私と婚約者の家族
本日2話目です
「リンメル公国の有力貴族は、五つ。フィリング公爵家、グリンドル公爵家、スリガー公爵家、バスカル公爵家そしてクロウ公爵家。……この五大公爵家が国の実権を握り、動かしている」
頭の中を整理するように言葉を口にする父上を前に、俺は手元の資料に目を落とした。
たまに考えたいのに集中ができない、そんな時に父上はこうして頭の中で整理したいことを口に出す。
ここは、アルメリア公爵家当主である父上の書斎。
多くの本に囲まれたここにいるのは父上と俺のみ。
そのため、さして声を張った訳ではなくとも、父上の声はよく響いていた。
「現在接触を試みているのは、穏健派のフィリング公爵家とグリンドル公爵家ですね」
父上に合わせて、確認するように言葉を発した。
「ああ、そうだ。正式に我が国と同盟を結ぶことを、少しずつ提案している」
「リンメル公国にとっての、利は?」
「一つは、ガゼル将軍の脅威から解放されること。そして、一つは関税の緩和。調査の結果、リンメル公国は蓄膿の産業が育ち難い土壌のため、それらの関税の緩和は喉から手が出るほど欲しいものだろう」
「なるほど……飴とムチの両方ですか。では、逆に我が国にとっての利は?」
「まずは不可侵条約を結べることが大きい。武威を示してはいるが、この国は今戦をできるほどの蓄えはない……安全の保証は喉から手が出るほど欲しいものだ。貿易面では、かの国は金細工と宝石の産出量が多いことで有名だ……貴族様たちは喜ぶだろうよ」
「なるほど……真の目的は、不可侵条約の締結。貴族たちや有力な商人を貿易面での利によってさっさと賛成側に回らせて、この国に受け入れさせ易くさせるという訳ですか」
俺の推論に、父上は首を縦に振った。
「では、中立派であるクロウ公爵家は?」
「種々の情報から推論するに、どうやらあの家はガゼル将軍への恐れからどっち付かずでいるようだ。恐らくこれは、彼の地盤がトワイル国とタスメリア王国に隣接しているからこそだろう。……強硬派との接触もないようだし、グリンドル公爵家よりタスメリア王国との同盟について話している内容を少しずつ流してもらっているところだ」
「なるほど。……ガゼル将軍を恐れているのであれば、その不可侵条約はむしろクロウ公爵家にとっても望ましいものなのでしょうね」
「ああ。おかげで、感触は上々のようだ」
「残るは、強硬派のスリガー公爵家とバスカル公爵家ですか」
ついに父上は、重い溜息を吐いた。
……父上が考えていたことは、これかと。
「あの二家は、本当二ガードが固いからなあ……今、少しずつ接触を試みているところだが」
「そこで、朗報です。……どうやら、バスカル公爵家は弱みを握られてスリガー公爵家に頭が上がらないようですよ?」
俺の情報に、父上は飛び起きた。
「お前、何故そのような情報を?」
「リンメル公国に潜らせている影からの、最新の情報ですから。……横流ししてもらった帳簿を見ていたら資金の流れがおかしいことに気がついたんです。それで更に調べて貰ったら、その帳簿とは別の表に出せないような帳簿と手紙が見つかったという経緯です。……そろそろ王宮にも報告が来ているところだと思いますが」
「それで、その弱みとは?」
「どうやらバスカル公爵家は、既に没落寸前なほどに内情は火の車。そして借金で首が回らなくなったバスカル公爵家当は……人身売買に手を出した」
「人身売買、だと!?」
「ええ。自領の者を捕らえて他国に売り捌いていたようです。勿論人身売買はリンメル公国においても重罪。それをスリガー公爵家に掴まれ、かの家に頭が上がらない状態となったのだとか」
「でかした! 勿論、その証拠も?」
「ええ。影がこの国に持ち帰るとのことです。詳しくは王宮でお聞きになれば良いかと」
「ああ。すぐに王宮に向かう……!」
父上はそのまま立ち上がると、王宮へと彼にしては珍しく駆け出して行った。
ちょうどそれと入れ違いに、ひょっこりと母上が姿を現わす。
「あら……ロメルは出てしまいましたか」
「母上。立ち上がって、お加減の方は……?」
「もう問題ありませんよ。明日はメルリス様もいらっしゃいますし、いつまでも寝ている訳にはいきません」
母上は苦笑いを浮かべつつ答える。
「左様ですか」
頷きつつも、俺は母上を身近にあった椅子に座らせた。
「恐らく父上は暫く帰っては来ないかと思いますが……」
「でしょうね。彼が一度王宮に行けば、二、三日帰って来なくとも驚きませんよ」
そう言って、母上は穏やかな笑みを浮かべていた。
「……貴方も、王宮に赴くのかしら?」
「はい。頃合いを見て」
「そう……」
相槌を打ちつつ、彼女は溜息を吐く。
「良いことですか、ルイ。きっと貴女が全てを賭して国や民に仕えること、そのことをメルリス様は知って……いいえ、既に覚悟しているでしょう。時には、そのせいで寂しい思いをするであろうことも。……だからこそ、ルイ。貴方はメルリス様一人を大切にしなければなりませんよ」
そして、真剣な表情で俺に告げた。
「どうしたのですか、突然」
「きっと、あの子も私と同じような思いをするでしょうから。今のうちに、貴方に釘を刺しておこうかと思いまして」
大分胸が痛くなる言葉だった。
この前級友に無理矢理連れて行かれた紳士会なるクラブの集まりで、とある男が『婚約者に、もっと構ってと言われてうんざりしている』と言ったことで、暫くその話題になった。
第三者の視点から言って、その男に同情するところもあったが、それ以上にその男の婚約者の思うことも尤もだとと思った。
正直言って、俺も決して良い婚約者とは言えない。
だから、知らず識らずの内にメルリスとその婚約者を重ねて想像していたのだろう。
俺の場合、仕事を優先して中々会うことはできない上、手紙も最低限のやり取りだけ。
彼女に寂しい思いをさせているという自覚はあるものの、それでも仕事を優先させてしまう。
……だというのに、彼女は何も言わない。
恨みつらみも、何も。
ただ、俺の体調を気遣うだけ。
本当に、自分には出来すぎた婚約者だ。
「……元より、彼女の他を見るつもりはありません。彼女は私にとって、愛しい婚約者であると同時に同じ道を見る同志ですから」
「そうですか。……その言葉、決して違えてはなりませんよ。彼女は私にとっても、可愛い娘ですから」
「ええ、勿論」
「……長く引き留めて申し訳ありませんでした。貴方も、そろそろ行きたいのでしょう?」
「はい。……誰かを呼んだ後に、行きます」
「大丈夫ですよ。ここまで歩いて来たのですから」
「そうですか? ……それでは、失礼致します」
そして、俺もまた部屋を出て行った。




