護衛隊の来訪
本日5話目の投稿です
「むー……」
あっちを立てれば、こっちが立たず。
こっちを立てれば、あっちが立たず。
盤面と睨めっこをするが、良い手が浮かばない。
というか、既に退路は断たれている。
「……投了します」
結果、私は潔く降参した。
「お兄様、また強くなられましたね」
「まだまだ勝てない人がいるがな」
苦笑いを浮かべつ言ったその言葉に、私は自然とおじさんもといロメルさんを思い浮かべる。
こんなに強いお兄様ですら歯牙にもかけないなんて……あの人は一体何者だろうかと。
「最近ウチに来てないですけど、またどこかで飲み歩いているのですかね……」
「さあな。案外、仕事が忙しいのかもしれないぞ」
「仕事?……正直、おじさんが熱心に仕事をしているところは思い浮かばないのですが」
常々お酒を呑んだくれている記憶しかない。
何より風のような自由さを感じるあの人が、どこかで商会なり国なりの歯車として仕事をしているという姿が、私の中のあの人とどうにも結びつかない。
「人っていうのは案外分からないものだよ。お前と同じくな」
「?私が、おじさんと似ているということでしょうか」
「方向性は異なっても、根っこは同じだ。……獰猛な爪をその身に隠し持っている」
お兄様の抽象的な言葉に、私はただただ首を傾げるばかりだ。
「……っと。お付き合いくださり、ありがとうございました。私はそろそろ寝ますので」
時計を確認して、席を立つ。そろそろ良い時間だ。
「おやすみなさいませ」
「ああ、おやすみ」
翌日、私は日が昇る前から自主練を行なった。
一通り自らが定めたメニューを行うと、食事を食べて勉強に勤しむ。
……軍略の才はからきしなので勉強していないが、それでも貴族の子女として最低限の座学は学べとお父様に課されたのだ。
暇があれば街に出てしまう娘のそれを阻止しようということらしい。
勿論、必要ということもあるらしいが。
いかんせん、クロイツさんたち軍部の面々か、もしくは我が侯爵家の護衛と共に出るならまだしも、一人で街に出れば以前のようにどんな事件に首を突っ込むか分かったものではないから……とのことだった。
それはまあ前科がある身としては、反論できないことなのだが……。
それにしても、師事する人もなく『勉強しておけ』と課題だけを渡すというのは、我が父ながらいかがなものか。
お嬢様の護衛という名目で私ことメルが侯爵家に滞在している以上、家庭教師を雇うことは難しいというのも分からなくもないが。
そんな訳で、勉強は一から十まで独力で行うしかない。
幸いなことに、貴族の屋敷には大なり小なり図書室なるものがある。
そこで調べて学ぶこともできれば、それでも最終的に分からないことについては、優秀なお兄様に伺ってなんとか課題をこなしていた。
昨日の盤面遊戯も、勉強を教えていただいた後に流れで行なったという訳だ。
勉強を教える対価として、一局指すというのは最近日課になりつつあった。
自分で言うのも難だが、私でお兄様の相手が務まっているのかは甚だ疑問だが。
一応ほぼほぼ毎日盤面遊戯をやっているおかげで、少しだけ腕をあげているような気がする。それだけ、私がお兄様に頼っているという証左でもあるけれども。
余談だが、子女の家庭教師を招かない以上お父様も貴族の女性のマナーについては全く分からないので、マナーの教育については免除されていることが救いといえば救いだ。
さて、一日のノルマを終えた私はすっかり手持ち無沙汰になってしまった。このまま家の中で大人しくしているか、あるいは……。
ふとそんなことを考えつつ窓の外を見ると、そこにはアンダーソン侯爵家の護衛兵たちが訓練を行なっていた。
「シュレーさん!」
訓練の光景を見て身体が疼いた結果、結局私は訓練場に降りて行っていた。
「おお、メル!」
