彼との逢瀬
本日20話目の更新です
マダムの店で別れて、私はアルメリア公爵家に向かった。
王都のアンダーソン侯爵家に今滞在しているのは、私だけ。
お父様もお兄様もヴェルスの件の後始末で、領地を離れられないからだ。
使用人はいるものの、家族や近しい人物のいない屋敷に帰る気はせず……ルイもまたそんな私の気持ちに気がつき心配してくれて、アルメリア公爵家に泊まらせて貰うことになっていた。
「今日は、付き合ってくれてありがとう。……それに、こうしてアルメリア公爵家に滞在させてくれて……」
「どちらも俺が勝手にしたことだ。……まあ、そんなに気にするな」
私たちがいるのは、サロン。
眠れなくて図書室に行ったところ、偶然ルイと会って、こうして二人でサロンで向かいあっていた。
「……良い仲間に恵まれたな」
すぐに誰のことを言っているのか、分かった。
「ええ……そうなの。メルリスと知っても、彼らは変わらなかった。勿論私がそうして欲しいと願ったからなのだけど……」
「それでも彼らがそれに応えたのは、彼らが良い人間であったこと、そして君が彼らの信頼をそれだけ勝ち得ているからなのだろうな」
そっと、ルイが気遣うように私の頰に触れる。
「……眠れるように、なったか」
「ええ。……少しだけ、心に整理がついたから」
ここ最近、私は眠れなくなっていた。
ぽっかりと穴が空いたような喪失感に、常に胸が締め付けられて。
「貴方こそ……仕事が落ち着いたかと思えば、また眠れない日々を過ごしているの?」
そしてそれは、彼も同じだ。
彼の目の下には、薄っすらと隈ができている。
「そうだな。……きっと、父上もそうだ。母上を亡くして、後悔ばかりが降り積もっている」
オーレリア様が、亡くなられた。
リンメル公国での戦の前から、体調を崩していたらしい。
そしてつい最近、葬儀がしめやかに営まれた。
多くの参列者が集まり、オーレリア様の人徳の高さが伺えるような光景だった。
ロメル様は『政務ばかりで、何もしてやれなかった』と暫く酷く落ち込んでいたが……お父様と何を話したのか、お父様と一夜明かした後に政務に戻られた。
本当に何を話したのかは気になるところだけれども……妻を亡くした者同士、何か通じるものがあったのかもしれない。
とりあえず、ロメル様が表面上とはいえ元気な姿を見せるようになったのを目にした時には安堵したものだった。
最初は取り繕うことすら、できていなかったから。
ルイもまた酷く落ち込んでいて、見ていられないほどだった。
……尤も、私もまたオーレリア様が亡くなられたことに酷くショックを受けた。
私にとっても、オーレリア様はお母様のような存在だったから。
……アンナやエイベルさん、そして護衛隊の隊員たちやばあやを亡くした悲しみから抜け出せていなかった私は、その上オーレリア様を亡くしたことで……暫く眠りが浅くなってしまっていたのだ。
そしてそれ故に私を心配して、彼は誰もいない王都のアンダーソン侯爵家ではなくアルメリア公爵家の屋敷に滞在することを勧めたのだろう。
「……だが、今日の会に参加して思ったよ。後悔ばかりするのではなく、母上との思い出を笑って話せるようになろうと」
「ええ……そうね。私も、やっとそう思えるようになったの」
どちらからとでもなく、私たちはオーレリア様の話を始めた。
時に笑い合いながら、私たちは過去を懐かしんだ。
「……そういえば、学園には明日行くのか?」
「ええ。そのつもりよ。……流石にここから直接行く訳にもいかないから、一度アンダーソン侯爵家に戻ってから行くつもり」
「何か荷物を取りに行かなければならないのか?」
「いいえ。……必要なものは、持って来ているから……」
このままアルメリア公爵家に向かうことに、気が引けていたのだ。
理由があるとはいえ、婚約者の家に泊まったことが露見するのはあまり良くないと。
「なら、俺と同じ馬車に乗れば良い。……婚約者を家に迎えに行くことは、ままあるだろう?」
「……そうね。それなら、言葉に甘えてしまおうかしら」
けれども、確かに何か聞かれたらそのように説明をすれば良いか……と、私は彼の言葉に甘えることにした。
「学園と言えば……エドガー王子の婚約者が決まったな」
「ええ。……私の大切な友人にね」
アルメリア公爵家やアンダーソン侯爵家が、リンメル公国のゴタゴタに付きっ切りになっていた時に、シャリアの婚約が決まっていた。
しかも、エルリアが側室として立つことも。
「父上が悔しがっていたよ。……エドガー王子の奇襲に」
「ええ、そうでしょうね。……エドガー王子が独りで何とかしようとせずに、ロメル様を頼って下さっていたのであれば……エルリアを側室に据えずとも、シャリアが正妃となる方策を考えてくれたでしょうに」
エドガー様の行動は、私を含めたアルメリア公爵家にとって……正に、奇襲のようなものだった。
私たちがリンメル公国のことを対処していた頃に、エドガー王子は独り他の貴族と渡り合い、自身の望む通りシャリアを正妃とすることに成功していた。
……その対価に、エルリアを側室とすることを呑んで。
けれども、それは悪手だ。
エルリアは、今をときめくマエリア侯爵家の娘。
対して、シャリアは伯爵位といってもマエリア侯爵家ほどの権勢はない。
だというのに、シャリアが正妃でエルリアが側室。
勢力争いの火種を抱えていることは、火を見るより明らか。
とはいえ、既に決まっていること。
何らかの事件でも起きない限り……この決定は覆らない。
けれどもそんな事件が起きてしまえば、シャリアの名誉を傷つけかねない上、王家の威信にもかかわる。
そのため、私たちは手が出せずにいた。
「さあ……今後のことを考えるのであれば、父上はエドガー王子の願いを退けていたかもしれない。だから、ある意味エドガー王子の行動はエドガー王子にとっては正しかっただろう」
「エドガー王子にとって『は』ね……」
私は、思わず溜息を吐いた。
「とはいえ、事ここまで来てしまえば……私は、シャリアを擁護することで王宮内のバランスを取れるよう動くわ」
「ああ、それで良い。……と、そろそろ休むか。明日は学校に行くのだろう?」
「ええ、そうね」
私は彼にキスを送り、そして寝室に戻った。




