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武家の嗜み  作者: 澪亜
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皆と食事

本日3話目の投稿です

ああ、くる……。


カンカン、と木刀を打ち合う音がどんどん遠くなっていった。

それと同時に、自分の神経が研ぎ澄まされる感覚。

私という存在が遠のき、頭が冴え、ただただ敵と自分と……戦うことに集中する。


相手の動きが遅く感じられるほど、よく見える目。

相手の呼吸とそれから自分の筋肉一つ一つの動く音が聞こえるほど、よく聞こえる耳。

それらの情報を統合し、最適な動きを弾き出す頭。


戦っている最中……あるいは戦うと自らに言い聞かせた瞬間、そんな感覚が私を占めるようになったのは、決意を新たにした、あの日からか。


その感覚が降りてくる時、自分という存在が遠く感じて、それが妙に怖く感じることもあったけれども……それと同時に充足感が私を満たすのだ。


以前のような、黒と赤ばかりの視界ではない。

戦っている最中、決して見惚れるわけにはいかないけれども……鮮やかで鮮明な色の洪水が私の視界の中の世界を彩るのだ。

それの何と美しく、かつ、甘美なことか。


「勝者、メル!」


審判の声で、やっと私は我に返った。


「負けたわ。……お前、調子が良いなあ。動きが段違いじゃねえか」


「ありがとうございます、クロイツさん」


戦った相手であったクロイツさんと握手を交わす。


「何か、良いことでもあったのか?」


「良いこと……強いて言うなら、楽しいんですよね」


「……楽しい?」


「今までの私は、義務感で強くならなきゃならないと思っていたんですよね」


復讐の、ために。

現実の理不尽に勝てるように。

失わない、ために。


強くならなければならないと、自らに言い聞かせてきた。

どれだけ強くなっても、満足しない。

……ただただ、足りないと、自らを責め続けていたような気がする。


「強くなる目的が、ごっそり消えて……けれども、私にはこれしかなかったんです。それに気がついた時、私は一度絶望しました」


ただただ、部屋に篭って世界を拒絶して。

空っぽな自分が悲しくて目を背けたくて時が早く過ぎてしまえば良いと思うと同時に、刻一刻と無為に時が過ぎてしまうのが恐ろしかった。


「でもクロイツさんや、この訓練に参加されている皆さんや……私の周りの沢山の人に、未来を、前を向くことの大切さを教えられて。これしかないなら、これをとことん磨いてやろうと……新しい目標に向かって。今度は、強くならなければならないではなくて、更に強くなりたいと願うようになりました。そうしたら、肩の力が抜けた気がして……今は、単純に楽しいんです。訓練が楽しいなんて、不謹慎かもしれませんけど」


「いや、良いんじゃねえか?でも、そっか……メルが新しい一歩を踏み出せたなら、俺はそれを全力で歓迎するよ」


優しい笑みと共に言われたその温かい言葉に、私もまた微笑んだ。


「さて、門出の祝いにご飯でも行くか?」


「はい!」


訓練が終わった後、私はクロイツさんたちとご飯を食べに行った。


「……誘っといてなんだけどよ……メル、よく食べられるな」


「へっ?」


訓練後でお腹が空いていたので、ガツガツ食べていた。


乙女失格かしら……なんて、今更か。

ちなみにモリモリ食べているのは私だけで、他の面々はちょびちょび飲みながらつまむぐらいだった。


「訓練後でお腹が空いていますから。だいたい普段からこれぐらいは食べていますかねえ……もちろん、あんまり食べ過ぎて太ってしまうと身体の動きが鈍るので、流石に抑えますけど」


