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武家の嗜み  作者: 澪亜
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私と婚約者と謁見と

本日5話目です

……オーレリア様の監修の下に今日のために仕立てた、ドレスに着替える。

品を損なわないギリギリのラインまで露出した襟元で、腰元まで身体のラインに沿うような細身の作り。


それとは対照的に腰から下はふわりと薄水色の薄衣が重ねられ、ボリュームを出している。

マダム・クレジュールが何度もアルメリア公爵家に訪れて来てオーレリア様と協議をし、妥協を一切せずに作り上げた……自慢の一品とのことだ。

アクセサリーはお母様がおつけになられていたブレッスレットを付け、お父様より贈られたブルーダイヤモンドのネックレスとイヤリングを付けた。

それから髪を結い、化粧を施す。


「……素敵です、メルリス様」


全ての工程が終わったところで、ホウ……と息を吐きつつアンナが囁いた。

……ばあや直伝の変装術……もとい、化粧の技術に私も鏡を見て思わず感動してしまう。

コンコンとノック音と共に、エナリーヌが室内に入って来た。


「……失礼致します、お嬢様。ルイ様がご到着です」


「分かったわ。今、行きます」


立ち上がると、いつもより重く感じる衣服。

一歩一歩進む度、ふわりと空気を含んで更なる重みを感じる気がした。

エナリーヌに案内された部屋に入ると、ルイがソファーに座って待っていた。


彼もまた正装に身を包み、髪も整髪剤で整えられているのか後ろに流されている。

何気なく向けられた、ルイの視線。

瞬間、ポカンと彼は瞠目していた。


「……に、似合わないかしら?」


急に不安になって、問う。……ドレスはオーレリア様の監修だから問題ないとして、問題があるとしたら私の着こなし以外に考えられない。

沈黙の時が続けば続くほど、そんな不安がどんどん膨らんでいく。


「……綺麗だ」


けれども私の不安とは裏腹に、彼はそんなストレートな言葉を発した。


「え……」


しばらく飲み込めなくて、今度は私の方がポカンと呆気に取られる。


「とても……綺麗だ」


そっと、彼が近づいて私の手を取った。

その温かさにようやく現実と認識して、顔が熱くなる。


「あ……ありがとう」


恭しく、どこぞのお姫様に対するような仕草で彼は私の手を取った。


「……私に、貴女のエスコートをする栄誉をいただけますか」


「ええ、勿論」


そのまま彼の腕に手を絡ませる。


「よろしくお願い致しますね……ルイ様」


そうして私たちは、アンダーソン侯爵家を出た。

今日は私の社交界デビューの日。

馬車に揺られ、王宮へと向かう。


「ああ……緊張するわ」


「大丈夫だ、メリー。お前ならば心配する必要はない……何せ、あの母上から合格をもぎ取ったのだから」


「そうは言ってもね、ルイ。だからこそ逆に、私は皆さまの期待水準を超えなければならないの。超えなければ、師であるオーレリア様のお顔に泥を塗ってしまうような気がして……」


