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フロックスの魔法使い  作者: 雨偽ゆら
1章 風の旅立ち
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『風の旅立ち2』

「どうしてこうなった……」


 今、俺の前にはレインとトールが座っている。それだけなら問題はないのだが――


「隊長、不必要、だ」

「私は貴方の従者のせいで泊まる場所が無いんですっ!」

「他人事」

「貴方は関係ないですよね? 私の部屋にあの二人と泊まるんですから」


 レインから始めてトゲのある言葉を聞いた気がする。

 けれど、トールは顔色一つ変えず、淡々とした調子のままだ。


「騒音、迷惑」


 勢いよく立ち上がったレインは机の上に乗り出した。


「私の声が騒音だって言いたいんですか?」

「肯定」


 外では当たり前のように俺の家へ向かっていた二人だが、リビングに座ってからはこんな風に口論を繰り返していた。

 俺が湯浴みの間に何かあったんだろうか?

 恐らくトールはレインの機嫌を損ねたとは夢にも思っていないのだろう。


「従者達、寝所占拠?」


 空気を読まぬままトールはレインを刺激する。

 案の定、レインは顔を引きつらせていた。


「そうです。だからハヤテの家に泊まらせてもらおうと――」


 トールは迷わず窓の外を指差す。


「従者野宿させ、眠れば、いい」


 おそらく二人に野宿をさせ、自分は宿屋に泊まればいいと提案したいんだろう。

 悪気は無いようだが、レインの神経を逆撫でするのには十分だった。


「どうして自分のお世話をしてくれる従者の方々にそんな仕打ちが出来るんですか!」

「否、余計なお世話、だ」

「うぅっ……」


 釘を刺すように返され、レインは押し黙ると同時に縮こまってしまった。

 トールは椅子から立ち上がり、グルグルと部屋の中を歩き回る。

 棚や引き出しの中身まで探り始めているから物色の方が正しいかもしれない。


「勝手にうろつくな!」


 トールの腕を引っ張り、椅子へと引き戻す。

 キョトンとした表情は何故怒られたのかわからないようだ。

 キョロキョロと部屋を見回している。どうやら好奇心旺盛らしい。

 今のトールを一言で表すとすれば、無知な子供というのが一番しっくりくる。

 当然ながら冷徹で好戦的という第一印象はすでに覆されている。


「二人の寝るとこ、トールはソナーレが使ってた部屋でレインは俺の部屋使えよ」

「えぇっ!?」


 顔を真っ赤に染め、レインは恥じらう。

 ――こいつ、なんで急に?


