『雷の探し人1』
洞窟が崩壊し、元来た道は閉ざされた。
トールは……恐らく生き埋めになったことだろう。相当運が良くなければ圧死は免れないはずだ。
俺とフレアも行止まりにぶち当たり、今にも息絶えようとしていたが……
「そんじゃあ、うまく受け身とれよハヤテ!」
「は? 受け身?」
フレアの頼みで視界を閉ざしているため、何が起こるのかはわからない。
……が、嫌な予感がする。
「いっくぜぇぇえ!」
突如、足を付けていた地面が消えた。
「え…………?」
落下する感覚に目を開くと、地面に穴が開き、下へと落ちていることがわかった。
案外深いらしく、なかなか地面にたどり着かない。
「って、うわっ?!」
闇の中で見えなかっただけらしい。
受け身を取る暇が無く、身体を地面に打ち付けるところだった。間一髪俺のことを守ってくれたのは、風の加護による風の鎧だ。
「よっ、と!」
フレアはすんなりと着地したようだ。
ガサゴソと物音がしたかと思えば、カンテラのうっすらとした明かりが周囲を照らし出した。
ナップザックに予備を入れていたらしい。
フレアって意外と用意周到だな。
「それにしても、一体何の魔法使ったんだよ」
規格外な魔法であることは間違いないはずだ。
少なくとも下にまだ洞窟が続いていることを発見し、音も無く岩床をぶち抜く威力を持ってるんだから。
「んー……?」
フレアは考える素振りを見せるが、そっと唇に人差し指を当てた。
いつもの荒っぽい雰囲気ではなく、全く別人の、大人らしい落ち着いた雰囲気が漂っている。
「ヒミツ」
「もったいぶらなくてもいいだろ?」
「俺に出来るのは基本的に壊すこと……今言えるのはそれだけ……」
赤い髪が揺れ、まるで真実を隠蔽するかのようにフレアの瞳を隠す。
けれど真っ正面から向き合うことができるのは今しかない、そんな気がしていた。
「……フレアはさ、トールのことどう思った?」
トールは俺の大事な人を殺し、俺を捨てた家族の一人のはずなのに、俺のことを探していた。
スカンディナヴィアに宿敵がいると口にし、同国の名前を名乗り、そして……探し人のことを黙ったまま俺の側に、仲間として存在していた……
わざわざそんな回りくどいことをしていた答えが欲しかった。
「……トールが人殺しってのは、疑いようもねぇ事実だぞ?」
「なんでそんなことわかるんだよ」
羅刹と自分のことを呼んでいたけれど、本当に人殺しなのかは――いや、少なくともリーフェルはトールに殺されてるらしいけど、見てもいないことをハッキリと断言するのは不思議だった。
「……人殺しってのはな、人殺し同士なら匂いでわかんだ。俺も任務やら何やらで何人か殺してっからよ」
「フレアも、人殺しなのか」
「言っとくけど、俺らん中で人殺しなんて業に手を染めてねぇのはレインとお前だけだと思うぞ」
その一言に言葉を失った。
人殺し自体が悪いわけじゃない。だってどうしても殺さないといけない理由があったと思うからだ。
「でもまぁ、人殺しを悪って決めつけねぇのは……俺らを信じてくれてるっつぅわけだろ?」
そうか。理由があったと思えるのは信頼してるからなのか。
「トールはお前を傷付けねぇために黙ってたんだろうよ」
「俺を傷付けないため? 保身の間違いじゃないのか?」
「お前が新しい家族とやっていけるのか見守りたかったんじゃねぇの? それに……」
フレアはまるで自分の過去を振り返るように、遠い視線で告げる。
「弟が死なないように命を守りたかったんだろ、せめてもの罪滅しっつーわけだ」
