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武家の嗜み  作者: 澪亜
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宰相の挑戦 伍

「早速ですが……困った輩を貴殿はどう抑えるつもりで?」


「貴国の困った輩に乗せられた我が国の困った輩から、全力で『とある将軍』を守りますよ。『とある将軍』がいなくなった途端、貴国の困った輩が活発に動くでしょうから。……逆に、私と『とある将軍』には個人的な繋がりがあり、手綱を握ることも可能です。それは、彼を脅威に思う貴国にとっての一つの安心材料になるかと。それに、私と貴殿のような関係に我が国と貴国がなれば、彼らを黙らせることができるような利益を生むことができると思いますが?」


『とある将軍』……『タスメリア王国のガゼル将軍』ことガゼルの武勇は、リンメル公国にも轟いている。


リンメル公国は彼を恐れ、それ故に強硬派も容易く戦を起こさない。

当然、強硬派にとってガゼルの存在は邪魔者以外の何者でもない。

そして彼の脅威を恐れるが故に、中立派もまたガゼルの存在は邪魔者なのだ。


一方残念なことに、タスメリア王国では他の貴族に嫉妬の目を向けられており、それ故に彼の名を陥れようと企む者たちがいる始末。

……それを心待ちにしている、リンメル公国の強硬派と中立派の存在を知らずに。


だからこそ、どのような手段を取ろうとも宰相の地位を以ってして彼らを抑えつけ、ガゼルを守ると……そう、ここで宣言をしたのだ。


「……面白いですな」


「逆に貴殿は、どう貴国の困った輩を黙らせようと?」


「この期間であれば、公爵家の皆がこの首都に集まっております。その間に会議を開き、何とか困った輩たちを止めたいと考えておりますが……」


「……それで、貴国の困った輩は止まると?」


俺の問いに、モーリスは言葉を詰まらせた。


「一つ、貴殿にお伺いさせていただきたい。……例え他の公爵家と意見が食い違ったとしても、貴殿は争いを避けるために引かぬ覚悟はおありか?」


「……随分と、踏み込んだ質問をなさるな」


「ええ。貴方の戦を回避したいお気持ちがどれほどのものか、伺わせていただきたかったのです。……これから話す話はそれだけのことだと思っていただきたい」


「……逆に問わせてる貰おう。貴殿には、その覚悟があるのかどうかを」


「ええ、勿論」


間髪容れずずに答えてみせたら、モーリスは一瞬呆気に取られていた。


「随分と、あっさりと答えてくれますな」


「……貴殿もご存じの通り、我が国は私が宰相となった後に戦がありました。開戦となった時は、忸怩たる思いでしたよ。宰相の職務は、政を執り行うこと。それは全て、国家安寧のため……自国の民を守るために。そのためには安定した国家運営は勿論、諸外国との関係を良好に保つことも求められます。戦の芽を見逃すなど、以ての外。……戦禍を前にして、私は自身の無能さを心底呪いましたよ」


一瞬、無意識のうちに自嘲する。

俺の中に在るのは、深い悔恨の念。

……全く、本当に何が名宰相だ。

みすみす守るべき民を、国を、危険に晒しておいて。

……けれどもだからこそ、もう迷わない。


「もう二度と、戦など起こさせない。武官を含めた無辜の民を、国を、守ってみせる。……そのために、私が鬼と呼ばれようとも」


俺の言葉に、モーリスは僅かに笑った。


「……残念なことに、私は何よりも私に流れる血を誇りに思っているんですよ」


穏やかな声色で紡がれるその言葉に、静かに耳を傾ける。


「リンメル公国建国よりも前から代々グリンドル地方を治め、その地に住む民を守り続けていた我が家の血を。……ご存じですか? グリンドル公爵領では幼い頃より体を鍛える習慣が残っていることを」


「存じております。……確か武術を通して自らの心と体を鍛えるため、でしたかな?」


「流石、ロメル殿。……ええ、そうです。それは、民が自らあの地を守ってきた証左。グリンドル公爵領に住まう民たちもまた、あの地を愛し、それ故に我が家と共に守ってきた……。そしてそれは、今も尚。だからこそ、私はそれに応えたい。私にとって一番に優先すべきなのは、グリンドル公爵領とそこに住まう民たちです。例えその在り様がリンメル公国の公爵としては間違いだったとしても」


