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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
2章 雷の探し人
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『雷の探し人3』

 目覚めると、真っ白い天井が広がっていた。


「ここは……」

「シリウスの診療所だ」


 シリウス……恒星の名前ってことは、ホロウリィの町ってことか。

 視線をさ迷わせると、隣のベッドに横たわるフレアと、椅子に座ったトールが目に入った。


「無事で良かった。おはよう、ハヤテ」


 トールは顔や腕などに幾重にも負っていたはずの傷が、きれいさっぱりと消えてしまっていた。水浴びでもしてきたのか、服も着替えている。

 フレアはまだ苦しそうにもがいており、額に汗を浮かべている。


「フレアは?」

「魔力が暴走しているわ」


 声がした方を向くと、部屋のドアにもたれ掛かったカースの姿があった。隣ではリラが竪琴を調弦している。

 カースの手には俺らが持ち帰った魔道書がある。不思議なことに、表紙にあった魔法陣は消えていた。


「なんで魔力が暴走してるんだ?」


 トールのように心が乱れることで暴走するという話は聞いたことがあるが、魔法を使いすぎる場合には魔力切れで倒れるだけのはずだ。


「恐らくだけれど……『封印』の魔法を『破壊』し、無理に魔力を行使したからじゃないかしら?」

「『封印』の魔法?」


 パラパラと魔道書を捲っていたカースは、あるページで手を止めた。


「強欲の魔道書……氷と水の魔法が記されているから、まさかとは思っていたけれど、『封印』は氷属性の魔法みたいなの」


 フレアはわざわざ、俺を守るためだけに魔力を解放したってのか……しかも、後で自分に反動があると知っていながら……。


「もんだい、ねぇ……よ」


 絞り出すような声だけでもその苦しみは伝わってくる。

 勢いよく起き上がり、頭が眩めく。だが、ふらつく足でも構わず俺はカースに駆け寄った。


「カース! どうすればフレアを助けられるんだ!?」


 息も絶え絶えな姿をただ見ているだけではいられない。

 けれど、暗い表情でカースは首を振った。


「『封印』の魔法は私の『呪術』と同じく、罪の分だけ強固に発動する……力ずくで破ったのなら、こうやって更なる罰を与えられてしまうものなの……」

「そんな…………」


 それはつまり、罪が消えない限りは解けない可能性があるということ。

 フレアはいつまで続くかわからないまま、痛みに襲われ続ける。


「まぁ、応急処置くらいなら出来るけどなあ」


 確かにリラの魔法ならば、痛みを和らげられるかもしれない。

 二つの影が部屋を覗いた。


「ハヤテ、目覚めたんですね」


 隣の部屋からやって来たのは、レインとギンシだ。

 レインは折り畳んだハンカチを、ギンシは水を汲んだバケツを持っている。

 ギンシがバケツをベッドの傍らに置き、レインがその水で濡らしたハンカチをフレアの額に乗せる。


「火属性の魔法による代償は焼けるような痛みよ。だから、冷やせば多少は痛みを軽減できるわ」

「はい」


 レインは氷塊を造り、ベッドの周囲に配置する。冷気が熱気を抑えていく。

 ポロンと、リラはゆったりと落ち着いたメロディーを奏で始めた。


「戦士にひとときの休息が訪れる♪ ゆっくり安らげ眠るよ~に~♪ 痛みを忘れた穏やかな日々を共に過ごそう♪」


 フレアの呼吸が落ち着いたものへと変わると、無意識に安堵の息を漏らしていた。

 ようやく心に余裕ができたところで、竪琴を弾き続けるリラに声をかけた。


「リラ、仕事はいいのか?」

「嬢ちゃんから連絡が来たときは驚いたけど、お前さんらの危機を見過ごすわけにはいかんだろう?」


 俺らのために慌てて戻ってきてくれたことは容易に想像がつく。


「俺のせいで、フレアが……」


 後悔や罪悪感に苛まれていると、トールが俺の頭を優しく撫でた。


