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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
2章 雷の探し人
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『雷の疑惑3』

 宿屋の食堂に集まった俺らを待っていたのは、出来立てホヤホヤな温かい料理だった。テーブルに隙間なく並べられている。


「食事しながら会議なんて、お行儀が悪くありませんか?」

「堅いこと言ってんじゃねぇよ!」


 ムスッとした表情のレインの肩に、フレアの腕が回された。

 グイグイと口元に黒パンを押し付けられ、レインが鬱陶しそうに顔を背ける。


「空腹、耐え難し」


 トールが腹を撫でていると、返事をするかのごとくぐぅ~と腹の虫が鳴いた。


「……わかりました。冷めても困りますし、食事にしましょう」


 一同の顔が一気に明るみ、誰かがヨダレを啜る音が聞こえた。というか誰かなんて考えなくとも、この中でそんなことをするのはフレアしかいないな。


「「いただきまーす!」」


 言うが早いか、俺とフレアはすぐに黒パンへとかじりついた。

 精製度の低い麦がふんだんに使用され、皮や胚芽により黒くなったパンは、通常のパンよりも麦の香ばしさが際立っている。

 シンプルな調理法ゆえに素材そのものの味わいが活かされており、さらにふんわりとした優しい食感は溶けて消えてしまいそうなほどだ。


「うめぇなっ!」

「うん、うまい!」


 俺らが食事を始める横で、トールは相変わらず料理へ向けて手を合わせていた。


「いただきます」


 その向い側では、フォルが両手を組んで祈りを捧げている。


「星の恵みにより本日も食事を行えることを感謝します。様々な命が我らの心身の糧となりますように……また、願わくば星の祝福が全ての民にあらんことを……」


 祈祷の言葉を呪文のように唱え終えると、胸の前で手を縦横に動かす。この動作をリラは十字を切るって言ってたっけ。


「その動き、なんですか?」


 レインは自分には無い文化に興味津々なようだ。

 俺の場合はリラがやってたから知ってるけど。


「星の祈りだよ。ホロウリィの民は星神様にこうして祈りを捧げ、明日も良い日になりますようにって願うんだ」

「ドロップリアとはかなり異なるのですね」

「うん」


 フォルはスプーンで掬ったシチューをフーフーと息を吹き掛けて冷ましていた。

 ……というわけで、俺もシチューにありつくとしよう。

 ホワイトシチューは野菜と肉がゴロゴロと入っており、一口だけでも素材の旨味とミルクのコクが広がる。まろやかでいてしつこくないため、いくらでも食べられそうだ。

 黒パンをシチューに浸して食べると、一味違った楽しみがある。


「……本題、ピスケス」


 いつも通りの淡々とした言葉だが、不思議と呆れたようなニュアンスに聞こえた。

 どうやらトールの独特な話し方に慣れてきたようだ。


「そうだったね」

「あっ……!」


 頬に手を添えながら幸せそうにシチューを食べていたレインが、慌ててハンカチで口元を拭いた。


「お、お願いします……」


 顔を朱に染めながら伏せてしまった。話を聞く態度ではない。


「レイン、俯くなよ」

「あぅ」


 俺に注意されてレインは少ししょげているようだ。


「いいよ、ハヤテお兄ちゃん」


 フォルはワイシャツのポケットから取り出した手帳を開く。


「ピスケスはホロウリィに存在する十二のダンジョン、ゾディアックの一つだよ」

「海底洞窟ってやつなんだろ?」

「そう。海の下に掘られた洞窟なんだ」


 辺り一面を多い尽くすほどの水は、是非ともこの目で確かめたい。そんでもってあわよくば泳いでみたい。

 湖と違って底が見えないらしいし、潜水もしたいな。

 想像を膨らませていると、フレアがわざとらしく咳払いした。


「んで? 魔物ってぇのはどんなヤツなんだ?」

「マーマンだよ。魚が知能を持ち、足が生えた感じかな?」

「魚に足が?」


 いくら類稀なる想像力の持ち主である俺でも、その範疇を越えた生物だった。


「大量増殖の原因は魔力が暴走したせいみたいなんだけど」

「犯人が誰かってのはまだわかってねぇと?」

「残念ながら」


 フォルが申し訳なさそうに頭を垂れる。


「ただ、数ヶ月くらい前から常闇の魔女を見たって噂が流れてるんだよね」

「常闇の、魔女……?」

「大和ノ国出身のトールは知らないかもしれませんけど、こちらの大陸では有名なんですよ」

「常闇の魔女ってのは魔法都市スペルフィル出身で、『呪術』の魔法を操り、周囲に災厄を振り撒くと言われてるんだ」


 例えば疫病を流行らせたとか、実験に失敗して研究所を爆発させたとか、スペルフィルの魔法学園を入学早々牛耳ったとか……。

 最初のは偶然タイミングがあっただけで、他二つは遠い田舎町に情報が届くまでに尾ヒレが付いたとしか思えない。

 とはいえ、各属性において特に秀でた魔法を操る魔法使い、エレメントの一人って噂もある。

 エレメントの存在自体も都市伝説並みではあるけど。

 何せ風神、雷神みたいな大層な異名の人もいれば、魔女や歌姫、詩人のようなありきたりな異名を持つ人もいるらしいし。

 会合もあると言われているが、あくまで噂にしか過ぎない。


「呪い…………」


 トールの声からは思い詰めているかのような苦痛が感じられた。


「否、魔法自体が、呪い、だ……」


 魔法そのものの存在が耐えがたい。そんなニュアンスだ。


「そりゃあ俺も同感だなぁ」


 同意したのは魔法を使えないフレアだ。

 ……どことなくこの二人は似通っている気がする。

 共通点らしい共通点は見当たらないのに、なんでだろうか?