「いやいや、そういうことじゃなくて。将軍のあの地獄のメニューをこなして、よく食う元気があるなあっと」


「そうっすねー。俺だったら、吐く!」


「いや、そもそも訓練中に吐いているかも」


周りの言葉に、私は苦笑いを浮かべる。


「私も、昔はそうでしたよ」


その言葉に、全員が驚愕していた。

全員暫くそのまま動かず、このテーブルだけ時が止まっているようだ。


「……あの、何か変なことを言いましたか?」


そう問いかければ、やっと皆の時が前に進み出す。


「……い、いや。少し意外で……」


「お、俺も。そんなメルちゃん想像つかないですし」


「そうだなあ。いつも涼しい顔して訓練をこなしているメルちゃんが、まさかそんな……」


「……割と小さい頃に、将軍に弟子入りしましたから。始めの方はキツくて、ご飯を身体が受け付けず、大変でしたよ。けれども、まあ……人間って慣れるものなんですね」


「へ、へえ……。つまり、小さい頃からあんな訓練の量を?」


「流石に始めからは無理ですよ。少しずつ、増やしてきた結果です。今日の訓練量が当たり前になるのには、時間がかかりましたね」


「あ、当たり前だったのか……」


全員の顔が、もれなく引きつっていた。


「にしても皆さん、真昼間から飲んで良いんですか?」


こんな子どもを飲み屋に連れて来ることもさることながら、真昼間から飲んでいることに驚く。

まあ……誘ってくれたこと自体は、皆との距離が縮まったようで嬉しいのだけれども。

勿論、私は子どもらしく一人果実の汁で出来た飲み物を飲んでいる。


「ああ、まあな。俺たち今日非番だから」


「へえ……休みの日にも、訓練ですか。流石ですね」


「将軍の訓練……軍部でのもそうだが、特にアンダーソン侯爵家での私的訓練は、それは人気でなあ。そもそもアンダーソン侯爵家の私兵の訓練に俺たちが割り込むような形だから参加人数が限られているし。同じ部隊にいようが、なかなか参加できないから熾烈な争いになるんだぞー」


「そうだな。俺たちみたいな末端は、将軍の時間が空いてる時に休みをぶつけて参加するしか手はないからな」


「将軍を尊敬しているし、訓練に出る為なら休みなんていくらでも潰すさ。けどおかげで、休みも野郎に囲まれてばかりで……出会いがないんだよなあ」


「それを言うな。……けど、確かに。俺の春はいつ来るんだろうか……」


急に、彼らの目が明後日の方向を見だした。

哀愁漂うその姿に、少し物悲しさを感じる。


「そんな悲観的になるなよ」


クロイツさんも同じく憐憫の目で彼らを見ていた。


「既婚者に俺たちの気持ちが分かってたまるか!」


「おうとも!この場みたいに、いつも右を見ても左を見てもどこを見てもむさ苦しい男ばかり……ああ、虚しい」


なるほど、クロイツさんが一人余裕だったのは、彼が既婚者だったからか。

……と、いうか。


「一応、私はそのむさ苦しい男とやらではないと思いますけど……」


何故かこの場で男の一人に数えられていたことに引っかかる。


「いや、メルちゃんは確かに男じゃないけどさあ……」


「そうだなあ……お前の言いたいことは分かるよ」


私の言葉に、それが向けられていた男は目を泳がせていた。

ついでに、彼が何を言いたいのか周りの面々は分かるらしい。


「「メルちゃん男よりも男らしいからな(ね)」」


……はて?

私は、彼らの言葉に首を傾げる。


「男でも根をあげるような訓練量に弱音を吐かず、むしろ嬉々としてやってしまう度量と忍耐力」


「自主練をこなして、貪欲に更なる強さを追い求めるその姿」


「颯爽と現れて、困っている女の子を助ける格好良さ」


「「いやー負けてるわ」」


力なく項垂れる彼らは、けれども溜息一つ吐いた後ゲラゲラと笑い始めた。


「飲むぞ!」


「ああ!独り身同士、今日は日付が変わるまで飲もう!」


「俺ら独り身同盟の絆は永久不滅だ!」


「そう言って、お前、抜け駆けするんだろぉ?」


「まさか!この同盟から抜けることなんてない!」


「まあまあ……そんないがみ合うなって。俺たちゃ、仲間だ!」


彼らは盛り上がりつつ、次々と飲む。


「……独り身同盟の絆は永久不滅……それって永久に春は来ないってことですよね?むしろ早く抜けることができた方が良いんじゃ……」


「……言ってやるな。この世には、触れちゃならねえもんがある。メルは温かく、見守っておいてくれ」


彼らの言葉へのツッコミをポツリ呟いたのを聞いていたクロイツさんは、温かな目で彼らを眺めつつそう私に言った。


これ以上ツッコミを入れることはできず、ただ静かに成り行きを見守ろうと心に決めた。


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