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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
2章 雷の探し人
20/62

『雷の旅路3』

「お主、今なんと申した……?」

「一度しか言わないと言ったはず」


 薄暗い部屋の中、月読の眼光が鋭く刺さる。

 決闘の後、気付けばこんなにも時間が経ってしまっていようとは……

 外は夜の帳が降りており、窓の向こうはまるで別の世界のようなり。

 静寂を破るように、月読は告げおった。


「あの者が、トール様の探していた弟君?」

「主君、風神様の加護を受けているのが証拠だ」


 月読の主君は風神様。あくまで風神様の命によりトール様に付き従っているにすぎん。

 信憑性が無いと否定してしまうことは簡単なり。

 なれども、言葉は喉の奥で引っ掛かったまま出て来ぬ。


「風の加護……」

「貴様も話は聞いたはずだが?」

「……お主も狸寝入りを決め込んでおったか」


 月読も盗み聞きは趣味ではなかろう。

 拙者達はただ、起きるタイミングを失っておった。

 あの吟遊詩人の男は、数分で切れてしまうほどに微弱な魔法を拙者にかけたのだ。


「何故トール様は本人に告げぬのだ?」

「言えないほどの罪を犯したということだ」


 拙者がトール様に仕えるようになったのは一昨年のこと。それ以前――物心ついた頃より仕えし月読は、拙者よりもあの家の歴史に詳しかろう。

 ……なれども、納得は出来ぬ。あの方が罪を犯したとは考え難きことなり。


「一体、過去に何があったのでござろう」


 問いか独り言か曖昧な呟きは、自分でもどちらか判断出来ておらぬ。

 疑問が募るばかりであろうと思考する必要はなかろう。

 結局、回答は月読が持っておるのだ。


「彼奴に仕えるのならば知る義務がある」


 義務という単語は一見すれば重みにしかならぬが、拙者にとってはむしろ義務を背負う程の資格を得られたことが重要なり。

 それは共に罪を背負うということでもあろう。

 拙者は年端も行かぬ剣豪であるあの方の武勇伝に憧れ、その背中を追いかけ続けておったのだから。


「……なれども、例え義務ではなかろうと、拙者はあの方が刀を握らぬ理由を知り、欲を言えばまた侍として歩むことを望んでいたろうて」


 机に乗った蝋燭の火が揺らめき、妖しく月読の顔を照らす。


「ならば心して聞くことだ。彼奴の犯した、取り返しのつかない罪を……」


 一片の曇りも無い真っ直ぐな眼を向ける。


「彼奴の本名は知ってるはずだ」

「当然なり」

「では、何を表すかは知って――いないようだな」


 家名を名字に、魔法や出生に関わる名を両親から受けたまわる。

 あの方の名は名家の出生である故、わざと判別し難い名を付けられておるのだ。学を持たぬ拙者が知る由も無い。


「魔法のせいで、我々は産まれながらにしてある程度の運命を定められている」


 それは決して母国に限らぬ。この世界の理なり。


「我が影に生きる忍であり、貴様が盲目の武士であるようにな」


 まるで産まれた瞬間から、長い人生という物語を歩むため、役柄という名の縛りを受けているかのようなり。

 本来なれば、力の有無は自身で選択すべきことであろうに……


「して、トール様の場合は何だと言うのだ?」

「羅刹だ」


 羅刹とは、人を騙して食する、凶暴な悪鬼のことなり。

 伝記に侍の手で討伐されたとの記述が残っておるほどに著名である。


「現在は言葉や感情を封じ込めることで、あの拒絶の力を制御しているようだが、いつ牙を剥くかわからん」

「明鏡止水、とな?」

「ああ。もしも心を乱せば、あの雷撃が全てを破壊し尽くす……存在自体が爆弾というわけだ」


 爆弾という単語により脳裏に浮かびしは、故郷において腫れ物のように扱われておった姿なり。


「なれど! あの方が制御出来ておるのならば問題はなかろうっ!!」


 親族であろうと両親や兄弟以外からは敬遠され、決して友人を作ることも出来ぬ不自由な暮らしを強いられるとは理不尽なり。

 赤の他人である立場の拙者ですら憤りを抱く。


「確かに幼少期より無口で無感情に暮らしていたが、暴走した出来事があった」


 それはつまり、心を揺さぶられる程の事態が起こったということに他ならぬ。

 買い被り過ぎているやもしれぬが、やはり拙者にはトール様が心の全てを曝け出し、感情を露にする姿など想像することが出来なんだ。


「出会ってしまったんだ。義理の姉と」


 義理の姉とは、この場合弟君を育てたという女性のことだろう。

 成る程、義姉は七つの大罪に触れてしまったのやも知れぬ。


「そうだ」


 拙者の心の内を見透かしたように月読が答えおった。


「彼奴は『動物』を魅了し、そして『奪取』に憤怒する」


 魅了は色欲、これが雷の拒絶だとすれば、トール様は火か幻の属性魔法の力を秘めておるということ。

 そして奪取ということは……


「姉という立場を奪い取られたと知り、平静が崩れてしまった」

「まさか……!」

「ああ。義姉に手を掛けてしまったということだ」


 あまりに衝撃的な真実に、開いた口が塞がらぬ。


「弟を取られた怒りで、実姉が義姉を殺した。それが彼奴の償えぬ罪だ」


 なれども疑問は尽きぬ。


「何故、弟君は大和ノ国を出たのだ?」

「弟に関する昔話を聞く資格は、今の貴様にはまだ無い」


 バッサリと切り捨てられ、不満を抱かぬというのは無理な話かろうて。