「お前の魔法なら助けられる」

「俺の、魔法?」

「ハヤテの魔法の一つは幸運だが、もう一つは禊祓……罪を赦す魔法だ……」


 罪を許す……そういえば、リラと本音をぶつけ合った時、トールを許すと誓った時、どちらも暖かな風が俺らを包み込み、心が軽くなった気がする。

 感覚的には母親の胎内で眠っている赤子のようなものだと思う。


「じゃあ、俺がフレアの罪を許せば……」

「そんなもんいらねぇっ!!」


 まだ完全には痛みが消えていないというのに、フレアは罪を許されることを全力で拒んだ。


「この痛みは俺にとって、仲間を守れた証……誇りだ」


 無理をして身体を起こし、ハンカチが布団に落ちる。


「お前さんの根っこは、本当に昔っから変わらないな」


 呆れた口調でリラは竪琴を傍らに置いた。


「身体の痛みは自分が生きている証であり、心の傷は未来へ進むための軌跡になる……だったか?」

「ああ。それが俺の信念」


 シワになるのもお構いなしに、胸の辺りの服をぎゅっと握り、暗い表情のまま告げる。


「軌跡はあくまで過去だ……。未来へ進むには、停滞しても引き返してもいけねぇ……」


 不意に俺の顔を見ると、フレアは付け加える。


「けど、まぁ……時には振り返るくらいはいいんじゃねぇかとは思うけどよ……」

「くくっ……」


 リラが口に手を当て、必死に笑いを堪えていた。

 フレアの顔が一瞬にして真っ赤に染まる。


「そこ! 笑ってんじゃねぇよっ!!」


 どうやら自分の発言がらしくないとわかってるみたいだ。


「いやぁ若いっていいなーと思ってな?」

「おっさんみたいなこと言ってんじゃねーよ」


 俺の記憶が正しければ、こいつはまだ二十代だったはずだ。


「いや」


 リラは手をヒラヒラとさせながら反論してくる。


「酒が飲めればもう大人さ、これでも日々老化を実感してるんだぜ?」


 こいつの年に関する愚痴は、とりあえず放っておこう。


「フレアの信念を裏切るのは悪いと思うけど、あの状態がいつまでも続いたらろくに動けないだろ?」


 俺の視線に気付いたカースが、胸元から杖を引き抜いた。


「何するつもりだ、てめぇ」

「何って、動きを止めるだけよ」


 フレアは納得いかないんだろう。反抗しようと拳を握り、その拳は炎を纏うが、


「私の呪いを甘く見ないでちょうだい?」


 指揮棒(タクト)のような杖で空中に文字を書き、杖の先をフレアに向ける。

 ロウソクの火を吹き消すかのように、フレアの炎はあっけなく鎮火した。


「私の魔法は『封印』の魔法と違って、魔力自体を封じられるの。『破壊』することはできないわ」


 クルリと円を描き、フレアが悔しそうに歯を食い縛ったまま固まった。


「ごめん、フレア……」


 申し訳なさで笑顔は歪んでしまう。

 これは一種の儀式だ。

 だから、心から願う必要がある。


「フレア自身が許せなくとも、俺は罪を許すから」


 室内であるにも関わらず風が渦巻き、フレアの罪を(さら)っていった。けれど、不思議とすぐに消えてしまった。


「俺の信念を崩すのが、こんなあっけねぇとはな」


 魔法を解いたカースは杖を元の場所に仕舞っていた。

 フレアがその場を去るために立ち上がろうとするが、レインがベッドの上へと押し戻した。


「まだ、じっとしていてください!」


 椅子をレインに譲り、ベッド脇にトールが腰を下ろした。

 氷に囲まれていない唯一の場所を塞がれ、フレアは舌打ちする。


「今出ていかれては困る。私はこれから、リーフェル・ライラックとの約束を守り、真実を語るのだからな」

「リーフェルとの約束っ!?」


 真実を語るとは聞いていたが、まさかそれがリーフェルとの約束だとは思いもよらなかった。リラも耳を疑っている。


「私は大和ノ国のワタヌキという家に生まれた。雷神を父として、風神を母としてだ」

「スカンディナヴィアに伝わる神話には、雷神トールがいるから、偽名はトールなのね」

「ああ。師匠がそう呼んでいたのもあるが……」


 それはつまり、トールは雷神を継ぐものとして育てられていたということだろうか?


