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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
2章 雷の探し人
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『雷の偽悪2』

 ピスケスに入ってどれくらい経ったのだろうか?

 迷路のように入り組んだ道を同じように何度も巡っているような気がする。

 とはいえ何か目印になるものがあるわけじゃないから確信には至らないけど。

 あまりにも思慮の足りない行き当たりばったりな行動に限界が来たのだろう。


「堂々巡りって言葉は知ってるかしら?」


 沈黙を破ったのは常闇の魔女ことカース・ルナ・トリートだった。

 何故か俺らの後をついてきている。


「堂々巡りとはなんですか?」


 確かに聞き慣れない言葉だった。


「願い、成就……何度、も……参拝……」


 願いを叶えてもらうため、神様の元に何度も赴くこと。それ自体に儀式的な意味合いがあるんだろうか。


「そう、それが語源よ。大和ノ国は多神教らしいけれど、共通文化はきちんと存在するのね」

「へぇ……」


 思わず口から感嘆の言葉が溢れる。感心したのは俺だけではない。


「ドロップリア王国では宗教が禁じられているため、文化としても言葉としても親しみが無いんですね」

「ハヤテが知らねぇのはナチュレ国の思想が、神は自然そのものだからっつーわけだな」


 言われてみれば、天候の変化は大空の気まぐれであり、大地は人を育てる母のような存在だと教えられた。

 すなわちそれは、自然こそが人々を導き、時に祝福や罰を与える神だと考えられる。


「堂々巡りとは要するに、同じことを繰り返すだけでは前進しないということよ」

「それって……」


 カースはマントの裏側に隠していた小袋を手に取る。

 革で作られているそれは下の方に切り込みが入っており、中身が出て萎んでいる。


「こんなこともあろうと、砂鉄を撒いておいたのよ」

「何故、砂鉄……?」

「それは私が錬金術も嗜むからよ」


 自信満々なところを見るに、高慢だという噂は本当のようだ。

 足下を見れば、地面にはカンテラの光を反してキラキラと輝く箇所が幾重にもあった。


「つーかよぉ……」


 フレアは眉間にシワを寄せ、こめかみを引きつらせる。


「なんでテメェ、当たり前のようについてきてんだぁ?」


 今更感溢れる言葉に、カースは目をぱちくりとさせる。

 何故か胸元のボタンを一つ開け、フレアを誘惑するかのように身体を寄せた。

 片手は胸元に忍ばせている。


「あらぁ? 私が一緒だと困るのかしら?」


 甘ったるい猫なで声に、背筋が凍り付いたのだろう。フレアは固まったまま動かない。

 ……いや、何か様子がおかしかった。

 身体は力んでいるものの、動かすことができないと言う方が正しいかもしれない。

 まるでロープで全身をグルグル巻きにされ、動くために抗おうとしているようだ。

 女性特有の武器を押し付けられるが、フレアが拒むことは叶わない。

 視線は強制的に密着した場所へ釘付けとなっている。


「ハレンチです! 女性としての自覚は無いんですか!?」

「自覚があるからこその色仕掛けでしょう?」


 手で真っ赤な顔を覆いながらレインが批判すると、カースは意味深に微笑みながらフレアから離れる。


「呪いとはすなわち罰……罪にまみれた者が相手であるほど、強固に働く闇の魔法……それが『呪術』よ」


 谷間から取り出されたのは、マリーゴールドの花で彩られた指揮棒(タクト)のような細長い杖だ。

 杖が振られると、ようやくフレアは魔法から解放された。


「当然ながら私の魔法は魔物や魔獣にも通用するわ」

「同行するためにわざわざ自己アピールっつーわけかぁ?」


 魔法をかけられたからか、フレアは不機嫌に問う。


「ええ、そうよ」


 レインへと杖が向けられた。


「リーダーさん、このパーティーに欠けてるのは治癒師でしょう? 錬金術はポーションやエリクサーなどの回復薬も造り出せる技術なのよ」

「……確かに治癒は誰も出来ないですけど」


