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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
1章 風の旅立ち
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『風の旅立ち3』

「トールが、リーフェルを殺したってのか?」

「そうだ」


 話の真偽について思い悩んでいた。俺達はあくまで、人に会いに行っただけなのだ。

 殺される謂れは無いはずだ。

 それにリーフェルが死んでいたあの状況は、事故としか考えられない。


「あれが殺人なら、違和感が多すぎる」


 小さい声であるため、ツクヨミの耳には届いていなかったようだ。


「木葉は知ってしまった。だから殺された」

「知ってしまった?」


 二人きりの空間だが、ツクヨミはわざわざ声を潜めた。


「お前の名と同じ、ある人物の禁術を知ったのだ」


 禁術という単語に、鋭い視線を投げ掛けた。

 俺の名前は音楽用語から付けられている。

 ソナーレは『演奏する』、センティートは『感情を込めて』という意味だ。

 だが、その情報だけでは禁術だと見破ることは不可能だ。

 俺自身は鼓舞の系統であると(うそぶ)き、周囲の人間もそれを信じている。


「……どうしてわかった」


 怒気を込めて問い質す。

 ツクヨミは脅威に感じていないとでも言うように鼻で笑った。


「名は体を表す。魔法の発動を見ていた。それだけで十分だ」

「なるほど、な」


 禁術とは、魔法の中でも人の身に余る力のことを言う。

 人の倫理が危ぶまれる、因果に干渉する、心身に異常をきたすなどの効果があるものだ。

 魔法を発動させた時に周囲をよく観察していれば、確かに俺の禁術については見抜けるだろう。


「ある人物ってのはハヤテことじゃないみたいだな……」


 ツクヨミはただ頷くだけだった。

 幸運の魔法は因果をねじ曲げ、本人の都合がいい方向へと運命が開かれる。

 立派な禁術の一つだと知っていた。どんな人間に悪用されるかわからない。だからハヤテ本人にも隠していた。

 もし知られてはいけない禁術がハヤテのものだった場合、今頃俺は星になっているはずだ。


「木葉を殺したことは、我が主君に代わり謝罪する」


 深々と頭を下げるどころか、ツクヨミは地に両手両足を付け、頭を地面に擦り付けていた。

 大和ノ国で最上級の謝罪である土下座だ。

 俺は同じものを一度だけ目にしている。


「トールの行動は育った環境の問題であり、本人の意志は関係無かったのだ。同行を認めてほしい」


 自分は今どんな顔をしているのだろうか。感情が複雑に絡み合い、どれが俺の本当の感情なのかわからない。

 だが割り切らなければ話は進まない。


「……簡単に許せる訳がない。俺よりも先に伝えるべき相手がいるんじゃないか?」


 ツクヨミは窓の外を見つめていた。俺も釣られて外を見る。

 闇夜を照らす光はなかった。月も星も、分厚い雲のカーテンに隠されてしまったのだろう。


「……今の疾風に全てを伝えるのは、あまりに酷だ。だから、貴様に伝える」


 ツクヨミの真っ直ぐな視線に息を飲む。

 真剣さが伝わってくる。少なくともこの言葉には偽りがないだろう。


「貴様の判断で伝えてくれ」


 沈黙は暫しの間続いていた。俺が判断に迷っていたからだ。

 やがて逡巡を終え、静かに口を開いた。


「……このタイミングにお前さん達が来たのは、偶然じゃないのかもしれないな」

「否定は出来ない」


 ハヤテの周りに集まった人々は、偶然の出会いではない。

 ハヤテの情報をフレアとレインにもたらしたのは俺だが、トール達が上陸したナチュレ国に来ていた二人が、騎士団の幹部だと誰かが伝えたはずだ。

 多分、運がいいくらいの気持ちで引き合わせた。

 ……偶然を装って運命の道筋に干渉できる人物に、一人だけ心当たりがあった。

 だが、今は頭の片隅へと追いやった。


