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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
2章 雷の探し人
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『雷の偽悪3』

 隠し扉の向こう側にいたのは、老人と女性だった。

 老人はつばの広い帽子を被り、黒いローブの上から青いマントを羽織っている。ローブがフレアのものよりも厚手であることから、本物の魔道師なんだろう。

 ……誰もが魔法を使える世界でわざわざ魔道師として生きるってことは、カースのように様々な魔法を使えるか、魔法がよほど強力なのか、もしくは応用力があるってことだ。


 それに比べ、女性の服装は明らかに戦闘向けではない。

 白いロングドレスに色とりどりの草花が飾られており、頭には赤い花が髪飾りとして付いている。髪の毛が蔓のように長く、うねっている。年齢は20代後半くらいだろうか。

 ふわぁっと大きく欠伸をすると、眠気を覚ますためか身体をほぐした。どうやらマイペースな性格なようだ。まったりとした空気を纏っている。

 ――だが油断は禁物だ。

 服装的に、このマーマンの死骸で花を培ったのは、この非力そうな女性の方だろう。気になる発言をしたのも彼女だ。


「師匠、何故……?」


 弟子という言葉に師匠と返したのは、無表情なままのトールだった。


「弟子の成長を見に?」

「違います」


 惚けた様子の女性の発言を、老人が即行で否定する。


「ハールバルズ、なんだったっけ?」

「我々の目的は魔道書の回収だと何度も申しているでしょう」

「そっか。魔道書ね」


 ハールバルズと呼ばれた老人は、やれやれと肩を竦めた。


「自己紹介が遅れましたね。私はハールバルズと申し上げます」

「私はフィヨルギュン、フィヨンでいい」

「我々はこのピスケスにて魔道書の魔力を察知し、回収に参ったのです」


 目的が魔道書だと知り、即座にカースが身構えるが……


「勘違いしないでいただきたいのですが、我々の求める魔道書は傲慢ではなく強欲です」


 強欲ということは、水と氷の魔術を使える魔道書だろうな。

 ピスケスのどこかに隠されていて、カースはそれを探しに来たんだろうか?