訓練の小休止中に、それを監督する男の人に声をかける。
アンダーソン侯爵家護衛隊副隊長のシュレーさんは、アンダーソン侯爵領の訓練場で共に訓練を受けたことがあるので顔見知りだ。
「ご無沙汰ですね。何かあったんですか?」
「いや、アンダーソン侯爵領の方に一旦戻ってな。領の治安等を確認してきたって訳だ」
アンダーソン侯爵家の護衛兵たちは、お父様が鍛えた屈強な戦士……それも精鋭であり、それ 故にアンダーソン侯爵家内の治安維持活動をも任されている。
所謂警護隊、あるいは、王都内の軍部と同じ役割を果たしているということだ。
……彼らがお父様の訓練に耐え得た面々だからこそ、抑止力として期待されてのことだろう。
尤も最大の理由は、お父様に護衛が必要ないため仕事らしい仕事があまりなく、かといってアンダーソン侯爵家に仕えてくれている彼らを突然解雇する訳にもいかなかったから、というのが始まりらしいのだが。
「……なるほど。領の様子はどうですか?」
「変わらず、さ。ガゼル様のお膝元である領地でバカするような奴はいないさ」
「それは良かった」
「そんなことより、メル。お前、随分暴れ回っているそうじゃないか」
「暴れ回っている、ですか?……特に覚えはありませんが……」
最近お父様が目を光らせているせいで、単独の街歩きが難しくなっているし。
前みたいに街中で事件に偶然遭遇することもほぼない。
「面白いジョークだ。クロイツを叩き潰したっつう話は俺の耳まで届いているぞ」
「ああ……」
「ホレ」
シュレーさんの話に思わず苦笑いを浮かべていたら、訓練用の剣を渡された。
「お前の今の力を見せてくれよ。クロイツをも越えたお前の、な」
ニヤリと笑ったシュレーさんの目は、闘争心の光が宿っていた。
なんとまあ、好戦的だこと。
流石、お父様直々に鍛え上げられた人だ。
「すげー顔だな」
そんなことを考えていたら、シュレーさんは笑ってそう言った。
「……顔?」
指摘されたことに首を傾げつつ、何かが付いているのかとペタペタと自分の顔を触ってみたら、口角が上がっていたことに気がつく。
どうやら知らず知らずのうちに、私は笑っていたようだ。
人のことは言えない、か。
私もまた、シュレーさんとの戦いを想像して気分が高揚しているのだから。
「……じゃあ、いざ尋常に」
「……勝負!」
そうして、私は駆け出した。
走りながらも、神経を研ぎ澄ましてシュレーさんの動きを読む。
瞬間、凄まじい速さで剣が迫ってきた。
それを私は剣で受け止める。
「……へえ」
シュレーさんは、ニヤリと笑った。
「いとも簡単に、止められるとは……ね!」
そう言いつつ、シュレーさんは再び動き出す。
腕を動かす仕草や目線、彼の何気ない動作で剣の筋を読んで同じす剣を振るった。
「おっかねー。また、強くなっているんじゃないか?」
途中、距離を取ったところでシュレーさんが話しかける。
「シュレーさんの方こそ」
私は、そう答えながら再び動き出した。
「うわっ……!」
何度か打ち合いを続ける。
シュレーさんの反応は素早く、貰った……!と思っても、決定打にならない。
逆に踏み込み過ぎると、強烈な一撃がくる。
……そんなやり取りをしながら、私は再び笑った。
楽しいのだ。このギリギリの攻防が。
一撃、一撃の反応を誤れば負けるというこの状況が。
そしてそれに伴う、緊張感と興奮が……私に生を実感させてくれる。
けれども、そんな楽しいひと時も終わりを迎える。
私はシュレーさんの剣を弾き飛ばすと首元に剣を置いた。
「……参った」
「ありがとうございました」
シュレーさんの言葉に、私は彼の首元から剣を離す。
「いやー……本当に、強くなったな。俺も、随分腕をあげたと思っていたが……まだまだ、ってことだ」
「まだまだだなんて、そんな……。私の方こそ、何度か危なかったですよ」