「じょ、冗談……です、よね……?」


 頬に手を添え、チラチラと見てくる。

 原因は間違いなく直前の俺の発言だよなぁ……

 発言内容を何度も心の中で反芻し、必死に頭を働かせる。

 あんまりにも人と接することがなく、自分の殻に閉じ籠っていたことが仇になった。

 相手の立場に立って物事を考えるのは苦手だ。

 えーと、俺はトールにソナーレの部屋、レインに俺の部屋で寝るように伝えて……


「破廉恥」


 ポツリとトールが呟き、全てを理解する。


「ここはルクスリアじゃないんですよっ!」


 いや、ルクスリアなんて行ったことないし……

 ちなみにルクスリアとは花街が多いことで有名な国だ。


「……あのさー、レインもトールも、勘違いしてるだろ?」

「「勘違い?」」


 ピッタリと声が被り、二人は顔を見合わせる。


「俺はリーフェルの部屋で寝るから、レインは俺の部屋自由に使っていいよ」


 さっきとは別の意味で赤くなるレイン。

 トールは真顔のまま身を乗り出し、レインの肩に手を乗せた。


「交代希望」

「だ、だめです!」

「何故?」


 レインは困ったように視線を泳がせるが、助け舟を出すつもりはない。

 というか、俺はリーフェルの部屋が好きに使われなければ、誰がどの部屋を使っても構わないんだよな。


「そ、それは…………そのぉ……」


 レインは目を伏せ、きゅっと口を結ぶ。

 変わってやればいいのに、何を躊躇っているんだろうか。


「黙秘、か?」


 二人のやり取りを傍観しているつもりだったが、気高き某騎士団の副団長があまりにも情けない姿を見せるため、なんだか憐れみを感じてきた。

 仕方ない。そろそろ助けてやるか……


「そういやトールは、どうして騎士団に入りたかったんだ?」

「入団理由?」

「ああ。俺は二人にスカウトされたのと、この村を出ようと思ったからなんだけどさ」


 どうやらうまく話をそらせたようだ。

 ふむとトールが何やら考え込む。


「…………人探し、だ」

「人探しですか?」


 平静を取り戻したのか、レインが静かに問い掛けた。


「騎士団、情報量最多。人探し、容易」


 中心都市は魔法を生み出した国、スペルフィルだが、この世界の秩序とも呼べる騎士団は他国も取り仕切ることがあり、仕事上情報が集まりやすい。


「どのような人を探しているんですか?」

「家族、と」


 無表情を貫いていたトールの瞳に、突如として殺意が宿った。


「宿敵、だ……!」


 激しい殺気と共に、稲妻が屋内を駆け巡る。

 バチバチと弾ける閃光が視界を奪う。


「おい、やめろ!」


 近づいて止めようとするが、それすらも雷により拒絶されてしまう。

 家具が焼き焦がされ、食器にヒビが入る。

 そして雷の一部が、暖炉へ向けて走った。

 その暖炉の上には、俺の大切な――


「俺の家族を壊すな!!」


 叫び声に応じるように、ピタリと雷電が消え去る。


「……面目無い」


 どうやらトールの魔法は心が荒れると自然に放出されるほど不安定なようだ。

 慌てて暖炉に駆け寄り、写真立てを確認する。

 なんとか無傷で済んだようだ。


「よかった……」


 写真の中で、リーフェルとメイジーは変わらぬ笑顔を浮かべている。

 その姿を見る度に、陽だまりのように心の中がポカポカと暖まった。

 二人は変わらず俺の記憶に焼き付いているのだと、心の底から安堵できる。


「写真?」


 写真立てを愛おしい想いで抱き締めていると、トールが静かに呟いた。


「ああ。俺にとって大切な、かけがえの無い家族の写真だ」

「家族、か……」

「もう二人共死んじまったけどな」


 トールが俺の背後から写真立てを覗き込んでくる。

 その目が、大きく開かれた。


「…………この、面影」

「何か知ってるのか!?」


 けれど、トールはフルフルと首を振る。


「人違い、だろう」


 人違いをしているとは言い難かった。

 何故ならば、トールの瞳は揺れており、困惑や後悔、悲哀、怒気など、様々な感情の色がない交ぜになっているようだ。

 そしてそれら全てを見落としたかのように、心にも無い嘘を口にしたようだった。

 虚偽を真実であるかのように、いや……まるで一度開かれた記憶を再び閉じたかのように、トールは自然体に戻っていた。

 ただ立ち尽くすことしか出来なかったレインへと、トールは話を振った。


「知っている、か?」

「いえ、会ったことは無いです」


 ふと、レインと出会った時のことを思い出す。

 あの時、確かにレインはメイジーを見て言ったのだ。

『私知ってます。その方は、まだ生きてるかもしれません』と。

 俺は確かに死体を見た。

 背中が焼けただれ、身体中に煤を纏い、呼吸を忘れた親友の姿を……


「その頭巾と同じものを被っている人を、偶然見かけただけなのかもしれません」


 紡がれる言葉は偽善の塊。


「けれど、この世界のどこかで今も生きていると考えた方が、希望で未来が明るく染まると思うんです!」


 俺を励ますための嘘だと理解しているはずなのに、レインの言葉は……不思議と心地よかった。


「嘘か実か、結果は明らかだけどさ」


 俺の心に繋がれていた、見えない鎖が外れたかのように、心は軽やかで清々しい。

 それもこれも、レインとフレアと出会ったことで、運命が新たな道を切り開いたからだろう。

 なら俺は――


「レインの優しい(ことば)を、信じてみるよ」


 この運命の巡り合わせは、偶然だとはとても思えない。

 出会うべくして出会ったとしか言いようがない。

 家族も親友も失ったが、それでも前に進む希望が残されている。


「そういえばハヤテの魔法、まだ伝えていませんでしたね」

「あ」


 トールとの対戦やレインとフレアの決闘ですっかり忘れていた。


「属性は時……つまり時間です」


 そんなに暴食のつもりは無いんだけどな……

 たまに一食でご飯釜を空っぽにすることはあるけど。

 酒場のおっちゃんが余った食材で作ってくれる十人前の賄いも食べきることはあるけど!

