父の出会い
内容を第6部より場面を追加しております。
また、それまでの部分につきましても細かな部分を編集しております。(12/3編集)
大変申し訳ございませんが、改めてお読みいただけると幸いです。
※ダイジェスト化はありません。
「……失礼します」
アポ無しで会うには、儂ですら難しい人物の部屋だった。
無理を押し通して入れて貰ったが、部屋には目当ての人物以外に多数の文官がいる。
その人物は儂が突然入っても、至極冷静だった。
「アンダーソン侯爵か。すまないが、もう少し待っていてくれ。……君、ここの書類を関係各所に回してくれたまえ。それと、この書類はこれで通すが、他二つは返してきたまえ。こことここが矛盾している。単純に言い回しを誤ったのか、それとも連携が不足しているのか……。それとこちらはスケジュールの見通しが甘い。おそらく、確認を取るだけでもこの量であれば最短でも一週間はかかるだろう。急かすのは良いが、実態に即したものにしてくれ」
冷静に仕事をしつつ、儂に声を掛けたその人物はこの部屋の主……ロメル・ジブ・アルメリア公爵だった。
儂とは正反対の、柔和な顔立ちをした貴族らしい貴族。
この国の筆頭貴族であるアルメリア公爵家の当主にして、宰相。
柔らかな物腰とは裏腹に、鋭い政治感覚を持つと評価されている彼。
そしてそれらの肩書きに相応しい威厳を、今この時も彼は醸し出していた。
現に彼に指示を出されている男たちは目を輝かせている。
部屋に待機している他の面々も、一言一句聞き逃さないように耳を傾けているようだった。
彼の手足となって働くことを誇りに思っているかのような、そんな様子だ。
「他の皆も、それぞれ本日私が出した課題を持ち帰って検討し、明日案を出してみてくれ」
最後の指示に全員頭を下げ、各々部屋を出て行った。
そうして、残されたのは部屋の主であるロメルと儂だけ。
「悪い、待たせちまったな」
その瞬間、ロメルはその辺りの酒場にいそうな者の口調で、先ほどまでの威厳もどこかに吹っ飛んでいた。
「何というか、貴方のその変わり身には慣れませんな……」
儂が苦笑しつつそう言うと、ロメルは盛大に笑った。
「そうかあ? それにしちゃ、前回よか平然としているじゃねえか」
……偶然だった。
ロメルのこの姿を、儂が見たのは。
部下に誘われた王都の片隅の酒屋に、どこかで見たことがあるような男がいるな……と思ったら、それがロメルだった。
なんとロメルは、平民に混じって飲んでいたのだ。
……宰相にして、筆頭貴族の当主でありながら。
「いやあ、あん時のお前さんの驚きは見ものだったぜ?よくぞ俺の名前を叫ばなかったもんだ」
「あの時貴方に後で全てを話すから、と口を押さえられなければ叫び出していましたよ」
「全てを話すっつってもなあ……今見てるまんま、目の前の男がロメル・ジブ・アルメニアだっつうことだ」
「……普段の貴方は、仮面を被っていらっしゃると?」
儂の問いかけに、ロメルは楽しそうに笑う。
そしてひとしきり笑った後、スッと目つきが鋭くなった。
鋭利なそれは、凄みすら感じさせる。
口調はそのまま、相変わらず砕けたものだったのにも関わらず。
流石宰相、と儂は心の底で嘆息した。
「おいおい、この王宮の中で仮面を被ってない奴なんているもんか。悪鬼巣窟、腹の探り合いは日常茶飯事、どう他人の足を引っ張るか策略めぐらしてるんだもんなあ。ああ、怖い怖い。……俺はその仮面が分厚いだけさ」
「なるほど……。ですが、公爵は何故あのような酒場に?」
「……。あのような酒場にって、そんなに俺があそこにいたのは変かあ?」
自分のことを棚上げにしたような感想だが、儂が酒屋にいるのとロメルが酒屋にいるのでは、圧倒的に後者の方が意外だろう。
「変と言いますか……率直に申し上げますと意外だな、と」
「民のことを知れ、と俺の親父はよく言っていたもんだ。軍略と同じだ。敵を知れ、ってな。民を纏めて政を行うのに、相手を知らねえんじゃ話にならねえ。だから、俺は若い頃から、街の至る所に紛れて色んな話を聞いているのさ。ま、いつの間にかこの口調が定着しちまうぐらい、あっちの方が楽しいし気楽だからっつうのもあるけど」
「貴方のお父様はとても素晴らしいことを仰いますな。それを、実践する貴方も。ですが、同時に恐ろしい」
儂の言葉に、ニヤリとロメルは口角を上げた。
まるで悪戯っ子が悪戯に成功したような、そんな笑みだ。
ロメルにとっての『戦』が政ならば、『敵』は王以外のこの国に住む全ての者。
公爵だからこそ貴族のことは熟知しているし、民のこともそうして学んでいる。
本来持っている鋭利な政治感覚と併せ『敵』を知る彼は、その気になれば相手に気づかれない内に良いように掌で転がすことができるのではないか……。
儂は彼の笑みを見て、そんなことを思った。
「……で?今日お前さんは何故俺のところに来た?まさか、それを聞きに来るためだけに来たっていうのか?」
「それは……」
言葉に詰まる儂を見て、ロメルは溜息を吐く。
「そうか……。てっきり俺は、やっと相談に来てくれたと思っていたんだが……自惚れてたか」
「相談……?」
「『ガゼル将軍、誠に心痛察し痛み入る。私は、貴殿の力にいつでもなろう。野盗捕縛の際には、是非声を掛けてくれ』……ってな」
「……。ああ!」
今思い出したと言わんばかりの反応に、ロメルは苦笑する。
「なんだ、やーっぱり忘れてたか。あん時酒場に行ったのは正解だったかな」
ロメルが最後に呟いた言葉に、儂はつい反応を表に出した。
「まさかとは思いますが……あの酒場に貴方がいたのは、私の足をここに向かわせる為……ですか?」
その問いかけに、ロメルはニヤリと妖しげな笑みを浮かべていた。




