私の八つ当たり
眼下の光景を、ジッと眺める。
ドナルティに負けて泣いたあの日から、何故だか私はこの塔から眺める景色が気に入って、訓練の後にはよく来るようになっていた。
「……今日はまた、随分と刺々しい雰囲気だな」
「そう?」
人の気配がすると思ったら、ルイだったのか。
もしかしたら、また会うかなと思ったけれども、まさかこんなに早く会うことになるなんて。
「だとしたら、自分に正直になったからかしら」
「へえ……」
彼はそう言って、私の横に腰を下ろす。
「ねえ、貴方には何か成し遂げたいことってある?」
ふと気になって、彼に私は問いかけた。
「……急にどうした?」
「この前は、私ばかり話してしまったから。貴方のこと、聞きたいなって。貴方も、恵まれた環境の中で叩かれているのでしょう?それでも、貴方は折れてない。……それは、何か成し遂げたいことがあるからなのかと思ったのよ」
「……お前は、今日と変わらない明日が当たり前のように来ると思うか?」
「何、その質問。まあ……答えは、否よ」
私の答えに、ルイは一瞬驚いたような表情を浮かべた。
「母が、殺された。家族がいて、昨日のような今日、今日のような明日が来るものだと信じて疑わなかったけれども。日常なんて、いつどこでどうなるか分からないものなのね」
「……そうか。悪い」
「いいえ。別に、隠していることではないから。それで、話の続きは?」
「……俺は、父に連れられてトワイル戦役の犠牲者たちの墓に行ったことがある。たくさんの、名前が連なったその墓を。民も、そして民を守るために戦った兵士たちの名が、そこにはあった」
「……そう」
お父様という英雄が現れる前に、戦況は劣勢であった。
それは、それだけ国民や兵士たちの犠牲が多く出たということでもある。
「戦役に出兵し、負傷した兵士たちにも会ってきた。……負傷者たちは国のために負傷したというのに、手当が行き渡っていない現状を見にな。今は父の指示で少しずつその状況は解消されているようだが。……この国は、この日常を保つために、たくさんの人が犠牲を払った。今も、どこかで誰かが払い続けている。それは、この国を守るためか?いいや、誰もがそんな大きなものを見てはいないだろう。彼らは彼らの守りたいものを守るために戦ったのだろう」
そっと、ルイは窓の外を指差した。
「あそこにいる彼には大切な人たちがいて、その人たちにも大切な人がいる。あっちの者も、あっちにいる者も同じ。……そうして、たくさんの人が集まって国ができる。彼ら一人一人の話に耳を傾けることは難しいが、彼ら一人一人が安心して暮らせるような国を守っていきたい。この日常の風景を壊さないように、自分の頭を役立てたい。犠牲になった方々への敬意を忘れず、意志を継ぎたい。そう、思った」
「……守るため、か……」
その気持ちが、私には分からない。
むしろ、反吐が出る。
「ならば何故、剣を取らなかったの?」
その言葉が、私の本心だ。
他者を守る必要なんて、ないじゃないか。
強さが、全て。
弱いことは、それだけで罪だ。
……そしてその弱さを盾にする民たちが、私は大嫌いだ。
弱さを盾に、お父様に守らせた。
けれども守らせた挙句、お父様の……私たちの一番大切なモノを奪ったじゃないか。
強ければ、傷つかないのか?
強ければ、涙を流さないのか?
強ければ、何をされても良いのか?
……そんなの、ある訳ない。
何故、強い人が弱い人を助けなければならないの?
弱い人が、強くなれば良いじゃないか。
そうして、自らを守れば良い。
どうして、強い人が彼らに対して責を負わなければならないの?
……分からない。
だからクロイツさんが私に謝った時、本当に驚いた。
彼が、私に謝る意味が分からない。
国軍の人たちは強いから好きだけど、何故そうまでして磨いた技で誰かを守ろうとするのか……私には理解ができなかった。
「治安維持だけじゃない。人が、安心して暮らす為に整っていなければならない環境。それらも全て、丸ごとだ。やりようによっては、兵たちを守ることすら、できる。だから俺は、父の跡を継ぎたい。……最も、剣の才がないというのもあったがな」
私の心の呟きを彼は知る由もなく、言葉を続けていた。
「……お前こそ、何故剣を取ったんだ?」
「母を、殺されたから。母を殺した奴らを、この手で地獄に送る為に」
「……復讐、か」
「ええ、そう」
「そうか……」
彼はそう頷いて、黙って外を眺め続けていた。
「……守りたいって、よく分からないわ」
私も、彼の目線の先を追うようにして外を眺める。
「何故、そんなことを思えるの?だって、あの人もあの人も……皆、見知らぬ人じゃない。大切な人でもないのに、貴方はどうして頑張れるの?」
「……もう、あんな光景は見たくない。ただ、それだけだ。要は自己満足だな」
そう言って、彼は小さく微笑んだ。
「……お前こそ、どうなんだ?その先はどうする?」
「その先って?」
彼の質問の真意がわからず、そのまま言葉を返す。
「復讐が叶った、その先」
「意味が分からないわ。私の目標は、復讐すること。そのためだけに剣を磨いて、そのために私は今を生きているんだもの」
そう言った瞬間、彼は深く息を吐いた。
「勿体ない、な」
「……どういうこと?」
ギロリと、彼を睨む。
抑えが効かず、心の苛立ちが簡単に表に出た。
「お前が。復讐だけが目的で、それでその先はどうする?叶ったその瞬間は達成感を得るかもしれない。けれども、それだけに全てを捧げてしまえば……その先は何もないじゃないか。それでは、何も残らない」
「失うものしかなくても、得るものが何もなくても、そんなのどうでも良いのよ。それでも、私はこの道しか選ぶことができなかった。何も失ったことなどない貴方には分からないでしょうけど」
いつの頃からか……定かではない。けれども、いつの間にか私の視界は真っ赤に染まっていた。
全てがモノクロの光景に見えていて、剣を振るうその時は、全てが真っ赤に染まる。
真実、その場に一滴の血はなくとも。
唯一、私の視界を彩るその色を、美しくすら感じてしまう。
私の心は、壊れているのかもしれない。
けれども、それでも。
復讐という行為が、私の心を支える唯一のものなのだ。
「……ああ、分からないさ。俺は、お前のように大切なものを奪われたことがないから、な」
「……ならば、私の復讐を否定しないで!」
「……否定するつもりなんか、ない。あんな……悔し涙を流すほど強さを求めて、今もそうして叫ぶほど強い感情をぶつけてきているんだ。それだけの強い思いなのだろう?お前でない俺には、その源となった経験をしていないから簡単に否定なんかできない。否定したところで、その言葉はただただ軽くなる。そんな上辺だけのものを、強い思いを持つお前に言うのは、意味がないし……何よりお前に失礼だろう」
そう問いつつ、彼は私の方に視線を向ける。
……澄んだ瞳だった。
彼の凪いだ心を映しているかのような、そんなそれ。
「だが、お前の描く未来には復讐の先がない。武の才がない俺でも、それほどの覚悟を持って研鑽してきたお前の才が勿体無いということだけは分かる。復讐が叶った後、お前はどうするんだ? 少なくとも未来を見ないお前を、勿体無いと思ったんだ」
「私の剣の腕を何に使おうと、私の勝手でしょう!?」
再び、ルイは溜息を吐くと立ち上がった。
そして、さっさとこの場からいなくなってしまった。
「……あ……」
私は、といえば。
立ち去る前に彼が言った言葉に、頭に昇った血がすうっと戻るのを感じたけれども、その背を言葉なく見送ることしかできなかった。