「……これは、お前にとっての初陣だ」


ポツリ、ルイが呟く。


「恐れもあるだろう。不安もあるだろう。……だが、それは必要なことだ。それを感じることで、より慎重に、より考えて行動するようになる。そうだろう?」


確かに、とその言葉に頷く。

正しく、戦場に立つ時に新兵へと言い聞かせるそれと似たような言葉……だからこそ、すんなりと頭の中に入って納得する。


「それに、お前ならば潰れはしないさ。あれだけ努力をし、そしてそれを活用できるだけの度胸があるのだから。それでもどうしようもなければ……」


「……なければ?」


「何があろうとも、俺がフォローしてみせるさ」


ルイの言葉に、私は小さく笑った。


「そうね……そうだったわね」


そっと、彼の肩に頭を乗せる。


「……私の、未来の旦那様。弱音を吐いて、ごめんなさい。けど、大丈夫よ。貴方がいてくれるなら、私は大丈夫。このぐらいの恐怖なんて、どうとでもしてみせるわ」


「流石だな、メリー」


そう賞賛した彼の顔には、不敵な笑みが浮かべられていた。

そして、それから程なくして王宮に到着した。


「どうぞ、メリー」


ルイに手を引かれて、馬車から降りる。

エスコートのために、ルイの手が私の腰に回った。

このエスコートの体制は、相手との呼吸が合わなければ歩きにくいそれ。

けれども私の場合は、全幅の信頼を置く彼の手に支えて貰っているため、安心して進むことができる。


廊下には同じく社交界のデビューを迎える方たちが並んでいた。

そしてその列に加わり、私たちも女王に謁見すべく待つ。

すぐに私たちの番が回ってきて、私たちは招かれるままに謁見の間に入った。


静々とルイにエスコートされたまま、玉座へと近づいて行く。

高位の貴族の子息令嬢が王族へ謁見という形で社交界入りの挨拶をすることは、この上ない名誉なことだ。

男性は基本一人で挨拶し、女性は誰かにエスコートをして貰って謁見を果たす。


エスコートは自分の家族がするのが一般的だが、婚約者がいる場合はその婚約者がエスコートをすることも可……という訳で私はルイにエスコートをして貰っているのだ。

謁見の間は、この国の一番上に立つ女性に謁見するための部屋……流石、美しく豪奢な場所だった。


磨き上げられた大理石の柱が並び、更にその柱には金細工がついている。

床も同じく大理石だが、玉座まで真っ直ぐ一直線に伸びた真っ赤な絨毯の上を歩いているため、残念ながらその磨き上げられた鏡のような大理石の床をじっと見ることは叶わない。


美しいその内部の光景にできることなら周りをじっくりと見回したいものの、今のこの謁見に向けて歩いている最中そんなことができる筈もない。

そのためただ前を見据えて歩き、所定の位置で私たちは立ち止まった。

そして指先まで神経を張り詰めて、私は一礼する。


「……面を上げよ」


女王の言葉に、私たちは顔を上げた。

玉座に腰掛けた中年の女性……威厳に満ち溢れ堂々としたその姿は、正しく王のそれ。

頭の上には、彼女のために誂えらたと言われている、男性用のそれとよりも華奢で軽くけれども華やかで美しい女性用の王冠が載っている。


「アンダーソン侯爵家長女、メルリス・レゼ・アンダーソンです」


女王の脇に控えている侍従が、私の名を紹介する。


「……直答を、許す」


「光栄に存じます」


「メルリス・レゼ・アンダーソン。ようやく、会えましたね」


「以前のお茶会は、大変失礼致しました。お目にかかることができ、大変喜ばしく思います」


先ほど顔を上げてから、随分女王陛下からの視線を感じる気がするが……果たして私のことを見定めていらっしゃるのか、それとも他に何か意味があるのか。

いずれにせよ威厳に満ちた彼女からの視線に、気を抜いたら簡単に萎縮してしまいそうだ。


「……とても素敵な衣装ですね」


唐突な話題に、一瞬、私は顔には出さずに済んだが内心混乱していた。

その言葉を額面通りに受け取って良いのか、それとも……。


「ありがとうございます。彼のお母様であるオーレリア様がご助言下さったものですの。女王陛下にお褒めの言葉をいただいたとお伝えすれば、オーレリア様も喜ぶことでしょう」


「まあ……思ったことを正直に伝えたまでよ。本当に、とても貴女によく似合っているわ。……ルイも鼻が高いのではなくって?」


……社交界デビューのご挨拶のための謁見って、こんなに一人一人時間をかけるものだったかしら? 定型通りの挨拶をして終わりと聞いていたが……。

そんな疑問が、頭の中に過ぎる。


「……仰られる通りです。僭越ながら言葉を選ばずに申しますと、他の男性が私の最愛の婚約者に目を奪われるのではないかと、気が気ではないぐらいに」


私の最愛の婚約者……その言葉に、女王の御前ながら顔が赤くなるのを感じた。


「仲睦まじいこと。その様子では、メルリスもルイのことを憎からず思っているようね」


私の表情の変化に気がついたらしい女王は、クスクスと笑い声を漏らしながら仰る。


「はい。……私も、彼を愛しております。ですから彼に相応しいように有りたいと、そう常々思っております」


「相応しいなどと……私の方こそメルリスに相応しい男であろうと、メルリスがいてくれるから頑張ることができる」


「まあ……」


ホホホ……と、楽しそうに女王は笑っていらっしゃった。


「本当に、仲睦まじい。……良いものを見させていただきました。メルリス、貴女の前途を祝します」


女王のお言葉に、私たちすは揃って頭を再度下げる。

そしてそのまま、退出の挨拶をして部屋を出た。


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