「よせや。……ああ、帰ったらまた訓練しなくっちゃな」
「……何を言っているのですか、シュレーさん?」
「……へ?」
私の問いかけに、シュレーさんが固まった。
「陽が落ちるまで、まだ時間があります。是非、訓練を続けましょう」
「い、いやいや……ホラ、将軍に報告をしないといけないし!」
「当主様は、夕暮れ時まで帰って来ませんよ?それとも、他に何か仕事が?」
「それは、ないけど……」
「なら、訓練をしましょう?」
ニコリと笑いながらそう言えば、シュレーさんは諦めたような笑みを浮かべて剣を取った。
それから何度かシュレーさんと打ち合った後、私と何人かのアンダーソン侯爵家護衛隊の面々という一対多数での戦いの訓練を行った。
一人の敵に対してのみ意識を集中するのではなく、場の空気を読み、自身の周りの者がどう動くのか周囲を常に伺うことができるようにという訓練だ。
アンダーソン侯爵家の面々は、私が訓練を始めてからずっと見守ってくれている人たちだからこそ、惜しみなく訓練に付き合い助言をしてくれる。
それが、くすぐったくも嬉しい。
それに比べて王都の訓練に出ている面々は、私のことを対等に扱ってくれている。
……訓練に参加する軍部の面々の中でも筆頭格にいるクロイツさんがそうだから、というのが大きいだろう。
アンダーソン侯爵家護衛隊の面々も、軍部の面子や騎士団の面子が共にいる場ではやはりクロイツさんに倣った対応をしてくれる。
それは入れ替わりが激しく決して好意的な大人だけではない環境にいる中で、私が舐められないようにという配慮だろう。
厳しい目に晒される中、けれども逆に一人前と扱ってくれているということが誇らしくもある。
アンダーソン侯爵家の護衛隊員との訓練は、まるで実家に帰ったかのような……のびのびと動けるのに対し、王都での訓練は常に緊張感を持った仕事場のような感覚だ。
まぁ実際に仕事をしたことはないので、なんとなくそんな感じがするという想像の話だが。
どちらが良いという訳ではなく、どちらも私が成長するためには必要な存在なのだ。
「あ、クロイツさん!」
ひょっこりと顔を出したクロイツさんに声をかけた。
「あ、メル。……また、派手にやったなあ」
私の周りの死屍累々……倒れている護衛隊員面々を見て、クロイツさんは苦笑いを浮かべる。
「……。クロイツさんは、どうして今日こちらに?当主様はまだ帰って来ていませんが」
そんなクロイツさんの反応に、私もまた同様の笑いを浮かべつつ問いかけた。
「お、マジかあ……。じゃあ、入れ違いだったんだな。まあ、良いか。近くまで来たから、ついでにってぐらいの話だし」
「よお、クロイツ」
「お、シュレー。こっちに来ていたのか」
シュレーさんが復活して、クロイツさんに話しかける。
二人は同じ歳ということに加えて、結構な頻度でクロイツさんがアンダーソン侯爵家の私的訓練にも参加しているため顔を合わせる機会も多く、すっかり意気投合しているのだとか。
「……さっきの様子じゃあ、帰って来て早々メルに撃破されたのか」
「あー……まあな。見ての通りよ。お前が負けたっつうからどれだけ成長したのかと思ったら……まあ、見事なもんだったよ」
「だろうな」
「それはさておき……なあ、クロイツ。今日この後暇か?」
「ん?ああ、まあな。さっき引継ぎを終わらせたばかりだし」
「そんなら、夜に飲みに行こうぜ。久しぶりの王都だ、付き合ってくれよ」
「あー……ま、良いぞ。そういうことなら、訓練に出ている面子も仕事終わりの時間だから呼んで一緒に飲むか」
「おーそうしよう」
「……メルはどうする?」
二人の会話から、突然クロイツさんが私に話を振る。
「行って良いんですか?」
「ああ、勿論。ここで一緒に汗を流す仲間だ、シュレーの王都来訪を一緒に祝おうぜ」
「はい!ありがとうございます」