 レインは俺らの顔を準に見回した。


「後方支援、と……回復役、有益……」

「気に入らねぇけど、実力は本物だからな」


 俺はまだ答えに迷っていた。

 カースは悪名高い『常闇の魔女』だ。噂通りであるならば、俺の家族……に災いが降りかかることになる。

 なるべく危険は避けたいが、後衛として申し分無い戦力であることは確かだ。


「ハヤテはどう思いますか?」


 困ったような表情で上目遣いをするのは反則だと思う。


「……どうして同行したがるんだ? 一人でも大丈夫そうだけど」

「魔力や薬品には限りがあるもの。私、石橋はなるべく叩いて渡りたいのよ」


 用心に用心を重ねる。それは弱者が生き抜くための知恵だ。


「それに、初めてだったの……」


 しんみりとした口調は先程までの傲慢なものとまるで雰囲気が違う。


「私が常闇の魔女だと知っても、普通に接してくれる人は」


 その一言で自分がいかに浅ましいか思い知らされた。


「触らぬ神に祟りなし。存在を無いものとして否定されるくらいなら、いっそ腫れ物のように扱われた方がマシだわ」

「居るが、いない……空気、か……」


 カースがトールへと嫌悪の目を向ける。


「随分とストレートに言うのね」

「現状、受入。最重要」

「わかったような口振りね」


 どうやらカースの鼻に付いたらしい。どすの利いた声が低く響く。


「否」


 トールの感情は揺らぐことはなく、淡々とした調子だ。


「共感、だ……」


 まるで、一斉に羽ばたいた仲間からはぐれ、一羽で囀ずる小鳥のような孤独さを感じた。


「そう、同族なのね……だから私と同じ匂いがするのかしら」


 さっきも口にしていたが、匂いというのはなんの事だろう?


「同行、求む」


 トールにまで律儀に頭を下げられてしまえば、断ることは不可能だ。


「俺らに聞かなくとも、最初から答えは決まってるだろ?リーダー」

「すみません」


 レインは俺に謝るとカースへ向き直った。


「常闇の魔女、カース・ルナ・トリートリック……」


 胸に手を当て、片足を後ろに引き、カースの前で跪く。


「私の小隊、ブルースターに入隊していただけませんか?」

「同行じゃなく、入隊っ!?」

「元々ブルースターは居場所が無い人のために結成されたんですよ、当然でしょう?」


 俺の反論を抑え、レインは姫を迎えに来た王子様のように手を差し出す。


「お願いします」


 お伽噺のようなシチュエーションにカースは照れ臭くて火照ってしまったようだ。パタパタと手で扇いでいる。


「いいわよ」


 そっぽを向きながら手を重ね、レインは優しい眼差しを向ける。


「……私には、他に居場所がないんだも――きゃあっ?!」


 止める暇など無かった。柄にもなくトールがカースの背中に抱き着いたのだ。


「隊長……感謝、する……!」


 仲睦まじいはずなのに、俺の胸はチリチリと炎で焦がれるように痛んだ。

 途端にフレアが俺の肩に腕を回してくる。


「いいじゃねぇか!」

「何が」

「だってお前の家族が増えるってことなんだからよぉ!」

「家族って何の話かしら?」

「さっきレインが、ブルースターは居場所がねぇやつのために結成されたっつったろ? 要するに家。つまり家族になるっつーことだ!」


 居場所がない人間が集まり、家族となる。

 フレアはそんな関係を望んでいるのだ。


「……俺の家族はリーフェルとメイジー、それにリラだけだ」


 頑なに家族であることを拒む俺の頭を、フレアがくしゃくしゃと撫でた。


「その割にはカースに嫉妬してたみたいだけどなあ?」


 こいつには常に心を覗かれているみたいだ。不本意だが、それだけ俺という人間を理解しているんだろう。


「お前自身が認めてねぇだけだ。深層心理では、俺らブルースターを家族だと認めちまってんだからよっ!」


 フレアを突き放し、素直になれない自分に嫌気が差す。

 ――本当は、もうお前らのことを家族だと思ってる。

 でも……リーフェルやメイジーと同じ絆を、会って数日の人間と結んで許されるんだろうか……。

 吐き出すことのできない想いをぶつけるように、足元に転がる小石を蹴飛ばした。


 ――カツン!


