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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
2章 雷の探し人
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『雷の旅路2』

「なんと! これは使えぬのか?」


 ようやく人里に着いた拙者達だが、思わぬ事態に直面しておった。

 辿り着いたのは木製の小屋が幾つも集いし集落である。周辺はナチュレ国の特色である植物が広がっておる。

 さっそく何か食事をと思い、広場の物売りに話しかけておったのだが……


「お兄ちゃん達知らないの? ここじゃそれはガラクタだよ?」


 がっくりと肩を落として落胆していると、幼気な少年は灰色の癖毛を弄りながら、クスクスと笑っていた。傍らには商品が入ったカゴが置かれておる。


「大和ノ国はずっとこっちの国々と交流してなかったんでしょ? だから、国内で独自の通貨を使ってたんじゃない?」


 ……そう。拙者達は完全に失念しておったのだ。

 自分の国で当たり前のように使っていた硬貨と紙幣は、この大陸において何の意味も持たぬということを。


「しかたないよ、こっちの情報は入ってなかったんだから」

「うむ…………」


 仕方無いと申されても、このような簡単な見落としをしたことに納得出来ぬ。


「あ、そうだ。ボクが買ってあげるよ」

「買う?」

「異国のお金でも、場所によっては需要があるはずだからね」


 いそいそと肩掛けの鞄から取り出された布製の小袋から、銀貨と金貨を掴み渡してくる。


「はい、交換しよう?」

「うむ。よろしく頼もう」

「まいど~」


 拙者は良心的ないい少年だと思っていたのだが、


「何をする!」


 お金を渡そうとする拙者の手を、月読がガッシリと掴みおった。


「このような小童に金銭で対等な取り引きができると思えん」

「お兄さん言いがかりなんめひどいなー」

「身なりもあまり綺麗ではなかろう」


 言われてみれば、確かに少年はくすんだ服を身に付けておった。黒い羽織りのみが小綺麗で、まるでそれのみが新品であるかのように浮いておる。

 少年は腕を組み、金の瞳を閉じて考え込んでしもうた。


「ボクそこまで落ちぶれた身分じゃないんだけど」


 一瞬困ったように顔を歪ませるものの、すぐに顔を明るくした。


「そうだ! 情報を付けてあげるよ! それならどうかな?」


 他国についての情報に疎いのは確かであり、これは願ったり叶ったりというところであろう。

 月読も、それならばと取り引きに応じることにした。


「まいどっ!」


 五万円を金貨三枚、銀貨八枚と交換する。


「して、少年。名は何というのだ?」


 そこらにあった切り株の上に座り、人懐っこい笑顔で少年が名乗る。


「ボクはフォールス・クロス。ホロウリィから時々この町まで商売しに来てるんだ! 兄ちゃん達は?」

「我の名は柳葉月読だ」

「拙者は六月一日宮銀紙なり」


 ずっと蚊帳の外だったトール様が隣まで歩いてくる。


「トール、だ」

「ふぅん……偽名なんだね」

「お互い様、だ」


 偽名というのは図星らしく、フォールス・クロスは目を大きく……何故こんなに名が長いのだ? 呼びにくいではないか!

