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武家の嗜み  作者: 澪亜
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私のレッスン模様

「……はい、ストップ」


手を叩きあわせる音で、私は動きを止めた。


「メルリスさんは、姿勢がとてもよろしいですね。武術の訓練のおかげかしら?」


オーレリア様の言葉に、私は微笑みを浮かべつつ曖昧に首を傾げることしかできない。

疑問を投げかけられながら、生憎その答えを持ち合わせてはいなかったからだ。


「ですが、動きがキビキビとし過ぎておりますね。素早く動く必要があるのであれば、それも良いことかと存じますが……社交界で求められるのは、優雅さです。一つ一つの動きを途切れさせるのではなく、流れるように繋げることを意識してみてくださいな。……こんな風に」


そう言いつつ立ち上がると、オーレリア様はその場で礼の姿勢をとった。

……私がさっきやってみせたのとは似ても似つかぬそれ。


昼間の応接室で比較的ラフな格好をしている筈のオーレリア様だけれども、私の目にはパーティ会場の背景と着飾った彼女の姿が映ったような気がした。

オ ーレリア様は手本を見せると、再び席に座る。


「では、もう一度始めからやってみせていただけるかしら?」


オーレリア様のご指示に、裾さばきに四苦八苦しつつ私は再び動き始めた。

……午前中には外国語のレッスン、そして昼休憩を挟んだ後もこうして作法のレッスンがぶっ通しで行われ、気がついたら既に外では日が傾きつつある。

集中していたおかげで、時が経つのが存外早く感じられた。


……正直始めの頃は慣れないこのレッスンに、終わる頃には随分と精神的な疲労が積み重なったものだ。

それが今では、集中していたとはいえ時間が経つことに気がつかないとは……。


オーレリア様のレッスンにも、存外慣れたということだろうか。

そんなことを考えていたら、目の前の机の上にお茶が注がれたカップが置かれる。


「お疲れ様。どうぞ、一息ついてくださいな」


「はい、本日もありがとうございました」


ゆっくりと、いただいたお茶を口にする。


「こちらは、貴女のご実家……アンダーソン侯爵家南部のサルビル産のものですわ」


慰労兼反省会といった体のレッスン終了後の茶会ではあるものの、そんな時ですら必ずオーレリア様はこうして惜しみなく私に教えを授けようとしてくださる。


……それはともかく、自分の家が管理する領地のことながら、アンダーソン侯爵領より紅茶の茶葉が産出されているという事実を初めて知ったことが少し恥ずかしい。


一体今までの私は、何を学んできたというのか。……武術か。

自分で自分に指摘を入れつつ、今は落ち込んでいても仕方がないと顔を上げた。


「とても、美味しいです。恥ずかしながら、我が領地より紅茶が産出されることを初めて知りました」


「そうでしたか。アンダーソン侯爵家は確か、蜂蜜と鉱石が産出されるということで名高いですよね」


「ええ、そうです」


「この紅茶は最近になって、王都で人気になったものです。元々は、一つの地方で細々と栽培されていたと伺っておりますわ。特にアンダーソン侯爵領産の蜂蜜と合わせて飲むと絶品だと評判です」


「なるほど」


「そうした流行を作り出すのもまた社交の存在理由であり、妻や子女の責務なのですわ」


オーレリア様の瞳には、その嫋やかな姿からは想像がつかないほどの強さがあった。


「例えば、この茶葉。これが流行したことによって、その産出地では茶畑が拡張され、新たな雇用が生まれます。民たちが安定した収入を得ることによって、その地の治安は良くなるでしょうし、その利益によって新たな産業を生み出す投資もできましょう。……私たちは自領を富ませるための、重要な営業という職務を担っているのですわ」


「……治安が、良くなる……ですか?」


ついつい、その言葉に食いついてしまう。


「ええ、そうですわ。生活するには、安定した収入が必須。ところがその収入を得るための職すらなければ、どうしようもありません。その場合の考え得るケースの一例として、出稼ぎ等による人口流出、窃盗等の犯罪増加。生きていくために善悪の概念など些事となり治安が悪化し、それによって人々の心は更に荒む……そうして、その負の連鎖は深まっていく。……勿論、原因がそれ一つだけということでもありませんが、大きな要因の一つとは言えましょう。治安維持も大切ですが、その根本自体を断ち切る……それができるのが領主であり、その一助となるのが妻の役目です」


根本を、断ち切る。

その一言が、私の中でカチリと噛み合った気がした。

これまでのルイやお兄様の言葉と、私の願いへと通じる道への。


「そのためには今の流行に敏感でなければなりません。市場が何を求めているのか、何が足りていないのか、それを知るところから始まるのです。戦に勝つには敵を知り己を知れ……でしたかしら?つまりは、そういうことです」


「……一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


私の言葉に、オーレリア様は無言で微笑むばかりだった。

それを肯定と受け取って、私は言葉を続けるべく口を開く。


「ご存知の通り、私は社交界にデビューをしておりません。母も既に亡く、父はどちらかと言うと流行には疎い方です。兄がおりますが、兄もまた学園におり社交界に頻繁に顔を出すことはしていないでしょう。……近年注目を集めたと仰られておりましたが、一体どなたがこの茶葉を広めたのでしょう?」


私の問いかけに、オーレリア様が笑みを深めた。


「……夫に、伺ったのですわ。何か、貴女の教材となり得るものがないかと。たまたま、市場が求めているものと私が求めているものが合致しただけですわ」


誰、とオーレリア様が明確に答えた訳ではない。

けれども、その言葉だけで十分だった。


「左様でございますか。……素晴らしい教えを、ありがとうございます」


私の言葉に、オーレリア様はただただ柔らかな笑みを浮かべていた。


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