 頭の中で情報を整理しておったものの、ふと重大なる単語に気付く。


「はて……?」

「どうした?」

「お主、先程トール様が姉君であると申したか?」


 頭を抱え、トール様とのやり取りを思い起こすも、そんな素振りは一切見られなかった。

 聞き間違えたのではないかと一縷の望みにすがり付くも――


「まさか女人であることに気付かないとはな」

「にょ、女人っ!?」


 拙者の取り乱すさまを前に、月読は愉悦に浸っておった。

 この男は本当に(たち)が悪いのだ。


「む。では我は少々隣室へ行く」


 大混乱の拙者を残し、月読は部屋を後にしてしもうた。

 熱を帯びた頭が機械のように故障しかけ、熱を払うように床を転げ回る。

 ――が、ピタリと動きを止める。


「トール様が女性……では拙者の感じていた胸の高鳴りは……」


 もはや顔から火が出そうである。


「拙者があの方に抱いていたのは恋慕ではあるまいか……っ!?」


 頭を冷やすために床に頭を打ち付ける。


「主に恋心を抱くなど不埒なり!」


 下の階から苦情の代わりにドンと鈍く低い音が鳴る。恐らく天井を棒か何かで突かれたのだろう。

 至近距離からの轟音により、頭痛が襲ってきおった。

 音とは振動。時間が経てば痛みは消えるはずなり。

 痛みを耐えること数分、無事に頭痛は消え去りおった。

 ……そういえば月読は隣室の二人と話がある模様。もしや聞こえるやもしれぬ。

 深呼吸にて心を落ち着け、耳を澄ます。


『……は知ってしまった。だから殺された』

『知ってしまった?』


 誰の話なのか?否、先程拙者へ月読が語りし内容であろう。

 拙者が探りを入れておるのを察したのだろう。途端に月読は声を潜めてしもうた。

 なれども、盗み聞きは無粋かろうて。


「……トール様の目的は弟君と宿敵を探すこと。目的の一つは達成してしもうた」


 問題は宿敵を探すことなり。

 なれどもトール様は名前すら教えて下さらんかった。

 わざわざ神話の神、トールと名乗っておるのだから、スカンディナヴィアの人物であろうことは想像できるが……


「そういえば、十数年前に大和ノ国を襲撃した輩がおったな」


 スカンディナヴィアから外交に来たと申し、鎖国中であるにも関わらず突然港に現れたと聞く。


「名前は、ロキと申していたか」


 曖昧ではあるが、何体かの獣を引き連れし少女であったと記憶しておる。

 もしや宿敵とは彼女の事であろうか?

 どちらにせよ、拙者はもう護衛の任を果し、従者でも無くなってしもうたのだな……。


「許されるのならば、拙者は武士としてのあの方と共に戦いとうござる」



          ☆☆☆



 ポタリと、雫が地面に落ちる音がした。

 灯りの無い闇の中、駆け抜ける冷風に木々がざわめいた。

 カンテラを片手に森の奥地へとやって来たのは二人組のようだった。


「これはこれは、随分と厳重なものですねぇ」


 カンテラを掲げながら、二人は目の前の氷塊を見上げた。

 一方はツバの広い帽子と黒いローブに、青きマントを羽織る老人。もう一方は草花で彩られたドレス姿の女性だった。


「この封印、解けるの?」

「当然ですとも」


 巨大な氷塊の中では一人の少年が眠りについていた。


「ホロウリィの何処かに眠る強欲の魔道書さえ見つけ出せば良いのです」

「強欲の魔道書? なんで?」

「強欲とは氷と水の魔法を宿す者の持つ大罪です。対応した魔道書は魔法を無効化することが出来るのですよ」


 女性はどうでもよさそうに大きくあくびをする。


「貴方は『成育』以外に対し、本当に怠惰ですね」

「成長し、変わっていくさまは見ていて楽しい。不変は退屈」


 老人は長い髭をさすりながら大きく溜め息を吐く。


「ですが、そのわりには弟子は一人しか育てていませんでしたね?」

「弟子は特別。ただの気まぐれ」


 女性はドレスの腰元に付いた小袋から取り出したものを周囲にバラ蒔いた。


「このような所で魔法を使わないでいただけませんか?」

「殺風景、でしょ?」


 女性がパチンと指を鳴らすと、ぴょこんと種から芽が出た。みるみるうちに成長し、花を咲かせていく。

 たった数秒で氷塊の周囲を花畑にしてしまった。


「この花は?」

「アスター」

「赤、ピンク、青、白……様々な色があるのですね」


 老人は女性の髪に飾られた花が同じものだと気付く。


「その花は赤のアスターの花だったのですね」

「そう。変化を好むという花言葉」


 照れ臭そうな様子で女性は髪飾りに触れる。


「居なくなっても、これで寂しくない」

「……ええ。そうですね」


 脱いだ帽子を胸に当て、老人は氷塊の前に跪いた。


「必ずや貴方様の封印を解きに帰って参ります」

「いってきます」


 氷塊に背を向け、二人は出口へと歩き始めた。


「向かうはゾディアックと呼ばれるダンジョンです」

「全部回るの?」

「いえ、異常な魔力が漂うダンジョンが一つだけあるのです」

「ふーん。誰かの魔法?」

「ええ。恐らくは何かしらの呪いによる影響でしょうね」


 呪いを信じていないのか、女性はまたも無関心を決め込む。


「それでは向かいましょうか……」


 森が開け、光が差し込む。

 まるでスポットライトの如きそこに立つと、老人は見えぬ誰かへお辞儀した。


「ゾディアックの一つ、ピスケスへ」

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