 心の中で不平不満を述べたところで届きはせぬ。

 なれども、この思いは拙者だけが秘めているわけではなかろうて。


「へぇ……ボクの偽名って、一応ホロウリィの名付け方としては間違ってないから、余所者には見破られないと思ったんだけど……」

「星群の、一種。意味、偽十字星」


 目の色が変わり、子供とは思えぬほどに大人びた笑みを浮かべる。


「一発でわかるなんて、ずいぶんと星座に詳しいんだね」

「名前関連、書物、熟読」

「トール兄ちゃんは勉強熱心なんだね」


 フォールス・クロスは関心を寄せ、尊敬の眼差しをトール様に向ける。

 ……実に気に入らぬ。


「少年、トール様に対して口が過ぎるのではないか?」


 睨み付けられたところで、拙者の中の評価は変わらぬ。

 主君であるトール様に馴れ馴れしいのだ。

 年功序列。年上に対しては敬意を払った話し方をせねばならぬのだ。

 なれども、少年の反論は思わぬものだった。


「……それは大和ノ国においてのルールでしょ? ここはナチュレ国。地位や年齢は関係なく生きてるんだよ」


 国の在りかたと言われれば、確かにそうだと認めざるを得ぬ。


「というわけで、ボクのことも気軽にフォルって呼んでよ」

「了解」

「ああ。よろしく頼み申す」


 素直に了承する二人を前にしたところで、拙者の心中は穏やかではござらん。

 得体の知れぬ黒い想いが燻っておる。

 ……否、大人気ない感情は拙者がまだまだ懦弱であるが故か。

 心頭滅却は武士道において重要な下地である。

 大きな深呼吸で心を落ち着けていると、月読がフォルに近寄りおった。


「十字、早速教えてもらいたいんだが」

「ん? ……というか、その呼び方なに?」


 フォルは月読により大和ノ国の言葉に変換された呼び名が気に入らず、口を尖らせてござった。

 そんな態度を気にする素振りすら見せず、月読は話を進める。


「なるべく多くの情報を集める方法が無いか?」


 フォルは呆れたように溜め息一つ。すぐに諦めたようだ。


「そうだなぁ……」


 腕を組み、目を閉じ、懸命に頭を働かせる。やがて、何か思い付いたように手を叩く。


「そだっ! 騎士団に入る気はない?」

「騎士団……?」

「そ。ドロップリア王国騎士団」


 ドロップリア王国。それはこの世界において主国の一つなり。

 そのドロップリア王国騎士団は、鎖国前からの伝統的組織であると記憶しておる。

 トール様は案の定訝しんでおった。


「あそこは国家間のいざこざなんて関係なく問題を預かり、他国に入国する権利も与えられるからねっ!」

「なんとっ!!」

「しかも~、一昨日あたりに騎士団の副団長様がここを通ったって情報もあるよ」


 まさに棚からぼたもちと言ったところか。

 黙って話を聞いていたトール様が、すっと手を挙げる。


「入団条件」

「簡単だよ。強いってことを副団長に認めてもらえばいいだけだから」

「決闘?」

「そう。でもただ勝てばいいわけじゃないんだよ?」


 肩掛けの鞄から取り出した手帳をめくり、フォルは拙者達の装備を観察していた。


「……っていうか、トール兄ちゃんとギンシ兄ちゃんの服装って戦いにくくない?」


 月読の忍び装束は身軽で隠密性に優れた生地を使い、さらにはあらゆる箇所に武器を収納できる戦闘服なり。

 対して、拙者とトール様は長い袖丈を有する袴なり。裾も足首が見え隠れするほど。

 確かに動きにくいと思われるのは納得なり。

 一目瞭然とは、子供にしては鋭き観察力の持ち主のようだ。


「慣れ、だ」


 トール様は背中の留め金から戦鎚を外し、両手でくるくると振り回す。

 身長程の柄が長き戦鎚。重量は長柄武器の代表格である薙刀と同等であろう。


「すっごいかっこいい!!」


 フォルは金の瞳をキラキラと宝石の如く輝かせ、好奇の眼差しを向ける。

 期待の籠った視線が拙者に向けられた。


「残念ながら拙者はトール様ほど俊敏には動けぬ」

「なぁんだ。なまくらか」


 フォルの顔に失望の色が浮かぶ。誠に不本意なり。


「じゃあどうやって戦うの?」


 懐に収めていたたすきと呼ばれる細長い布を取り出し、袴の袖をたくし上げ、たすきで固定する。


「これだけで充分なり」

「へぇ~」


 大和ノ国独自の服装は珍しかろう。フォルは手帳にサラサラと書き記していく。


「この中で一番強いトール兄ちゃんでも、あの人には勝てないと思うけどね」


 サラリと告げた一言には驚愕せざるを得ぬ。

 初対面で力量を見抜くとは、たいした観察眼を有しておるようだ。

 否、商売人に必要な技量なのだろうか。


「それはどういう意味だ?」


 月読は眉根を寄せる。こう見えて自尊心が高い。

 とはいえ拙者と月読ではトール様の足元にも及ばぬ。


 フォルは二枚の写真を提示した。それぞれ別の人物が写っておる。

 一人は銀髪の少女。青く艶のある鎧を纏っておるが、筋力に不安が残る細腕である。

 もう一人は赤髪の少年である。裾の長い紅き衣を纏っており、魔法を得意だと予想がつく。

 どちらもトール様より幾分か年少であろう。


「銀髪の女の子がドロップリア王国騎士団副団長、レイン・スノウホワイト」

「若人、か」

「確か今年で15だったかな? でも副団長を任されてるだけあって、実力は折り紙つきだよ」

「なんと! 月読よりも若いとなっ!?」


 月読は相手が年下であるためか鼻で笑う。


「この女の子、『氷雪姫』って呼ばれるくらい強い氷の魔法騎士だけど……問題は一緒にいる方なんだよね」


 カゴの中の紅き果実を手にすると、それを宙へ放り上げた。


「副団長の右腕。『毒林檎』の異名を持つ凄腕らしいよ」

「面白い」


 ニヤリと不気味に笑う月読。風神様以外、つまりはトール様ですら止めることが出来ない戦闘狂なり。

 ポスンと果実がフォルの手中に戻る。


「この人が戦うと、相手は眠るように死に、辺りは静寂に包まれるって話だよ。だいぶ尾ひれが付いた話だとは思うけどね」


 言い終えるとカリッと口当たりの良い音を立ててかじりついた。


「……それでも、トール様はフォルが提示した入団を諦めなどせぬ」


 トール様は迷うことなく首肯する。

 フォルはある方角を指差してみせる。


「二人はグリーングラスに向かったって話だよ。このレイニィデーから半日くらい歩くと着くんだよ」


 有意義な情報を得られ、トール様は感謝の意を込めて頭を下げた。

 今さっき来たばかりだが、トール様は早速村の入り口へと向かう。


「もう行くの?」

「ああ」

「あ、そうだ」


 背後から呼び止められ、足を止める。

 フォルはカゴから三つの包みを出すと、それを差し出してきた。


「お弁当いるでしょ?」


 情報収集に気を取られて忘れておったが、これが本来の目的である。

 先行くトール様の腹部が空腹を告げ、フォルがクスクスと笑う。

 ところが、笑顔が一瞬で消え去った。


「ねぇ、次にいつ会えるかわからないからさ、最後に教えてよ」


 子供らしからぬ得体の知れぬ不気味な雰囲気に、背筋が凍る。


「トール兄ちゃんが情報を集める目的って、なに?」


 トール様の無表情が崩れ、哀しげに目を伏せる。


「探し人、二人……」

「ふぅん」


 フォルはトール様がそれ以上教えるつもりが無いと知ってか知らずか、恐れ多くも心の壁を踏み越える。


「誰を探してるの?」

「貴様には関係ない」


 守るように割って入った月読だが、トール様は自ら月読の前に出た。


「家族と、宿敵……」

「家族って?お父さんとかお母さん?」


 トール様は静かに首を振る。


「弟、だ…………」

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