「ボクらの国では呪いどころか、星神様からの贈り物、星の恵みって呼んでるよ」

「国によりけりってことか? ナチュレ国じゃ魔法は自然と共存するための術って感じだった」

「ドロップリア王国は基本的に護りの力と捉えていますけど、確かに祝福や呪いと表現する方もいますね」


 文化や環境により思想は大幅に変わるということだろう。


「マーマンのことをもう少し詳しく教えていただけますか?」

「うん、わかった」


 フォルがパラリと手帳をめくる。


「魔物や魔獣で高い知能を持ってるのは実は珍しくないんだ。人語を話せるとなると希少だけど」


 要するに生きるためにすべきこと、例えば狩猟やら排泄、それに繁殖やらは生物として持っている本能だ。

 でも人間はそれだけじゃなく、どうすれば自分が生きやすくなるかを考え、追求する能力を持ってる。これが俗にいう知能が高いってことなんだろうな。


「マーマンとは会話は出来ない。けど、簡単な武器は扱えるみたい」

「武器を作れるのか?」

「違うよ、武器は殺した人間から奪ったものだもん」


 強奪した武器で人を殺し、さらにその人から奪った武器で人殺しをする。

 そうして強くなっていくということか。


「武器は剣や槍みたいな単純なものしか使えないみたいなんだけど、厄介なのは防御力かな」

「防御力?」

「ドラゴン並では無いにしろ、全身を硬い鱗に守られてるんだ。噂だと刃どころか炎や風の魔法も通さないらしいよ」


 それって、俺は戦力外ってことじゃん。

 戦力外通告に愕然としていると、トールが俺の肩を叩いてきた。


「心配、無い……守る、命懸け、で……」


 俺の様子がおかしいと気付いたのはトールだけではなかった。

 フレアが大袈裟にガシガシと髪を掻く。


「――っつーか、お前がいねぇと宝物探せねぇじゃんか!」

「私も、ハヤテがいてくれたほうが心強いです」

「ハヤテお兄ちゃんモテモテだね~」


 机に顔を突っ伏し、誰もいないそっぽを向く。


「うっさい……」


 正直、悪い気はしなかった。むしろ自分が頼りにされることがどうしようもないほどに嬉しくて嬉しくて、

 まともに顔なんて見られない。


「ハヤテお兄ちゃん耳真っ赤だね~」

「それよりっ!!」


 立上がり、机を叩きながら声を張り上げる。


「マーマンの特徴がわかるなら弱点もわかるんだろっ?」


 なだめるかのようにトールが頭を撫でてきたのを、振り払えないまま甘んじて受ける。

 フォルは苦笑しながら頷いた。


「マーマンの弱点は……っと」


 手帳が一ページ先へと進む。


「えっとね、マーマンは水辺の魔物だから雷が有効ではあるんだけど――」

「ならトールの魔法があれば余裕じゃねぇのか?」

「でも海底洞窟は湿度が高いから、一歩間違えると自分達も感電しちゃうかもしれないんだよね」


 サラリと笑顔で言うことじゃないと思う。

 感電ってことは、下手すれば死ぬってことなわけで……


「加減、可能だ……問題、無い……」


 とはいえ、実際に戦って無いけれど、戦力不足は否めない。


「リラ達に手伝ってもらった方が良かったんじゃないか?」


 少なくともリラの魔法があれば剣でも傷を与えられる気がする。

 あくまで気がするだけだけど。


「いえ、少数のほうが都合がいいんです」

「そのほうがいいよ。ピスケスは他のダンジョンと比べても道幅が狭いからね」


 狭いなら確かに大人数の戦闘は難しいかもしれない。


「炎が効かねぇっつうけど、俺の魔法ならちょっとした灯火でも丸焦げに出来んじゃねぇか?」

「そうですね。戦力になるとしたらトールの『拒絶』とフレアの『破壊』になるんでしょうか?」


 確かに二人の魔法なら通用するかもしれないな。


「あとトールお兄ちゃんみたいに打撃戦なら鱗も関係ないんじゃないかな?」

「いや、鋼を通さないなら打撃攻撃も効かないと思うぞ」

「否、粉砕、だ」


 ……鎚ってそんなに破壊力あっただろうか?


「んじゃ、俺も少し武器代えっかなぁー」

「え、お前が使えるのって剣だけじゃないのか!?」

「自分がなんでも武器使えっからって、弟子にまで色んな武器の扱いを強いる厳しい師匠がいんだよ……」


 フレアの顔面蒼白っぷりというか、ネガティブな面はなんだか珍しく感じる。


「師匠、か?」

「とにかく変わってて、綺麗な顔して毒を吐くっつーか、繊細そうに見えて豪快で派手な戦いするっつーか……」

「滅茶苦茶、はた迷惑、か?」

「そのおかげで俺が強くなってんだから文句なんか言えねぇよ」


 剣に手を伸ばし、フレアはしみじみと呟く。


「……まぁ、それでもやっぱ剣が一番手に馴染むんだけどなぁ」


 師匠のことを思い出しているのだろう。フレアの表情はとても穏やかなものだった。


「っつーわけでレイン、朝一で俺の槍届けてくれねぇか騎士団に頼んどいてくんね?」

「了解です。すぐ手配します」


 会話しながらも食事していたため、皆のお皿は空っぽになっていた。

 けれどまだお腹が満たされる気配はない。


「あのー、すみませーん!」

「はーい!」


 都合良くフォルが店員さんを呼んでくれた。店員さんは注文表とペンを手にすぐにテーブルへと来る。


「「おかわりください」」


 フォルとぴったり声が重なった。

 そんな俺らを見ながらフレアはポツリと一言。


「お前ら、二人とも暴食じゃねぇか……」

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