私の挫折 弐
内容を第6部より場面を追加しております。
また、それまでの部分につきましても細かな部分を編集しております。(12/3編集)
大変申し訳ございませんが、改めてお読みいただけると幸いです。
※ダイジェスト化はありません。
(12/10更新2話目)
「メル、ご主人様がお呼びですよ」
出迎えてくれたばあやが、私に声をかける。
答えようとしたところ、ばあやはすっと私の耳元に口を近づけた。
「……若様も呼ばれて、既にご主人さまの応接室におります」
ばあやは、私が影武者ではないというのを知っている唯一の使用人だ。
あんな目に遭わせてしまったというのに、ばあやは変わらずに私に仕えてくれていた。
本当に、ばあやの存在はありがたい。
そんなことを思いつつ、私はあまり慣れていない王都侯爵家別邸の中を進んだ。
お父様の私室に入ると、そこにはお兄様の他にもう一人男の方がいらっしゃった。
「おじさん!」
私……というか、入り口に背を向けるように座っている人を、呼んだ。
「おー、嬢ちゃんも来たか。今、坊ちゃんと取り込み中だから少し待っててくれや」
おじさんは、私の方を一瞬振り返ってそう言うと、再びお兄様の方を向いていた。
どうやら、盤上遊戯をしているらしい。
顔色を伺うに、お兄様の方が劣勢か。
私は、じっと二人が繰り広げるゲームに魅入る。
盤面を見ても、どうゲームが動いているのか私には分からない。
私がゲームに不得手というのもあるし、二人がそれだけ高度なゲーム運びをしているからというのもある。
おじさん……もといロメルさんは、お父様の親友らしい。
らしいというのは、そう紹介されたからだ。
何でも酒場で知り合って意気投合したそうで、たまにここに来てはお父様とお喋りされたり、お兄様とこうしてゲームをしている。
おじさんは平民だけど……否、だからかしら?お父様とは馬が合うようだ。
……お父様とは本当に仲が良さそうだと傍目から見てもよく分かるぐらいだ。
一見では、そこらにいそうなおじさん。
……よくよく見れば顔立ちは整っているのだけれども、格好と言動のせいで、あまりそれは目立たない。
お兄様が、投了した。
「おいおい、坊ちゃん。諦めが早いなあ。ここにまだ道が残されているだろうが」
「あ!」
おじさんが指し示したところを見て、お兄様は悔しそうに声をあげた。
「四手前が、悪手だったな。ここをこっちにしていれば、俺は守りに入らざるをえなくなる。それからこうしていれば……ほら、良い勝負になっていただろう。お前さんは、ここぞという時に無難な道を選ぶ。二週間前の二局目の時に、同じようなことがあったろうが」
次々とおじさんは、お兄様に指摘をしていく。
お兄様は、その言葉を一言も聞き逃さないと真剣に聞き入っていた。
盤上遊戯は、軍略の時に使われているモノが起源らしい。
そのため、お兄様は軍略を本格的に学ぶようになってから、盤上遊戯を嗜むようになったとのこと。
お兄様はメキメキと腕を上げられ、大人たちも舌を巻くレベルだ。
訓練に来たメンバーなら全戦全勝、軍略に携わる方々相手ならば三回戦って二勝一敗といったところか。
そんなお兄様を、いつもコテンパンにするのがおじさん。
一体どんな頭の構造をしているのだか、と、一度頭の中をぜひ見てみたい。
「さて、と。どうだい?坊ちゃんは満足したか?」
「……ええ、そうですね。また貴方が来るまでの間、私は今回の戦いも含めておさらいをしておきますよ」
「おう、そうしてくれや。いやあ、坊ちゃんは来る度に強くなっているから、なかなか楽しいねえ」
カラカラと笑うおじさん。
それに相対するお兄様は、口元で笑みを浮かべながらもその瞳は闘志に燃えていた。
その瞳に、私は思わずうっとり。
お兄様が何か一つに執着されたところを、私はあまり見たことがなかった。
