表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
2章 雷の探し人
26/62

『雷の探し人2』


 その炎は暖かく、儚く散った。

 強弱を繰り返しながらユラユラと揺らめき、まるで寒空の下で点したマッチのように心許ない。

 勇気や希望が燃えているように、橙色の炎は優しい温もりだった。


『ふぅん……君がハヤテの……』


 幼子の声だ。まだ声変わりを果たしていない少年の声。

 包み込むような、柔らかくて心地のよいものだ。


『リーフェルが染める前の、ハヤテと同じ――』


 愛おしそうに髪を撫でられる。


『宵闇色の髪……』


 とてもか細い声が反響したかと思えば、身体の苦痛や疲労が取り除かれていく。

 火の粉が周囲を照らし出し、少年の姿を明らかとした。


「明治ぃ、か……?」


 赤い頭巾を被った、痩せ気味の金髪の少年。話に聞き、そしてあの時見た姿と相違無い。

 なによりその蜂蜜のように煌々とした金色は、今のあの子の髪と全く同じ色だ。


『微妙に発音が違うんだけど? めいじじゃなくて、メイジーだよ』

「すまない、めいじー?」

『そうそう。メイジーライディングって名前。メイジーって呼んでくれればいいよ』


 倒れる私の隣にちょこんと座り込んでいたメイジーは、人生を達観しているような表情で微笑む。


「これ、は……一体?」


 身体を起こし、楽な体勢でメイジーと向き合う。


「魔法、か?」

『そう、これは僕の幻属性の魔法。夢を現実で見せる禁術だよ』

「夢…………」


 夢物語を現実とする。

 それは誰もが思い描く理想であるはずだ。


「なるほど」


 離れていてもあの子の傍に居たいという願望が夢となり、今も生き続けているということだろうか。

 ふと、メイジーが私の顔を覗き込んでいるのが目に入った。


『ねぇ、ハヤテに会いたい?』

「な……っ?!」


 とっさの質問に狼狽えてしまう。幸いにも魔力切れなため、『拒絶』の魔法は不発に終わった。


『このままここで死ぬか、それともハヤテに真実を伝えるか……君はどちらかを選択しなければいけない……』


 それはあまりにも非情に偏った選択肢だと感じた。

 ここで私が死ねば、守りに来た志や時間が水泡に帰し、真実を伝えられるタイミングは先伸ばしとなる。いや、むしろ永遠に来ないかもしれない。


『ハヤテは未だに君を信じようとしている。君には応える義務があるんだ』

「私、を……」

『答えはシンプルなはずだよ』


 確かに難しくはない。けれど、赦されるのだろうか?

 私の気持ちを言葉にするのは、ただの我が儘ではないのだろうか?