 ……いや、今大事なのはそこじゃない。


「ハヤテの本質は」

 レインは祈るように指を絡め、目を瞑る。


「幸運です」



          ☆☆☆



 宿屋で俺とツクヨミは向かい合って座っていた。

 切れかけの電灯が明滅し、部屋の明暗が怪しい雰囲気を醸し出す。


「お前さん、元々俺のことを知っていたのか」

「ああ。貴様らが昔、大和ノ国に来た時に見た」


 ツクヨミは不気味に笑ってみせた。

 部屋の空気が淀んでいるように感じる。

 気付けば冷や汗をかいていた。握った拳も汗でぐっしょりと濡れている。

 今の状況はかなり芳しくないのだ。

 時間的に影が多く、個室では逃げ場が無い。しかも忍は暗殺に長けていると聞く。

 楽器が手元にない吟遊詩人が勝てる相手ではない。


 もしこの空間にフレアが残っていたとしたら話は別だっただろうが、ツクヨミはその状況も見越していたはずだ。

 結果、俺は大人しく話をするしかない。


「どうして今頃現れたんだい?」


 相手を刺激しすぎないよう、なおかつ自分の欲しい情報を得るために話題を振る。


「先日、鎖国が解かれたからだ」

「なんだとっ!?」


 驚きのあまり立ち上がる。ガタンと椅子が床に倒れた。

 大和ノ国は数十年もの間、他国との貿易及び交流を絶っていた。

 それが突然、何の告知もなしに開放されたというのだ。


「貴様らは例外で入れたのだったな」

「まあ、な」


 動揺を抑えるように、椅子を戻し、ゆっくりと腰を下ろす。

 そう。鎖国の最中であっても、俺らは例外として入国を許可された。

 リーフェルが所持していた入国許可の親書のおかげだ。

 あの親書は幼いハヤテを見つけた時に手紙と共に添えられていたという。

 ハヤテを他人に育ててもらって、いずれ引き取ろうとしていたんだろうか。

 そんな虫のいい話に承諾するわけがない。

 当然断るため、俺とリーフェルは大和ノ国へ向かった。


「あの親書を記したのが何者かは知っているか?」

「……いや、一緒に来て欲しいと言われただけだ」

「ならば言う必要もないか」


 意図的に隠されたことに不信感が募る。

 教えてもらってはいないが、見当はついている。


「なぁ、なんで騎士団に入ろうとしたんだ? 試験を受けるのは主だけでいいだろうに」


 ツクヨミの顔に影が落ちる。

 自然に背後の闇に溶け込んでいた。


「……主君が、最後の命を終えたら自由にせよと言った。腕試しのため、それだけだ」

「主君ってーと、トールか」

「否、我の主君は風神様のみだ」


 鎖国の時代であっても、風神の名は他国に轟いていた。

 それもそのはず。風属性最強の魔法を有しているのだから。

 そして、俺が大和ノ国で会った人の一人。

 ハヤテには伝えていないが、恐らくハヤテに風の加護をかけた張本人だろう。


「……なるほど。だからあの坊主は開国してすぐに外国へ来られたと」

「道中の護衛が我らの仕事。我らは仕事を終えた」


 言葉の端々や惜しむような表情から、ツクヨミの従順さが窺えた。


「今度はこちらが問う。何故琴座の名を隠す?」


 俺は普段、ソナーレとだけ名乗り、本名を問われた場合でもソナーレ・センティートと伝え、意図的にリラの名は伏せていた。


「ホロウリィの出身を隠すためか?」


 俺の出身であるホロウリィは満天の星々を神として祀った国だ。名前は魔法を表し、星座を含める。

 リラとは琴座のことだった。


「むしろ隠すべきはセンティートではないのか?」

「いや、隠すべきは出身でも魔法でもなく、琴座の名……リラの方さ……」


 俺は苦笑すると口を閉ざした。

 生憎、ツクヨミにはリラの名について何も話すつもりはない。

 俺にとっては大好きで大嫌いな、繋がりを持つ忌み名だからな。


「…………本題はリーフェル・ライラックについてだ」


 俺の名前に関する秘密を問うのは諦めたのだろう。ようやく本題を切り出した。


「彼女は死んだのではなく、殺された」

「…………ちょっと待て」


 耳を疑った。思わぬ事実に愕然とする。

 胸の中で鳴り響くのは甲高く喧しい警鐘だ。

 すでに俺の中では最悪の事態を想定している。

 わざわざ殺されたことを強調するということは、犯人の正体を知っているということだ。

 感情の整理が追い付かないうちに、俺の制止を破ってツクヨミは告げた。


「トールによって、殺されたのだ」

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