胸中が、不思議とホッコリ暖かく感じる。
ひねくれた俺の言葉に、フレアはきちんと返してくれる。
何度かぶつかることもあるけれど、まるで旧友のような安心感があった。
「あの様子じゃトールの発言は虚言だらけだろうけどよ、ハヤテのことを守りたいって気持ちだけは嘘じゃねぇと思うぜ?」
トールは師匠に対して、曇りのない眼で仲間を守ると告げた。俺自身も、あれが嘘だとは考えがたかった。
俺が抱える悩みを全て吐き出したと判断したのか、フレアはカンテラで進むべきであろう道を照らし、一本道を歩み始めた。
しばらくは無言で突き進む。薄暗い中で足音と水の滴り落ちる音のみが響き渡った。
フレアが不意に口を開く。
「……にしても、お前の本名はコハクってのか」
「そんな名前、俺は――」
「知らないとか知ってるとか、名前で大事なことはそうじゃねぇだろ」
俺が見落としていたことをフレアは拾ってくれる。
「大和ノ国において、真名はお前の魔法や本質を示すもんだ。仮名はリーフェルさんが風の加護を元につけてくれたんだろ?」
「本質ったって、俺自身の魔法は幸運じゃないのか?」
「一つ引っ掛かることがあんだよなぁ」
「引っ掛かること?」
「……まぁ、それは全部終わってから調べりゃいいか」
名前については今、重要なことじゃない。どうやって脱出するかと、魔道書をあの二人の手に渡さないことが優先だ。
「てか、よく海水流れてこなかったよな」
洞窟が崩壊したのだから、上にある海から水が流れ込んできてもおかしくないのだ。
「海面からは離れてたとしか言えねぇだろ。もしくは瓦礫がうまい具合に俺の開けた穴を埋めて、水の通る隙間を塞いじまった……とかな」
「そんな偶然起こらないだろ」
いくら俺が幸運だからって限度ってものがある。でも助かったことには変わりない。
ふと過るのは、仲間の安否だ。
「レインとカースは無事逃げられたかな……」
「あー、それは問題ねぇよ。むしろヤバイのは俺らの方だな」
どうやらフレアはカースが使った魔法のことを知っているらしい。
「気付かなかったか? ……って、ハヤテとレインは遭遇してねぇもんな」
「遭遇?」
「あれは影の中を移動する魔法で、ツクヨミが同じもん使ってたかんな。今頃は太陽の下だろうよ」
ツクヨミ……トールの仲間と同じ魔法だったのか。
「まっ、おかげで魔道書ってのがどんなもんなのかはある程度わかったけどよぉ」
悪童のような笑みは間違いなく何か企んでいるなと予想がつく。
「もしかしたら、レインは強欲の魔道書を使えるかもしれねぇぞ」
「レインが?」
「レインの『創造』の魔法はカースの『呪術』と同じく禁術だ」
「つまり魔道書を使えるのはその属性の禁術を持つ人ってことか?」
「恐らくだけどよ。ああ見えて剣術と魔法両方の才あっからなぁ」
隊長のレインに魔術師の素養があるということで鼻が高いようだ。
「今頃はソナーレのとこに伝書鳩でも飛ばしてんじゃねぇか?」
「伝書鳩なんていたか?」
普通は『創造』の魔法が禁術レベルとは思えない。ってことはもしかして――
「レインは生物まで『創造』できっから魔法を禁術扱いされてんだ。まっ、普段は氷で無機物を造る程度しか発動しないようにしてっけどよぉ」
要するに、あの氷の鎧や剣だけではなく、レインはあらゆる物を造り出せるほどに魔力が高く、魔法の力も強いってことか。
魔法を交えた戦闘ならほぼ敵無しだろうに、レインはどうして戦わないんだろうか?