「テメェら、なんで魔道書を探してやがる」


 警戒心を強め、牽制するようにフレアは短槍の穂先を二人に向ける。

 老人は髭を撫でながらあっさりと答えた。


「氷の封印魔法を解くためです」

「……っ!?」


 動揺を見せたのはフレアとレインの二人だ。額に脂汗が浮かんでいる。


「どうやらお二方は、魔法に心当たりがあるようですね」

「知ってても教えねぇよ!」


 フレアが拒否すると、ハールバルズは手を前に突き出した。


「では――」


 突如として空中に穴が開いた。

 ずるりと何かの先端が出てきたところで、ハールバルズがそれを引き抜く。すると、途端に穴は塞がってしまった。


「力ずくで教えていただきましょうか?」

「できるもんならやってみやがれ!!」

「…………参られよ」


 ハールバルズが手にしたものは長槍だった。ただしただの槍ではなく、表面には幾つもの文字が刻まれ、穂先には先程カースが描いた魔法陣と同じものがあった。


「そのルーン、あなたも魔術師みたいね」

「ええ。常闇の魔女様の噂はかねがね伺っております」

「私のことを知っていながら手を引かないとは、身のほど知らずね」

「いえ、身のほど知らずは強欲の魔道書を手に入れようとしている貴女の方ですよ。常闇の魔女」

「言うじゃないの」


 カースが魔道書を持っているのとは逆の手で杖を取り出した。

 魔道書から放たれた光により、退屈そうにうたた寝をしていたフィヨンが目を覚ました。


「トールも、邪魔をするの?」


 眠気を帯びたトロンと蕩けるような声に、トールは火花を散らせて答える。


「仲間、守る」


 トールは背中の留め金から戦鎚を外す。


「そう……」


 フィヨンは残念そうに俯くと、パラパラと何かの種を撒いた。


「見せて、どれだけ成長したか」


 指を弾く音と共に、蔦が地面を突き破るように生える。

 トールが戦鎚で殴るが、蔦をそらすことしか出来ない。


「っ……!」


 軌道は再びトールに向かうが、接近を『拒絶』したのだろう。

 雷が放たれるも、どうやらこの蔦は電気を通しにくいらしい。


「弱点がわからないと思う?」


 弟子であるトールのことはお見通しとでも言うように、フィヨンの攻撃は放電を容易く突き抜ける。


「風の加護よ!」


 疾風のように素早く加速し、トールへと届く前に短剣で切り刻む。


「風の加護……風神の魔法ですか!」


 ハールバルズの口から出た名前は予想だにしないものだった。

 風神……風の属性を操る魔法使いの頂点に立つ者。都市伝説として知られるエレメントの一人という噂もある。


「風なんて、効かない」


 フィヨンが指を弾くと、短剣だけでは捌けないほど大量の蔦が襲い来る。恐らく俺とトールを雁字搦(がんじがら)めにするつもりだろう。


「こ、氷よ……!」


 魔法を使うことか、はたまた戦闘に怯えているのか、震える声のままレインが叫んだ。

 氷の矢が蔦の一部を凍らせるが、侵攻を完全に止めることは出来ない。


「させねぇよ! 所詮は植物だろうがっ!!」


 フレアが短槍の先に炎を点し、地面に咲き乱れる花々へと突き刺す。

 炎が地を這うと同時に、花は跡形もなく破壊される。進行速度は決して速くはないが、着実に焦土は広がっていく。

 耐雷の代わりに火にはめっぽう弱かったのだろう。一瞬にして蔦が燃え尽きる。


「フィヨン! この炎は危険です!」


 追い掛けてくる炎を避けようとするハールバルズとフィヨンだが、どうやら身体が硬直しているようだ。


「魔術は手続きが必要だけれど、魔法は即座に発動できるのよ?」


 カースは動けぬ二人を鼻で笑い、指揮をするように杖を楽しげに振っていた。


「そして私の呪術は罪の分だけ効果が増大するわ」

「まさか金縛りを使えるとは……やれやれ、小娘と思って侮ってはいけないものですね……」


 身動きを取れないはずなのに、余裕を見せるハールバルズ。

 ……何だ?何か見落としている気がする。

 そもそも、あの槍はどこから出した?

