンドレス姿で現れたのは、ピスケスで出会った魔女、カースだ。夕闇色の髪を二つに括り、胸元に垂らしている。

 家庭的な服装からは魔女らしさなど微塵も感じられないが、世間では常闇の魔女と呼ばれて忌み嫌われている。


「朝ごはん出来てるわよ」

「やったー! お兄ちゃんもお姉ちゃんも早く来てね!」


 そう言ってフォルはパタパタと早足に休養室を出ていった。


「トールとリラ、それにギンシは?」

「ソナーレは朝食の手伝い、トールは外でギンシと稽古試合だとよ」

「「稽古試合?」」


 俺とレインは顔を見合わせ、窓の外を見る。

 すると、トールとギンシが戦鎚と竹光を使って戦っていた。

 なるほど。殺気の籠った気迫と己の武器を交え、本気でぶつかり合っていた。


「あ」


 二人の間にずかずかとカースが割り込み、フライパンとフライ返しを使って中断させる。

 もう少しだけとトールがカースに交渉し、カースが反論しているようだ。トールが引き下がる様子はない。

 言っても聞かないと判断したのか、カースはフライパンとフライ返しを放り出し、胸元から杖を取り出した。

 杖先を向けられたトールは無表情が崩れ、苦い顔をしていた。


「俺らも早く行かねぇと、カースに何されるかわかんねぇぞ」

「そうだな。行こう、レイン」

「はい!」


 レインは曇らせていた顔を笑顔に変え、俺らの後ろをついてくる。

 リビングでは先客が優雅にティーカップを傾けていた。

 大きめの緩いシャツの上からストールを巻き、傍らには商売道具である竪琴を置いている。ボサボサの茶髪は唾の広い帽子で隠していた。

 リラはティーカップを石の机に置き、あご髭を撫でる。


「お前さんらも座るといい」

「お腹すいたよー!」


 リラとフォルに促され、机を囲んで着席する。ほどなくして外で稽古していた二人を連れてカースが戻ってきた。


「貴方達って戦闘バカなのかしら?」

「トール様に対し無礼なり!」


 カースに食って掛かったのは、袴をたすき掛けし、腰に竹光を差したギンシだ。

 短い黒髪の下に隠れた瞳は光を映すことが出来ないが、魔法により大気中の水蒸気を媒介とし、周囲を見ることができるらしい。


「ギンシ、私との主従関係は終わったのだから、様付けはやめろ」

「申し訳ござらぬ」


 大和ノ国から俺を探して旅をしてきた実姉であるトールは、ギンシの主人だったらしい。紫陽花の羽織り袴を着ており、闇夜のような黒髪と京紫の瞳は雅やかな印象を受ける。


「それとカース、戦闘に慣れておくのはこの世界の定石ではないか?」

「だって、朝から汗かいちゃうでしょう?」


 そう言ってカースは机に人数分の料理を並べたのだが……


「ソナーレが手伝って、これだってのか……?」

「形容しがたき、独創的な料理なり」

「美味しくなさそ~」


 フレアとギンシの顔が引きつり、フォルが泣きべそ寸前。レインに至っては言葉を失っていた。


「お前さんらには悪いが、俺の手でもダークマターの生成を防ぐのは不可能だった……すまん……」


 そう。机に並べられたのは、料理と呼ぶにはあまりにも禍々しい様相だった。

 固いパンが焦げて炭になっているのはまだ可愛い方だ。だが、その隣の皿には紫色のべちょっとした半液状化した塊と、見たことのない色や形の草が添えられている。


「いただきます」

「あら? せっかく腕によりをかけたというのに、トールしか食べてくれないじゃない」


 黙々と、トールだけがその禍々しい何かを食べていた。

 こっそりとカースに聞こえぬように耳打ちする。


「よく食えるな」


 トールは隠すつもりもなく、普通に答えた。


「安心しろ、身体に悪いものは使っていない。それに、世の中にはもっとひどい料理がある」


 一体我が姉はどんな生活を送っていたというのだろうか……


「ところで、お前さんらはこれからどうするんだ?」


 食事から意識を逸らすためか、リラが話題を提供してくれた。レインが我に返る。


「えっと、まずはホロウリィの長である星の御使い様か星の巫女様に今回の件を報告しようかと考えています」

「ふむ。そんでギンシ、お前さんはツクヨミに追い付かなくていいのか?」


 ギンシはトールを見た後にレインの方へ向いた。


「拙者はまだ未熟者。なれども、仲間に加えては頂けぬか?」

「わかりました」


 即答だったのは心強い味方だと判断したからだろう。

 禁術管理者との戦力差は歴然だからな。


「ってなわけで、ドロップリア王国に向かう俺以外は教会に向かうってわけだな」

「そうなりますね」


 リラはニコリと微笑むと、予想外のことを口にした。


「だとよ、星の御使い様?」

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