「あれは、だな……」
言いにくい事柄なのだろう。気まずそうに頭をボリボリと掻きながら、フレアはわざとらしく俺から目を逸らす。
「レインが戦わないのは多分、俺とあいつの兄貴……騎士団長のせいだ……」
「それなのに今は、わざと煽ってまでレインを戦わせようとしてんのか?」
最初は戦線にレインを出さないためだったんだろうと予想できる……が、
「矛盾してるってんだろ?」
「ああ」
「答えてもいいんだが――」
ジャリッと地面を踏み締める音と共に、フレアは短槍ではなく、いつもの長剣を引き抜いていた。
この場所が開けていることもあるが、噂に尾ひれが付いていただけで、鱗はそれほど防御力が高くなかった。
複数体が相手の場合はやはり慣れた得物が一番ということだろう。
「マーマンの生き残りがいるっつぅことは、魔道書もありそうじゃねぇか」
フレアは俺の肩を叩き、庇うように前へ出る。
「俺も戦――」
「てめぇを戦わせると足手まといなんだよ、殺せないヤツは下がって縮こまってろ」
押し付けられたカンテラを持ち上げると、辺りがぼんやりと照らされた。まるでスクリーンにフィルターをかけたかのようだ。
「お前……っ!」
目に映る光景に思わず息を飲む。
「もう魔法が使えないのか!?」
フレアは額に大量の汗を浮かべ、僅かに呼吸が荒くなっていた。飛沫を散らし、剣を両手で構える。
「んなわけねぇだろ!」
否定する姿が痛々しく感じるほど弱っていると一目でわかる。恐らくは魔力切れ……俺が突っ走ったせいで、フレアに魔法を使わせてしまったからだろう。
対して、行く手を阻むマーマンの群れは数知れず、軍隊のように統率が取れているのか、あっという間に取り囲まれてしまった。
背後は岩壁、逃げ場など存在しない。
「メイジー、俺はどうしたらいいんだ」
緊張のあまり乾いた唇をペロリと舐める。
カンテラの炎が揺らぎ、フレアの影を色濃くしたように見えた。
「ったく、過去に縋らなくとも、炎はそう簡単に消えねぇんだよ!」
火事場の馬鹿力と言わんばかりに、フレアの全身が烈火を纏った。轟々と唸り、螺旋を描きながら剣へと集束していく。
「これで、テメェらの存在そのものを破壊してやるよっ!」
剣を振るうと同時に、烈火が蛇のようにマーマンを食い尽し始めた。バキバキと鱗が炎で噛み砕かれ、肉を細胞から破壊する。
「これが、俺のほのお…………だっ……」
言うと同時にフレアは頭から倒れ込んでしまった。
まだ炎はマーマンの破壊活動を進めているが、逃れたものもいる。俺はフレアを壁際に持たれかけさせると、腰の短剣を握った。
「未来は自分で掴むもの……」
親友であり、家族でもある人物から贈られた言葉を思い出し、恐怖を闘志に塗り替える。
「メイジー、俺に勇気をくれ」
暖かな火の粉が、俺を応援するかのように揺らめいた。
☆☆☆
濃度の高い潮の薫りが嗅覚を支配している。
重たい身体はまるで地面に貼り付けられてしまっているかのようだ。
視界に広がるのは、何処までも続くであろう闇。意識を集中させるとパチリと閃光が瞬くが、静電気のごとき刹那の輝きだ。
そうか、私の魔力が暴走したのか。
感情のままに迸った電光が洞窟を破壊し、生き埋めになったのだろう。
しかし、不思議なことに生きている。この空間は酸素濃度が薄いが、身体は潰れていないのだ。
再度電光を走らせ、周囲へと目を凝らす。すると、植物の網が岩壁が崩れないように支えていた。
「師匠、か……」
恐らく私の心奥を引きずり出した、師匠の最初で最後の救済ということだろう。
いずれは明かされるべき真実。遅いか早いかなどという、下らない理由で責めるつもりなどない。
私にとって重要なのは、あの子に拒絶され、居場所も信用も、完全に失ってしまったことだ。
……それでもまだ、息絶えていない。
即ち神はまだ私に生きろと言う。この地獄のような状況下を、自己を否定してでも生き抜けと。
「何故……」
私は殺されるべき人間だ。
あの子の大切な人を殺め、アレを逃がしたことで犠牲者を増やしてしまった。失われるべきでない命ですら、危険に晒してしまったのだ。
男児として生まれなかった時点で、我が雷撃は劣化品。父上から雷神の名を継いだところで、所詮は紛い物だ。
女児は跡取りとして不十分。血生臭い汚れ仕事がお似合いだと嘲られ、ついには跡取りである息子を探すという名目の下、島流しの処分を受けた。
威厳を保つためには、真実の隠蔽をする必要があったのだろう。
女人禁制の世界で、性別が露見してしまったのだから仕方ないのかもしれない。
だが、私はそのおかげであの子に再会することが出来た。
本当ならば全てを話したいが、今の私ではあの子の傍にいることすら叶わない。
「こは、く…………」
虚ろなる時の中、あの子ともう一度巡り会える事を願い、私は目を閉じた。
視界の端で、火の粉が舞っているような気がした。




