『雷の探し人2』
その炎は暖かく、儚く散った。
強弱を繰り返しながらユラユラと揺らめき、まるで寒空の下で点したマッチのように心許ない。
勇気や希望が燃えているように、橙色の炎は優しい温もりだった。
『ふぅん……君がハヤテの……』
幼子の声だ。まだ声変わりを果たしていない少年の声。
包み込むような、柔らかくて心地のよいものだ。
『リーフェルが染める前の、ハヤテと同じ――』
愛おしそうに髪を撫でられる。
『宵闇色の髪……』
とてもか細い声が反響したかと思えば、身体の苦痛や疲労が取り除かれていく。
火の粉が周囲を照らし出し、少年の姿を明らかとした。
「明治ぃ、か……?」
赤い頭巾を被った、痩せ気味の金髪の少年。話に聞き、そしてあの時見た姿と相違無い。
なによりその蜂蜜のように煌々とした金色は、今のあの子の髪と全く同じ色だ。
『微妙に発音が違うんだけど? めいじじゃなくて、メイジーだよ』
「すまない、めいじー?」
『そうそう。メイジーライディングって名前。メイジーって呼んでくれればいいよ』
倒れる私の隣にちょこんと座り込んでいたメイジーは、人生を達観しているような表情で微笑む。
「これ、は……一体?」
身体を起こし、楽な体勢でメイジーと向き合う。
「魔法、か?」
『そう、これは僕の幻属性の魔法。夢を現実で見せる禁術だよ』
「夢…………」
夢物語を現実とする。
それは誰もが思い描く理想であるはずだ。
「なるほど」
離れていてもあの子の傍に居たいという願望が夢となり、今も生き続けているということだろうか。
ふと、メイジーが私の顔を覗き込んでいるのが目に入った。
『ねぇ、ハヤテに会いたい?』
「な……っ?!」
とっさの質問に狼狽えてしまう。幸いにも魔力切れなため、『拒絶』の魔法は不発に終わった。
『このままここで死ぬか、それともハヤテに真実を伝えるか……君はどちらかを選択しなければいけない……』
それはあまりにも非情に偏った選択肢だと感じた。
ここで私が死ねば、守りに来た志や時間が水泡に帰し、真実を伝えられるタイミングは先伸ばしとなる。いや、むしろ永遠に来ないかもしれない。
『ハヤテは未だに君を信じようとしている。君には応える義務があるんだ』
「私、を……」
『答えはシンプルなはずだよ』
確かに難しくはない。けれど、赦されるのだろうか?
私の気持ちを言葉にするのは、ただの我が儘ではないのだろうか?
『自分の罪を許せないところ、見ていて嫌になるくらいそっくりだ……』
言葉の意味する相手が誰なのか、聞くことは憚れた。射抜くような視線に圧倒されたのだ。
『自分が許せないからこそ、罪滅しとして、全てを隠してまでハヤテの近くに居たんだろう?』
「違う! 私はっ!」
魔力が少々回復したのか、反射的に雷撃が弾けるが、火の粉が鎮めた。
ここは夢の世界。つまりはメイジーの思うがままというわけだ。
普段のように感情を制する必要は無く、ありのままの本音を伝えても問題が無い。
ならばと、私は言葉足らずな単語ばかりの話し方を止め、本来の話し方へと戻す。
「私はあの子の姉として、共に肩を並べて生きたい。けれどもそれには真実を伝えなければならない。私は約束を破らなければいけなくなるんだ」
『約束?』
「ああ。あの子が魔法を使えるようになるまでは真実を隠す……それが約束だ。誰と交わしたものかも言うことはできない……」
どうやらメイジーの言う真実は、私が秘めているものと異なっていたようだ。首を傾げている。
『でも、ハヤテと一緒に居たい気持ちは本当なんだよね?』
「当然だ! ずっと離れていたが、私にとってはかけがえの無い弟なんだぞ!」
自分の感情を曝け出すのがこれほど気持ちの良いことだとは……。
数年ぶりの高揚感に、すっかり感無量だ。
メイジーは実に満足そうな笑みを浮かべていた。
『なら、ハヤテに会いに行くといいよ。もちろん、ありのままの姿でね』
「しかし……」
『感情に流されてしまっていただけで、ハヤテは姉である君を仲間として信じてるよ』
本人の確証を得ていないというのに、やけに説得力のある言葉だった。
「それでも、夢から覚めてしまえば、私は動くことすら叶わない」