『自分の罪を許せないところ、見ていて嫌になるくらいそっくりだ……』


 言葉の意味する相手が誰なのか、聞くことは憚れた。射抜くような視線に圧倒されたのだ。


『自分が許せないからこそ、罪滅しとして、全てを隠してまでハヤテの近くに居たんだろう?』

「違う! 私はっ!」


 魔力が少々回復したのか、反射的に雷撃が弾けるが、火の粉が鎮めた。

 ここは夢の世界。つまりはメイジーの思うがままというわけだ。

 普段のように感情を制する必要は無く、ありのままの本音を伝えても問題が無い。

 ならばと、私は言葉足らずな単語ばかりの話し方を止め、本来の話し方へと戻す。


「私はあの子の姉として、共に肩を並べて生きたい。けれどもそれには真実を伝えなければならない。私は約束を破らなければいけなくなるんだ」

『約束?』

「ああ。あの子が魔法を使えるようになるまでは真実を隠す……それが約束だ。誰と交わしたものかも言うことはできない……」


 どうやらメイジーの言う真実は、私が秘めているものと異なっていたようだ。首を傾げている。


『でも、ハヤテと一緒に居たい気持ちは本当なんだよね?』

「当然だ! ずっと離れていたが、私にとってはかけがえの無い弟なんだぞ!」


 自分の感情を曝け出すのがこれほど気持ちの良いことだとは……。

 数年ぶりの高揚感に、すっかり感無量だ。

 メイジーは実に満足そうな笑みを浮かべていた。


『なら、ハヤテに会いに行くといいよ。もちろん、ありのままの姿でね』

「しかし……」

『感情に流されてしまっていただけで、ハヤテは姉である君を仲間として信じてるよ』


 本人の確証を得ていないというのに、やけに説得力のある言葉だった。


「それでも、夢から覚めてしまえば、私は動くことすら叶わない」


 魔力は勿論、気力も体力もすっかり底を尽きている。身動き一つ取ることが出来ないだろう。

 もし動けたとしても、あの子を探すことは困難だ。崩壊に巻き込まれたのか、それとも脱出できたのかさえわからない。


『大丈夫。この夢から醒めたとしても、君は動ける。だってこの夢の中で自由に身体を動かせているんだから』

「また、あの子を探す旅に出るのか……」


 大和ノ国を出た後は、幸運だったとしか言いようが無いほど巡り合せが良かった。だが、次も必ず会えるとは限らない。


『それについても問題ないよ』

「え?」


 疑問に思うも、すぐに気づく。


「私とあの子の再会を、夢見てくれるのか?」


 当然だと言わんばかりに大きな首肯だ。

 メイジーが目を瞑ると、下方にあの子と気絶した様子のフレアの姿が写った。周囲には焦げたマーマンと、まだ武器を構えたものが散らばっている。

 あの子は短剣に手を添え、マーマンへ睨みを利かせていた。


『さあ、目覚める時間だよ』


 火の粉が私の身体を包み込み、同時に羽根のように軽かった身体に重みが戻る。


『最後に一つだけ』


 身体の重量の増加が停止する。


「なんだ?」

『大和ノ国は名前にどんな意味を込めるの?』

「名は体を表す。つまり名前は魔法や、個々の特徴を表している。大和ノ国だと言葉に意味が籠ることを言霊と呼ぶが、まさにそれだ」


 ならばと、次に問われたのはあの子の名前と、私の名前。


「あの子はこはく……白い虎と書いて虎白だ。そして私は――」


 メイジーの身体が燃え、足下から炎が這い上がるかのように灰へと変わっていく。


「私にも一つ聞かせてくれ! メイジーは生きているのか? それとも人の夢で生きる存在なのか?」

『僕は死んだ。けれど、生きている。それが答えだよ』


 話を掘り下げる間も無く、メイジーはボロボロと崩れ去った。

 重力が私の身体をゆっくりと地へ降ろす。

 火の粉が舞い上がり、虎白と目が合った。


「虎白っ!」

「トール……?」


 私はもう、虎白の前で私の感情を誤魔化さない。真実を伏せるとは、偽る事とは異なる。

 だから私は言葉の制限を解くと決めた。

 ありのまま――自分自身を制御してみせる。



          ☆☆☆



 最初、降ってきた人物がトールだと気づかなかった。

 風に靡いた羽織の裾が、まるで優美に空を飛ぶ鳥の羽根のようだった。


「コハク……いや、ハヤテ……」


 穏やかな呼び声は、早朝に響く鳥のさえずりのように心に染み込む。

 今までとは明らかに雰囲気が違う。

 どこか距離のある冷たい接し方ではなく、穏和な態度が表れていた。


「私を赦せとは言わない。だが、私は弟であるお前を、姉として、仲間として守りたい。この言葉だけは信じてくれ」


 背中越しでもトールの決意がひしひしと伝わってきた。

 けれど、それだけでは命を預けることは出来ない。ここにいるのは俺とトールだけじゃない。


「もちろん、フレアも守る」


 それだけで、俺にとっての懸念は取り除かれた。

 俺が否定していただけで、元々トールを家族だと認知し、信頼していたんだから。


「……たとえトールがリーフェルを殺していたとしても、何か理由があったから……自分の意志ではないと思うんだ」


 柔らかな風が、俺らを守るように渦巻く。


「だから俺は、トールが俺を裏切らず、いつか真実を明かしてくれるって信じる」


 一方的な期待だったのかもしれない。でも俺は、待つのには慣れているから問題ない。


「トールの罪は、俺が赦すから」


 渦巻いていた風が弾け、涼やかで心地のよい風が流れた。