「あの二人を連れてきた日はルピナスデー……リーフェルと旅立っちまった、運命の日だ……」


 リーフェルの死については今でも後悔を繰り返し、夢に見てしまうほど。

 俺は罪悪感のあまりハヤテと真っ当に顔を合わせることが出来なくなっていた。

 少しでもハヤテの心を明るくできるならと、いつもヘラヘラと笑顔という名の仮面を被ることを決めた。


「リーフェルもメイジーも、ハヤテの前ではいつも笑っていた。多分、二人の代わりになれたらいいと思ってたんだけどよ……」


 心の底から正の感情を得ていなければ、自然には笑えない。どこか歪なものになってしまう。


「嬢ちゃん達も、ハヤテと同じくどこか欠けてる。歪だが、それでも俺と違って真っ直ぐハヤテと向き合ってくれそうだった」


 ツクヨミには主君の命令しか重要視するものが無かったため俺の言葉の意味はわからなかったかもしれない。


「ハヤテは周囲の人間に恵まれてる。だから近い将来、どんな真実でも受け止められると思うのさ」

「そうか……」

「ああ。だが、お前さんの話は俺から伝えるべきだろう」


 いつの間にか雲は空を流れていったのだろう。月光が屋内を照らす。


「それが俺のケジメだ」


 そしてツクヨミは俺に、自分が知る範囲の真実を語り始めた。

 二人にとって、長い夜が始まる。



          ☆☆☆



「ハヤテのお料理、すごいですね!」

「美味、間違いなし……」


 二人が感心していたのは、俺が作った夕飯だった。

 本日の献立はサンドイッチ、オムレツ、スープの三品だ。

 サンドイッチにはレタスやオニオン、トマトなどの瑞々しい野菜と肉厚なハムを挟み、オムレツはトロトロふわふわな半熟状態、スープは豆の甘味が出ているはずだ。

 ブレッドを焼いた香ばしい匂いと、スープから漂う湯気が食欲を誘う。


「んじゃ、食うか!」

「「いただきます」」


 声と同時に食べ始める俺とレインだが、トールだけは料理に向けて手を合わせていた。


「いただきます……」


 スプーンを使わずに直接器に口を付けてスープを啜る姿は優雅で、俺もレインも釘付けだった。


「大和ノ国ではそうやってお食事するんですね!」


 食事のマナーが違うのは物珍しいため、レインがキラキラと瞳を輝かせる。

 トールは首を傾げながら俺らの様子をみていた。


「……それ、何だ?」


 トールの視線の先には、ナイフとフォークを使いながら上品にオムレツを食べるレインの姿があった。

 金属と皿が触れ合う耳障りな音は一切聞こえない。


「大きい料理を一口大に切り分けて食べるための食器で、ナイフとフォークというんです」


 トールはガサゴソと鞄を漁り、二本の細長い棒を取り出した。片端が細くなっている。

 場面的に恐らく食器なんだろうが、どう使うのか想像がつかない。


「それ何ですか?」


 どうやらレインも知らないらしい。


「箸。大和ノ国の、食器、だ」


 一本は人差し指と中指の間、もう一本は中指と薬指の間に挟む。そして、人差し指にくっ付けるようにして、親指で二本を押さえ込む。

 下の棒は固定し、人差し指と中指を使い、上の棒のみを動かしていた。複数の指を同時に操るなんて器用なものだ。


 ナイフやフォーク、スプーンは基本的に握るだけだ。人差し指で持ち手の先を支えるけれど、それは貴族くらいだろうとリーフェルが言っていた。

 あくまでうちのナイフはお客様用だ。

 例えば騎士団の副団長様とかな……


「……ハヤテ、どうしました?」


 俺に生暖かい目を向けられ、レインはオムレツを切る手を止めていた。


「いや、なんでもない」


 視線をトールに戻すと、箸で器用にオムレツを切り、口へと運んでいた。柔らかいので崩れやすいはずだが、こぼすことはない。

 ふと、トールと目が合った。


「使う、か?」

「いいのか?」


 トールは箸の汚れを布を使って拭き取り、俺へと差し出してきた。


「確かこうやって持ってたよな」


 子供が新たなオモチャを買ってもらった時のように、ワクワクとした気持ちで箸を手に取る。