魔力は勿論、気力も体力もすっかり底を尽きている。身動き一つ取ることが出来ないだろう。
もし動けたとしても、あの子を探すことは困難だ。崩壊に巻き込まれたのか、それとも脱出できたのかさえわからない。
『大丈夫。この夢から醒めたとしても、君は動ける。だってこの夢の中で自由に身体を動かせているんだから』
「また、あの子を探す旅に出るのか……」
大和ノ国を出た後は、幸運だったとしか言いようが無いほど巡り合せが良かった。だが、次も必ず会えるとは限らない。
『それについても問題ないよ』
「え?」
疑問に思うも、すぐに気づく。
「私とあの子の再会を、夢見てくれるのか?」
当然だと言わんばかりに大きな首肯だ。
メイジーが目を瞑ると、下方にあの子と気絶した様子のフレアの姿が写った。周囲には焦げたマーマンと、まだ武器を構えたものが散らばっている。
あの子は短剣に手を添え、マーマンへ睨みを利かせていた。
『さあ、目覚める時間だよ』
火の粉が私の身体を包み込み、同時に羽根のように軽かった身体に重みが戻る。
『最後に一つだけ』
身体の重量の増加が停止する。
「なんだ?」
『大和ノ国は名前にどんな意味を込めるの?』
「名は体を表す。つまり名前は魔法や、個々の特徴を表している。大和ノ国だと言葉に意味が籠ることを言霊と呼ぶが、まさにそれだ」
ならばと、次に問われたのはあの子の名前と、私の名前。
「あの子はこはく……白い虎と書いて虎白だ。そして私は――」
メイジーの身体が燃え、足下から炎が這い上がるかのように灰へと変わっていく。
「私にも一つ聞かせてくれ! メイジーは生きているのか? それとも人の夢で生きる存在なのか?」
『僕は死んだ。けれど、生きている。それが答えだよ』
話を掘り下げる間も無く、メイジーはボロボロと崩れ去った。
重力が私の身体をゆっくりと地へ降ろす。
火の粉が舞い上がり、虎白と目が合った。
「虎白っ!」
「トール……?」
私はもう、虎白の前で私の感情を誤魔化さない。真実を伏せるとは、偽る事とは異なる。
だから私は言葉の制限を解くと決めた。
ありのまま――自分自身を制御してみせる。
☆☆☆
最初、降ってきた人物がトールだと気づかなかった。
風に靡いた羽織の裾が、まるで優美に空を飛ぶ鳥の羽根のようだった。
「コハク……いや、ハヤテ……」
穏やかな呼び声は、早朝に響く鳥のさえずりのように心に染み込む。
今までとは明らかに雰囲気が違う。
どこか距離のある冷たい接し方ではなく、穏和な態度が表れていた。
「私を赦せとは言わない。だが、私は弟であるお前を、姉として、仲間として守りたい。この言葉だけは信じてくれ」
背中越しでもトールの決意がひしひしと伝わってきた。
けれど、それだけでは命を預けることは出来ない。ここにいるのは俺とトールだけじゃない。
「もちろん、フレアも守る」
それだけで、俺にとっての懸念は取り除かれた。
俺が否定していただけで、元々トールを家族だと認知し、信頼していたんだから。
「……たとえトールがリーフェルを殺していたとしても、何か理由があったから……自分の意志ではないと思うんだ」
柔らかな風が、俺らを守るように渦巻く。
「だから俺は、トールが俺を裏切らず、いつか真実を明かしてくれるって信じる」
一方的な期待だったのかもしれない。でも俺は、待つのには慣れているから問題ない。
「トールの罪は、俺が赦すから」
渦巻いていた風が弾け、涼やかで心地のよい風が流れた。
洞窟は基本的に風が無い。これは俺の魔法なんだろうなと考えていたところで、思わぬ所から答えは出た。
「ハヤテ、まさか魔法が使えたのか?!」
風の結界が消えたことで、痺れを切らしたマーマンが襲い掛かってきた。
「フレアを頼む」
いつもの戦鎚を握り締めると、迷いが吹っ切れたような清々しい表情で横凪ぎに振るった。
殴られたマーマンの身体が次々と地に伏せていく。見れば、戦鎚に纏った雷で、身体が麻痺しているようだ。
雲を翼で切る鳥のように、自由でありながら鋭くマーマンを倒していく。
自由というよりは、攻撃が読みにくいという方が正しいのかもしれない。不規則で捉えにくい。
