母を送る
本日4話目の投稿です
カンカン、と剣がぶつかり合う音がする。
いつもの、訓練の風景。
それを、私は上から眺めていた。
あの日……お兄様からお父様が野盗を討伐したと知らせてくださってから、訓練には出ていない。
ずっと、部屋にこもったままだ。
お父様ともお兄様とも顔を合わせていない。
……もう、何日こうしているのかしら。
心にポッカリと穴が開いたまま、私はただ喪失感を持て余す。
あの日見た夜の闇が、未だに私の心を覆っていた。
このまま、何もせずにここにいたい……そうしてこのまま朽ちてしまいたい。
そう、思ってしまうほど。
ゴロリとベッドに体を横たえる。
……一日って、こんなに長かったかしら。
朝が来て、夜が来る。そして、また朝が来る。
何が起きても、何事もなかったかのように世界は時を刻み続ける。
私がこうして部屋にこもろうが、そうでなかろうが……何も、変わらない。
ツラツラとそんなことを考えつつ、外の景色を視界に映さないよう瞼を閉じる。
そのままいつの間にか寝ていたようで、日がだいぶ傾いていた。
私は、ノロノロと重い体を起こす。
そして、窓辺に寄った。
……どうやら、訓練は終わったようだ。
このまま、独り、ここにい続けて私はどうするのだろう。
……どうしたいのだろう。
窓に手を添えた。
呆然と、私は外の景色を眺めた。
……あの時見た景色を、もう一度みたいな。
ふと、そんなことを思った。
そしてそう思ったとき、私は衝動的に外に出た。
屋敷を出て、塔に向かって走る。
目的の場所に到着すると、階段を駆け上った。
「……ルイ……」
ぽつりと、彼の名前を呼んだ。
けれども、そこに彼の姿カタチは見当たらない。
自然と、肩を落とす。
一体、彼に会ってどうしたかったのだか……自分でも、分からないけれども。
私は、その場に座り込む。
ここは、この場所での私の定位置だ。
そっと、眼下の光景を眺める。
いつかの時とは違って、暗闇に朧に浮かび上がる街の灯。
それらが幾つも合わさって、幻想的な風景を作り上げていた。
……綺麗。
いつもと違う光景に、けれどもいつも以上に見惚れる。
ふと、カサリと何かに触れた音が耳に入った。
手で触れてみれば、石造りの床の石と石の間に紙が挟まっている感触がする。
私は、それを引っこ抜いた。
ここにあるってことは……軍関係者のものかしら?
でも、長い階段を登ってここまでは誰も来ないのよね。
……もしかしたら。
そう思って、私はそれを広げた。
『目的がなくなったのなら、また探せば良い。お前には、それだけの時がある。生き急ぐな』
たった三行の文だった。
もしもこのタイミングで見なければ、何を言っているのか分からなかっただろう。
けれども、今の私には痛いほど分かった。
ポタポタと、涙が溢れて手紙を濡らす。
……私には、復讐が全てだった。
それ以外のものを捨てて、それだけを見てきた。
なのに、それが突如として失われた。
確かに、叶ったけれども……それは、全く願っていた形とは違った。
ただただそれだけを見て前進してきたというのに、突然その目的地が横から掻っ攫われて無くなってしまった。
そう自覚した瞬間、足元が崩れるようにすら感じた。
一体この先、どこに自分が向かえば良いのか。
一体この先、自分はどうしたいのか。
それ以外を見てこなかったから、何も分からない。
道標を失い、暗闇に放り出されたような感覚。
漠然とした、未来への恐怖。
そして焦りと虚しさ。
ルイが言っていた『その先』という言葉の意味が、始めて痛いほどよく分かったのだ。
「……見つければ良い、か」
言葉を漏らしつつ、笑う。
『けれどもお前は、生きている……!生きているんだ!』
お兄様の言葉が、私の中で蘇る。
……そうだ、私は生きている。
まだ、未来がある。お母様と、違って。
お母様は、どんなに無念だっただろうか。
……私には、計り知れない。
私は、お母様が亡くなる原因となった自分を憎み、実際にそうした奴らを恨み、そうさせた世界に憤りをぶつけていた。
そして、お母様を失った自分と家族を哀れんだ。
けれども、一番悔しい思いをしたのも、悲しんだのも、きっとお母様なのだ。
私では、なく。
お母様は、全てを奪われたのだから。
自分がしたかったことも、夢見た時も、家族と過ごす時も。
今更ながら、私はその考えに行き着いた。
そう思わなかったからこそ、私は自身の時を止めてしまっていたのだから。
だから、こそ。
私は、無駄にしてはならない。放り出しては、ならない。
……未来を。
持たざる者がいると知っていながら、持つ者がそれを放棄するのは傲慢だ。
そして同時に、侮辱しているのだ。
先が見えずに恐れているのではなく、先があることに感謝しなければならない。
目的が見えないのなら、また、探せば良い。
目的が無くなったとしても、今まで培ったものまでは無くならないのだから。
そう思った途端、少しだけ気持ちが軽くなった心地がした。
まだ、何も決めてないけれども。
けれども、ゆっくりと決めていけば良い。
そうして、先に進めば良いんだ。
「……お母様。私は、本当の意味でお母様をお送りすることができそうです」
私は空に向かって、そう呟いた。




