電車の外に忍者を走らせるやつ
ガタガタと揺れる電車の窓の向こうに、僕は何となく忍者を走らせていた。
特急列車と同じスピードで、通り過ぎる景色の中を僕だけにしか見えない忍者が駆け抜けていく。高層ビルを駆け登ったり、その上から間髪入れずジャンプしたり、山の輪郭を走らせたり…。決して意味があるわけではないが、子供の頃からよくこうして忍者を走らせて暇を潰していた。
「見て!あそこに誰かいる!」
僕が肘をついて景色と忍者を眺めていると、前の席から元気な男の子の声が聞こえてきた。
「なあに?」
「あれ!…忍者!?」
「え?どこ?」
「見えないのお母さん?ほら…今高速道路の上を走ってるよ!」
「もう!お兄ちゃん、妄想しすぎ!」
前の席の親子の会話を聞いて、僕は驚いた。ただの妄想なのに…男の子には、僕と同じ忍者が見えているのだろうか?それとも…単に僕と同じような横スクロール妄想をしているだけなのか。僕は試しに頭の中で、忍者にこちらの窓に向かって手裏剣を投げるよう念じた。
「うわあ!」
前の席から、甲高い声と水筒を落とす音が聞こえてきた。
「ママ!手裏剣だよ!窓に刺さってる!!」
「はいはい」
騒ぎ出す男の子に、前の席でお母さんは笑って流していた。やがて男の子は、窓にへばりついて必死に忍者を見つめ始めた。僕はファンサービスも込めて、窓の外の忍者をいつもよりアクロバティックに走らせてみた。川の上を逆立ちで走らせたり、バック転を繰り返してひたすら車の上を跳ねさせたり。男の子はその様子を目で追い、食い入るように眺めていた。やがて特急列車はトンネルに差し掛かり…その入り口で忍者に煙玉を投げさせ、僕は妄想を止めることにした。
「あー…いなくなっちゃった…」
男の子が残念そうな声を上げ、窓ガラスからほっぺたを引き剥がした。名残惜しいけれど、幸せな親子の妄想はここまでだ。
「…さあ行きましょう、殿。遊んでる場合じゃございません」
いつの間にか前の席に座っていた忍者が、くるりと椅子を回転させて現れた。忍者は息を切らしながら僕を責めるように見つめてきた。
「…殿、今日はやけに、注文が多かったですな?」
「少しは遊ばせてくれよ…」
僕は苦笑しながら、忍者と共に、誰も乗っていない二号車を後にした。