 洞窟は基本的に風が無い。これは俺の魔法なんだろうなと考えていたところで、思わぬ所から答えは出た。


「ハヤテ、まさか魔法が使えたのか?!」


 風の結界が消えたことで、痺れを切らしたマーマンが襲い掛かってきた。


「フレアを頼む」


 いつもの戦鎚を握り締めると、迷いが吹っ切れたような清々しい表情で横凪ぎに振るった。

 殴られたマーマンの身体が次々と地に伏せていく。見れば、戦鎚に纏った雷で、身体が麻痺しているようだ。

 雲を翼で切る鳥のように、自由でありながら鋭くマーマンを倒していく。

 自由というよりは、攻撃が読みにくいという方が正しいのかもしれない。不規則で捉えにくい。


 普段は鎚の部分で打撃を与えるのだが、距離を縮められると柄を短く持ち、槍のように相手を突く。

 片手で戦鎚を持てば、マーマンの腕を掴みながら足を払い、意図も簡単に重心を崩してしまう。

 なによりもリーチが長い分、敵を寄せ付けることなく倒していってしまうのだ。

 瞬く間にマーマンは残らず倒されてしまった。まるで命が食い尽くされてしまったかのように、マーマンはピクリとも動かなくなった。

 背中の留め金に戦鎚を引っ掛けると、トールは俺らの方へ振り返った。


「魔法を使えるようになったようだな、ハヤテ」


 嬉しさが込み上げているようで、トールは珍しく頬を緩めていた。


「魔法って、幸運の魔法とは別に、だよな?」

「そうだ。幸運とは異なり、意識的に発動することができる魔法を秘めていた」

「それが風属性の魔法っつぅわけか」


 意識を取り戻したらしく、フレアが話に割り込んできた。

 慌てて傍らに座り、声をかける。


「大丈夫なのか?」

「問題ねぇよ、ちょっと無理しちまったけど……」


 問題ないと言いながらも顔色は青褪めていた。強がりだということが誰にでもわかる嘘だ。


「約束は果たされた。ここを脱出したら、ハヤテに真実を全て話そう」

「約束?」

「それについても、後でな」


 トールはフレアを肩に担ぎ、マーマンの死骸を避けながら歩き始めた。

 カンテラを手にトールの一歩前を歩く。

 でこぼことした固い地面を踏みしめ、出口を探してさ迷う。

 さ迷うとはいえ、俺は直感で進んでいた。

 まるで何かに導かれているかのような、確かな確信があったのだ。だが――


「おいハヤテ、道間違ってねぇか?」


 たどり着いた部屋は行き止まりだった。昔誰かが住んでいたのか、机椅子やベッドなんかが埃を被って放置されていた。

 絵の具や筆、紙が床に散らばっている。

 住人が書いたらしき絵も、額に入れて飾ってあった。描かれているのは狼と蛇、それに女性の姿だろうか? 背景には大樹がある。

 ふと、壁際の古びた本棚が視界に入る。


「魔道書だ」


 一冊だけが本棚に置かれていた。

 不思議と心が惹かれ、本を手に取る。

 蒼い表紙には魔法陣が刻まれ、中心に書かれたタイトルは強欲の書のようだ。


「魔道書を見つけたのはいいが、出口はどこだ」


 疲れきった声でトールがぼやく。体力も魔力も切れたフレアを担いで歩いているのだから、無理もない。


「……多分、ここにある」

「それらしきものは何も無いぞ?」


 不自然な風の流れを頼りに、隠されてるであろう出口を探す。


「トール、武器借りていいか?」

「構わないが、どうするつもりだ?」


 トールから戦鎚を受取り、俺はそれを思いきり本棚に叩き付けた。

 老朽化していたため、俺の力でも簡単に壊れた。埃が舞い、少し咳き込んでしまう。


「げほっ、ほらあった」


 木片の向こうには、人一人が通れる程の抜け道があった。

 風が吹き込み、鼻孔を花の香りがくすぐった。


「外から花の香りがするんだ」


 トールとフレアも鼻をくんくんとさせるが、トールはあまり好きな香りではなかったらしく、しかめっ面になった。ぱちんと火花が光る。


「ライラックの香りじゃねぇか……?」

「とにかく、進んでみよう」


 長い長い細道を進むと、やがて眩しい日差しが天から降ってきた。

 円筒状の場所が終着点であり、上からは縄が降りている。どうやら枯れ井戸に繋がっていたらしい。


「先に上がれ、私は時間がかかるからな」

「悪いな」

「構わん」


 縄をよじ登って行くと、ようやく地上へと帰ってこれた。

 久しぶりの太陽が目に染みる。


「お帰りなさい、ハヤテ!」


 誰かに飛び付かれ、身体が花畑へと飛び込む。その衝撃で、ライラックの花びらが散った。


「あらあら、泥だらけになっちゃったわね」


 クスクスと楽しそうにカースが笑う。


「お前さんら! もうちょいだから頑張れよぉ!」


 井戸を覗きながら声をかけたのは、リラだ。隣でギンシが縄を引っ張り上げている。


「帰って、これたんだな……」


 洞窟に入ってからの時間がどれほどかわからないが、仲間に囲まれたことでようやく実感した。

 俺らはピスケスから無事に脱出したんだ。

 瞼が重くなり、視界が狭まっていく。


「生きていてくれて本当に良かったです」


 暗闇の中、頬に暖かい雫が降ってきたような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング cont_access.php?citi_cont_id=882163102&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