「ん?」


 小石は5センチくらいで、さほど大きくはない……のだが、壁にぶつかった瞬間、僅かに風が吹き込んできた。

 壁際にしゃがみ込み、短剣の柄で数回叩く。

 音が壁の向こうまで響いていた。間違いない。


「ハヤテ、さっきから何やってんだぁ?」


 短剣を仕舞い、あるものを手探りしている状態だ。


「ここ、隠し扉がある」

「本当ですかっ!?」

「でもスイッチらしきものが見当たんないんだよな……」


 後ろに控えていたカースが胸に手を当て、パチンと片目を瞑る。


「それなら私に任せてちょうだい」


 カースは裾の長いマントを翻し、腰元のバンドを外す。

 二つのバンドにより固定されていたのは、分厚い古書のようだった。古いとはいえ黒地に金の装丁は華やかで上品だ。


「常闇の魔女……貴方の異名の由来は、まさか魔法ではなく、それなのですか?」


 レインの質問に対して首を横に振る。


「ええ。『呪術』を操り、魔道書を読み解く力を持つことから、永久に闇を産み落とす災厄の魔女として名付けられたの……」

「異名、悪鬼羅刹……人喰い鬼。同じ穴の狢、だ……」


 カースとトールは互いに共感を示すことで、すでに信頼関係を築けているようだ。


「……とはいえ、魔道書を扱える魔道師はほんの一握り。嫉妬するのも当然ってものよね」


 無理矢理にでも明るく振る舞うカースの姿は痛々しい。


「さて、それではこの天才魔術師が、隠し扉を開けて見せましょう」


 すっと落ちていた小石で地面に魔法陣を描き始めた。

 魔道書とは魔法とは異なり、誰でも使うことができるように様々な魔術が記されている。

 発動の効力や魔力消耗や応用力の高さから、魔術は魔法の上位互換と言える。

 ただし誰にでも使えると言われているが、古代文字を読み解くことができる聡明さは必須なはずだ。

 描かれた魔法陣は二重の円に五芒星が描かれた簡易なものだった。


「魔術で重要なのは精密な魔法陣と、適切な呪文よ」


 現在のままでは魔法陣は決して精密とは言えない出来だ。カースは隠し扉の前に立ち、魔道書を開いた。


「傲慢の魔道書よ、我の言葉に応え、我が願いのままに物語を綴れ」


 傲慢ってことは、七つの大罪の一つか?

 ……つまり、使える魔法は闇と影の属性なんだろうか。

 パラパラと、無風の中でページが捲れていく。対応するページでピタリと止まると、目映く輝きを放ち始めた。


「影の章に記されし看破の節よ……」


 文字が魔道書から浮き出し、宙を舞う。

 見覚えがない形は文字というよりも記号と呼んだ方がしっくりとくる。


「我の前に立ちはだかりしは、秘密を隠した影なる扉……」


 文字はくるりくるりと旋回し、パズルのように円と円の合間に嵌め込まれていく。


「未知の扉開きし者、待ち受けしは金銀財宝山の如し……少年は告げる、魔法の呪文を……」


 魔法陣が光の粉を撒き、隠し扉を照らし出す。


「イフタフ・ヤー・シムシム!」


 カースの魔術で開かれた隠し扉。

 ……けれど、その向こう側に待っていたのは、呪文として紡がれた物語とは程遠い結末だ。


「なん、だよ……これ……」


 天井が高く、開けた空間。その中はジメジメとした湿気が漂い、何故か濃い緑の臭いがした。

 不自然に生えた花畑の上には大量のマーマンの死骸が積まれていた。

 それはまるで、マーマンを養分として咲き誇ったかのように……


「久しぶり、私の弟子――」

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