モーリスが口を閉ざすと、その場は静寂に包まれた。

その静かな空気を斬り込むように、俺は口を開く。


「……なるほど。貴殿の覚悟、しかと伺わせていただきました。なればこそ、話させていただこう。……アルフ、あの書類を」


「畏まりました」


脇に控えていたアルフが、書類を俺に渡した。


「……貴国のバスカル公爵家が人身売買を行なっているという、証跡です」


「なっ……!」


「確か、貴国の中でも人身売買は禁止されている……その理解で、宜しかったでしょうか?」


「当然です! 一体何故、このようなことが……」


ワナワナと怒り故か震える手で、モーリスは書類に目を通す。

そこには、確かに人身売買がなされているという証跡が記載されていた。

血走る眼で穴が開くほどそれを見つめていたモーリスは、やがてそれを読み終えたのか書類から視線を離し深く息を吐く。

そして、苦笑いを浮かべた。


「……流石ですな。我が国の事情は、貴殿の有能な部下たちによって既に丸裸ということでしょうか」


僅かに吐き捨てるかのような雑な物言いだったのは、それだけモーリスが動揺しているということの表れだ。


「……恥ずかしいことに、この件に関して我が国にも困った輩がいるのですよ」


「……は?」


「貴殿もご存じの通り、パスカル公爵家は東にスリガー公爵家・西にクロウ公爵家に挟まれております。……当然、他国に行くには国内ではどちらかの領地を通らざるを得ない。けれどもそれでは、簡単に足がついてしまう」


俺の言葉の真意が伝わったのか、徐々に視線を合わすようにモーリスは顔を上げていった。


「もうご理解いただけたでしょうが……クロイツ公爵家はそのために南に隣接している我が国を利用したのですよ。隣接する我が国の領主を金銭で抱き込み、我が国を利用して国外に商品を運んだのです。別件で調べたところ、その部分に関する不自然な金銭のやり取りと人の流れを察知いたしまして……その経路を辿って調べたのがその書類ですよ」


……俺の言葉は虚偽ではないものの、真実を伝えた訳でもない。

渡した書類は確かに言葉通り、タスメリア王国の経路を辿って得た情報だ。

ただ、そもそもで人身売買を行なっていると掴んだのは、モーリスの指摘の通り、有能な影をリンメル公国に潜ませていたからこそだ。


そのことを伝えなかったのは、そこまで自身の手の内を晒す必要がないと判断したということと、モーリスの俺やタスメリア王国に対する心象を悪くさせないようにと配慮したためだった。

でなければ、手間暇をかけて別ルートからの情報を得ることなどしなかったであろう。


尤も、おかげで元々税収の割に羽振りが良い上に、領地の人の出入りがやけに多いと怪しんでいた貴族の不正の証拠も掴めたので一石二鳥ではあったが。


「……やはりロメル殿は、素晴らしい慧眼の持ち主ですな」


そう言ったモーリスの声色は、少しだけ和らいでいた。


「そう言っていただけて、何よりです」


笑って、彼の言葉に応える。

モーリスも釣られたのかニコリと一瞬微笑んだが……すぐに、憂いを帯びた表情に変わっていた。


「……私もまた、覚悟を決めなければならぬようです」


けれどもそう呟いた時には、強い意志がその瞳に宿っていた。


「スリガー公爵とバスカル公爵に引導を渡す、その覚悟を……」


モーリスは、笑みを浮かべつつ手を差し出す。


「礼を言わせていただこう、ロメル殿。私の心は、定まった。貴殿が下さった情報を、活用させていただこう。……今後も、貴殿とは良好な関係を築いていきたいですな」


そう言ったモーリスの手を、俺は迷うことなく取る。


「……私も同じ気持ちです、モーリス殿。そして、可能であれば私と貴殿のような関係を国としても築いていきたいですな」


「ほう……それは、面白い。貴殿のことであれば、今後の行動方針も考えていらっしゃっているのでしょう? 詳しく、聞かせていただきたいですな」


そうして固く握手を交わした後、考えてきた不可侵条約について話し合ったのだった。


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