『プロローグ』
あるところに、グリーングラスという、自然豊かな小さい田舎町がありました。
近くの森から伐採した木材で建てられたログハウスが、広めに距離をとって並んでいます。
町の外れには湖があり、畔には一軒のログハウスがぽつんと建っていました。
周囲は鮮やかな花畑が広がっており、とてものどかな風景となっています。
すっかり風景に溶け込んでいた齢15ほどの少女は、テラスで花畑を眺めつつ、揺り椅子の上で編み物をしていました。次々と若草色の毛糸が形作られ、長い布状になっていきます。
「リーフェル~!!」
リーフェルと呼ばれた少女は、自分を呼ぶ声にハッと顔を上げます。駆けてくる姿が目に入り、ゆっくりと目を細めました。
「お帰りなさい、ハヤテ」
「ただいまっ!」
無邪気に返したのは、土や埃で服を汚した、ハヤテという少年でした。リーフェルとは年が離れており、顔つきや髪色などは似ていません。
ハヤテは持っていたものを、リーフェルに見えないように自身の小さな背中で隠しました。
けれどハヤテの行動はお見通しらしく、リーフェルはそっと編み物を揺り椅子に置いて立ち上がりました。
裾が長いワンピースのスリットから、すらりとした脚が覗きます。ヒールがあまり無いダンスシューズの爪先で、コツンと板張りの床を小突きました。
瞬時に花畑の花びらが舞い上がり、ハヤテとリーフェルの二人を包み込んでいきます。
それは『魔法』という現象でした。この世界に生きる人々は、産まれながらにして使える魔法とその属性が決まっているのです。
リーフェルの場合は木の属性で、花を使った幻惑の魔法を操ることが出来ます。
ハヤテはそれに気づき、慌てて花びらから逃れようとしましたが、すでにリーフェルが滑らかな動きで手中のモノを取っていました。
「これって――」
ハヤテは恥ずかしそうに真っ赤に染まりながら白状します。
「見つけたから……その、リーフェルにプレゼントしたくて……」
それは世にも珍しい青いバラの花でした。加工するつもりだったのか乾燥しています。
リーフェルはハヤテと視線を合わせるために少しだけ屈み、優しく微笑みました。
「ハヤテも、私と同じ気持ちでいてくれて嬉しいな」
そう言って指差したのは、先程まで手を付けていた編み物でした。
「あれなに?」
「マフラーを編んでいたの。私とお揃いなのよ」
お揃いという単語に、ハヤテはまたも顔から火が出そうになっていました。そっとその手に花が戻されます。
「今日は大切な人に贈り物をする、ルピナスデーだものね」
笑いかけられ、ただただ頷いてみせるハヤテ。家族であるリーフェルにこっそり贈り物がしたくて、わざわざ森の方まで行って探したのです。
「ちょっと待っててね」
「あ、ボクも!」
リーフェルは揺り椅子まで戻ると、手早くマフラーの仕上げに取り掛かります。
対してハヤテはバタバタと家の中へと入っていきました。
「…………出来たっ!」
完成したマフラーを自慢げに広げるリーフェルの元へ、ハヤテがあの青いバラを持って戻ってきました。
「リーフェル、はいっ!」
「これって……」
「この前メイジーに作り方を教えてもらったんだ!」
差し出されたモノを見て、リーフェルは顔を綻ばせます。
「もしかしてコサージュ?」
「うん。こんなのでごめん」
少ししょげるハヤテに、リーフェルは首を振ります。
「私のためにプレゼントを用意してくれただけでも嬉しいな」
「ほんとに?」
「本当だよ」
リーフェルはハヤテの首にフワリとマフラーを巻き付けてあげました。
「ハヤテ、そのコサージュ付けてくれる?」
コクンと頷き、ハヤテは少し背伸びしながらも、リーフェルの胸元にコサージュを飾ります。
「「ありがとう」」
被さった声に思わず笑顔を溢す二人。
「ハヤテの瞳と同じ色。よく似合ってるよ」
ハヤテはマフラーをとても大切そうに抱き締めました。リーフェルはそんなハヤテが愛おしく、残酷な話をしなければいけないことに胸を痛めます。
「リーフェル?どうしたの?」
異変を察し、すぐに問いかけるハヤテ。リーフェルは重い口をゆっくりと開き、そして告げました。
「あのね、ハヤテ……私、旅に出ようと思うの……」
「………………」
ハヤテは頭に過る考えを口に出そうとするも、グッと言葉を飲み込みました。
「うん。ボク、ずっと待ってるよ」
リーフェルを安心させるように、寂しさや悲しさを隠しながら、ハヤテは無理矢理笑みを浮かべます。
「どれだけ遅くなったとしても、きちんと帰ってきてくれるなら――」
風が、フワリと花びらを舞い上がらせます。
「ボクはリーフェルを許してあげる」
それから約十年もの月日が流れ、ログハウスからは話し声など聞こえません。
たった一人きりで家に残されたハヤテは、絶望の中で泥にまみれながら生きていました。
氷の鎧を身に付けた少女と真っ赤なローブに身を包む少年が訪れるまで――