普段は鎚の部分で打撃を与えるのだが、距離を縮められると柄を短く持ち、槍のように相手を突く。
片手で戦鎚を持てば、マーマンの腕を掴みながら足を払い、意図も簡単に重心を崩してしまう。
なによりもリーチが長い分、敵を寄せ付けることなく倒していってしまうのだ。
瞬く間にマーマンは残らず倒されてしまった。まるで命が食い尽くされてしまったかのように、マーマンはピクリとも動かなくなった。
背中の留め金に戦鎚を引っ掛けると、トールは俺らの方へ振り返った。
「魔法を使えるようになったようだな、ハヤテ」
嬉しさが込み上げているようで、トールは珍しく頬を緩めていた。
「魔法って、幸運の魔法とは別に、だよな?」
「そうだ。幸運とは異なり、意識的に発動することができる魔法を秘めていた」
「それが風属性の魔法っつぅわけか」
意識を取り戻したらしく、フレアが話に割り込んできた。
慌てて傍らに座り、声をかける。
「大丈夫なのか?」
「問題ねぇよ、ちょっと無理しちまったけど……」
問題ないと言いながらも顔色は青褪めていた。強がりだということが誰にでもわかる嘘だ。
「約束は果たされた。ここを脱出したら、ハヤテに真実を全て話そう」
「約束?」
「それについても、後でな」
トールはフレアを肩に担ぎ、マーマンの死骸を避けながら歩き始めた。
カンテラを手にトールの一歩前を歩く。
でこぼことした固い地面を踏みしめ、出口を探してさ迷う。
さ迷うとはいえ、俺は直感で進んでいた。
まるで何かに導かれているかのような、確かな確信があったのだ。だが――
「おいハヤテ、道間違ってねぇか?」
たどり着いた部屋は行き止まりだった。昔誰かが住んでいたのか、机椅子やベッドなんかが埃を被って放置されていた。
絵の具や筆、紙が床に散らばっている。
住人が書いたらしき絵も、額に入れて飾ってあった。描かれているのは狼と蛇、それに女性の姿だろうか? 背景には大樹がある。
ふと、壁際の古びた本棚が視界に入る。
「魔道書だ」
一冊だけが本棚に置かれていた。
不思議と心が惹かれ、本を手に取る。
蒼い表紙には魔法陣が刻まれ、中心に書かれたタイトルは強欲の書のようだ。
「魔道書を見つけたのはいいが、出口はどこだ」
疲れきった声でトールがぼやく。体力も魔力も切れたフレアを担いで歩いているのだから、無理もない。
「……多分、ここにある」
「それらしきものは何も無いぞ?」
不自然な風の流れを頼りに、隠されてるであろう出口を探す。
「トール、武器借りていいか?」
「構わないが、どうするつもりだ?」
トールから戦鎚を受取り、俺はそれを思いきり本棚に叩き付けた。
老朽化していたため、俺の力でも簡単に壊れた。埃が舞い、少し咳き込んでしまう。
「げほっ、ほらあった」
木片の向こうには、人一人が通れる程の抜け道があった。
風が吹き込み、鼻孔を花の香りがくすぐった。
「外から花の香りがするんだ」
トールとフレアも鼻をくんくんとさせるが、トールはあまり好きな香りではなかったらしく、しかめっ面になった。ぱちんと火花が光る。
「ライラックの香りじゃねぇか……?」
「とにかく、進んでみよう」
長い長い細道を進むと、やがて眩しい日差しが天から降ってきた。
円筒状の場所が終着点であり、上からは縄が降りている。どうやら枯れ井戸に繋がっていたらしい。
「先に上がれ、私は時間がかかるからな」
「悪いな」
「構わん」
縄をよじ登って行くと、ようやく地上へと帰ってこれた。
久しぶりの太陽が目に染みる。
「お帰りなさい、ハヤテ!」
誰かに飛び付かれ、身体が花畑へと飛び込む。その衝撃で、ライラックの花びらが散った。
「あらあら、泥だらけになっちゃったわね」
クスクスと楽しそうにカースが笑う。
「お前さんら! もうちょいだから頑張れよぉ!」
井戸を覗きながら声をかけたのは、リラだ。隣でギンシが縄を引っ張り上げている。
「帰って、これたんだな……」
洞窟に入ってからの時間がどれほどかわからないが、仲間に囲まれたことでようやく実感した。
俺らはピスケスから無事に脱出したんだ。
瞼が重くなり、視界が狭まっていく。
「生きていてくれて本当に良かったです」
暗闇の中、頬に暖かい雫が降ってきたような気がした。