……というか、やっぱりお母様がお亡くなりになられてから、良き次期侯爵家当主になろうとすることだけを考えて行動されていたというのが大きいのかしら。
しかもお兄様、そのために課せられたものを割と何でも器用にこなしてしまうから、あんまり悔しそうにされているところを見たことがない。
でも、今目の前にいらっしゃるお兄様は違う。
なんだか、とても楽しそう。
幼い頃のように、感情をそのまま表に出していて。
私も何だか楽しくなってしまう。
……まあ、語られている内容には結構驚きなんだけれども。
お兄様の仰っていた『おさらい』って、試合の流れをそのまま全部再現して、そこからどこがどうダメだったのかとかを考察することなんだもの。
つまり、今までの試合を全部一から十まで覚えているということ。
おじさんだけでなく、お兄様の頭も私と造りが違うのだろう。
「おじさんは、どうして盤上遊戯を始めたの?」
「んん?そりゃ、楽しいからだろう」
「おじさん、軍師になれば良いのに。身内贔屓かもしれないけれども、お兄様にここまで圧勝できる方って軍師でもなかなかいらっしゃらないわよ」
「戦と盤上遊戯は似て非なるものだよ、嬢ちゃん」
おじさんは、手の平にある駒を弄ぶ。
「そうかしら?」
「おうよ。盤面は平面だ。んで、駒にはそれ自体にルールが定められ、思考がない。……坊ちゃんならこの意味が分かるだろう?」
「戦場では、より立体的な視点が求められるということでしょうか」
「……例えば?」
「天候、地形……。また、自軍の規模や能力それから士気。また、相手のそれも」
「そういうことだ。天を知り、地を知り……また、敵を知り己を知る。その上で、戦争の前に何を為すのか、整えるのかによって戦は帰結すると俺は思うわけよ。まあ、その一端を学ぶのにこの遊具は良い教材にはなるがな。ただ……」
そう言って、おじさんは駒を盤面に置いた。
ただ置くだけではなく、持っている駒で盤上のそれらをなぎ倒す。
「こんな風に、そういった策を吹き飛ばしちまうような武力を持つ奴もいるがな。お前らの親父さんのように」
おじさんは苦笑いを浮かべつつ、溜息を吐く。
「……話を聞いていると、おじさんはやっぱり良い軍師になると思うわ」
「俺は俺の戦場を見つけちまっているのさ。……酒を飲むっつうのも、立派な戦だ。なあ、ガゼル?」
そう言って、おじさんは手元の杯を傾けた。
「おうよ。引けぬ戦いが、そこにはある」
お父様も何故か盃を持つ。
「つうわけで、もういっちょ飲もうぜ。これ、もう無くなっちまったぞ」
「そりゃ、いかんなあ」
二人はガハガハ笑いながら、杯を重ねていた。
……何だか、さっきの言葉が全部台無しになった気がする。
お兄様は、そそくさと席を移動していた。
うん、結構お酒の臭いがキツイものね。
「嬢ちゃん。そんな辛気臭い顔してちゃあ、福の神さんが逃げるぞ」
おじさんが、私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ずうっとそんなに気を張り詰めてちゃあ、大事なところでプッツン切れちまうぞ。何なら、一緒に飲むかあ?」
「おじさん。私、未成年なんだけど」
「冗談だよ、冗談。ほれ、嬢ちゃんの親父さんが睨んでくるじゃねえか」
「当たり前だろう」
そう言ったお父様は本当におじさんを睨みつつも、けれどもやっぱり楽しそうだった。
その様子を見て、私もつい笑う。
……いつぶりだろうか。
家の中が、こんなに明るいなんて。
懐かしくて、その戻らないその懐かしい光景に哀しくなって。
いつまでも見ていたいと、そう目を細めた。
けれども、時は前へ前へと進む。
優しすぎる過去の幻影は、私の覚悟を鈍らせる。
「……おじさん、今日は会えて良かったです。また、来てくださいね」
その光景に別れを告げ、私は再び訓練場に向かった。




