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武家の嗜み  作者: 澪亜
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父の教え

本日2話目の投稿です

審判の声に我に帰ったのか、猛然とドナルティは立ち上がる。


「こんなの何かの間違いだ!そう……私が手加減をしていただけです。もう一度戦えば私が必ず勝ちます」


そう言い募る彼の姿に騎士たちからは安堵の息を漏らし同調するような雰囲気が流れていた。

その反面、国軍のメンバーたちは冷笑しつつそんな彼の様を見ていた。


「……なるほど、な。ならばもう一度戦ってみろ」


そう言ったお父様の声は、冷たく威圧感に満ちていた。


『次があるとは思うなよ』


言外にそういっているのだと、ここで訓練をしている者たちは誰もがお父様のそんな真意に気がついていた。


それは、お父様の教えなのだから。

次があると思うな。

何故なら、戦いにおいては死か勝利かのどちらしかないのだから。

次を期待するような戦いを訓練でするのは、愚か極まりないと。

自分が負けることはないなどという妄想を抱くな。


常に死を恐ろ。

そして常に、死を自分のものとして覚悟しろ。

そう、お父様は常々説いているのだから。


そんなお父様の真意に気がつくことなく、ドナルティは剣を拾い構えた。

私もまた、いつでも審判の声に反応できるように神経を張り巡らせる。

……そして。


「始め!」


審判の声が響くと同時に、今度は私から動いた。

相手の虚を突くように、隙を突くように全身を意識化に置いて動かす。


「……え」


呆然とドナルティが呟く声が、遠くから聞こえたような気がした。

けれども、気にならない。

意識の中に入ってこないという表現が、より正確か。


まるで厚い壁に覆われているかのように、私の意識は外の世界から隔絶されていた。

ただただ、敵と見定めた相手の動きに注視するのみだ。


相手が呆然としている間に、剣を下から上へと剣を振り上げ動き敵の剣を弾き飛ばす。

そしてそのまま上から下へと剣を振り降ろし、敵の首元に剣を置いた。


まるで予めそう決められていたかのような、定められていたかのような……そんな、戦いに。

僅か数秒のその戦いに、誰もが呆気に取られていた。


「……勝者、メル」


その中で、厳かな審判の声が響く。

誰もが、その声に我に返ったようだ。


瞬間、一気に音が世界に戻る。

国軍の面々からは歓声が。

そして、騎士たちからは困惑の声が。


それぞれ、どちらも甲乙つけがたいほどの大きな波となって押し寄せてくるような心地がした。

当の本人たる私は、特に思うことはない。


もう負けたくない、次は勝ってみせると過去息巻いていた相手に勝ったというのに……だ。


むしろ、淡々と私は先ほどの試合を思い浮かべては、『こう動くべきだった』『ああいう動きも悪くなかったな』などと自分の動きの反省点を挙げている始末。


「……っ!もう一度……」


ボウっとそんなことを考えていたら、いつの間にか周りと同じく我に返ったらしいドナルティが、立ち上がりながら喚きだす。


それに同調するような雰囲気が騎士団の方から上がり、反論するような空気が国軍の方から流れていた。


いわゆる、一触即発というやつだ。

けれども、ドナルティの言葉を遮るようにお父様が口を開いた。


「もう一度などと、軽々しく口にするでない。戦地で破れ死の間際、同じことをお主は言うのか?」


淡々と問いかける言葉に、一瞬彼は言葉を失った。


「それは……」


「自分が強者だと自惚れるな。……戦地にあって強者など、いない。勝ち残った者、それが強者なのだから」


お父様の言葉に、いつの間にか騒めきは静まり返っていた。


「訓練は訓練にあらず。油断することに慣れ、その油断で味方までも危機に晒してしまえば目も当てられぬ。そもそも、人の身体は脆い。訓練だとて事故はつきものだというのに……次があるなどと軽々しく述べるような心構えでは何をやっても身に付かぬし、事故を起こす元となる」


続けられた言葉に、ドナルティは俯いていた。


「……繰り返しになるが、もう一度などと軽く口にするでない。今のお主では何度やってもアレに勝つことはないだろう。頭を冷やせ」


ピシャリと突き放すようなお父様の言葉に、それ以上彼が言葉を発することはなかった。


国軍の方からは、歓声にも似た喜色めいた言葉が挙がっていた。

そして騎士からはそれに対抗するような、言葉も。


変わらず流れる一触即発の空気に、苛立ったのかそれとも本気で怒っているのか……むしろ、後者だろう……殺気にも似た威圧感がお父様から漂っていた。


「ドナルティだけてはない!全員、弛んでおる!」


一喝……その叫びに、誰もが再び口を閉じる。


「お前たちは、一体何のために訓練をしているのだ?……侮るな、満足するな!貪欲になれ!謙虚たれ!これらを忘れた時、お主らはそこらにいるゴロツキと何ら変わらぬ!そこに、生まれも出自もそこには何も関係ない。お主らは人を殺す術を学んでいるのだ……なればこそ、お主らは誰よりも、己を律することを求められる。そしてその上で、己の武を磨き続けろ。誰からも尊敬されず、誰からも頼りにならぬと思われ戦地に赴くというのは孤立無援の戦いになると心得よ!この場にいる全員等しく常に死と隣り合わせの職についているこもを、忘れるな!それでも尚その道を進みたいというのならば……言葉に頼るな!自らで示してみろ!……話は以上だ、続けろ」


雷鳴のごとく轟いたお父様の言葉に、しばらく誰も動かなかった。

ただただ、呆然とお父様の方を見つめるばかり。

やがて、恐々と審判が次の戦いを告げた。


そうして、再び訓練は始まる。

けれども先ほどよりも一層、ピンと張り詰めた空気。

誰もが、闘志を滾らせ真剣な表情を浮かべていた。

そこに、騎士も国軍も関係ない。


そうして、訓練は続いていった。


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[気になる点] この場にいる全員等しく常に死と隣り合わせの職についているこもを、忘れるな! ことを では?
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