 突然空間に穴が開いて、中から槍を取り出した。まるで、どこかと空間を繋いだかのような――


「レインっ!!」


 気付いた時には、ハールバルズは空間を歪め、レインの背後へと回っていた。


「きゃっ!」


 槍の穂先をレインの首筋に添える。


「さあ、あの封印のこと、そして魔道書の場所を教えていただきましょうか」


 レインに気を取られていたからだろう。

 呪縛から解放されたフィヨンが大樹を出現させた。すると、炎は役目を終えたかのように消沈した。


「けやきは炎を退ける。知らなかった?」


 涼しい顔のままフィヨンはトールに近寄る。ドレスを飾る草花に隠されていたベルトから、小さな鎚を外した。


「フィヨン、今は情報を聞き出すことが先決です」

「知らない、私はこの子の成長にしか興味がないもの」


 小さな鎚は自由に大きさを変えられるものだったらしい。

 フィヨンが持つ鎚は手の平ほどの大きさから、両手で抱えられる程に変わった。柄は短く、同じ武器だというのにトールとは対照的だ。


「本気で戦って」

「…………」


 トールは横目でレインを見るが、フィヨンはそれが気に食わなかったようだ。

 ドスンという鈍い音と共に、トールとフィヨンの間にクレーターが出来ていた。

 視線が、フィヨンに集まる。


「昔、言ってた。国を出たら、弟を探すって」

「……」


 沈黙は肯定だと判断したのか、そのまま話を続ける。


「コハク君、だっけ……?」

「無関係」

「確かに、私は無関係。でも――」


 鎚を肩に担ぎ直し、フィヨンはトールを挑発するかのように不敵に笑う。


「大事なお姉さんを殺された、可哀想な弟君は?」

「師匠……っ!?」


 トールはフィヨンの口を塞ごうとするも、レインが人質にとられており、自由に動けないようだ。

 心の中で警鐘が鳴り響く。

 薄々は悟っていたが、そっと目を逸らしていた。見ない振りをすれば、仲間だと思い続けられると信じていた。

 けれど現実の前では呆気なく崩れてしまうのが幻想というものだ。


「義理の姉を、実の姉に殺され、貴方はどう思う?」


 フィヨンの視線の先に、みんなが釘付けとなる。

 そう――


「ねえ、コハク君?」


 トールの弟である、俺へ向けて告げたのだ。


「本当に……リーフェルを殺したのは、トールなのか……?」

「ああ。私、だ」


 突き付けられた残酷な真実は、俺の胸を鋭利な刃物で抉ったかのようだった。

 トールは素直に自分の罪を認める。


「すまない……許せず…………」


 謝ったところで許されるわけじゃない。けれど、彼女には謝ることしかできない。


「本当に、すまない…………コハク……」


 懺悔を受け入れられるほど、俺の器は大きくない。


「俺の姉はたった一人、リーフェルだけだ」


 切り捨てるような冷たい言葉。でも先に俺のことを切り捨てたのは両親と実姉の方だ。


「俺の名前はハヤテ・フロックス。コハクじゃない……」


 完全なる拒絶。それが弟を気にかけて海を渡ってきた実姉、トールへの態度として相応しくないのは理解しているつもりだ。

 けれど、心の奥底でグルグルと渦巻く闇が消え去ることは無い。

 自分の大切な『家族』を、血の繋がった『家族』が殺した。その事実を隠したまま、俺の『家族』になろうとしていたのだ。

 複雑な思いが募りに募った結果、感情のダムが決壊寸前だ。


「これでトールは仲間じゃなくなる。人質なんて関係無く戦えるよね?」

「う…………ぅああああああああぁぁっ!!」


 俺に拒絶されたという現実を『拒絶』するように、叫び声と同時にトールの全身から放たれた雷撃が、縦横無尽に洞窟内を駆け巡る。


「これは……!」


 あまりの破壊力に洞窟の壁面や天井が崩れ始める。


「フィヨン! 撤退します!」

「置いていけ、弟子と戦う」

「わがまま言わないでください。私は貴女がいない生活などごめんです」


 ハールバルズはレインを解放し、フィヨンの身体を抱き寄せる。


「望む場所、遥か遠くとも、我が翼となりて導かん……」


 諦めの悪いフィヨンを連れ、魔法を使用し問答無用で外へと脱出したようだ。槍の紋様が一瞬輝いていた。


「レイン!」


 崩壊する中で、俺はレインの安否を気にするが、問題は無さそうだ。


「影の章に記されし潜伏の節よ、我の力となれ」


 カースが魔道書を携え、レインの傍らに立っていたのだ。


「風に従順なるは柳の葉……闇に潜み、影に隠れて生きる者……」


 瓦礫が降っている中をヒラリとかわしながら、フレアが俺の元へ来た。


「カースはレインを頼む!」

「ええ!」


 どうやらカースの魔術はレインと自身のみを対象としているようだ。


「自由と言う名の春を避け、影に溶け込み忍びて潜む……ヤンリィゥ!」


 どうやら影の中に潜む魔法らしい。溶け込むように消え去ってしまった。


「ハヤテ! 俺らもずらかっぞ!」


 岩石は幸運にも俺らを避けるかのように周囲に落ちている。


「魔道書は……」

「俺らの目的は魔物の大量発生の原因調査、魔道書の魔力暴走が原因なのは明らかじゃねぇか!」

「でもあの二人には渡せない!」

「一人で行くんじゃねぇよ!」


 洞窟の奥へと突っ走るのは、ただの逃避だ。魔道書なんて口実にすぎない。

 レインやカースに、こんなにどす黒く醜い心を疼かせる姿なんて見せたくなかった。目も当てられない姿だろう。


「フレアもあいつらと一緒に逃げろよ!」

「放っておけるわけねぇだろうがっ!」


 意地でも離れようとしないフレアが鬱陶しく感じながらも、同時に一人ではないという安心感が湧いていた。

 しかし、希望は潰える。


「行止まり……」

「このままじゃ外に出られねぇし、魔道書も……」


 フレアはポリポリと頬を掻くと、何故か俺を後ろに向かせた。


「今から魔法使うから、こっち向くんじゃねぇぞ?」


 次の瞬間、洞窟内を轟音が響き渡った。

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