「あれ?」


 箸はやけに手に馴染んでいた。まるでそれを知っていたかのように、自然と身体が動く。

 スープに浮かんでいたワイルドビーンズもひょいっと掴めてしまう。


「私も使ってみたいです!」


 箸を渡すと、レインは早速見よう見真似で使おうとしたのだが――


「あっ!」


 オムレツを挟んで持ち上げた瞬間、滑ってポロリと落ちてしまった。


「あ、あれっ?」


 もう一度挟もうとすると、今度は力んだのかオムレツがボロボロに崩れてしまう。


「お箸って難しいんですね……」


 箸を使うことを諦め、トールに返した。とても残念そうに落ち込んでいる。


「ハヤテはどうしてあんなに上手く使えたんですか?」

「それが、よくわかんないんだよな」


 昔から扱い方を知っていたとしか思えないが、全くもって記憶に無い。

 もしも使っていたとしたら、俺が大和ノ国に居たとしか……

 いや、どちらにせよ鎖国してた国の物を扱えるわけがないよな。


 一口大に千切りながらサンドイッチを食べるレインの横で、豪快にかじりつく。

 フルーツトマトの酸味とローストハムのほのかな塩分が合わさり、さっぱりと仕上がっている。

 こんがりとしたブレッドの歯ごたえもアクセントになっている。

 うん。我ながらなかなかの出来だと思う。


「ん?」

 遠くからドカドカと騒がしい足音が聞こえてきた。

 まるで猛獣が家を荒らしてるみたいだ。


「ハヤテ! レイン!」


 勢いよく入ってきたのは、息を切らせたフレアだった。


「ふへあ? ほうひは?」


 モグモグとサンドイッチを食べ続けていると、フレアが脱力してその場に座り込む。

 硬直状態のフレアが心配になり、サンドイッチをくわえたまま玄関まで向かう。


「ほーひ、ふへあー?」

「せめて口のモン飲み込んでから喋りやがれぇっ!」


 フレアにスパーンと頭を叩かれ、ブレッドの破片が変なところに入る。


「んむむっ!?」


 パタパタと駆け寄てきったレインが水を渡してくれた。

 一気に胃袋へと流し込み、深呼吸で息を整える。


「あ、わりぃ」


 反省の色など見せない軽い謝罪の言葉に、俺は溜め息を吐いた。


「んで、どうしたんだよ急に」

「いやー、その……」


 フレアの目線の先ではトールがナイフとフォークを使いこなせず、ガチャガチャと音を立てていた。

 仲良くできるか不安で様子を見に来たってことかな。


「今のところ、二人が口論した以外はなんの問題もないぞ」


 レインが俺の背中からひょっこり顔を出す。


「フレアが居なくとも、私達仲良くやってますよ!」


 自信満々の笑顔に対し、フレアはバチンとデコピンした。

 レインは真っ赤なおでこを両手で押えながら唸っている。


「フレア! 何するのっ!」


 ポカポカと両腕でフレアの身体を殴り、フレアはそれを無言で受けていた。

 ……なんだろう。いつも丁寧な口調のレインだけど、フレアの前だと素が出るんだなぁ。


「幼馴染みも大変なんだぜぇ……」


 死んだ魚のような目で告げられたが、反応に困るのでやめてほしい。


 ――ガチャンっ!!


 一際大きな音がしたと思えば、トールがお皿をナイフで真っ二つに割ってしまったようだ。


「なんかよぉ……心配してたのがバカらしくなってきたんだよなぁ……」


 その言葉には心の底から同情した。

 ブルースター隊は隊を引っ張る隊長も含め、全員が精神的に子供だ。

 仲良く出来そうではあるが、あまりにも向いてる方向は別で協調性に欠ける。

 今後隊員は増えるはずだが、レインが上手く纏め役になれるのかは謎だ。


「とりあえず、フレアも飯食べるか?」

「あー……じゃあせっかくだし食うわ」

「ついでに泊まってけよ。たまにメイジーが泊まってた部屋が空いてるから」


 フレアはレインを引き離し、薄く笑った。


「おう」

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