「強力ではないが、雷の魔法を持っているからな。家を継ぐため、女に生まれながら性別を偽ることを強要されていた」

「我が国の女性は家を継げず、嫁入りすべしというのが仕来たり……ましてや戦場に出るなどもってのほか……」


 ギンシは腰の竹光に視線を落としていた。刀ではないにせよ、腕前次第で同等の力を振るうことができるため、戦場に出ていたのかもしれない。


「なれば、性別の偽りはやむ無しか」


 騙していたことを詫びるように、トールがギンシに頭を下げるが、ギンシは首を振った。


「幼子に選択肢など無いに等しく、しかし拙者は凛々しき貴女の背中に憧れておった」


 眩しそうに目を細める姿から、ギンシがトールに惚れていると悟った。

 なんとなく胸がモヤモヤしたため、二人の間に座る。トールは気にせず話を続けた。


「暫くして、私には弟ができた。名前はワタヌキコハク。虎が白いでコハクだ」

「白い虎、ですか?」

「ああ。白い虎は邪を寄せ付けず、災いを払い、良縁を結ぶと言われているからな」


 禊祓と幸運、双方の魔法を表した名前……フレアが名前を気にしていたのはこういうことか……。


「父上も母上も、息子であるコハクのことを、それはそれは大事にしていた。けれど、スカンディナヴィアから禁術管理者がやって来たことで、状況は一変した」


 禁術管理者って前にレインが話してた、禁術を取り締まる組織のことか。


「やって来た禁術管理者はたった一人だったが、鎖国中で厳重警戒状態だった大和ノ国に、まるで招かれたかのように当たり前に現れ、そして要求した」


 深刻な空気にレインが声を低める。


「ハヤテのことを、ですか?」


 トールは静かに首肯した。


「その禁術管理者ってのが、狼を連れたロキっつー子供か?」

「そうだ」

「ロキって、兄様が魔法で『封印』した魔法使いですね」


 一斉にレインが注目の的となる。


「なるほど……ハールバルズとフィヨンが魔道書を求める理由は、そのロキの『封印』を解くためだったわけね……」


 トールの話を元に情報が整理され、少しずつ状況が見えてきた。


「じゃあお前さんの話が本当なら、ハヤテは捨てられたのではなく、逃がされたってことなのか?」

「そういうことになる」


 逃げた先で、俺は偶然リーフェルに出会い、一緒に暮らすようになったと……ん?


「なら、リーフェルは何をしに大和ノ国へ行ったんだ? それに、どうしてトールはリーフェルを殺さないといけなかった?」


 矢継ぎ早に質問をぶつけたところで答えを返しきれるわけがない。俺にとって優先すべき事柄だけを問う。


「リーフェルはコハクを逃がす時に持たせた手紙を読んだんだろう。内容は数年後にコハクを返してほしいというものだ」

「んな身勝手なこと、リーフェルが許すわけねーだろ?」

「そう。だからリーフェルは断りに大和ノ国を訪れ、それを聞いた父上が私にリーフェルの殺害を命じた」

「じゃあ、やっぱりトールがリーフェルを……」


 俺から目を逸らすことなくトールは告げる。


「死に至らしめるほどの致命傷を与えた」


 心の奥に秘めていた、淡い希望は消え去ったかのように見えた。


「――だが、その後に致命傷は完治させた」

「…………え?」


 希望の炎が、再び灯る。


「結論から言おう。リーフェル・ライラックは、今もまだ生きている」


 嬉しさのあまり、込み上げた感動が涙となって流れ落ちる。


「よかったですね、ハヤテ」


 リーフェルとの絆の証であるマフラーを抱き締めていた俺は、この時聞き逃していた。


「メイジーと会ったことは、コハクにはまだ伝えなくてもいいか……」


 トールが俺の探し人に出会っているなど、思いもよらずに……

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